【完結】またたく星空の下

mazecco

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7章

第60話 小石

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 コンクールを終えた吹奏楽部は、一週間の休み期間に入った。
 海茅は、午前十時を過ぎても、ぼうっとベッドの上で寝転んでいた。コンクールの日から一日経っても、彼女はまだ森から抜け出せない。頭の中で昨日の演奏が何度も繰り返されては、胸にしゅわっと泡が吹き立つのだ。
 海茅は何気なくスマホを手に取り、昨晩したグループLINEでのやりとりを読み返した。

《茜: ミッチー! ユッキー! お疲れー! 二人ともかっこよかったよー!》
《創: しかも金賞! すげえな~!》
《匡史: 本当にすごかった》

 これが、侭白中学校の演奏が終わってすぐに送られていたメッセージだ。
 一週間の休みがあると知った茜は大喜びで、お疲れさま会をしようと提案した。海茅はもちろん、他のメンバーも大賛成。
 お疲れさま会は、今日のお昼にファミレスでひらかれる。
 何度もメッセージを読み返していると、海茅の気持ちが徐々に現実に引き戻される。

 海茅はいつものクセで匡史の個別LINEを開いた。最後のメッセージは、合宿前日の《がんばってね》で終わっている。それからはグループLINEでしかやり取りをしていなかった。
 海茅はスマホの画面をしばらく眺めてから深いため息を吐く。

 匡史と個別でやりとりをしたいなら、海茅からメッセージを送ればいいだけなのに、今の彼女にはそれができない。
 匡史は、他の女の子とも毎日LINEでやり取りをしているのだろうか。海茅と通話をしていないときは、他の女の子と話しているのだろうか。匡史にとっては海茅も、彼に大勢いる女の子の中の一人でしかないのだろうか。
 そんなことを考えるとどこか癪に障り、海茅は自分からメッセージを送ることができなかった。
 海茅が送らなければ、匡史からメッセージを送ってくれるかもしれないという淡い期待をこっそり抱いていたが、残念ながらそんなことはなかった。

「今までは匡史君からも送ってくれてたのに……」

 海茅はむすっと頬を膨らませた。匡史への気持ちが怒りに近い感情に誤変換されて、彼女の頭をぐるぐる回る。
 そろそろ起きて準備をしようと、海茅はやっとベッドから起き上がった。
 前回と同じように姉の服を借りた海茅は、鏡に映るダボついた服を着た自分に本音を漏らす。

「会いたいけど、会いたくないなあ……」

 海茅がファミレスに到着したときには、他のメンバーが集まっていた。手を振る四人に海茅は笑いかけたが、どうしても匡史の視線を避けてしまう。
 グラスにたっぷりと注いだジュースを持ち上げ、茜が乾杯の音頭をとる。

「ミッチー、ユッキー! コンクールおつかれさまぁ~!!」
「「ありがとぉ~!」」

 今日は茜、創、匡史がおごってくれるらしい。好きなだけ食べろとメニューを手渡された海茅と優紀は、よだれを垂らしながらサラダとパスタを注文した。そこに茜が追加でポテトとなんこつの唐揚げなどのサイドメニューをたくさん頼んだので、テーブルに載りきらないほどの料理が届く。
 茜と創は、目をキラキラさせてテーブル一面に広がる料理を眺めた。

「きゃぁぁ~! 食べ放題だぁ~!」
「これはテンション上がるなぁ! どれから食べようか迷うじゃん!」

 そんな二人に匡史は呆れている様子だ。

「お前ら……ちゃんと残さず食べろよ?」
「もちろん! 食べ物は粗末にしません!」

 元気に応える茜に、「ならいいんだけど」と言って、匡史は早速ポテトを小皿に盛った。

「……みっちゃんもいる? ポテト」
「ふぁっ!?」

 幽霊を見た時のような反応をする海茅につられて、匡史も「うわっ!」と声を上げ、ジュースを少しこぼした。
 それを見ていた他のメンバーが噴き出す。

「お前らなにやってんだよ! コント?」
「さっきから二人ともガチガチじゃん! なに? とうとう付き合いだしたのー?」
「だから付き合ってないって!!」

 茶化す創と茜に、顔を真っ赤にする匡史。ケタケタ笑う優紀の隣では、恥ずかしすぎて目をぐるぐる回す海茅がいる。

「そ、そんな誤解、匡史君に失礼だから!」

 取り乱した海茅が思わず口走った言葉に、その場にいた友人がみんなきょとんとする。

「失礼……ではなくない?」

 首を傾げる茜に、創は頷いた。

「おう。失礼ではないな。むしろなんでまだ付き合ってないんだって話で――」
「おい創ぇ……。いい加減にしろぉ?」

 匡史が珍しく低い声で唸ったので、創と茜はきゅっと口をつぐんだ。
 料理を食べ進めるうちに、なんとか気まずい雰囲気から抜け出せたものの、海茅と匡史との間にはずっと見えない壁があった。
 おなかいっぱい食べ、たくさんお喋りをして、お疲れさま会はおひらきとなった。


 海茅、優紀と別れたあと、匡史、茜、創は夕焼け空の下を並んで歩く。
 茜は匡史を覗き込み、さりげない口調で尋ねた。

「ねえ匡史。ミッチーとなにかあった?」
「なんで?」
「なんかミッチーも匡史もいつもと違ったからさー。ケンカでもした?」
「ケンカなんてしてないよ」

 そう言って表情をくもらせる匡史に、茜は目を細める。

「ケンカはしてないけど、なにかあったんでしょ?」
「んー……。なにかあったのかな」

 二人の会話を聞いていた創が、舌打ちをして匡史を軽く蹴る。

「さっきからハッキリしねーなあ。さっさと言えよ!」

 しばらく黙り込んだ匡史が、ほとんど聞こえないほどの小さな声で事情を話した。
 女の子に告白されたあとに海茅と鉢合わせて、気まずくて素っ気なくしてしまったこと。それで嫌われたと勘違いした海茅の誤解を解くために、優紀が本当のことを話したこと。それから海茅の匡史に対する態度が変わったこと――

 話を聞いていた茜と創が、顔を引きつらせたまま目配せをした。
 ありもしない小石が挟まり、こじれてしまった匡史と海茅。本当は障害なんて何もないのに、どうしてうまくいかないのだろう。
 俯いて歩く匡史は、ボソボソと打ち明ける。

「あとは……。なんか、昨日のみっちゃんのシンバル聴いてから、俺もみっちゃんの顔まともに見れなくて」
「へえ、どうして?」

 茜の質問に、匡史は首を横に振る。

「分からない」

 創はぼんやりと夕日を眺め、呟いた。

「なぁんか、ままならねえなあ」

 人生って難しいね、と茜がため息を吐く。
 匡史と創は大袈裟だと言って笑った。

「でもさ、このままだとなんか気持ち悪くない? ちゃんと二人で話しなよ」
「そうだなあ」

 匡史はそう応えたっきり、何も話さなくなってしまった。
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