【完結】花が結んだあやかしとの縁

mazecco

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休日

6話 食べるモノ

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シャワーを浴びて身なりを整えたあと、私はカバンを持って立ち上がった。

「…じゃあ、いってきます」

和室の襖にもたれかかって腰を下ろしていた薄雪と綾目に声をかけた。ここ数年ずっと独りぼっちだったから、家に誰かを残して外出するなんて久しぶりのことだった。「いってきます」だってミルちゃんにしか言ったことがなかった。なんだか照れる。

その言葉を聞いた薄雪と綾目は微笑んだ。ふわりと浮いてまるでそよ風に吹かれる花びらのように、ひらひらと和服をなびかせながら私のもとまで来た。

「私も一緒に行きます」

「僕も行きたい!」

「え?ついてくるんですか?」

「ええ。花は私が選びたい」

「僕は花雫と一緒におでかけしたい!!」

「分かりました。じゃあ一緒におでかけしましょうか。でも二人の服装目立ちません?着替えたほうがいいのでは」

「私たちの姿は誰にも見えないと言ったでしょう?はたから見たらあなたは休日に独りぼっちで買い物に行く寂しい30手前の女の人ですよ」

「ねえ言い方に配慮とかないのあなた?!心が死ぬ!!」

「早く行きましょうか。はやく花を見たい」

「あれですね。薄雪はマイペース」

「私は私の思うままにしか生きません。これまでも、これからも」

薄雪はそう言いながら玄関のドアを開けた。太陽の光を浴びて眩しそうに手をかざしている。
5年間ずっと室内でしか生活していなかった綾目は嬉しそうにアパートの階段を駆け下りた。
私はドアの鍵を閉めてから、薄雪と並んでゆっくり歩いた。休日に誰かとショッピングなんて1年ぶりくらいじゃないかな。男の人と一緒に出かけるのは3年ぶりか。

一時間弱電車に乗ってアパートから一番近いショッピングモールへ行った。

大人2人と子どもひとり分の切符を購入して薄雪と綾目に渡したけれど、二人とも「いらない」と受け取ってくれなかった。切符も入れずにどうやって改札を通るのかひやひやしながら見ている私をよそ目に、二人のあやかしはすーっと改札を通り抜ける。改札が開いたわけでもないのに向こう側に立っている彼らを見て、やっと薄雪と綾目が不思議な存在なのだという実感が湧いた。

ショッピングモールへ到着し、まずは食料品売り場へ行った。今までインスタントラーメンやおつまみで飢えを凌いできた私の食生活を知っている綾目が、ちゃんと栄養のある食事をしなさいとうるさかったからだ。

薄雪は私の隣で興味深げに鶏肉や豚肉を眺めていた。

「ねえ、あやかしもご飯を食べるんですか?」

「食べる必要はないのですが、娯楽として口に入れることはありますね」

「たとえばどんなもの?」

「なんでも食べられますが、私は木の実や果物、花の蜜などを好んで口にします」

「綾目もアチラ側の世界ではそうだったの?」

「うん!薄雪さまの眷属になってからはそうだね!それまではモノノケとかあやかしとか…ヒトも食べてた!」

「ひぇっ…ヒト…」

「でっ、でももう食べてないから…!」

「ていうかあやかし…?あやかしがあやかしを食べるの…?」

「食べるよ!あやかしは妖力が豊富だから!」

「そんな"ビタミンCが豊富だから"みたいなノリでおそろしいこと言わないでよ…」

「そもそも私の眷属になる前、彼はあやかしではなくモノノケでしたから」

「どちらにせよ共食いはしてる…」

「僕はおいしいものが好きなのに、コチラ側に来てからはまずいキャットフードしか口に入れてない…。おいしいもの食べたい」

「ええ。私も一度ヒトが食べるモノを食べてみたいですね。花雫、今晩はおいしいモノを作ってください」

「え?私が?手料理?」

7年間独り暮らししてるからって誰しもが料理できると思わないでよ?自慢じゃないけど私、料理すっごく下手なんだから。

「おやおや、そんな威張られても」

クスクス笑いながら薄雪が呟いた。私はびっくりして彼を見る。薄雪はしまった、という顔をして私から目を背けた。

「…今朝からちょっと気になってたんですけど…、もしかして、私の心の中読めたりしてます?」

「…いいえ?」

「してるでしょ!」

「いいえ…!」

や…やっぱり…!ぼんやりおかしいとは思ってた!今朝からちょくちょく口に出してないことに返事されてたような気がしてたから!!じゃあ私が考えてたことずーっとダダ漏れだったの?!男の人と出かけるの3年ぶりとか、ミルちゃんの前で鼻くそほじてたわーとか考えてたの全部?!もしかして綾目も?!

「いや!僕は読めないよ?!」

「こら綾目。ソッチの声に返事をしてはいけないでしょう」

「はっ!」

「やっぱり読めてるんじゃん!!わあああ恥ずかしいよぉぉぉ!!」

「大丈夫ですよ花雫さん。あなたがどんなことを考えていたって所詮は平和しか知らないモノのくだらない思考です。私たちはまったく気にしていませんよ」

「だから言い方ッッ!!」

私は心の中を覗かれたくなくて二人から逃げるように遠くへ走っていった。

二人の姿が見えなくなってから、かごに野菜や果物を放り投げる。まともな料理を作ったことがない私の頭の中にレシピなんて入っているわけもなく、ただ適当に食べたいと思ったものを選んではかごに入れた。

薄雪と綾目が私の前に現れたときには、かごふたつに商品がパンッパンに詰め込まれていた。それを見た綾目が呆れた声を漏らす。

「…さすがに買いすぎじゃない?」

「久しぶりの買い物でテンション上がっちゃった。えへへ」

「花雫さんが楽しそうだからいいじゃないか」

珍しく薄雪が優しいことを言っている。癪に障らない言動は初めてかもしれない。へえ、薄雪にもそういうところあるんだあ。

そんなことを考えていると薄雪が居心地悪そうにしていた。しばらく考えて、今も私の心の中を薄雪に読まれていることを思い出す。
でも心の声に返事しちゃいけないから何も言えないんだ。それとも単に照れちゃってるとか?

…心の声に反応しちゃいけないってことはさ、心の中で薄雪をボロクソ言っても怒られないってことじゃない?やーいやーい薄雪のあんぽんたん。不審者。空気の読めないぽんこつイケメン。やーいやーい。

「花雫」

「ひゃいっ!」

着物の袖の中で扇子をパチンと閉じる音が聞こえた。その音だけで私は縮み上がってしまう。いらないことはするなと言われた気がした。

「分かったね?」

「…はい」

「いい子だ」

薄雪の目じりが下がった。優しい笑みなのかもしれないけど、妖しく光る黄色い瞳に少しぞっとしてしまう。

そうだ、彼はあやかしだ。なんでも食べられるあやかしだ。薄雪も綾目と同じように、ヒトだって食べられるのかもしれない。

そう思うととたんに薄雪と綾目のことが怖くなった。これからこのあやかしたちと一緒に暮らすことになるなんて。寝てる間に食べられたらどうしよう…。

「確かにヒトも食べようと思えば食べられますが」

「ヒッ」

「私がヒトを食べることはありません。綾目もここ数百年は口にしていません、これからも口にさせるつもりはありません。だからそんなに怖がらないでください」

「僕、花雫のこと食べないよ」

二人の声はしょんぼりしているように聞こえて、ほんの少し悪いことをしてしまった気持ちになった。
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