9 / 71
休日
7話 雪のような花
しおりを挟む
薄雪が花屋に入った瞬間、並んでいた花たちが満開になった。それだけじゃない。風も吹いていないのにそよそよと優しく揺れた。まるで薄雪がここに来たことを喜んでいるように見える。
そんな花たちを見て薄雪は目じりを下げた。
「いい子たちだね」
店員さんには薄雪と綾目の姿が見えていないようだ。彼女は私にだけ「どういったお花をお探しですか?」と声をかけた。
正直私は花にあまり詳しくない。曖昧な返事をしながら薄雪をちらりと見ると、彼は指を揺らして注意した。
「花雫さん。ヒトの前で私に視線を移してはいけませんよ。あなたが頭のおかしなヒトに見えてしまうから」
「なんですってぇ?」
「あっ、申し訳ございません…」
店員さんは、薄雪に向けた苛立ちのこもった言葉を自分に向けられたと勘違いしてビクビクしながら離れて行ってしまった。
慌てて弁解しても完全にビビられてしまって謝れるだけだった。薄雪は「そらみたことか」と苦笑いしている。
「もう。薄雪のせいで怖い人だと思われたじゃないですか」
「これは私のせいなのでしょうか」
「はやく花を選んでください。はやくお店から出たい…気まずい」
「うーん。みな愛らしくて選ぶのが難しいですね…。それに、私に選ばれなかった子たちが悲しんで枯れてしまいそうだ。花雫さん、あなたが選んでくれませんか?」
「えっ?いいんですか?」
「むしろお願いしたい」
「…分かりました」
花屋なんて、送別会で渡す花束を適当に作ってもらうときしか入ったことがない。バラくらいしかぱっと思い浮かばないくらい花に疎いのに。そんな私が選んでいいのかなあ。
「いいんですよ。あなたが気に入った花を飾りたいのです」
「心を読まないでくださいよ…」
「ふふ、失礼」
薄雪相手だと隠し事もできないな。心を読まれるのは気味が悪い。仕事で鍛えられた外面の良さだけが取り柄なのに。内面を読まれてしまったら、私がだらしなくてめんどくさがりで女性として終わってるくだらない人間だってバレちゃうじゃない。
私は店内をゆっくり歩いてひととおり花を見て回った。バラやガーベラなどの華やかな花はとても素敵だけどしっくり来ない。
「あっ」
ふと目に留まった、白くて小さな花をたくさんつけている花。値札にはカスミソウと書いてある。よく花束でおまけみたいに添えられているやつだ。
小さくて今にも溶けてしまいそうなその花は、まるで静かな夜にしんしんと降る雪のようだった。…薄雪って名前にぴったりだ。
「これにする」
私はカスミソウを指さして顔を上げた。
「…どうしたんですか?」
薄雪は口を手で覆い、困ったようにも嬉しそうにも見える表情をしていた。視線に気付いた彼は、私の頭に手を置いて顔を背けさせた。
「ヒトの前で私を見てはいけないと言っているでしょう」
「あの、カスミソウじゃだめでした?微妙な顔をしてましたけど」
「ちがうよ花雫!薄雪さまは照れて変な顔になっているだけだよ」
薄雪のうしろからひょこっと顔を出して、綾目が無邪気に言った。
「え?」
「綾目」
「ひぅっ」
名前を呼ばれただけなのに、綾目は恐怖の表情を浮かべて私のうしろへ引っ込んだ。
薄雪が私の目をじっと見ている。いつものように、なんでも見通しているかのような妖しい笑みに戻っている。さっきの顔はなんだったんだろう。照れてるってなに?どのタイミングで照れてんの?意味が分からない。
「花雫さん。はやくカスミソウを買っておいでなさい」
「あっ、はい」
薄雪に急かされて、店員さんを呼んでカスミソウを1本だけ包んでもらった。1本だけなのに、いつもサブの役割なのに、今日買ったカスミソウはとても素敵な花束に見えた。
「お花っていいかも…。選ぶだけで癒されるし、部屋に花飾るとか女子力高すぎじゃない?」
アパートへの帰り道、私は大切にカスミソウを抱いて歩いた。私の一歩うしろを薄雪と綾目が歩いている。
ときどき綾目が薄雪に話しかけているのが聞こえた。あの野草が美しいですねとか、コチラ側のヒトもなかなか面白いでしょう、なんて話をしているみたいだった。
そんな花たちを見て薄雪は目じりを下げた。
「いい子たちだね」
店員さんには薄雪と綾目の姿が見えていないようだ。彼女は私にだけ「どういったお花をお探しですか?」と声をかけた。
正直私は花にあまり詳しくない。曖昧な返事をしながら薄雪をちらりと見ると、彼は指を揺らして注意した。
「花雫さん。ヒトの前で私に視線を移してはいけませんよ。あなたが頭のおかしなヒトに見えてしまうから」
「なんですってぇ?」
「あっ、申し訳ございません…」
店員さんは、薄雪に向けた苛立ちのこもった言葉を自分に向けられたと勘違いしてビクビクしながら離れて行ってしまった。
慌てて弁解しても完全にビビられてしまって謝れるだけだった。薄雪は「そらみたことか」と苦笑いしている。
「もう。薄雪のせいで怖い人だと思われたじゃないですか」
「これは私のせいなのでしょうか」
「はやく花を選んでください。はやくお店から出たい…気まずい」
「うーん。みな愛らしくて選ぶのが難しいですね…。それに、私に選ばれなかった子たちが悲しんで枯れてしまいそうだ。花雫さん、あなたが選んでくれませんか?」
「えっ?いいんですか?」
「むしろお願いしたい」
「…分かりました」
花屋なんて、送別会で渡す花束を適当に作ってもらうときしか入ったことがない。バラくらいしかぱっと思い浮かばないくらい花に疎いのに。そんな私が選んでいいのかなあ。
「いいんですよ。あなたが気に入った花を飾りたいのです」
「心を読まないでくださいよ…」
「ふふ、失礼」
薄雪相手だと隠し事もできないな。心を読まれるのは気味が悪い。仕事で鍛えられた外面の良さだけが取り柄なのに。内面を読まれてしまったら、私がだらしなくてめんどくさがりで女性として終わってるくだらない人間だってバレちゃうじゃない。
私は店内をゆっくり歩いてひととおり花を見て回った。バラやガーベラなどの華やかな花はとても素敵だけどしっくり来ない。
「あっ」
ふと目に留まった、白くて小さな花をたくさんつけている花。値札にはカスミソウと書いてある。よく花束でおまけみたいに添えられているやつだ。
小さくて今にも溶けてしまいそうなその花は、まるで静かな夜にしんしんと降る雪のようだった。…薄雪って名前にぴったりだ。
「これにする」
私はカスミソウを指さして顔を上げた。
「…どうしたんですか?」
薄雪は口を手で覆い、困ったようにも嬉しそうにも見える表情をしていた。視線に気付いた彼は、私の頭に手を置いて顔を背けさせた。
「ヒトの前で私を見てはいけないと言っているでしょう」
「あの、カスミソウじゃだめでした?微妙な顔をしてましたけど」
「ちがうよ花雫!薄雪さまは照れて変な顔になっているだけだよ」
薄雪のうしろからひょこっと顔を出して、綾目が無邪気に言った。
「え?」
「綾目」
「ひぅっ」
名前を呼ばれただけなのに、綾目は恐怖の表情を浮かべて私のうしろへ引っ込んだ。
薄雪が私の目をじっと見ている。いつものように、なんでも見通しているかのような妖しい笑みに戻っている。さっきの顔はなんだったんだろう。照れてるってなに?どのタイミングで照れてんの?意味が分からない。
「花雫さん。はやくカスミソウを買っておいでなさい」
「あっ、はい」
薄雪に急かされて、店員さんを呼んでカスミソウを1本だけ包んでもらった。1本だけなのに、いつもサブの役割なのに、今日買ったカスミソウはとても素敵な花束に見えた。
「お花っていいかも…。選ぶだけで癒されるし、部屋に花飾るとか女子力高すぎじゃない?」
アパートへの帰り道、私は大切にカスミソウを抱いて歩いた。私の一歩うしろを薄雪と綾目が歩いている。
ときどき綾目が薄雪に話しかけているのが聞こえた。あの野草が美しいですねとか、コチラ側のヒトもなかなか面白いでしょう、なんて話をしているみたいだった。
1
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる