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休日

9話 コロコロ山の大あやかしのお話

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コロコロ山を眺めながら、薄雪がそっと口を開いた。

「あるあやかしのお話を聞きますか?」

「…はい」

私が頷くと、薄雪はぽつり、ぽつりと話し始めた。

「あの小さな山に、ある大あやかしが棲みつきました。あやかしはその山をなによりも愛していた。自分自身より、大切なモノでした。

ソレは山に恵みをもたらした。木々を、花々を、新しい息吹を与えました。

豊かな山にはイノチが集まる。生気と妖力にが満ちたその山で育ったモノは、コチラ側のモノとは思えないほど清らかでした。

清く強い力を持った自然は、あやかしとなり別の小さなイノチとなります。

木の子と呼ばれるか弱いあやかしでしたが、あの山でもあやかしが生まれたのです。コチラ側で生まれた数少ないあやかしですね。

眷属が増え大あやかしは喜んだ。数百年の間ソレは、静かに、しあわせに、愛する山と愛する眷属に囲まれて暮らしていました。

ですがあるとき、ヒトはその山を削りました。

長年かけて育ててきた山を、たった1日で壊されてしまった。

大あやかしはヒトを憎んだ。一番大切にしていた、山を愛することも忘れ…。

ソレは自分にとって一番大切だったコトを捨ててしまったんです。

コチラ側では、軸が折れたあやかしは消えてしまう。

その大あやかしも土となり、生の幕を下ろしました。憎しみだけを残して…。

主を失った眷属の行く末はひとつ。消えるしかありません。…これはアチラ側でも同じことですが。

そのあやかしによって生まれた木の子はだんだんと消えていきました。

公園にいた木の子は、最後の生き残りです」

薄雪は閉じた扇子を口元に当てた。どうやらこの話はここまでのようだ。

「…まるで誰かに聞いたみたいな言い草ですね」

「ええ。あの山に咲いている花に聞きました。あの子たちも、もう弱っているね」

「……」

彼の話が嘘か本当かは分からないけど、私はなんとなく納得できた。コロコロ山に山菜が多いのも、その大あやかしのおかげだったのかもしれない。

私の親もよくコロコロ山に山菜を採りに行ってた。そこで採れた山菜はとてもおいしくて、家族でわいわい食べたものだ。コロコロ山を削ると聞いた親も怒ってたっけ。

それにしても悲しい話だな。大好きなモノを人に壊されて、山への愛情よりも人への憎しみが勝ってしまっただけで消えてしまうなんて。山が好きだからこそ怒るのにね。それでもあやかし的にはアウトなんだ…。ジャッジ厳しいな。

大あやかしが消えて、そのせいで眷属の木の子も消えちゃう。それは分かるけど、どうして花まで弱ってるのかな。やっぱり山を削られたから?

「自然は豊かなモノから生まれます。豊かで清らかな地だったのに、憎しみだけを残されてしまった。貧しくなった山に新しい息吹がもたらされることはない。あの山は、長い時間をかけて徐々に枯れてしまう道しか残されていません。…まあ、近い未来にあの山まるごと削られてしまうのでしょうが」

「大あやかしが人を憎んじゃっただけで山が枯れるの?」

「あやかしの憎しみは恐ろしいのですよ。呪いに近いのです」

「の…のろい…」

「恵みの山が呪いの山へ。天と地の差です」

「だからチビちゃんも山を下りて来たのかな…?」

「そうかもしれませんね。もしくは死期を悟り、最後にもう一度誰かと共に過ごしたかったのかもしれません。あの小山は、以前はよく公園の子どもたちが小山へ遊びに行っていたようですね。木の子は人なつっこいあやかしです。ヒトには目に映らなくとも、一緒に遊んでいた気になっていたのでしょう」

「そうだとしたら、木の子は花雫に話しかけられて嬉しかったでしょうね」

「ええ。あやかしにとって、あやかしを目に映すヒトほど可愛いモノはありませんから」

薄雪と綾目はそう言ったあと、アパートへ向かって歩き出した。しばらく茫然としていた私も、我に返り慌てて彼らを追いかける。

あやかし。今日一日で少しはあやかしの存在を実感したはずなのに、今までの日常にもそれが紛れ込んでいたなんて知らなかった。

私は人とあやかしの区別すらつかないほどあやかしの姿がはっきりと見えてしまう。公園のチビちゃんだけじゃない。私が今まで人として接してきた友人や知り合いが、もしかしたらあやかしなのかもしれないと考えると…。うう、恐ろしいことを考えるのはやめよう。

私はちらりと振り返ってコロコロ山を見た。今まで何気なく見ていた景色が、儚く悲しいものに見えた。
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