15 / 71
2章
第14話 森で暮らす女の子と王子さまの物語
しおりを挟む
部屋にこもった海茅は、シンバルを手に持ち目を瞑る。シンバルの音だけに集中して、何度か軽く合わせた。
(主役は彦星と織姫じゃない。どんな天の川を作るかが大事)
今日、OBにもう一度「ここではどんな音色を奏でたい?」と聞かれた海茅は、うんうん考えながら言葉で説明しようとしたが、うまくできなかった。
OBはそれでもいいと言ってくれた。言葉にできなくても、頭の中で理想の音をイメージできているのなら充分だと。
海茅の中で、この曲は物語として流れていた。
木の実が転がる豊かな森の奥深く、一人の女の子が暮らしていた。女の子は動物と仲良しで、切り株を囲んで動物と一緒にごはんを食べ、夜眠るときはふわふわの動物に抱きつき暖かさを分けてもらう。
元気な森でも夜は静かだ。流れ星が落ちても誰も気付かない。
女の子と動物たちがぐっすり眠っている間に、徐々に太陽が顔を出す。
明るい日差しに目を覚まし、女の子があくびをする。彼女が住処から飛び出すと、他の動物たちも起き出し、森で食べ物を探した。
女の子は動物と出会ったら挨拶をして、木の実を分け合った。
愉快な動物たちは女の子が大好きで、彼女を囲んで歌を歌い、踊る。
毎日がいつも一番楽しい日だった。
そんな森に狂暴な動物がやってきて、か弱い動物を襲った。
森の上を灰色の雲が覆い、大雨と雷を落とす。
楽しかった日々が一変して、住処に隠れて震える毎日を過ごすことになった。
とうとう狂暴な動物が女の子を見つけた。
腰が抜けて動けない女の子に、狂暴な動物が大口を開けて牙を剥きだす。
女の子が死を恐れ、目を瞑った瞬間、狂暴な動物の断末魔が聞こえた。
おそるおそる目を開けると、横たわる動物の背後に、立派な服を着た男の人が立っていた。話を聞くと、この国の第三王子様だという。
王子様はそれから、森を襲う狂暴な動物を全て追い払い、森を守ってくれた。
怯えながらも、か弱い動物たちが住処から顔を出す。
王子様は大きな岩の上に立ち、剣先を空に向けた。
すると雨が上がり、みるみるうちに分厚い雲が風で押し流されていく。
女の子とか弱い動物たちの上に、満天の星が広がる夜空が一面に広がった――
このワンシーンの星空こそが、クラッシュシンバルの一音に託された役割だと、海茅は考えていた。
この星空は、ただ単に美しいだけではいけない。
絶望からの解放、待っている明るい明日の示唆――女の子がこの星空を見て感じたことを、シンバルの音に乗せたい。
海茅はその夜、手の皮がむけるまで何度も何度もクラッシュシンバルを叩いた。
シンバルの音に集中していると、手とシンバルの境界線が溶けてしまった感覚に襲われた。
今の海茅はシンバルを叩いているのではない。シンバルの響きを自分の体から生み出している。
海茅から広がる星空が、だんだんとイメージに近づいているのが分かる。
(よし……。いち、に、さん、よん……)
海茅は大きくシンバルを振り下ろした。彦星と織姫が手を離すと、まばゆい星空が海茅の家を覆い隠した。
自身で織りなした星の下で、海茅は茫然と立ち尽くす。
あまりの美しさに目が潤んだ。
それに、匡史をこっそり見ているときみたいに胸がトクトクする。
不思議な感覚に気持ち悪さを感じながらも、海茅はシンバルを持ったままベッドに倒れこみ、努力がたぐり寄せた結果の余韻を噛み締めた。
(主役は彦星と織姫じゃない。どんな天の川を作るかが大事)
今日、OBにもう一度「ここではどんな音色を奏でたい?」と聞かれた海茅は、うんうん考えながら言葉で説明しようとしたが、うまくできなかった。
OBはそれでもいいと言ってくれた。言葉にできなくても、頭の中で理想の音をイメージできているのなら充分だと。
海茅の中で、この曲は物語として流れていた。
木の実が転がる豊かな森の奥深く、一人の女の子が暮らしていた。女の子は動物と仲良しで、切り株を囲んで動物と一緒にごはんを食べ、夜眠るときはふわふわの動物に抱きつき暖かさを分けてもらう。
元気な森でも夜は静かだ。流れ星が落ちても誰も気付かない。
女の子と動物たちがぐっすり眠っている間に、徐々に太陽が顔を出す。
明るい日差しに目を覚まし、女の子があくびをする。彼女が住処から飛び出すと、他の動物たちも起き出し、森で食べ物を探した。
女の子は動物と出会ったら挨拶をして、木の実を分け合った。
愉快な動物たちは女の子が大好きで、彼女を囲んで歌を歌い、踊る。
毎日がいつも一番楽しい日だった。
そんな森に狂暴な動物がやってきて、か弱い動物を襲った。
森の上を灰色の雲が覆い、大雨と雷を落とす。
楽しかった日々が一変して、住処に隠れて震える毎日を過ごすことになった。
とうとう狂暴な動物が女の子を見つけた。
腰が抜けて動けない女の子に、狂暴な動物が大口を開けて牙を剥きだす。
女の子が死を恐れ、目を瞑った瞬間、狂暴な動物の断末魔が聞こえた。
おそるおそる目を開けると、横たわる動物の背後に、立派な服を着た男の人が立っていた。話を聞くと、この国の第三王子様だという。
王子様はそれから、森を襲う狂暴な動物を全て追い払い、森を守ってくれた。
怯えながらも、か弱い動物たちが住処から顔を出す。
王子様は大きな岩の上に立ち、剣先を空に向けた。
すると雨が上がり、みるみるうちに分厚い雲が風で押し流されていく。
女の子とか弱い動物たちの上に、満天の星が広がる夜空が一面に広がった――
このワンシーンの星空こそが、クラッシュシンバルの一音に託された役割だと、海茅は考えていた。
この星空は、ただ単に美しいだけではいけない。
絶望からの解放、待っている明るい明日の示唆――女の子がこの星空を見て感じたことを、シンバルの音に乗せたい。
海茅はその夜、手の皮がむけるまで何度も何度もクラッシュシンバルを叩いた。
シンバルの音に集中していると、手とシンバルの境界線が溶けてしまった感覚に襲われた。
今の海茅はシンバルを叩いているのではない。シンバルの響きを自分の体から生み出している。
海茅から広がる星空が、だんだんとイメージに近づいているのが分かる。
(よし……。いち、に、さん、よん……)
海茅は大きくシンバルを振り下ろした。彦星と織姫が手を離すと、まばゆい星空が海茅の家を覆い隠した。
自身で織りなした星の下で、海茅は茫然と立ち尽くす。
あまりの美しさに目が潤んだ。
それに、匡史をこっそり見ているときみたいに胸がトクトクする。
不思議な感覚に気持ち悪さを感じながらも、海茅はシンバルを持ったままベッドに倒れこみ、努力がたぐり寄せた結果の余韻を噛み締めた。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】
猫都299
児童書・童話
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。
「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」
秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。
※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記)
※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記)
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベル、ツギクルに投稿しています。
※【応募版】を2025年11月4日からNolaノベルに投稿しています。現在修正中です。元の小説は各話の文字数がバラバラだったので、【応募版】は各話3500~4500文字程になるよう調節しました。67話(番外編を含む)→23話(番外編を含まない)になりました。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
黒地蔵
紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。
※表紙イラスト=ミカスケ様
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる