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休日
10話 くだらないモノ
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「あ…花瓶買うの忘れた」
アパートへ帰って早速カスミソウを部屋に飾ろうとしたときに、やっとそのことに気付いた。
なにか挿すものを、と部屋中探しまわったけど、可愛いグラスが私の家にあるはずもなく、仕方なくクラフトビールの空瓶に水を入れて挿した。なかなかかわいいじゃない、と満足そうにしている私に、綾目が呆れた目を向けている。
「うわぁ…それはないよ花雫」
「そう?かわいくない?」
「かわいくない…」
「だ、だって仕方ないでしょぉ?これしか花瓶っぽい入れ物がなかったんだもん。ほら、よく見てよ。かわいいでしょ?」
「今から買いに行こうよ…花瓶」
恐ろしいことを言う綾目に私はブンブンと首を振った。
「いやよ。靴脱いじゃったし。もう一回外に出るなんてそんな気力ないわ」
「花雫は出不精だからなあ…」
さすが、5年間一緒に暮らしてきた綾目は私のことをよく分かってる。そもそも私は外出が大嫌いだ。身なりを整えないといけないし、歩かないといけないし、めんどくさくてしょうがない。休日にブラを付けることすら億劫なんだぞ。こちとら平日ずっと外を歩き回ってるんだ。休みの日は部屋に引きこもって一人っきりで誰とも会話せずに一日を終えたい。
心の中で、もう外に出たくありませんアピールをひたすらしていたら、薄雪がクスクスと笑ってこう言った。
「かまいませんよ花雫。カスミソウもその瓶で良いと言っていますから。少しビールが残っていたようですね。彼女もほろ酔い加減になっているのか上機嫌です」
「あはは!酔ってるカスミソウなんて初めて見ました!見てください薄雪さま。カスミソウ、ほんのり赤くなっていませんか?」
「本当だ。かわいらしい」
ビール瓶に挿されたカスミソウを、男二人が嬉しそうに眺めている。指でツンツンつついたり、花に優しく話しかけているその光景は、予想以上に癒された。私も綾目の隣に座り、カスミソウを真近くで見た。小さい花がふわふわしてて、見れば見るほどかわいく思えてくる。二人がそう言ったせいでか分からないけど、私にもカスミソウがほんのり赤らんでいるように見えた。きっと気のせいだろうけど。
「まあでも良かった。月曜日に時間があったらちゃんとした花瓶買いますね。たぶん」
「明日じゃないんだ…」
綾目が私から目を背けてボソリと呟いた。私は「当たり前でしょ?日曜日はひきこもりするからね!」と返しながらアウターを脱ぎ捨ててヘアバンドをつけた。すでに胡坐をかいてくつろいでいる薄雪と綾目を置いて洗面所へ向かい、化粧を落としてコンタクトレンズを外した。眉毛がなくなり一重まぶたになった私を見ても、薄雪はさきほどと変わらない表情で私に微笑みかけている。
きわめつけにヨレヨレのスウェット(ふとももあたりに割と大きな穴があいている)に着替えた私は、冷蔵庫からビールを一缶取り出した。グビグビ飲みながら小さいテーブルの前にドカっと腰を下ろし、ため息をついて薄雪に話しかける。
「…薄雪。私って本当に退屈な人間ですよ。めんどくさがりだし、出不精だし、できるならずっと寝てたいと思ってる。一緒にいてもきっと楽しくないです」
「そうですか?私はきっと楽しいと思います」
「いや…はじめはみんなそう言うんだって…」
「そうかなー?僕は花雫と5年一緒に過ごしてきたけど、今でも楽しいよ?」
「あ…綾目ぇぇぇ~!!」
嬉しい言葉をかけてもらえて、思わず綾目を抱きしめた。綾目は「ひぐぅっ!」とうめき声をあげたけど、いつも通り思う存分だっこさせてくれた。それどころか、私の首に腕をまわして頬ずりまでしてくれた。猫時代の名残かな。
しばらくじゃれあっていたのに、急に綾目が「ヒッ…」と息を飲んだ。どうしたの、と尋ねると、彼は私の耳元に顔を近づける。
「そろそろ離れようか…。薄雪さまの視線がこわい…」
「え?」
綾目がかわいすぎて薄雪の存在をすっかり忘れていた。うしろを振り返ると薄雪と目が合った。綾目はああ言ったけど、薄雪はいつもと変わらず微笑んでいるだけだ。私は綾目の頭のにおいを嗅ぎながら、警戒した視線を彼に送る。
「薄雪。私はあなたがここに棲みついたって、今まで通りの生活をさせてもらいますよ。それでもいいんですか?」
「かまいません。あなたに特別な何かをしていただく必要はありません」
「ほんとかなあ…」
「信じてください。そこにいるカスミソウのように、私はただそっとあなたの傍でいるだけでいいのです。あなたはあなたらしく、思うように生活してください」
不覚にもあやかしの言葉に目頭がじわっと熱くなった。わたしはわたしらしく…。そんなこと、今まで言われたことがなかった。それを読みとった薄雪が、カスミソウを撫でながら口元を緩める。
「おやおや。先ほどの言葉がよほど嬉しかったようですね。花雫が喜ぶのなら、いくらでも言いますよ」
「…だから、心を読まないでくださいよ。私の内面なんて…」
「先ほどもそのようなことをお考えでしたが、私からしたらヒトの考えていることなど、みなくだらないですよ」
「言い方…」
「あなただけではないです花雫。ヒトはみなくだらないのです。外見を気にして、飾り立て、必死にくだらない自分を隠そうとしている。本当はそのままでいいのに。くだらないことで喜び、悲しみ、怒り、喜ぶ…。私はそんなヒトが、花雫が、愛らしくて仕方がない」
薄雪はそう言って私の頬に手を添えた。まるで子どもをあやすような優しい触れ方に、自然と目じりが下がった。
確かに何千年も生きてるあやかしにとっては、私たちが毎日必死に悩んでいることも、些細でくだらないのかもしれない。特に薄雪はマイペースだし、ビクビクしながら顔色をうかがう私たちの気持ちなんて分からないだろう。自己嫌悪なんてしたことがなさそう。私はちょっと、薄雪のことが羨ましくなった。
「ところで花雫。綾目に甘えるのであれば、私に甘えたらどうですか?」
「はい?」
「なんとも面白くないですね。たった5年共に過ごしただけで、こうも愛情に差が出てしまうとは」
「ひぃぃ…」
薄雪がうーんと考えている姿に、綾目がか細い悲鳴をあげた。どうやら数千年生きている偉いあやかしでも、やきもちというくだらない感情を持ち合わせているらしい。
アパートへ帰って早速カスミソウを部屋に飾ろうとしたときに、やっとそのことに気付いた。
なにか挿すものを、と部屋中探しまわったけど、可愛いグラスが私の家にあるはずもなく、仕方なくクラフトビールの空瓶に水を入れて挿した。なかなかかわいいじゃない、と満足そうにしている私に、綾目が呆れた目を向けている。
「うわぁ…それはないよ花雫」
「そう?かわいくない?」
「かわいくない…」
「だ、だって仕方ないでしょぉ?これしか花瓶っぽい入れ物がなかったんだもん。ほら、よく見てよ。かわいいでしょ?」
「今から買いに行こうよ…花瓶」
恐ろしいことを言う綾目に私はブンブンと首を振った。
「いやよ。靴脱いじゃったし。もう一回外に出るなんてそんな気力ないわ」
「花雫は出不精だからなあ…」
さすが、5年間一緒に暮らしてきた綾目は私のことをよく分かってる。そもそも私は外出が大嫌いだ。身なりを整えないといけないし、歩かないといけないし、めんどくさくてしょうがない。休日にブラを付けることすら億劫なんだぞ。こちとら平日ずっと外を歩き回ってるんだ。休みの日は部屋に引きこもって一人っきりで誰とも会話せずに一日を終えたい。
心の中で、もう外に出たくありませんアピールをひたすらしていたら、薄雪がクスクスと笑ってこう言った。
「かまいませんよ花雫。カスミソウもその瓶で良いと言っていますから。少しビールが残っていたようですね。彼女もほろ酔い加減になっているのか上機嫌です」
「あはは!酔ってるカスミソウなんて初めて見ました!見てください薄雪さま。カスミソウ、ほんのり赤くなっていませんか?」
「本当だ。かわいらしい」
ビール瓶に挿されたカスミソウを、男二人が嬉しそうに眺めている。指でツンツンつついたり、花に優しく話しかけているその光景は、予想以上に癒された。私も綾目の隣に座り、カスミソウを真近くで見た。小さい花がふわふわしてて、見れば見るほどかわいく思えてくる。二人がそう言ったせいでか分からないけど、私にもカスミソウがほんのり赤らんでいるように見えた。きっと気のせいだろうけど。
「まあでも良かった。月曜日に時間があったらちゃんとした花瓶買いますね。たぶん」
「明日じゃないんだ…」
綾目が私から目を背けてボソリと呟いた。私は「当たり前でしょ?日曜日はひきこもりするからね!」と返しながらアウターを脱ぎ捨ててヘアバンドをつけた。すでに胡坐をかいてくつろいでいる薄雪と綾目を置いて洗面所へ向かい、化粧を落としてコンタクトレンズを外した。眉毛がなくなり一重まぶたになった私を見ても、薄雪はさきほどと変わらない表情で私に微笑みかけている。
きわめつけにヨレヨレのスウェット(ふとももあたりに割と大きな穴があいている)に着替えた私は、冷蔵庫からビールを一缶取り出した。グビグビ飲みながら小さいテーブルの前にドカっと腰を下ろし、ため息をついて薄雪に話しかける。
「…薄雪。私って本当に退屈な人間ですよ。めんどくさがりだし、出不精だし、できるならずっと寝てたいと思ってる。一緒にいてもきっと楽しくないです」
「そうですか?私はきっと楽しいと思います」
「いや…はじめはみんなそう言うんだって…」
「そうかなー?僕は花雫と5年一緒に過ごしてきたけど、今でも楽しいよ?」
「あ…綾目ぇぇぇ~!!」
嬉しい言葉をかけてもらえて、思わず綾目を抱きしめた。綾目は「ひぐぅっ!」とうめき声をあげたけど、いつも通り思う存分だっこさせてくれた。それどころか、私の首に腕をまわして頬ずりまでしてくれた。猫時代の名残かな。
しばらくじゃれあっていたのに、急に綾目が「ヒッ…」と息を飲んだ。どうしたの、と尋ねると、彼は私の耳元に顔を近づける。
「そろそろ離れようか…。薄雪さまの視線がこわい…」
「え?」
綾目がかわいすぎて薄雪の存在をすっかり忘れていた。うしろを振り返ると薄雪と目が合った。綾目はああ言ったけど、薄雪はいつもと変わらず微笑んでいるだけだ。私は綾目の頭のにおいを嗅ぎながら、警戒した視線を彼に送る。
「薄雪。私はあなたがここに棲みついたって、今まで通りの生活をさせてもらいますよ。それでもいいんですか?」
「かまいません。あなたに特別な何かをしていただく必要はありません」
「ほんとかなあ…」
「信じてください。そこにいるカスミソウのように、私はただそっとあなたの傍でいるだけでいいのです。あなたはあなたらしく、思うように生活してください」
不覚にもあやかしの言葉に目頭がじわっと熱くなった。わたしはわたしらしく…。そんなこと、今まで言われたことがなかった。それを読みとった薄雪が、カスミソウを撫でながら口元を緩める。
「おやおや。先ほどの言葉がよほど嬉しかったようですね。花雫が喜ぶのなら、いくらでも言いますよ」
「…だから、心を読まないでくださいよ。私の内面なんて…」
「先ほどもそのようなことをお考えでしたが、私からしたらヒトの考えていることなど、みなくだらないですよ」
「言い方…」
「あなただけではないです花雫。ヒトはみなくだらないのです。外見を気にして、飾り立て、必死にくだらない自分を隠そうとしている。本当はそのままでいいのに。くだらないことで喜び、悲しみ、怒り、喜ぶ…。私はそんなヒトが、花雫が、愛らしくて仕方がない」
薄雪はそう言って私の頬に手を添えた。まるで子どもをあやすような優しい触れ方に、自然と目じりが下がった。
確かに何千年も生きてるあやかしにとっては、私たちが毎日必死に悩んでいることも、些細でくだらないのかもしれない。特に薄雪はマイペースだし、ビクビクしながら顔色をうかがう私たちの気持ちなんて分からないだろう。自己嫌悪なんてしたことがなさそう。私はちょっと、薄雪のことが羨ましくなった。
「ところで花雫。綾目に甘えるのであれば、私に甘えたらどうですか?」
「はい?」
「なんとも面白くないですね。たった5年共に過ごしただけで、こうも愛情に差が出てしまうとは」
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