【完結】またたく星空の下

mazecco

文字の大きさ
13 / 71
1章

第12話 優紀ちゃんのまゆげに憧れて

しおりを挟む
 ◇◇◇

 パジャマを着た海茅は、スマホの前でうずくまっていた。
 匡史とLINEを交換してから、海茅は何度か匡史とやりとりをした。
 LINEの始まりはいつも海茅からだ。忘れたふりをして宿題の範囲を聞いたり、絵画教室のことを尋ねたりと、話題を絞り出すだけでも大変だ。
 それだけでも頭と体力を使うのに、メッセージの送信ボタンを押すのはもっと大変だ。ウザがられたらどうしよう、返事がこなかったらどうしよう、というような不安を押しのけ、勇気を出してメッセージを送らなければならない。これだけでも一日授業を受けるよりも疲れる。
 そして今の海茅は、ついさっき匡史にメッセージを送ったばかりだ。体力を使いきった海茅は、ぐったりとベッドに沈み込み、おっさんのような低い声でため息を吐いた。
 ここから匡史からの返事が来るまでの待ち時間が一番の地獄だ。先ほど押しのけた不安が頭の中に戻ってきて、泣きたくなることばかり囁く。

《うん、今日もまあまあ良いの描けたよ。彼方さんは部活どうだった?》
「はぁぁぁ~……!」

 しかし、たった一通のメッセージが返ってきただけで、それまでの疲れや不安など全て吹き飛ぶ。
 それから海茅はベッドに潜り込み、すぐに返事を打った。

「……こんなにすぐ返したら引かれるかなあ」

 海茅はグッとこらえ、五分後に返事を送ることにした。それまでの時間は、オーケストラが演奏している自由曲の動画を観て過ごした。

《部活はね、今日はちょっと楽しかった》
《良かったね。楽しいのが一番》
《多田君は、今日はどんな絵描いたの?》
《ペットボトルのデッサンしたよ。左右対称になかなか描けなくて難しかった》

 また匡史の描いた絵を見たい。見せてと言えば、匡史なら画像を送ってくれるだろう。それなのに、また頭の中に現れた不安が嫌なことを囁くものだから、海茅はそのお願いをすることができなかった。

「私も優紀ちゃんみたいになれたらいいのにな……」

 優紀は何事にも積極的だ。匡史にもLINEを教えてと簡単に言えるし、部活の合奏中でも失敗を恐れずに挑戦し、授業でもよく手を挙げて先生に質問をしている。
 未だに「一年三組の吹奏楽部員」という肩書でしか認知されていない、影が薄い海茅とは違い、優紀はクラスメイトにも、部員にも先生にも、「喜田優紀」として認知され、気に入られていた。

「可愛いから自分に自信が持てるのかな」

 そんなことを考えていると、どんどん目が冴えてきてしまった。
 姉にもらった卓上スタンドミラーを覗き込むと、冴えない女の子の顔が映る。短く切りすぎた前髪から覗く眉毛は、毛虫のようにもじゃもじゃだ。

「優紀ちゃんの眉毛はこんなんじゃない。きっと剃ってるんだよね……」

 いてもたってもいられなくなり、海茅は姉の部屋をノックした。
 すぐに姉がドアを開け、海茅を部屋に入れる。

「どうしたの? いつもなら寝てる時間に」
「お姉ちゃん、眉毛剃るカミソリ貸して!」
「え? 眉毛剃るの? 海茅、眉毛剃ったことないでしょ。お姉ちゃんがやってあげようか?」
「ううん、自分でする!」
「……明日、学校休むなんて言わないでね?」

 姉は気乗りしないまま、しぶしぶ海茅にカミソリを渡した。心配で海茅の部屋までついて行こうとすると、嫌がる海茅に追い払われた。
 部屋に戻った海茅は、さっそく眉にカミソリを当てた。もじゃもじゃの塊からはみ出ている眉毛を剃るだけでも印象が変わった気がした。
 続いて、もじゃもじゃ部分を思い切って剃ってみた。優紀の眉を思い出しながら、ぎこちない手つきでカミソリを動かす。
 しかし、剃っても剃っても、優紀のような整った形にならない。こうかな、ああかな、と試しているうちに、海茅の眉毛は針金くらいの細さになってしまった。
 海茅は、顔についたままの剃った毛をティッシュで払い、改めて鏡を見た。

「……これは、失敗かもしれない」

 翌朝、学校を休むと言ってベッドから出てこない海茅を、母親と姉の二人がかりで引きずり出し、海茅の針金眉毛を見て思わず噴き出した。
 慌ててフォローしてももう遅い。海茅はまたベッドに潜り込んでしまった。


 姉にアイブロウペンシルで眉を描き足してもらった海茅は、教室の前で立ちすくんでいた。

(みんなに笑われたらどうしよう……)

 そこに担任がやって来て、海茅を教室の中に押し込んだ。
 海茅は俯き、眉を手で押さえながら自分の席まで移動した。
 しかし、その日一日で海茅の眉の形が変わったことに気付いたのは優紀とパーカッション部員だけだった。
 どうやら杞憂だったようだ。海茅はホッとしたが、同時に少し寂しくなった。

《眉の形変わった?》
「ひょっ!?」

 夜、初めて匡史から始まりのメッセージが届いた。しかも眉毛のことに気付いてくれたようだ。それはそれで恥ずかしい。

《き、気付いちゃった!? 実は失敗しちゃって……》
《そうなんだ。そんな風には思わなかったけど》
《お姉ちゃんが描いてくれたの》
《へえ、彼方さんってお姉さんいるんだ》

 早く眉毛の話を終わらせたかった海茅は、話題を変えられるチャンスに食いついた。

《うん。多田君は兄弟いる?》
《それがいないんだよねー。一人っ子。それに父親もいないし》

 振ってはいけない話題を振ってしまった気がした。海茅はしばらく悩んでから、返事を打つ。

《そうなんだ。変なこと聞いてごめん》
《いいよ全然。自分から言っただけだし》

 このやりとりも失敗だったかもしれないと海茅は項垂れ、ため息を吐いた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
児童書・童話
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベル、ツギクルに投稿しています。 ※【応募版】を2025年11月4日からNolaノベルに投稿しています。現在修正中です。元の小説は各話の文字数がバラバラだったので、【応募版】は各話3500~4500文字程になるよう調節しました。67話(番外編を含む)→23話(番外編を含まない)になりました。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

処理中です...