隣人、イケメン俳優につき

タタミ

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暗雲

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    桜台に向かう途中、中野でタクシーを降りた俺はケーキを選んでいた。
    タクシーを呼んで乗ったはいいものの、気後れがすごくてケーキ屋をはしごすることで時間を稼いでいた。
    俺の前ではカップルがケーキを選んでいて、しかし彼女の方がチラチラと俺の顔を見てるのがわかって、色々と気が沈む。

    惚れた時点で『友達』なんかにはなれない。

    脳内で西野の言葉がフラッシュバックする。
    一太くんが俺のことを好きかと聞かれて好きじゃないと答えるのだって当たり前だ。俺との抜き合いに快感以上の感情はないのだって。
    わかっているけど、わかりたくない。
    俺が真に仲が良いと言えるのは一太くんくらいだ。
    スカウトされて芸能活動が許される高校に転校した時から、俺にはろくに友達がいない。
    高校も大学も、媚びるか妬むか嘲るかの三択しかない感情を向けられるばかりで、誰とも親しくできなかった。
    せめて同業者と親しくなれればよかったのかもしれないけど、プライベートでまで仕事仲間と会うというのは、俺にとって仕事の延長線のようにしか感じられなかった。
    
「あ~……無理」
「お悩みですか?白葡萄のミルフィーユと洋梨のタルトが人気商品となってます」
「え?」

    暗い独り言を、ケーキへの言葉だと思ったらしい店員が俺に微笑みかけている。気づけば最初にいたカップルもいなくなっていた。注文もせずに居座っている変な客へ、いい加減選べよという遠回しの訴えだろう。

「あ、じゃその2つください。持ち帰り時間は10分くらいです」
「ありがとうございます。かしこまりました」

    箱に詰めてもらってる間にスマホを見ると『風呂入るんで、反応遅れるかもです』と一太くんからLINEが来ていた。約束の7時を過ぎている上にろくに返信をしていなかった俺に、気遣いの連絡を入れてくれるなんて。優しくしてもらえる嬉しさと申し訳なさが胸に広がる。
    ケーキを受け取った俺は、『ごめん!今からいく!』と返信をして深呼吸した。


    マンションにつきドアの前で笑顔を作る練習をしてからチャイムを鳴らすと、ガシャンッと何かの音がしてから一太くんが出てきた。

「今すごい音したけど大丈夫……?」
「あーいや大丈夫です。ちょっと脚をかごにぶつけて……。それよりどうぞ」

    促されて中に入ると、確かに廊下に置いてある洗濯物のかごが倒れていた。俺が直そうとかごに触る前に、「やっとくんで大丈夫です!」とつんのめるように言われた。
    なんかよくわからないけど一太くんに落ち着きがない。

「今日遅れてごめんね。ケーキ買ってきたよ」
「あ、ありがとうございます。紅茶淹れますか」

    いそいそとケーキの箱をキッチンへ持っていく一太くんは、やっぱりいつもよりなんか、なんだ?正確な表現が見つからないけど、畏まっているような気がした。
    とりあえず言及せずに部屋に荷物を置き、テーブルを見ると可愛い花が飾られている。カラフルなガーベラに急に動悸がした。

    女か?

    彼女がいないと聞いていたけど、彼女候補がいない訳じゃないのかもしれない。一太くんは仕事上出会いがないだけで、チャンスがあれば恋人くらいすぐできるポテンシャルがある。
    今日どこか落ち着きがないのも女性を招いていた名残かもしれない。
    そう思い始めるとそうとしか思えなくて、俺は黙ったまま花を見つめ続けた。西野のことと言い、今日は本当に胃に悪いことしか起きない。

「久遠さん?」

    部屋に突っ立っている俺の後ろで、ケーキを皿に乗せた一太くんが首をかしげている。

「あ、ケーキの準備ありがと」
「どっちがいいですか?ケーキ」
「一太くんが好きな方選んでよ」

    微笑みを返すとケーキをテーブルに置いた一太くんは、顎に手を当ててケーキを見比べる。

「どっちも見た目がお洒落なのはわかるんですけど、味が想像できない」

    そんなに真剣に悩むことなのかとつい笑いそうになる。暗い感情に明るい感情が乗ってきて忙しい。

「どっちも気になるなら半分ずつにしたらいいんじゃない」
「いいんですか?」
「うん、フォークで切っちゃおう」

    手を伸ばしたら、手の甲が花瓶に触れた。
    ガーベラに視線を伸ばすと一太くんは慌てて花瓶をどかした。

「す、いません。邪魔ですね」
「綺麗だね。貰い物?」

    我ながらいかにも気にしてないふりがうまい。

「いや……えーっと、自分で買いました」
「あれ、花好きだっけ」

    何の気なしに聞いてみると、一太くんは目に見えて動揺した。隠し事がある、という風にしか見えない。
    やっぱり女かな。
    本当に女が出来たなら、もう俺の相手などしてられなくなる。

「いや、そのですね。花を添えるじゃないですけど、とりあえず買った、買ってみたというか……」

    しどろもどろな言葉を連ねて、「何言ってんだ」と頭を降った一太くんは俺の手を掴んだ。

「あの実は今日久遠さんに言いたいことあって」

    真剣な視線に心臓が跳ねた。悪い意味でだ。

『彼女ができました。だからこれから一緒に寝ることができません』

    と、言われるのではないかと全身に鳥肌が立った。
    一太くんが言葉を続けようと口を開くのが怖い。

「っ……あ!ご、ごめん。俺マネージャーに電話かけないとだった。ちょっと外行ってくる」
「えっ、はい。でも、うちでかけても……」
「あの~アレ、部外秘の大事な用件なんだ。時間かかるかもだから、ケーキ食べてて!」

    一太くんに掴まれていた手をやんわりはがして、俺はスマホを片手に玄関に向かう。一太くんの視線にめちゃくちゃ後ろ髪を引かれながら、俺は足に靴を引っかけただけで外に出た。

    マンションから出て、少し時間を稼ごうとあてもなく道を歩く。これ以上一太くんに触れていると距離感を保つどころか、泣いてすがってしまいそうだった。

    抱いてくれって言ったら、一太くん困るだろうなぁ。

    でも、一太くんは優しいから抱いてくれるんじゃないかと思う。そして俺はそれ以降、ずっと同情で抱かれ続ける。友達にも恋人にもなれない不幸な幸せを想像して、鈍い頭痛がした。

「すみません、杉崎さんですよね」

    電柱のそばで額に手を当てていたら、後ろから男の声が俺の名前を呼んだ。振り返るまでもなく、痩身の不健康そうな男が俺の前に回り込んで会釈してきた。見覚えはない。

「そうですけど……どなたですか」
「申し遅れました。私、こういう者です」

    黒ずんだ指先でつままれた名刺が差し出される。

    『文壇社 週刊芸能担当記者 佐々木則正ささきのりまさ

    目を見開いた。
    週刊芸能──芸能スキャンダルばかり載せる、芸能人なら知らない者はいない悪名高い週刊誌だ。

「少しだけお時間いただきたいのですが」

    俺が名刺を受けとる前にさっと名刺をしまった佐々木は、

「交際されてる男性についてお聞きしたくて」

    歯並びの悪い歯を剥き出した。
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