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4章 主権奪還
4-3 殺意
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「お、お待ちください、イザーク様!」
エルヴァが声を裏返らせて叫んだ。
同時に護衛騎士たちが動き、私たちの前を塞ぐ。
イザークが小さく舌打ちをした。
「どいてください。カスティル公爵と手を組む気はありません」
「ですが、そうしなければ貴族が二分されますわ!魔王や魔物がいなくなった今、統率が取れなければ、この国は外国に侵略されますわよ!」
さっきまで物腰やわらかだったエルヴァは、噛み付くように喚いている。
イザークに無視されて、頭に血が上ったらしい。
私たちの前に立った彼女に、イザークは冷たく言い放った。
「その外国自身が築いた壁で、しばらくは侵略の懸念はないでしょう。それより、恐るるべきは民ですよ。怒りが爆発するのはもうすぐでしょうね。彼らの幸せは、圧政のもとにはないのですから」
イザークが、集まってきた村人たちをぐるりと見回す。
私たちが騎士と対立していると思ったのか、村人たちは今、貴族を睨みつけている。
エルヴァはハッと息をのみ、口をつぐんだ。
まだかろうじて美貌と呼べた顔が、みるみるうちに鬼の形相に変わっていく。
「……あなたに、私たちを非難する資格などありません!民を捨てて逃げたくせに!」
エルヴァの非難に、私は心の中で「やめて」と返した。
イザークに傷ついてほしくないのはもちろん、エルヴァを見ているのも痛々しくなってきた。
「そうですね、お互い様です」
イザークの声に、静かな怒りがこもった。
「私たちが手を組んでも、足の引っ張り合いにしかならないでしょう。それに、私は彼女とともに生きると約束しました」
イザークは、背後から私を抱きしめた。
私の心臓がドキッと跳ねる。
恥ずかしいというより、怖い。
この体勢を見て、エルヴァはどう思うだろう。
「エルヴァ。婚約がまだ有効だったとしても、国王と王太子亡き今、どう扱うかは私の意思が優先されたはず。私は破棄を希望します。お父上にそうお伝えください」
「なっ……」
エルヴァの目が嫉妬に燃えた。
顔がさらに赤くなる。
今度は羞恥じゃない。
嫉妬でもない。
怒りと、殺意だ。
それがまっすぐ私に向かってくる。
誤解だよ、私とイザークはそういう関係じゃないから──と言おうとした時、エルヴァが低く呟いた。
「お前が惑わせたのね……お前が……!」
もし般若の面が話せるなら、きっとこんな声だろう。
背筋がゾッとして、とっさに言葉が出ない。
その代わり、ペンダントから精霊たちが現れた。
「えっ!な、なんで出てくるの?」
「聖女様が『逃げたい』とお望みですので!」
ナギが叫ぶと、風が私たちを中心として、外側へゴウッと吹いた。
エルヴァと騎士たちがよろめく。
その隙を突いて、イザークは馬の腹を蹴った。
騎士たちが立て直す前に、私たちは彼らの間を駆け抜けた。
すると、後方から怒鳴り声が聞こえてくる。
「何をしているの!早く追いなさい!」
エルヴァが命じる。
騎士たちが、馬の顔をこちらへ向ける。
追ってくるのかと焦ったが、直後、精霊たちが順番に光り始めた。
私たちの通ったあとに、巨大な川、火炎の渦、そそり立つ岩壁が現れる。
こちら側とエルヴァ側が、いくつもの障害物によって分断される。
「何だ、これは!」
「さっき、妙な生き物が現れて……」
そんな言葉を最後に、騎士たちの声は聞こえなくなった。
私は、胸に飛び込んできた精霊たちをなでながら、恐る恐る尋ねた。
「みんな、ありがとう……あれ、ちゃんと消えるよね?」
「大丈夫です!敵がぐるっと迂回して、さあ追いかけようっていう時に消えますから!」
「……一番嫌なタイミングだね」
余計にエルヴァを怒らせないだろうか。
うっすらと不安を感じた時、馬の速度が落ちていることに気付いた。
イザークが手綱を操り、進行方向を変えていく。
「このまま、侍女長殿のいる森へ行きましょう。予定通り、王家に味方してくれる者を紹介してもらいます」
「その人たちのお悩み解決をすればいいんだね。精霊なら病気や怪我を治せるし、畑の畝も一気に作れるし、大抵のことは何とかなるよ」
「ありがとうございます、アナベル様」
そう言ったイザークの声は、何となく沈んでいた。
きっと私に頼るのが後ろめたいのだろう。
私は、わざと明るい声で言った。
「お礼なんかいらないって。イザークが頑張ってくれないと、とんでもないことになるんだから」
「え?」
「私、アルデリアの人間でしょ?どこに畑を作っていいか、とか、水はどこから引けばいいか、とか、権利関係が全然わからないんだよね。好き勝手に力を使ったら、四方八方から怒られちゃう」
「私も、それほど熟知しているわけではありませんが……土地も線引きが変わったかもしれませんし……ですが」
イザークはそこで息をつくと、後ろから私を抱きしめた。
「わっ!」
「私にしかできないことも、あるようですね。アナベル様、ありがとうございます」
「……だから、お礼はいいってば」
むくれてみせたものの、照れ隠しだとばれたのか、イザークはかすかに笑った。
ここにエルヴァがいなくて、本当によかった。
それにしても、逐一エルヴァの目を気にしてしまう。
落ち着かないし、疲れてきた。
早くカスティル公爵からこの国を取り戻そう。
そう思っていたのだが、まさかの壁にぶつかった。
いや、多少予想はしていた。
ただ、そこまで高い壁だとは思っていなかったのだ。
◇
森に着き、聖女の侍女長さんに事情を説明すると、目がこぼれ落ちそうなほど驚かれてしまった。
私がアルデリアの聖女だと知ると、彼女は少し怯えるような顔をしていた。
しかし、私が建てた城を見上げて、
「先日はありがとうございました」
と、微笑んだ。
城の屋上からは、子どもたちのはしゃぐ声。
なんと畑があるという。
種を植えると、作物がすくすく育つらしい。
「コハク、そんなの作ってたんだ……」
私がひとりごとを呟くと、ペンダントから「えっへん」と返事があった。
侍女長さんは小さく吹き出したあと、またイザークに向き直った。
そして、真剣な顔で「知らなかったとはいえ、大変な不敬をいたしました」と平伏した。
そんな彼女に、イザークも頭を下げた。
「こちらこそ、身分を明かさず──いや、これまで祖国に戻らずにいて、申し訳なかった。ファルガランを建て直し、償いをしたい。力を貸してくれそうな者を、紹介してくれないか」
「は、はい。もちろんでございます!」
そう胸を叩いた侍女長さんに、王家に好意的な村へ案内してもらった。
そのはずだったのだが……
「何が聖女だ、王子殿下をたぶらかしやがって!」
「魔女の間違いでしょ!」
「アルデリアに帰れ!」
着いた途端に、私は非難を浴びせられた。
みんな、まだ私の素性を知らないはずななのに。
新手のドッキリかと思った。
「誰が魔女だと……?」
と、前に出ようとしたイザークを、侍女長さんが止める。
「殿下、私にお任せを。皆さん、これは何の騒ぎですか?」
エルヴァが声を裏返らせて叫んだ。
同時に護衛騎士たちが動き、私たちの前を塞ぐ。
イザークが小さく舌打ちをした。
「どいてください。カスティル公爵と手を組む気はありません」
「ですが、そうしなければ貴族が二分されますわ!魔王や魔物がいなくなった今、統率が取れなければ、この国は外国に侵略されますわよ!」
さっきまで物腰やわらかだったエルヴァは、噛み付くように喚いている。
イザークに無視されて、頭に血が上ったらしい。
私たちの前に立った彼女に、イザークは冷たく言い放った。
「その外国自身が築いた壁で、しばらくは侵略の懸念はないでしょう。それより、恐るるべきは民ですよ。怒りが爆発するのはもうすぐでしょうね。彼らの幸せは、圧政のもとにはないのですから」
イザークが、集まってきた村人たちをぐるりと見回す。
私たちが騎士と対立していると思ったのか、村人たちは今、貴族を睨みつけている。
エルヴァはハッと息をのみ、口をつぐんだ。
まだかろうじて美貌と呼べた顔が、みるみるうちに鬼の形相に変わっていく。
「……あなたに、私たちを非難する資格などありません!民を捨てて逃げたくせに!」
エルヴァの非難に、私は心の中で「やめて」と返した。
イザークに傷ついてほしくないのはもちろん、エルヴァを見ているのも痛々しくなってきた。
「そうですね、お互い様です」
イザークの声に、静かな怒りがこもった。
「私たちが手を組んでも、足の引っ張り合いにしかならないでしょう。それに、私は彼女とともに生きると約束しました」
イザークは、背後から私を抱きしめた。
私の心臓がドキッと跳ねる。
恥ずかしいというより、怖い。
この体勢を見て、エルヴァはどう思うだろう。
「エルヴァ。婚約がまだ有効だったとしても、国王と王太子亡き今、どう扱うかは私の意思が優先されたはず。私は破棄を希望します。お父上にそうお伝えください」
「なっ……」
エルヴァの目が嫉妬に燃えた。
顔がさらに赤くなる。
今度は羞恥じゃない。
嫉妬でもない。
怒りと、殺意だ。
それがまっすぐ私に向かってくる。
誤解だよ、私とイザークはそういう関係じゃないから──と言おうとした時、エルヴァが低く呟いた。
「お前が惑わせたのね……お前が……!」
もし般若の面が話せるなら、きっとこんな声だろう。
背筋がゾッとして、とっさに言葉が出ない。
その代わり、ペンダントから精霊たちが現れた。
「えっ!な、なんで出てくるの?」
「聖女様が『逃げたい』とお望みですので!」
ナギが叫ぶと、風が私たちを中心として、外側へゴウッと吹いた。
エルヴァと騎士たちがよろめく。
その隙を突いて、イザークは馬の腹を蹴った。
騎士たちが立て直す前に、私たちは彼らの間を駆け抜けた。
すると、後方から怒鳴り声が聞こえてくる。
「何をしているの!早く追いなさい!」
エルヴァが命じる。
騎士たちが、馬の顔をこちらへ向ける。
追ってくるのかと焦ったが、直後、精霊たちが順番に光り始めた。
私たちの通ったあとに、巨大な川、火炎の渦、そそり立つ岩壁が現れる。
こちら側とエルヴァ側が、いくつもの障害物によって分断される。
「何だ、これは!」
「さっき、妙な生き物が現れて……」
そんな言葉を最後に、騎士たちの声は聞こえなくなった。
私は、胸に飛び込んできた精霊たちをなでながら、恐る恐る尋ねた。
「みんな、ありがとう……あれ、ちゃんと消えるよね?」
「大丈夫です!敵がぐるっと迂回して、さあ追いかけようっていう時に消えますから!」
「……一番嫌なタイミングだね」
余計にエルヴァを怒らせないだろうか。
うっすらと不安を感じた時、馬の速度が落ちていることに気付いた。
イザークが手綱を操り、進行方向を変えていく。
「このまま、侍女長殿のいる森へ行きましょう。予定通り、王家に味方してくれる者を紹介してもらいます」
「その人たちのお悩み解決をすればいいんだね。精霊なら病気や怪我を治せるし、畑の畝も一気に作れるし、大抵のことは何とかなるよ」
「ありがとうございます、アナベル様」
そう言ったイザークの声は、何となく沈んでいた。
きっと私に頼るのが後ろめたいのだろう。
私は、わざと明るい声で言った。
「お礼なんかいらないって。イザークが頑張ってくれないと、とんでもないことになるんだから」
「え?」
「私、アルデリアの人間でしょ?どこに畑を作っていいか、とか、水はどこから引けばいいか、とか、権利関係が全然わからないんだよね。好き勝手に力を使ったら、四方八方から怒られちゃう」
「私も、それほど熟知しているわけではありませんが……土地も線引きが変わったかもしれませんし……ですが」
イザークはそこで息をつくと、後ろから私を抱きしめた。
「わっ!」
「私にしかできないことも、あるようですね。アナベル様、ありがとうございます」
「……だから、お礼はいいってば」
むくれてみせたものの、照れ隠しだとばれたのか、イザークはかすかに笑った。
ここにエルヴァがいなくて、本当によかった。
それにしても、逐一エルヴァの目を気にしてしまう。
落ち着かないし、疲れてきた。
早くカスティル公爵からこの国を取り戻そう。
そう思っていたのだが、まさかの壁にぶつかった。
いや、多少予想はしていた。
ただ、そこまで高い壁だとは思っていなかったのだ。
◇
森に着き、聖女の侍女長さんに事情を説明すると、目がこぼれ落ちそうなほど驚かれてしまった。
私がアルデリアの聖女だと知ると、彼女は少し怯えるような顔をしていた。
しかし、私が建てた城を見上げて、
「先日はありがとうございました」
と、微笑んだ。
城の屋上からは、子どもたちのはしゃぐ声。
なんと畑があるという。
種を植えると、作物がすくすく育つらしい。
「コハク、そんなの作ってたんだ……」
私がひとりごとを呟くと、ペンダントから「えっへん」と返事があった。
侍女長さんは小さく吹き出したあと、またイザークに向き直った。
そして、真剣な顔で「知らなかったとはいえ、大変な不敬をいたしました」と平伏した。
そんな彼女に、イザークも頭を下げた。
「こちらこそ、身分を明かさず──いや、これまで祖国に戻らずにいて、申し訳なかった。ファルガランを建て直し、償いをしたい。力を貸してくれそうな者を、紹介してくれないか」
「は、はい。もちろんでございます!」
そう胸を叩いた侍女長さんに、王家に好意的な村へ案内してもらった。
そのはずだったのだが……
「何が聖女だ、王子殿下をたぶらかしやがって!」
「魔女の間違いでしょ!」
「アルデリアに帰れ!」
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