断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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4章 主権奪還

4-9 女子会

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「本当に?おめでとう!」

 私はパッと両手を広げた。
 しかし、リリィは以前のように抱きついてこない。

 それどころか、浮かない顔だ。
 まるで心を痛めているように見える。

「アナベル……本当に、そう思ってくれる?」

「うん。信じられないなら、今すぐ広場で『おめでとう』って叫んできていい?」

「だ、駄目よ。迷惑になっちゃう」

「じゃ、明日やる」

「恥ずかしいから駄目!でも……よかった、喜んでくれて」

「どういうこと?」

「だって……」

 リリィは両手を揉み合わせながら、ポツリポツリと言った。

「アナベル、レオと婚約してたでしょ?元婚約者が結婚って、複雑なんじゃないかと思って……」

「えっ、そんなこと気にしてたの?」

 私としては、むしろ結ばれてほしいと祈っていた。
 ゲームのスチルを思い出してニヤニヤしていたのだ。
 リリィが思い悩んでいる時に。

 非常に申し訳ない。

「私とレオナルドの婚約は、お父様が勝手に決めたものだし。破棄されても、特に何も思わなかったなあ」

「本当……?」

「ほんと、ほんと。むしろリリィの恋が実って嬉しい限りだよ」

「そ、そういうわけじゃ……ちょっとは、あるけど」

 リリィの白い頬に、ふわりと薄紅が広がる。

「ありがとう、アナベル」

「いいよ、こんなことでお礼なんか……あれ?でも、国王と聖女って恋愛感情だけじゃ結婚できないよね?」

 裏にどんな事情があるのか。
 尋ねると、リリィは何度も聞かされているのか、スラスラと説明してくれた。

 ──それは、アルデリア建国時のこと。
 王の独裁を防ぐため、聖女の血筋は、ほぼ同等の権限を持つことになった。

 だから、国王と聖女の婚姻は許されないものとなった。

 しかし、聖女の存在感が少しずつ増して……
 ついにマチルダの代で、エルディリス家が強大な力を手にしてしまった。

「だからヘイルフォード公爵が、『一旦王家と統合してはどうか』って提案したらしいの」

「ああ、なるほど……お父様の計略だったんだ」

 水を差されたような気持ちになって、私は口を尖らせた。

「そうね。でも、私はこうなってよかったけど」

 リリィが、赤い顔をさらに赤くする。
 その様子が可愛くて、じっと見ていると、リリィは頬を膨らませた。

「もう、ニヤニヤしないで」

「ごめん、ごめん。そういえば、レオナルドはどう言ってるの?」

 レオナルドはゲーム序盤で、リリィを完全に妹扱いしていた。
 旅を経て好感度が上がっていくのだが、その旅をしていないのだ。
 私が速攻で精霊を仲間にして、魔王を倒してしまったから。

 ……またしても、非常に申し訳ない。 
 ハラハラしながらリリィを見つめると、

「相手が私でいいのかって聞いたの。そうしたら、『もちろん』って言われたわ」

 と、微笑みが返ってきた。

「『リリィは大切な女の子だ』って。新しい婚約者がリリィでホッとした、ですって」

「大切……だけ?愛してるとか、好きとかは?」

「そこまで求められないわよ。私、レオに何もしてあげられていないもの」

「えー、そんなことないのに。リリィはそれでいいの?」

「ええ。王妃教育のため、王宮で暮らすことになったから。レオと会う機会が増えるし、これから頑張るわ」

「うーん、リリィがそう言うならいいんだけど」

 なんとなくモヤモヤするが、口のうまい軽薄男よりは断然マシか。
 可愛いリリィとの結婚、許してあげよう。

 うんうん、と頷いていると、リリィは急に私の顔を覗き込んできた。

「私の報告はおしまい。次はアナベルの番ね」

「私?」

「イザークとの関係、進展した?」

「ぶっ!」

 思わず吹くと、リリィは目をキラキラさせて、私の腕に抱きついてきた。

「進展、あったの?あるんでしょ?あるよね?」
 
「ああ、うん、まあ……」

 さっき質問攻めにした手前、ごまかしにくい。
 私は諦めて話すことにした。

「実は、流れでイザークと結婚する雰囲気になっちゃった」

「流れで、結婚する雰囲気に?」

 はっきりしない状況だからか、リリィは不満そうに聞き返してきた。

「うん……私たちがどういう関係なのか、村の人たちに不審がられたの。それで私、焦っちゃって、『婚約してます!』って……つい」

「そう……求婚されたんじゃないのね」

 リリィが残念そうにため息をついたので、とっさに「いや」と言ってしまった。
 すぐさま、澄んだ瞳が再び輝く。

「まだ何かあるの?イザークが、何か言った?」

「その……私は、解消前提で婚約しておこうって言ったんだけど、イザークが」

「イザークが?」

「あ、『愛してるから結婚しよう』って」

「……っ!」

 大きく開いたリリィの口を、私は急いで手で塞いだ。

「しーっ、叫ばないで!」

 リリィは自分の胸を押さえて、コクコクと頷いた。
 それから何度か深呼吸をして、

「アナベルは?どう返事したの?」
 
 と、私に詰め寄ってきた。
 私は後ろめたさから、目をそらしてボソッと答えた。

「……まだ、返事してない」

「どうして!?」

「だって、今まで告白されたことなんかないし……イザークも『しばらく考えてください』って話を終わらせちゃったから、返事する暇がなくて」

「じゃあ明日、返事してあげて!」

 リリィは私にしがみついて、訴えてきた。
 
 こういう反応をされるだろうな、とは思った。
 リリィは「これから頑張る」とは言ったが、本心ではレオナルドに告白されたいのだろう。
 だからイザークに共感してしまったに違いない。

 とはいえ「返事をしろ」と言われても、何を言えばいいのか、さっぱり思いつかない。

「返事って、どうしたらいいの?」

 困り果てて聞き返すと、リリィは呆れたようにため息をついた。

「思ってることを、そのまま言えばいいのよ。それともアナベルは、イザークと結婚したくない?イザークが嫌い?」

「それはないよ!イザークのことは、その……好きだし。でも、何が何でも結婚したいって気持ちもないんだよね」

 そんな感情を抱いたら、エルヴァのようになってしまいそうで怖い。

「今の話、イザークに言うわけにもいかないでしょ?」

「そうよね……じゃあ、イザークがほかの女の人と結婚するところを想像してみたら?どう思う?」

 問われて真っ先に浮かんだのは、エルヴァの顔だった。
 勝ち誇る彼女が、イザークの隣に立つ様を想像してみる。

 途端に、胸がムカムカしてきた。

「……それぐらいなら私が結婚する」

「それでいいじゃない。『イザークが好きだから結婚します』って。そう言ってあげて」

「わ、わかった」

「約束よ。それじゃ、そろそろ寝ましょう。おやすみなさい、アナベル」

 リリィはすっきりした表情で毛布に潜り込むと、すぐに寝息を立て始めた。
 私もベッドに入ってみたものの、明日のことを考えてしまい、何度も寝返りを打って、ようやく眠りに落ちた。

 翌朝、村人がようやく起き始めた頃に、私とイザークは村の入り口を出た。
 レオナルドたちを見送るためだ。

 アルデリアに帰る全員が、馬に乗った。
 レオナルドとリリィが、こちらに向き直る。
 
「じゃあ、こっちが落ち着いたらまた来るよ」

「私たちの気持ちとしては、手伝ってあげたいんだけど……」

「いえ、お気持ちだけで結構です」

 イザークは丁寧に礼をしてから、レオナルドとリリィを見た。

「皆様のお手を煩わせるわけにはいきません。それに……」

 言い淀むイザークに代わって、レオナルドが口を開いた。

「アルデリア国王の手を借りてカスティル公爵を倒したら、アルデリアが内政に口出しするかもしれないから──そうだろ?」

「……申し訳ありません」

「いいよ、わかってる。だから僕たちも、援護射撃だけで帰るんだ。でも、気をつけてね」

「無理しないでね、アナベル。イザークも」

 レオナルドとリリィに続き、ギデオンたち親衛隊も、「ご武運を祈ります」と口々に言った。
 それから、みんなは名残惜しそうに去っていった。

「……行っちゃったね」

「そうですね」

 朝の涼しい風に吹かれて、私とイザークは、草原を見つめている。
 そこで思った。

 今は二人きり。
 求婚への返事をする絶好のチャンスだ。
 リリィと約束したのだから、言わなくては。

 イザークが好きだから結婚します、と。

 さあ、言おう。
 そう思うのに、喉がガチガチに緊張して、声が出ない。
 
 というか、いきなり告白するっておかしくないだろうか。
 まずは世間話から始めるべきだろうか。
 
 ……世間話から、どうやって告白に繋げばいいのだろう?

 前世で「おひとり様に、私はなる」とか言って婚活から逃げないで、マッチングアプリに登録だけでもしておけばよかった。
 でもアプリストアを開いたら、新着ゲームに釣られる自信しかない。

 いっそ、タイミングが降ってくればいいのに。
 そんなことを考えてしまう自分が情けない。

 うつむいて悶々としていると、イザークが声をかけてきた。

「アナベル様、聞きましたか?」

「な、何を?」

「レオナルド陛下とリリィ様が、ご結婚なさるそうですよ」

「あ……うん、そうらしいね。私もリリィに聞いた」

「陛下からリリィ様に直接お伝えして、すぐに返事を頂いたそうです」

「えっ、そうなの!?それは知らなかった……」

「ええ。それなら……私は、どのくらい待てばいいでしょうか」

「ん?何を?」

「急がないとは言いましたが、立場上、期限を決めるべきかと思いまして。求婚へのお返事は、いつまでに頂けますか?」

 タイミングが、降ってきた。
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