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エピローグ

五年後:トロワで生まれた双子

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「おや、モニカとアビーじゃないか! 久しぶりだねえ! 特にアビーなんて半年ぶりくらいじゃないかい?」
「ちょっとマドレーヌさん! もうアビーって呼んじゃダメだって! アーサーって呼んで! 僕はただの観光客! 分かった?」
「おっとそうだったそうだった」

 マドレーヌと呼ばれた恰幅の良い女性が慌てて口に手を当てた。
 モニカにとっては二か月ぶりのトロワ。アーサーにとっては半年ぶりだ。女性の恰好が難しくなってからも、実はアーサーはただの観光客としてときたま町を訪れていた。

「アーサー!町を見て回りましょう?」
「うん!」

 今でも、モニカはもちろんアーサーも町民に慕われている。ただ町民は未だにアーサーのことを「アビー」と呼んでしまうので、アーサーはいつもヒヤヒヤするのだ。

 トロワの住民、イチは今ではたくましい青年に成長していた。イチだけでなく、あんなに小さくて甘えん坊だったポルでさえ、背が伸びてしっかりしていた。

「イチー! おはよー!」
「……おう」

 イチはいつも通り愛想がない。一言交わしただけで、そそくさとモニカのもとから去ろうとした。

「あれー? イチ、熱でもあるのー? 耳真っ赤だよ~?」
「ほっとけ! くそっ」
「ええ……怒らせちゃった……」

 しっかりしたと言っても、今でもポルはアーサーを見ると甘えたそうな視線を送る。アーサーはポルの頭を撫でてあげると、ポルは気持ちよさそうに目を瞑る。

「ポル、最近どう? 元気?」
「うん。でもウィリーが勉強しろってうるさい」
「あはは! 勉強は大事だから頑張ってね」
「うん」

 双子が町民と言葉を交わしていると、狼狽えた男性に声をかけられた。

「アビー! モニカ!」
「アビーじゃなくてアーサーだよ!」
「チェボさんどうしたの?」
「下の階に住んでるナーニャが…! 子どもが生まれそうなんだが!! なかなか赤ん坊が出て来てくれなくて母子ともに危ないらしいんだ!! 助けてくれ!!」
「なんだって!?」
「すぐ行く!」

 チェボに連れられて双子はナーニャのもとへ行った。彼女は苦しそうな悲鳴をあげながら医者の指示に従って必死にいきんでいる。モニカに気付いた医者が「モニカ!助けてくれ!」と手招きした。

「出血がひどいんだ!!回復魔法をかけてくれないか!!」
「分かったわ!!」
「アーサーは赤子の様子を見てくれ!」
「うん!」

 アーサーが様子を見ると、母親から赤子の足が四本覗いているのが見えた。

「逆子だ……その上……これは……」
「どうなってるのアーサー!?」
「これは、双子だ……」
「双子……」

 アーサーとモニカは目を見合わせた。双子は不吉の前兆と言われている。アーサーが国王になったことその風潮は徐々に薄れつつあったが、刷り込まれたものがそうそう消えるわけがない。
 この子たちが無事生まれたとして、両親がこの子たちを愛してくれるかどうか……。アーサーは震える声でナーニャに声をかけた。

「ナーニャ。赤ん坊は……双子だよ」
「ふた……ご……?」
「そ、そんな…双子だって…?」

 医者は頭をかかえふらついた。

「双子……不吉の前兆だ……。ナーニャさん。悪いことは言わない。このままじゃあなたは死んでしまう。死産させてあなたの命だけでも……」
「いいえ…産みたいわ……」
「ナーニャさん……だが……」

苦しげに息をしながらもナーニャは微笑んだ。

「私には……家族がいないの……。この子たちも……誰との子か分からない。私にはこの子たちしかいないの……。私にとっての……初めての家族なの……。不吉の前兆なわけがないわ……。だって私は今こんなにも幸せなんだもの……」
「ナーニャ……」
「産みたいわ……産みたいの……会いたい……私の子たちに……」
「産みましょう、ナーニャ。あなたには私たちがいる。あなたは死なない。この子たちも死なない」

 モニカはナーニャの手を強く握った。彼女の言葉に、モニカもアーサーもぽろぽろと涙をこぼしている。アーサーは赤ん坊に優しく語り掛けた。

「でておいで。お母さんが君たちに会いたがってるよ。だから二人とも、出ておいで」

 出産には半日以上かかった。モニカは回復魔法をかけながら、ナーニャが意識を保ってられるようずっと元気づけた。アーサーは医者と一緒に赤子をお母さんの中から出てくるのを手伝った。二人の赤ん坊が産声を上げたときには、すっかり朝になっていた。アーサーの手で取りあげた二人の赤子は元気に泣いている。彼らを抱きかかえ、ナーニャに顔を見せた。

「ナーニャ! 生まれたよ! 君の赤ちゃんだよ!! 二人とも男の子! すっごく元気だ!!」
「ああ……良かった……。ふふ、かわいいわ……」
「わぁぁぁ!! よがっだねぇナーニャぁぁぁ!! よがっだねええあがちゃんんんん!」
「モニカ、アビー……。あなたたちのおかげで、この子たちの元気な声が聞けた……。名前は……あなたたちが付けてちょうだい……。ふふ」
「え!? いいの!?」
「ぜひそうして欲しいわ……。路地裏で死にかけていた私を助けてくれて……赤ちゃんにまで会わせてくれたあなたたち……。ほんとうに、ほんとうに、ありがとう……」
「ナーニャ……」

 モニカはナーニャを優しく抱きしめた。

「……あれ?」

 赤ん坊を抱きかかえていたアーサーが不思議そうな声を出した。モニカが「どうしたの?」と声をかけると、アーサーは顔をあげた。戸惑っているようだ。

「モ……モニカ……。この子……」
「ん?」
「この子……セルジュだ……」
「……はぁ?」
「だって……ほら……」

 アーサーは赤子の手を広げて見せた。手の中には銀色の髪束が握られている。

「セルジュ先生のペンダントの中に入ってた髪束、いつの間にかなくなっててどうしてだろうと思ってたんだけど……。君が持ってたんだね。それにこの子を見てると、とても懐かしくて、愛しい気持ちでいっぱいになるんだ」
「う……うそ、そんな……まさか」
「黒い髪も、黄色い目も……セルジュ先生と同じ色だよモニカ。ナーニャは金色の髪と青い目。似ても似つかない。この子、セルジュの生まれ変わりだ」
「じゃあ、もう一人の子は……?」
「赤い髪と、黄色い目……。ロイだね。セルジュはロイの魂魄を取り込んでた。……一緒に生まれてこれたんだ」
「ほ、ほんとうに……?」

 モニカは赤ん坊に駆け寄った。セルジュに似た子は生まれたてにもかかわらず、アーサーとモニカを見て驚いた表情をした。そのあと優しく微笑みを浮かべる。

「……赤ん坊の表情じゃないわ」
「もしかしたら前世の記憶を持ってるのかもしれない」
「この子たち、ちゃんと人間なのかしら?」
「人間だね」
「本当に……? なんてこと……! ああ、セルジュ!ロイ!!」

 わんわん泣きながらモニカが赤ん坊二人を抱きしめた。

「ありがとう……!! ありがとう!! 生まれて来てくれてありがとう!! それもトロワに……!」
「うれしいよぉ……! 先生とロイにまた会えたよぉ……! ぐすっ! ずっと会いたかった……! 会いたかったよぉぉ!!」
「ね、ねえアビーとモニカ……私にも抱かせてくれないかしら?」

 二人で盛り上がっていると、ナーニャが困ったように笑いながら声をかけた。アーサーとモニカは我に返り、ナーニャに赤ん坊を抱かせた。新しい家族を嬉しそうに抱きしめるナーニャに、双子はまた涙が止まらなくなった。

「ああ……私の家族。これからよろしくね。あなたちに紹介するわ。こちらモニカ、あなたを産む間、ずっと回復魔法をかけて私とあなたたちを助けてくれた。こちらはアビー……」
「アーサーだよ!」
「……アーサー、あなたたちを取り上げてくれた人よ。そして二人があなたたちの名付け親になるの。第二のおとうさんとおかあさんよ。……二人とも、名前は決まったかしら?」
「うん! 決まったよ! あのねこの黒髪が――……」

 セルジュ、ロイと名付けられたその赤ん坊は、母親に愛情をたくさん注がれて育てられた。決して裕福ではなかったが、つつましい毎日を家族3人で楽しく過ごした。セルジュとロイは数か月おきに会いに来る双子に異常なほど懐き、ナーニャがやきもちを妬いてしまうほどだった。
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