断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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4章 主権奪還

4-3 殺意

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「お、お待ちください、イザーク様!」

 エルヴァが声を裏返らせて叫んだ。
 同時に護衛騎士たちが動き、私たちの前を塞ぐ。
 イザークが小さく舌打ちをした。

「どいてください。カスティル公爵と手を組む気はありません」

「ですが、そうしなければ貴族が二分されますわ!魔王や魔物がいなくなった今、統率が取れなければ、この国は外国に侵略されますわよ!」

 さっきまで物腰やわらかだったエルヴァは、噛み付くように喚いている。
 イザークに無視されて、頭に血が上ったらしい。

 私たちの前に立った彼女に、イザークは冷たく言い放った。
 
「その外国自身が築いた壁で、しばらくは侵略の懸念はないでしょう。それより、恐るるべきは民ですよ。怒りが爆発するのはもうすぐでしょうね。彼らの幸せは、圧政のもとにはないのですから」

 イザークが、集まってきた村人たちをぐるりと見回す。
 私たちが騎士と対立していると思ったのか、村人たちは今、貴族エルヴァを睨みつけている。

 エルヴァはハッと息をのみ、口をつぐんだ。
 まだかろうじて美貌と呼べた顔が、みるみるうちに鬼の形相に変わっていく。

「……あなたに、私たちを非難する資格などありません!民を捨てて逃げたくせに!」

 エルヴァの非難に、私は心の中で「やめて」と返した。
 イザークに傷ついてほしくないのはもちろん、エルヴァを見ているのも痛々しくなってきた。

「そうですね、お互い様です」

 イザークの声に、静かな怒りがこもった。

「私たちが手を組んでも、足の引っ張り合いにしかならないでしょう。それに、私は彼女とともに生きると約束しました」

 イザークは、背後から私を抱きしめた。

 私の心臓がドキッと跳ねる。
 恥ずかしいというより、怖い。
 この体勢を見て、エルヴァはどう思うだろう。

「エルヴァ。婚約がまだ有効だったとしても、国王と王太子亡き今、どう扱うかは私の意思が優先されたはず。私は破棄を希望します。お父上にそうお伝えください」

「なっ……」

 エルヴァの目が嫉妬に燃えた。
 顔がさらに赤くなる。

 今度は羞恥じゃない。
 嫉妬でもない。

 怒りと、殺意だ。
 それがまっすぐ私に向かってくる。
 
 誤解だよ、私とイザークはそういう関係じゃないから──と言おうとした時、エルヴァが低く呟いた。

「お前が惑わせたのね……お前が……!」

 もし般若の面が話せるなら、きっとこんな声だろう。
 背筋がゾッとして、とっさに言葉が出ない。

 その代わり、ペンダントから精霊たちが現れた。

「えっ!な、なんで出てくるの?」

「聖女様が『逃げたい』とお望みですので!」

 ナギが叫ぶと、風が私たちを中心として、外側へゴウッと吹いた。
 エルヴァと騎士たちがよろめく。
 その隙を突いて、イザークは馬の腹を蹴った。

 騎士たちが立て直す前に、私たちは彼らの間を駆け抜けた。
 すると、後方から怒鳴り声が聞こえてくる。

「何をしているの!早く追いなさい!」

 エルヴァが命じる。
 騎士たちが、馬の顔をこちらへ向ける。

 追ってくるのかと焦ったが、直後、精霊たちが順番に光り始めた。
 私たちの通ったあとに、巨大な川、火炎の渦、そそり立つ岩壁が現れる。
 
 こちら側とエルヴァ側が、いくつもの障害物によって分断される。

「何だ、これは!」

「さっき、妙な生き物が現れて……」

 そんな言葉を最後に、騎士たちの声は聞こえなくなった。
 私は、胸に飛び込んできた精霊たちをなでながら、恐る恐る尋ねた。

「みんな、ありがとう……あれ、ちゃんと消えるよね?」

「大丈夫です!敵がぐるっと迂回して、さあ追いかけようっていう時に消えますから!」

「……一番嫌なタイミングだね」

 余計にエルヴァを怒らせないだろうか。
 うっすらと不安を感じた時、馬の速度が落ちていることに気付いた。

 イザークが手綱を操り、進行方向を変えていく。

「このまま、侍女長殿のいる森へ行きましょう。予定通り、王家に味方してくれる者を紹介してもらいます」

「その人たちのお悩み解決をすればいいんだね。精霊なら病気や怪我を治せるし、畑の畝も一気に作れるし、大抵のことは何とかなるよ」

「ありがとうございます、アナベル様」

 そう言ったイザークの声は、何となく沈んでいた。
 きっと私に頼るのが後ろめたいのだろう。
 
 私は、わざと明るい声で言った。

「お礼なんかいらないって。イザークが頑張ってくれないと、とんでもないことになるんだから」

「え?」

「私、アルデリアの人間でしょ?どこに畑を作っていいか、とか、水はどこから引けばいいか、とか、権利関係が全然わからないんだよね。好き勝手に力を使ったら、四方八方から怒られちゃう」

「私も、それほど熟知しているわけではありませんが……土地も線引きが変わったかもしれませんし……ですが」

 イザークはそこで息をつくと、後ろから私を抱きしめた。

「わっ!」

「私にしかできないことも、あるようですね。アナベル様、ありがとうございます」

「……だから、お礼はいいってば」

 むくれてみせたものの、照れ隠しだとばれたのか、イザークはかすかに笑った。
 ここにエルヴァがいなくて、本当によかった。
 
 それにしても、逐一エルヴァの目を気にしてしまう。
 落ち着かないし、疲れてきた。
 早くカスティル公爵からこの国を取り戻そう。

 そう思っていたのだが、まさかの壁にぶつかった。

 いや、多少予想はしていた。
 ただ、そこまで高い壁だとは思っていなかったのだ。

  ◇

 森に着き、聖女の侍女長さんに事情を説明すると、目がこぼれ落ちそうなほど驚かれてしまった。

 私がアルデリアの聖女だと知ると、彼女は少し怯えるような顔をしていた。
 しかし、私が建てた城を見上げて、

「先日はありがとうございました」

 と、微笑んだ。
 城の屋上からは、子どもたちのはしゃぐ声。
 なんと畑があるという。
 種を植えると、作物がすくすく育つらしい。

「コハク、そんなの作ってたんだ……」

 私がひとりごとを呟くと、ペンダントから「えっへん」と返事があった。

 侍女長さんは小さく吹き出したあと、またイザークに向き直った。
 そして、真剣な顔で「知らなかったとはいえ、大変な不敬をいたしました」と平伏した。

 そんな彼女に、イザークも頭を下げた。

「こちらこそ、身分を明かさず──いや、これまで祖国に戻らずにいて、申し訳なかった。ファルガランを建て直し、償いをしたい。力を貸してくれそうな者を、紹介してくれないか」

「は、はい。もちろんでございます!」

 そう胸を叩いた侍女長さんに、王家に好意的な村へ案内してもらった。
 そのはずだったのだが……

「何が聖女だ、王子殿下をたぶらかしやがって!」

「魔女の間違いでしょ!」

「アルデリアに帰れ!」

 着いた途端に、私は非難を浴びせられた。
 みんな、まだ私の素性を知らないはずななのに。
 新手のドッキリかと思った。

「誰が魔女だと……?」

 と、前に出ようとしたイザークを、侍女長さんが止める。

「殿下、私にお任せを。皆さん、これは何の騒ぎですか?」
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