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山河 枝

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4章 主権奪還

4-2 イザークの(元)婚約者

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 私と同じ年頃の美女は、笑みを消して小首を傾げた。

「イザーク様、どうなさったのですか?……ああ、忘れてしまったのですね。私はあなたの婚約者ですわ」

「はい?」

 美女の予想外の発言に、私は面食らってしまった。
 そして少し……いや、結構ショックを受けていた。

 イザークに、結婚を約束した相手がいた。
 もちろん政略結婚だろうが、こんなに綺麗で品のある人なら、好意を持ちそうなものである。

 さすがのイザークも、彼女に駆け寄ってしまうのでは……
 私は、恐る恐るイザークの背中を見た。

 しかし、彼に驚いた様子はない。
 金髪美女が誰なのか、わかっていたらしい。
 その上で警戒している。

 どうしてなんだろう、そんなに危険な人物なんだろうか。
 彼女も帯剣しているが、イザークが手を焼くとは思えない。
 
 私が首をひねっていると、美女は胸に手を当て、一歩進み出てきた。

「私、エルヴァですわ。エルヴァ・カスティルです」

 カスティル──私は目を見張った。
 全身に緊張が走る。

 だからイザークは身構えているんだ。

「覚えていますよ、エルヴァ。ただ、あなたは私の婚約者でしょう?」
 
 イザークはエルヴァから目をそらさず、唸るように話す。

「あなたの父親が、この国を乗っ取った時、私たちの婚約は破棄された。違いますか?」

 責めるように問うイザークに、エルヴァは柳眉を下げ、青い瞳を潤ませる。

「どうしてそんな言い方をするのです?あなたの目撃情報が入ったから、視察の予定を変更して、この村へ大急ぎで来たのに……私は、あなたにお会いする日を心待ちにしていたのですよ?」

 ……エルヴァは、何を言っているんだろう。
 自分の父親がイザークたちを追い出したことを、知っているはずなのに。

「よくもぬけぬけと、そんなことが言えますね」

 イザークは、ますます声を低めた。

 私ですらイラッとするのだ。
 当事者である彼は、腹が煮えたぎっていることだろう。

「カスティル公爵は王家を裏切った。そして、今は私に賞金を懸けている。こちらとしては、公爵家に連なる人間とは、口も利きたくありません」

「そんな……誤解です!」

 エルヴァがまた一歩近づいてくる。
 イザークは慎重に後ずさり、すばやく私を抱えた。

「ひえっ」

 間の抜けた声を上げた時には、私はもう馬の鞍にまたがっていた。
 逃走を察したエルヴァが、「お待ちください!」と叫んだ。

「さっきから気になっていましたが……その女は誰なのですか!」

「あなたが知る必要はありません。ただ、あなたの想像よりもはるかに高貴な方で、私の命よりも大切な人です」

 イザークがそう吐き捨てると、エルヴァは青ざめ、ぶるぶると拳を震わせた。

「で、でも、婚約者は私ですわ。まだ破棄されていませんもの」

「なぜそう思えるのか、理解に苦しみます。帰って父君にご確認ください」

「その父が言ったのです!私とイザーク様を結婚させると!」

「何ですって?」

 自分も馬に乗ろうとしていたイザークは、動きを止め、ゆっくりとエルヴァを振り返った。
 私もカスティル公爵の思惑が気になって、「早く行こう」と言えない。

「イザーク様……あなたを犯罪者のように扱ったことは謝ります。ただ、今はあなたが必要なのです。『かならず生かして捕らえよ』と書いてあったでしょう?」

「……公爵は、私に何をさせたいのですか」

「イザーク様に即位していただきたいのです」

「はい?」

 私も言おうとしたが、先にイザークに言われてしまった。
 ぽかんとする私たちに、エルヴァは堂々と告げた。
 
「それと同時に、私たちは結婚するのです。主権を一つにするために」

「つまり、カスティル公爵家と王家を統合する、ということですか?」

 イザークは、さも気分が悪いと言いたげだ。
 エルヴァは妙に自信満々で頷いた。

「これまでファルガランを守ってきた我が家と、正統な王族が手を結べば、反抗的な王家派貴族も納得します。この国が、より安定しますわ。実際の政治は父が行いますから、イザーク様は王座にかけているだけで十分ですわよ」

「ふざけたことを……!」

 エルヴァの発言に、イザークはまなじりを吊り上げる。 

「あなたの言う『国』とは、貴族社会のことでしょう?民はどうなるのです?」

「貴族が円満なら、民も平穏に過ごせますわ。だって彼らは貴族のものですから」

 エルヴァは、「勉強の機会がなかったあなたに教えてあげますよ」というような、諭すような言い方で笑った。

 イザークは歯噛みをして、エルヴァを睨みつけた。
 無意識なのか、ゆっくりと右手が剣の束に伸びていく。

 エルヴァの後ろで控える騎士たちは、すでに剣を抜きかけている。

「イザーク、落ち着いて」

 とても見ていられなくて、私はそっと声をかけた。
 イザークは小さく頷き、右手を下ろして、また口を開いた。
 
「最後に……一つ、聞かせてください。結局王族を頭に据えるのならば、なぜカスティル公爵は、王城を乗っ取ったのですか?」

「ファルガランを救うためです」

 エルヴァの瞳は、まだキラキラと輝いている。

「私の父がどんなに進言しても、国王陛下は搾取者のアルデリアと縁を切れなかった」

「搾取?」

 怪訝そうなイザークに、私はヒソヒソと言った。

「ファルガランばっかり外国と戦ってるから、不公平だと思ったんじゃない?アルデリアも支援を渋ってたし」

「ああ……」

 イザークは呆れたように呟いた。
 その結果、話し合いを待たずにヴェリクが魔王を生んだのだから、二国のどちらにも罪はある。
 
 しかしカスティル公爵家は、自分たちこそ正義だと信じ切っているらしい。
 エルヴァは何かを糾弾するように話を続ける。

「ですから、一旦カスティル公爵家が主権を握り、他国と同盟を結ぼうとしたのです。そうして、今こそアルデリアとたもとを分かとうと」

 しかし、誤算が起きた。
 魔王はあまりに強すぎた。
 ファルガランが誇る武力は衰え、土地は荒れた。

 周辺国はファルガランとの同盟を拒むだけでなく、自国へ被害が及ばないよう、そびえる壁を作った。

「ファルガランは孤立し、もう駄目だと思いました……しかし、神は私たちの行いを見ておられたのですね。突然魔王は消え、残っていた魔物も何者かが吹き飛ばしたそうです」

 何者かじゃありません。
 私とリリィ、アルデリアのみんなが頑張った結果です。

 そう言いたいが、ここで明かすと私がアルデリアの聖女だとばれてしまう。
 村の入り口で言い合っているせいで、人が集まってきてしまった。
 戦闘が始まれば、巻き込む可能性がある。

 イザークとエルヴァはしばらく見つめ合っていた。
 張り詰める空気感の中、エルヴァがまた口を開いた。

「イザーク様、私を信じてください。公爵家は、あなたを保護する予定だったのですよ。王妃殿下、王太子殿下とともに」

「保護?公爵の私兵は、近衛兵を斬っていましたが?」

「当然でしょう?父を止めようとしてきたのですもの。たしかに一見すれば、カスティル公爵家は簒奪さんだつ者も同然でしたけれど……そんな誤解を解くため、他国との同盟成立後は、王家と縁を結ぶつもりだったのです。姉はヴェリク様と。私はイザーク様、あなたと」

 全ては王妃の誤解、アルデリアへ亡命する必要などなかった──エルヴァはそう言って、優雅に微笑んだ。

 対するイザークは、眉を寄せてエルヴァを見つめている。
 表情が大きく変わらないので、エルヴァには伝わらないだろうが、彼のそばで過ごしてきた私にはわかる。

 この顔は、「反吐が出る」だ。

 エルヴァは、自分が選ばれると信じ込んでいるらしい。
 一歩も動くことなく、イザークに手を差し伸べてきた。

「アルデリアに命じられて、母君と兄君を斬るなど……さぞお辛かったでしょう。でも、これからは私が家族になりますわ。父の指示に従っているだけで、平穏な日々が手に入りますわよ」

 ここまで来ると、怒りを通り越して呆れてしまう。

 エルヴァは自分で気づかないのだろうか。
 イザークに対して、「あなたは駒だ」と言っていることに。

 それで村の人たちが平和に過ごせるなら、イザークは迷ったかもしれない。
 しかし、カスティル公爵が変わるとは思えない。
 イザークが王になっても、税を搾り取り続けるはずだ。

 私もエルヴァも、イザークの返事を待った。
 すると、イザークは無言で身を翻し、馬に乗った。
 そして、私の後ろから手綱を握り、さっさと馬を歩かせ始めた。

「ちょ、ちょっと、イザーク?」

 あの状態のエルヴァを放置して、立ち去っていいんだろうか。

 こちらとしてはそれが一番楽だが、向こうはそうもいかないだろう。
 無視されたエルヴァは、顔を真っ赤にして、私たちを追いかけてきた。
 
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