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エピローグ
五年後:モリウス
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アーサーとモニカがお産を手伝っているとき、三人の子どもを連れたダフとアデーレがトロワを訪れた。
ダフはキョロキョロとせわしなくあたりを見回し、誰かを探している。そんな彼にアデーレが声をかけた。
「ダフ。まだ時間じゃないから来てないと思う」
「あっ……そうか、そうだな……」
ダフは、門がよく見える広場のベンチに腰かけた。
誰かが入ってきたは立ち上がり、ため息をついてはベンチに座る。
それを何十回と繰り返したあと、ダフが門に向かって走り出した。
彼の視界の先には、ふっくらと柔らかそうな頬をした、くすんだ金髪の青年。
青年は全速力で走って来る人影に気付きたじろいだが、すぐに誰か分かり破顔する。そして彼も軽やかに走り、ダフに飛びついた。
「ダフ!!」
「で……殿下ぁぁぁぁぁっ……!!」
元国王と元近衛兵の、互いに待ちわびた五年ぶりの再会。
ふっくらしたもののまだ細いヴィクスをぎゅぅーっと抱きしめるダフは、すでにボロボロ泣いている。
「会いたかったです! 会いたかったです!! あああ、こんなに健康そうな殿下が見られるなんてぇぇぇっ!」
「君はまた大きくなったね」
「殿下っ! 殿下ぁぁぁぁっ!」
「ちょっと、ダフ」
ヴィクスは泣きわめくダフの口を塞ぎ、頬を膨らませる。
「僕はもう殿下じゃないんだけど」
「あっ、いえ、ですが俺にとっては殿下なので……」
「やめてよ。……ちゃんと、名前で呼んで」
「えっ! そそそそんな恐れ多い!」
「ダフ」
恥ずかしいような拗ねているような、子どもっぽい表情で睨みつけるヴィクス。
ダフはためらったあと、きゅっと目を瞑り小さな声で彼の名を呼んだ。
「……ヴィクス様……」
「様なんていらない」
「ええっ……」
「はやく」
「~~……。ヴィ……ヴィクス……」
ヴィクスは嬉しそうに笑い、力いっぱい親友に抱きついた。
◇◇◇
「……」
「……」
ヴィクスの一歩うしろで二人の再会を見守っていたチュリアは、見知らぬ少女の痛い視線に困っていた。
はじめは遠くからチラチラと見ていた少女が、ちょっとずつちょっとずつ近づいてきて、今ではシチュリアの足元にまで来ている。
それでもシチュリアはわざとらしく視線を外し、関わりたくありませんアピールをしていた。
「ねーえー!」
ついに少女に声をかけられたので、シチュリアは観念して内心げっそりしながら返事をする。
「な、なに……?」
「この子、だーれー?」
少女が指さしたのは、シチュリアと手を繋いでいる三歳くらいの少年。
子どもであっても赤の他人を信用することができず、シチュリアは口を噤んだままだ。
しかし、シチュリアの代わりに少年は拙い滑舌で答えた。
「モリウスー!」
「あっ、こら」
気になった少年の名前が聞けて、少女は大喜び。彼女はモリウスにずいと体を寄せ、大きな目をキラキラ輝かせる。
「モリウスー? かわいいー! なんさい? どこにすんでるのー? でんしょいんこもってるー?」
「もってるぅ」
「やったー! じゃあまいにちいんことばすから、モリウスもちゃあんとおへんじしてね!」
「わかったー」
子どもたちのやりとりに、シチュリアは深いため息を吐いた。
「あのね、モリウス。知らない人に住所は教えてはいけないの。伝書インコはやめておきなさい。それに知らない人と簡単に言葉を交わしてはいけないし――」
シチュリアの小言に耳を傾ける人は誰もいなかった。
少女はいたくモリウスを気に入ったようで、シチュリアよりも大きな声でずっとマリウスに話しかけている。
「……なんだかうしろが騒がしいね」
感動の再会の余韻に浸っていたヴィクスが、うしろの騒音に現実に引き戻され、困ったように笑った。
ヴィクスのうしろの光景が目に入ったダフは、慌てて少女を抱きかかえる。
「うわー! うちの子がすみません!!」
シチュリアは、やっと助けが来てくれて安堵のため息を吐いた。
「ああ、あなたの子だったの。あなたに似て……積極的ね」
「あはは! よく言われます! 長女は特に俺に似てて――あれ? その子は?」
ダフの瞳に、指をしゃぶりながらポカンとダフを見上げているモリウスの姿が映る。
シチュリアは微笑み、ダフに紹介した。
「息子のモリウスよ。今年で三歳になるの」
「む……息子!?」
ダフは口をパクパクさせ、シチュリアとヴィクスを交互に見た。ヴィクスは照れくさそうに頬をかきながら頷く。
「ああ。僕とシチュリアの子どもなんだ」
「ど、どえーーーーー!?」
「モリア様とアウス様の名前から二文字ずついただいて、モリウス。良い名だろう?」
ほんのりドヤ顔をしているヴィクスに、ダフは苦笑いを浮かべる。
「おお……。相変わらずアーサーとモニカへの愛が深い……」
「髪と瞳は僕の色だが、顔立ちはシチュリアに似て美しいんだ」
「ええ……とても美しいです」
こんなに優しい目で我が子を見つめるヴィクスに、ダフの視界が涙で滲む。
「殿……ヴィ……ヴィクス……」
「なんだい?」
「今は……生きるのは、楽しいですか?」
ダフの問いかけに、ヴィクスは目尻を下げて頷いた。
「ああ。楽しい」
そしてヴィクスはダフの手を握り、頬に添えた。
「ダフ。五年前、僕の命を守ってくれてありがとう」
ヴィクスを処刑しないと決めたアーサーとモニカ。
ヴィクスを守ってくれたダフ。
ヴィクスに生きて欲しいと願ったジュリアとウィルク。
ヴィクスを支えてくれたシチュリア。
そして、ヴィクスの新たな生きる意味となったモリウス。
ヴィクスが今、こうして立っていられるのは彼らのおかげ。
人生を楽しいと、生きていたいと思うようになるには、一人でも欠けていてはいけなかった。
ヴィクスはそれを分かっている。
彼らにできる恩返し。それは今を楽しく生きることなのだと、今のヴィクスはちゃんと分かっている。
ダフはキョロキョロとせわしなくあたりを見回し、誰かを探している。そんな彼にアデーレが声をかけた。
「ダフ。まだ時間じゃないから来てないと思う」
「あっ……そうか、そうだな……」
ダフは、門がよく見える広場のベンチに腰かけた。
誰かが入ってきたは立ち上がり、ため息をついてはベンチに座る。
それを何十回と繰り返したあと、ダフが門に向かって走り出した。
彼の視界の先には、ふっくらと柔らかそうな頬をした、くすんだ金髪の青年。
青年は全速力で走って来る人影に気付きたじろいだが、すぐに誰か分かり破顔する。そして彼も軽やかに走り、ダフに飛びついた。
「ダフ!!」
「で……殿下ぁぁぁぁぁっ……!!」
元国王と元近衛兵の、互いに待ちわびた五年ぶりの再会。
ふっくらしたもののまだ細いヴィクスをぎゅぅーっと抱きしめるダフは、すでにボロボロ泣いている。
「会いたかったです! 会いたかったです!! あああ、こんなに健康そうな殿下が見られるなんてぇぇぇっ!」
「君はまた大きくなったね」
「殿下っ! 殿下ぁぁぁぁっ!」
「ちょっと、ダフ」
ヴィクスは泣きわめくダフの口を塞ぎ、頬を膨らませる。
「僕はもう殿下じゃないんだけど」
「あっ、いえ、ですが俺にとっては殿下なので……」
「やめてよ。……ちゃんと、名前で呼んで」
「えっ! そそそそんな恐れ多い!」
「ダフ」
恥ずかしいような拗ねているような、子どもっぽい表情で睨みつけるヴィクス。
ダフはためらったあと、きゅっと目を瞑り小さな声で彼の名を呼んだ。
「……ヴィクス様……」
「様なんていらない」
「ええっ……」
「はやく」
「~~……。ヴィ……ヴィクス……」
ヴィクスは嬉しそうに笑い、力いっぱい親友に抱きついた。
◇◇◇
「……」
「……」
ヴィクスの一歩うしろで二人の再会を見守っていたチュリアは、見知らぬ少女の痛い視線に困っていた。
はじめは遠くからチラチラと見ていた少女が、ちょっとずつちょっとずつ近づいてきて、今ではシチュリアの足元にまで来ている。
それでもシチュリアはわざとらしく視線を外し、関わりたくありませんアピールをしていた。
「ねーえー!」
ついに少女に声をかけられたので、シチュリアは観念して内心げっそりしながら返事をする。
「な、なに……?」
「この子、だーれー?」
少女が指さしたのは、シチュリアと手を繋いでいる三歳くらいの少年。
子どもであっても赤の他人を信用することができず、シチュリアは口を噤んだままだ。
しかし、シチュリアの代わりに少年は拙い滑舌で答えた。
「モリウスー!」
「あっ、こら」
気になった少年の名前が聞けて、少女は大喜び。彼女はモリウスにずいと体を寄せ、大きな目をキラキラ輝かせる。
「モリウスー? かわいいー! なんさい? どこにすんでるのー? でんしょいんこもってるー?」
「もってるぅ」
「やったー! じゃあまいにちいんことばすから、モリウスもちゃあんとおへんじしてね!」
「わかったー」
子どもたちのやりとりに、シチュリアは深いため息を吐いた。
「あのね、モリウス。知らない人に住所は教えてはいけないの。伝書インコはやめておきなさい。それに知らない人と簡単に言葉を交わしてはいけないし――」
シチュリアの小言に耳を傾ける人は誰もいなかった。
少女はいたくモリウスを気に入ったようで、シチュリアよりも大きな声でずっとマリウスに話しかけている。
「……なんだかうしろが騒がしいね」
感動の再会の余韻に浸っていたヴィクスが、うしろの騒音に現実に引き戻され、困ったように笑った。
ヴィクスのうしろの光景が目に入ったダフは、慌てて少女を抱きかかえる。
「うわー! うちの子がすみません!!」
シチュリアは、やっと助けが来てくれて安堵のため息を吐いた。
「ああ、あなたの子だったの。あなたに似て……積極的ね」
「あはは! よく言われます! 長女は特に俺に似てて――あれ? その子は?」
ダフの瞳に、指をしゃぶりながらポカンとダフを見上げているモリウスの姿が映る。
シチュリアは微笑み、ダフに紹介した。
「息子のモリウスよ。今年で三歳になるの」
「む……息子!?」
ダフは口をパクパクさせ、シチュリアとヴィクスを交互に見た。ヴィクスは照れくさそうに頬をかきながら頷く。
「ああ。僕とシチュリアの子どもなんだ」
「ど、どえーーーーー!?」
「モリア様とアウス様の名前から二文字ずついただいて、モリウス。良い名だろう?」
ほんのりドヤ顔をしているヴィクスに、ダフは苦笑いを浮かべる。
「おお……。相変わらずアーサーとモニカへの愛が深い……」
「髪と瞳は僕の色だが、顔立ちはシチュリアに似て美しいんだ」
「ええ……とても美しいです」
こんなに優しい目で我が子を見つめるヴィクスに、ダフの視界が涙で滲む。
「殿……ヴィ……ヴィクス……」
「なんだい?」
「今は……生きるのは、楽しいですか?」
ダフの問いかけに、ヴィクスは目尻を下げて頷いた。
「ああ。楽しい」
そしてヴィクスはダフの手を握り、頬に添えた。
「ダフ。五年前、僕の命を守ってくれてありがとう」
ヴィクスを処刑しないと決めたアーサーとモニカ。
ヴィクスを守ってくれたダフ。
ヴィクスに生きて欲しいと願ったジュリアとウィルク。
ヴィクスを支えてくれたシチュリア。
そして、ヴィクスの新たな生きる意味となったモリウス。
ヴィクスが今、こうして立っていられるのは彼らのおかげ。
人生を楽しいと、生きていたいと思うようになるには、一人でも欠けていてはいけなかった。
ヴィクスはそれを分かっている。
彼らにできる恩返し。それは今を楽しく生きることなのだと、今のヴィクスはちゃんと分かっている。
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