断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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4章 主権奪還

4-11 涙

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 私は仰向けに横たわっていた。
 やけに暗いと思ったら、目を開けたつもりでほとんど開いていなかった。

 寒気がするのに、なぜか右手だけが熱い。
 そして、右側からかすれた声が聞こえてきた。

「アナベル、目を覚ましてください……」

 イザークだ。
 私の手を握っているらしい。
 
「『一緒に生きてほしい』と言ったのは、あなたです。そのあなたが約束を破るのですか?」

 違う、そんなことはしない。
 伝えるために、彼の手を握り返す。
 ほんの少ししか力が入らなかったが、息をのむ気配がした。

「アナベル……?」

 呼びかけに応えようとしたら、代わりに「ケホッ」という乾いた咳が出た。
 それでも、ひとまず意識があると伝わったらしい。

 イザークが、私の手をぎゅっと握りしめた。

「アナベル、目が覚めたのですか!?」

「……うん」

 全力でまぶたをこじ開けると、目の前にイザークの顔があった。
 澄んだ緑の瞳から、頬の下までが、線状に濡れている。

「泣いてた……?」

「はい。丸二日、起きる気配がなくて……とても冷静ではいられなかったので」

 イザークは答えながら、私から顔を離した。
 羞恥心があるのか、そっと自分の頬をぬぐっている。
 私の口角が、勝手に上がっていく。

 イザークが涙を流せた。
 泣けないと言っていたのに、泣いているのだ。
 嬉しいけど、それ以上に子どもみたいでおかしかった。

 ニヤニヤしている私を見て、ベッド脇の椅子に座りながら、イザークは拗ねたように言った。

「笑えるほどにはお元気なようで、何よりです」

「でも……ケホッ、ケホッ」

「ああ、無理して話さないでください」

 でも、水が欲しい。
 そう言いたいのに、喉がカラカラでむせてしまう。

 ようやく室内の様子が見えて、民家の一室だとわかった。
 頼めば水はもらえそうだが、声が出ない。

 困っていると、精霊たちが、ほわわんと宙に
現れた。

「ふわあ……アタシたちが起きたってことは、聖女様も目が覚めたの……?」

「そのようです……」

 私が弱ったので、シャキッとしないらしい。
 しっかり者のナギですら、生あくびをしながら答えた。
 ミゾレは目を閉じているが、起きているらしく、モソモソと呟いた。

「聖女様……水、いりますかー?」

「あ、うん……」

「わかりましたぁ、口を開けてくださいー……」

 言われて口を開けると、ビー玉サイズの水塊が、空中にポンと現れた。

 それがふよふよと飛んできて、私の舌に乗った。

「……ごくん。おいしい……」
 
「よかったですー」

 ミゾレは、嬉しそうに鼻をヒクヒクさせた。
 私が満足したからか、精霊たちは「お大事に」と言いながら、ペンダントの中へ戻って行った。

「喉が乾いていたんですね。気が利かなくてすみません」

 イザークが、ちょっと落ち込んだ様子で頭を下げる。

「ううん、大丈夫……でも、次は味があるものが欲しいかも」

「そうですよね。血を失ったあと、水ばかり飲むのはよくないでしょうし。スープを作ってくれるよう、村長に頼んできます。まずは汁だけ、少しずつ飲みましょう」

 イザークはそう言って、部屋を出ていった。
 戻ってきた彼は、また椅子に腰掛けると、

「エルヴァのことですが」

 と、話を切り出した。

「武器を取り上げたあと、捕縛し、小部屋に閉じ込めています」

「あ……そっか、捕まえたんだね」

「ええ。舌を噛み切りそうでしたので、猿ぐつわをはめて」

「舌を?」

 私が目を丸くすると、イザークは真剣な顔で頷いた。

「彼女は……私の兄が死んだ頃から、『もしイザークが戻ってきたら、共にこの国の頂点に立て』と、父親から言い聞かされていたそうです」

 だからエルヴァは、厳しい教育や訓練にも耐えた。
 しかし、その座を他人に奪われてしまった。

「何とか取り返さなくては、と焦った──猿ぐつわをはめる直前、そう話していましたね」

「そう……ちょっと、かわいそうだね」

 必死に追いかけてきた目標を、突然出てきた私にかすめ取られたのだ。
 腹を立てるのも無理はない。

「ええ。彼女も、ある意味では被害者なのかもしれません。だからと言って──」

 イザークが、両手を強く組み合わせる。
 綺麗な曲線の眉が、どんどん吊り上がっていく。

「私のアナベルを傷つけたことは、未来永劫許しませんが」

 怒りの圧を感じて、私は思わず身震いした。
 それに気付いたイザークは、少し頬を緩めたが、まだ表情は硬い。

「それに、彼女は私のことを、駒のように見ていました。無意識なのでしょうが、父親こそが絶対で、言うことを聞いてさえいれば間違いないと思っているようです」

「洗脳されてるってこと?」

「似たようなものでしょうね。何にせよ、危険であることに変わりはありません。しばらくは牢に入れておきます」

「それで…これから、エルヴァをどうするの?」

「私を駒扱いした彼女を、カスティル公爵を追い落とすための、駒として使わせてもらいます」 
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