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2章 魔王討伐
2-12 トラブル発生
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周りの変わりように、私はため息を漏らした。
まるで呪いが解けたみたいだ。
「綺麗……ここ、小川だったんだね」
「深くはないようですね。帰りは川を下っていきましょう」
イザークが手綱を緩めると、馬がパシャパシャと歩き回る。
「ふふ、気持ちよさそう……あっ」
一瞬めまいがして、頭がカクンと前に傾く。
イザークがしっかり支えてくれているので、危なっかしくはない。
ただ想像通りと言うべきか、背後の空気がピリッと緊張した。
「アナベル様、お具合がお悪いのですか?」
「ううん、大丈夫」
強がりじゃない。
魔王をぶっ飛ばしたあと、すぐ浄化に入ったから、魔力を一気に消費して、体がついて来ていないだけだ。
ここともう一帯、山地を浄化すれば、今日泊まる予定の拠点に着く。
そこで一晩休めば回復する。
だから問題はないのに、イザークの追及は止まらない。
「しかし、ふらついておられましたが」
「乗馬に慣れてないからバランスを崩しただけ。支えてくれて助かったよ、ありがとう」
「本当に、それだけですか?」
「そうだよ、どこも悪くないって」
「悪いというより、軽いめまいでしょう」
澄んだ声がして、私は顔を上げた。
ぼんやりと光るナギが、黒い目で私たちを見ていた。
「今は浄化中ですので、さすがの聖女様にもそれなりのご負担が──」
「ナギ、よしよししてあげる!おいで!」
負担がかかっている、なんて言われたら、またイザークになで回されてしまう。
慌てて腕を広げると、ナギはハッと目を見開き、私の方へ滑空してきた。
ぶつかる寸前で止まり、「キュウ」と鳴いて私の胸元にすり寄ってくる。
「ナギ、ずるいー……」
「ボクも!」
ほかの三匹も飛んできて、私の腕の中で、光るもふもふ団子になった。
やわらかい手触りを堪能していると、イザークがまた口を開く。
「アナベル様、お悪いところは?」
「だから、ないってば。それより馬を岸に上げなくていいの?足、水に浸かりっぱなしだけど」
馬も心配だったので、話をそらしてみる。
イザークはムッとしたようにため息をついたが、
「違和感があれば、すぐにおっしゃってください」
と、ようやく引き下がってくれた。
精霊たちの光が消えたのを合図に、私たちは来た道を戻った。
今は春の始めで、そこかしこに花が咲いている。
馬を走らせていると、呆けたようにあたりを見回すレオナルドたちが見えてきた。
「浄化が終わったよ、お待たせ!」
私が手を振ると、みんなの顔が引き締まる。
ギデオンたちが寄ってきて、
「イザーク、二人乗りは疲れるだろう」
「僕らも交代できますが」
と、気遣ってくれる。
イザークのことも仲間だと認めてくれたんだろうか。
……その割には、声色が穏やかじゃないような。
「お構いなく」
イザークの言い方も、どことなく棘がある。
空気が悪くなる前にさっさと場所を移そう。
「ありがとう。でもイザークは頑丈だから大丈夫だよ。時間ももったいないし、このまま進もう!」
言い終えると同時に、イザークが馬を走らせる。
ギデオンたちはブツブツ言っていたけど、状況をわかっているからか、すぐに口をつぐんだ。
次の目的地に着き、山々を浄化する。
そこでも軽くめまいがした。
なんだか頭も重くなってくる。
どうしてだろう。
昨晩、日が変わるまで浄化スケジュールを立てていたから、疲れが溜まっているんだろうか。
でも、キャンプまであと少し。
そうしたら休める。
あと少し、あと少し。
そうやって心を奮い立たせる。
なのに、キャンプに着き、馬を降りた私たちを出迎えたのは、低頭する兵たちだった。
「……食糧が、足りない?」
レオナルドが、兵士の報告を呆然とくり返した。
兵士全員、頭を下げたままで「はい」と答える。
「この場に到着後、用意された木箱と袋を開けたのですが……」
隊長が言葉を濁すと、下級兵が箱と麻袋を持ってくる。
私はそれを覗き込んで、
「うわっ!」
と、すぐにのけぞった。
「ど、どうしたんだ、アナベル?」
「やばいよ、これ……」
根菜は黒く変色し、変な汁がにじみ出ている。
パンはカビが生えかけていた。
適当に保存していた上に、気候のよさも相まって、劣化が進んだのだろう。
若干、虫も湧いている。
レオナルドやギデオンも箱に近づき、顔をしかめた。
ギデオンは舌打ちをし、箱の蓋を持ち上げる。
「クソッ、どこの貴族がよこしたものだよ!」
現れた家紋を見て、私は頭が痛くなった。
「ケッティ伯爵じゃん……」
性懲りもなく、あのオッサンは。
いや、レオナルドに「提供するのはどんなものでもいいか」と聞いていたような。
だからって古いものを押し付けなくても。
ここまでひどい有様になるとは思っていなかっただろうけど。
「……まともな食糧は、どの程度ある?」
なんとか落ち着いたらしいレオナルドが、隊長に尋ねる。
「安全と言い切れるのは、およそ三分の一です」
「ということは、大丈夫かもしれないものもあるんだな?それを……いや、やめておこう」
レオナルドが唇を噛む。
賢明な判断だ。
この旅はスピード勝負。
わずかでも食中毒の危険があるなら、諦めるべきだろう。
空腹の方が千倍マシである。
一部の兵士や親衛騎士は、王都へ帰らせてもいいけど……それはそれで心配が残る。
拠点の近くの森に、人が潜んでいた跡があったらしい。
大規模な盗賊団だったら、食糧どころか命まで取られかねない。
私は浄化中は魔物を倒せないから、戦力が減るのは心もとない。
「でも、何も食べないっていうのも……」
私が「うーん」とうなると、ギデオンが頷いた。
「ええ、危険です。食べずに動いていると、突然倒れることがありますから」
「あ、やっぱりそうなんだ?」
ヒダル神に憑かれる、とかいうやつだ。
あやかし系のゲームにちょいちょい出てくる。
正体は低血糖らしい。
本当かどうかは知らないけど。
「じゃあ……ちょっと聞きたいんですけど」
私は、申し訳なさそうにうつむく隊長に声をかけた。
「予定の三分の一の食糧なら、今晩の分だけってこと?」
「そう……ですね。明朝に浄化を行い、昼食後に発つ、と伺っておりますので」
「ですよね。わかりました……じゃ、晩ごはんにしましょう」
兵隊長はしばらくぽかんとして、それからおずおずと口を開いた。
「そ、そうしますと食糧が……」
「食べ切っちゃいましょう。それで、明日の朝は食べずに、次の拠点へ行きます」
私が言うと、みんなが目を丸くする。
「あの、アナベル様……次の拠点はヘイルフォード兵が設営していますから、食糧は十分かと思いますが……しかし……」
「ね、ねえ、アナベル」
リリィが、戸惑いつつ話しかけてくる。
「それなら、このあたりの浄化は?後回しにするの?」
「今、やる!」
私の宣言に、みんなの目がさらに見開く。
自分でも無茶苦茶だと思うけど、この方法しか思いつかない。
頭は痛いし、足はもつれそうだけど、やってやる。
「浄化して、ごはんを食べて、仮眠!日が昇ったら出発しよう!」
まるで呪いが解けたみたいだ。
「綺麗……ここ、小川だったんだね」
「深くはないようですね。帰りは川を下っていきましょう」
イザークが手綱を緩めると、馬がパシャパシャと歩き回る。
「ふふ、気持ちよさそう……あっ」
一瞬めまいがして、頭がカクンと前に傾く。
イザークがしっかり支えてくれているので、危なっかしくはない。
ただ想像通りと言うべきか、背後の空気がピリッと緊張した。
「アナベル様、お具合がお悪いのですか?」
「ううん、大丈夫」
強がりじゃない。
魔王をぶっ飛ばしたあと、すぐ浄化に入ったから、魔力を一気に消費して、体がついて来ていないだけだ。
ここともう一帯、山地を浄化すれば、今日泊まる予定の拠点に着く。
そこで一晩休めば回復する。
だから問題はないのに、イザークの追及は止まらない。
「しかし、ふらついておられましたが」
「乗馬に慣れてないからバランスを崩しただけ。支えてくれて助かったよ、ありがとう」
「本当に、それだけですか?」
「そうだよ、どこも悪くないって」
「悪いというより、軽いめまいでしょう」
澄んだ声がして、私は顔を上げた。
ぼんやりと光るナギが、黒い目で私たちを見ていた。
「今は浄化中ですので、さすがの聖女様にもそれなりのご負担が──」
「ナギ、よしよししてあげる!おいで!」
負担がかかっている、なんて言われたら、またイザークになで回されてしまう。
慌てて腕を広げると、ナギはハッと目を見開き、私の方へ滑空してきた。
ぶつかる寸前で止まり、「キュウ」と鳴いて私の胸元にすり寄ってくる。
「ナギ、ずるいー……」
「ボクも!」
ほかの三匹も飛んできて、私の腕の中で、光るもふもふ団子になった。
やわらかい手触りを堪能していると、イザークがまた口を開く。
「アナベル様、お悪いところは?」
「だから、ないってば。それより馬を岸に上げなくていいの?足、水に浸かりっぱなしだけど」
馬も心配だったので、話をそらしてみる。
イザークはムッとしたようにため息をついたが、
「違和感があれば、すぐにおっしゃってください」
と、ようやく引き下がってくれた。
精霊たちの光が消えたのを合図に、私たちは来た道を戻った。
今は春の始めで、そこかしこに花が咲いている。
馬を走らせていると、呆けたようにあたりを見回すレオナルドたちが見えてきた。
「浄化が終わったよ、お待たせ!」
私が手を振ると、みんなの顔が引き締まる。
ギデオンたちが寄ってきて、
「イザーク、二人乗りは疲れるだろう」
「僕らも交代できますが」
と、気遣ってくれる。
イザークのことも仲間だと認めてくれたんだろうか。
……その割には、声色が穏やかじゃないような。
「お構いなく」
イザークの言い方も、どことなく棘がある。
空気が悪くなる前にさっさと場所を移そう。
「ありがとう。でもイザークは頑丈だから大丈夫だよ。時間ももったいないし、このまま進もう!」
言い終えると同時に、イザークが馬を走らせる。
ギデオンたちはブツブツ言っていたけど、状況をわかっているからか、すぐに口をつぐんだ。
次の目的地に着き、山々を浄化する。
そこでも軽くめまいがした。
なんだか頭も重くなってくる。
どうしてだろう。
昨晩、日が変わるまで浄化スケジュールを立てていたから、疲れが溜まっているんだろうか。
でも、キャンプまであと少し。
そうしたら休める。
あと少し、あと少し。
そうやって心を奮い立たせる。
なのに、キャンプに着き、馬を降りた私たちを出迎えたのは、低頭する兵たちだった。
「……食糧が、足りない?」
レオナルドが、兵士の報告を呆然とくり返した。
兵士全員、頭を下げたままで「はい」と答える。
「この場に到着後、用意された木箱と袋を開けたのですが……」
隊長が言葉を濁すと、下級兵が箱と麻袋を持ってくる。
私はそれを覗き込んで、
「うわっ!」
と、すぐにのけぞった。
「ど、どうしたんだ、アナベル?」
「やばいよ、これ……」
根菜は黒く変色し、変な汁がにじみ出ている。
パンはカビが生えかけていた。
適当に保存していた上に、気候のよさも相まって、劣化が進んだのだろう。
若干、虫も湧いている。
レオナルドやギデオンも箱に近づき、顔をしかめた。
ギデオンは舌打ちをし、箱の蓋を持ち上げる。
「クソッ、どこの貴族がよこしたものだよ!」
現れた家紋を見て、私は頭が痛くなった。
「ケッティ伯爵じゃん……」
性懲りもなく、あのオッサンは。
いや、レオナルドに「提供するのはどんなものでもいいか」と聞いていたような。
だからって古いものを押し付けなくても。
ここまでひどい有様になるとは思っていなかっただろうけど。
「……まともな食糧は、どの程度ある?」
なんとか落ち着いたらしいレオナルドが、隊長に尋ねる。
「安全と言い切れるのは、およそ三分の一です」
「ということは、大丈夫かもしれないものもあるんだな?それを……いや、やめておこう」
レオナルドが唇を噛む。
賢明な判断だ。
この旅はスピード勝負。
わずかでも食中毒の危険があるなら、諦めるべきだろう。
空腹の方が千倍マシである。
一部の兵士や親衛騎士は、王都へ帰らせてもいいけど……それはそれで心配が残る。
拠点の近くの森に、人が潜んでいた跡があったらしい。
大規模な盗賊団だったら、食糧どころか命まで取られかねない。
私は浄化中は魔物を倒せないから、戦力が減るのは心もとない。
「でも、何も食べないっていうのも……」
私が「うーん」とうなると、ギデオンが頷いた。
「ええ、危険です。食べずに動いていると、突然倒れることがありますから」
「あ、やっぱりそうなんだ?」
ヒダル神に憑かれる、とかいうやつだ。
あやかし系のゲームにちょいちょい出てくる。
正体は低血糖らしい。
本当かどうかは知らないけど。
「じゃあ……ちょっと聞きたいんですけど」
私は、申し訳なさそうにうつむく隊長に声をかけた。
「予定の三分の一の食糧なら、今晩の分だけってこと?」
「そう……ですね。明朝に浄化を行い、昼食後に発つ、と伺っておりますので」
「ですよね。わかりました……じゃ、晩ごはんにしましょう」
兵隊長はしばらくぽかんとして、それからおずおずと口を開いた。
「そ、そうしますと食糧が……」
「食べ切っちゃいましょう。それで、明日の朝は食べずに、次の拠点へ行きます」
私が言うと、みんなが目を丸くする。
「あの、アナベル様……次の拠点はヘイルフォード兵が設営していますから、食糧は十分かと思いますが……しかし……」
「ね、ねえ、アナベル」
リリィが、戸惑いつつ話しかけてくる。
「それなら、このあたりの浄化は?後回しにするの?」
「今、やる!」
私の宣言に、みんなの目がさらに見開く。
自分でも無茶苦茶だと思うけど、この方法しか思いつかない。
頭は痛いし、足はもつれそうだけど、やってやる。
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