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4章 主権奪還
4-6 「あなたを愛しています」
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私の発言に続き、村全体に歓声が響き渡った。
「アルデリアの聖女様が、うちの国の王妃様か!」
「エルヴァ様なんか比べ物にならねえよ!」
周囲はすっかり祝福ムードだ。
広場には、笛や太鼓を手に大人たちが集まり、賑やかな演奏が始まった。
みんな思い思いに踊り、歌を歌う。
「ご馳走だよ」と出されたのは、野菜くずと麦を煮込んだスープ。
それから、ワインの搾りかすを水で薄めたもの。
どれもこれも質素なのに、不思議と豪勢に見える。
みんなが満面の笑みで口に運ぶせいだろうか。
この国もアルデリアと同じく、お祭りなんかできない状況だったはず。
鬱憤晴らしの目的もあるのだろう。
私としては、流れでついた嘘が独り歩きして、とんだ針の筵である。
ただ、ありがたいことに即席楽団は、日が暮れる前に解散した。
見回りの兵士や役人に見つかったら、何事かと問い詰められるらしい。
私とイザークは、村長さんの家の部屋を貸してもらえた。
部屋に入り、ドアが閉まると、私はすかさずイザークに土下座した。
「ごめん!イザーク……ほんっとうにごめん」
「アナベル様、どうなさったのですか?」
イザークがひざまずき、私の顔を上げさせる。
私は彼の目を直視できず、横を向いてボソボソと言った。
「だって、イザークと私が婚約してる、なんて言っちゃって……色々と支障が出るでしょ?」
アルデリアの聖女の話は、一気に広まった。
婚約の件もすぐ伝わっていくだろう。
貴族の耳にも入るはずだ。
エルヴァも怖いが、王家に味方する貴族の心が離れるのも怖い。
国王になるつもりなら、王妃を独断で──しかも率先してアルデリアの人間を選ぶな、と怒るに違いない。
カスティル公爵に寝返ったらどうしよう。
でも……婚約はあくまでも契約だ。
社交界では契約破棄なんて、よくあること。
いや、よくあることではないが。
村の人たちに対しては、それで押し切ろう。
「とりあえず一段落するまでは、私が次期王妃ってことにしてくれる……?あとで貴族から文句が出たら、解消しようか」
「そして、私にほかの令嬢を娶れと?」
イザークの低い声に、私はハッとして目線を上げた。
彼は眉を寄せ、唇を引き結んでいる。
緑の瞳は、怒りに揺れている。
「そう、だけど……イザークだって、それが一番いいと思うでしょ?」
たじろぎながら尋ねると、「いいえ」と即答された。
「私にとって最も望ましいのは、今の状況です」
「え?」
今の状況というのは、私がイザークの婚約者だと言ってしまった、この状況だろうか。
国王を目指しているのに、非難される材料をしっかり握っている現状の、何がいいのだろう。
首を傾げていると、イザークはかすかに震える声で言った。
「本当は、事態が収まってからお話しするつもりでした。アナベル様……私と、結婚していただけませんか」
突然、何を言い出すんだ。
自分の鼓動が走り出したのに気づかないふりをして、私は口を開いた。
「でも……でもさ。アルデリアの公爵令嬢で聖女って、自分で言うのもなんだけど、力が強すぎない?貴族が敬遠しないかな?」
「『今の状況からファルガランを立て直すためには、大いなる力こそが必要だ』と押し切ります。おそらく大半の貴族は賛同するでしょう。皆、強い者が好きですから」
「そ、そっか。ファルガランの人って脳筋……?」
「はい?」
「ううん、何でもない。じゃあ、私の力が役に立つから、結婚してほしいってことだね」
ドキドキしてしまったのを隠そうと、腕まくりをしてみる。
しかしイザークは、真剣な顔で私を見つめてきた。
「違います」
「でも、今のファルガランには力が必要だって……」
「それは、貴族を納得させるための建前です」
「じゃあ、なんで……私と結婚したいの?」
私は床に座り込んだまま、ひざまずくイザークに問いかけた。
今から、とても大切なことを告げられる。
ドキドキとうるさかった心臓の音が、急に静まった気がする。
聞きたいと、強く願っているからだろうか。
鼓動も、村長さんたちの声も、外を歩く人の会話も、小さくはないはずなのに、イザークの声はそのどれをもかき消した。
「あなたを愛しています」
イザークの顔が、ほのかに赤みを帯びる。
彼は、恐る恐る手を伸ばして──途中で動きを止めた。
少しして、指先がゆっくりと動き、私の心を推し量るように、頬をなでてくる。
「何も感じなかった私に、人を想う心を、あなたが教えてくれたのです。あなたがくれた心で、あなたを愛しています。ですから、アナベル様……私と結婚してくださいませんか」
「アルデリアの聖女様が、うちの国の王妃様か!」
「エルヴァ様なんか比べ物にならねえよ!」
周囲はすっかり祝福ムードだ。
広場には、笛や太鼓を手に大人たちが集まり、賑やかな演奏が始まった。
みんな思い思いに踊り、歌を歌う。
「ご馳走だよ」と出されたのは、野菜くずと麦を煮込んだスープ。
それから、ワインの搾りかすを水で薄めたもの。
どれもこれも質素なのに、不思議と豪勢に見える。
みんなが満面の笑みで口に運ぶせいだろうか。
この国もアルデリアと同じく、お祭りなんかできない状況だったはず。
鬱憤晴らしの目的もあるのだろう。
私としては、流れでついた嘘が独り歩きして、とんだ針の筵である。
ただ、ありがたいことに即席楽団は、日が暮れる前に解散した。
見回りの兵士や役人に見つかったら、何事かと問い詰められるらしい。
私とイザークは、村長さんの家の部屋を貸してもらえた。
部屋に入り、ドアが閉まると、私はすかさずイザークに土下座した。
「ごめん!イザーク……ほんっとうにごめん」
「アナベル様、どうなさったのですか?」
イザークがひざまずき、私の顔を上げさせる。
私は彼の目を直視できず、横を向いてボソボソと言った。
「だって、イザークと私が婚約してる、なんて言っちゃって……色々と支障が出るでしょ?」
アルデリアの聖女の話は、一気に広まった。
婚約の件もすぐ伝わっていくだろう。
貴族の耳にも入るはずだ。
エルヴァも怖いが、王家に味方する貴族の心が離れるのも怖い。
国王になるつもりなら、王妃を独断で──しかも率先してアルデリアの人間を選ぶな、と怒るに違いない。
カスティル公爵に寝返ったらどうしよう。
でも……婚約はあくまでも契約だ。
社交界では契約破棄なんて、よくあること。
いや、よくあることではないが。
村の人たちに対しては、それで押し切ろう。
「とりあえず一段落するまでは、私が次期王妃ってことにしてくれる……?あとで貴族から文句が出たら、解消しようか」
「そして、私にほかの令嬢を娶れと?」
イザークの低い声に、私はハッとして目線を上げた。
彼は眉を寄せ、唇を引き結んでいる。
緑の瞳は、怒りに揺れている。
「そう、だけど……イザークだって、それが一番いいと思うでしょ?」
たじろぎながら尋ねると、「いいえ」と即答された。
「私にとって最も望ましいのは、今の状況です」
「え?」
今の状況というのは、私がイザークの婚約者だと言ってしまった、この状況だろうか。
国王を目指しているのに、非難される材料をしっかり握っている現状の、何がいいのだろう。
首を傾げていると、イザークはかすかに震える声で言った。
「本当は、事態が収まってからお話しするつもりでした。アナベル様……私と、結婚していただけませんか」
突然、何を言い出すんだ。
自分の鼓動が走り出したのに気づかないふりをして、私は口を開いた。
「でも……でもさ。アルデリアの公爵令嬢で聖女って、自分で言うのもなんだけど、力が強すぎない?貴族が敬遠しないかな?」
「『今の状況からファルガランを立て直すためには、大いなる力こそが必要だ』と押し切ります。おそらく大半の貴族は賛同するでしょう。皆、強い者が好きですから」
「そ、そっか。ファルガランの人って脳筋……?」
「はい?」
「ううん、何でもない。じゃあ、私の力が役に立つから、結婚してほしいってことだね」
ドキドキしてしまったのを隠そうと、腕まくりをしてみる。
しかしイザークは、真剣な顔で私を見つめてきた。
「違います」
「でも、今のファルガランには力が必要だって……」
「それは、貴族を納得させるための建前です」
「じゃあ、なんで……私と結婚したいの?」
私は床に座り込んだまま、ひざまずくイザークに問いかけた。
今から、とても大切なことを告げられる。
ドキドキとうるさかった心臓の音が、急に静まった気がする。
聞きたいと、強く願っているからだろうか。
鼓動も、村長さんたちの声も、外を歩く人の会話も、小さくはないはずなのに、イザークの声はそのどれをもかき消した。
「あなたを愛しています」
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彼は、恐る恐る手を伸ばして──途中で動きを止めた。
少しして、指先がゆっくりと動き、私の心を推し量るように、頬をなでてくる。
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