断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

36 ボスも瞬殺

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 私は魔物の群れを睨みつけた。
 精霊に指示を出して、一掃。
 また現れた群れを一掃……

 なかなかのペースだ。
 この調子なら、あと数分で大聖堂の魔物を殲滅できるだろう。

(そういえば、ダンジョンごとにボスモンスターがいるはずだけど……大聖堂では遭遇したことないなあ)

 攻略サイトには掲載されていたのかもしれないけど。
 私は知らない。

 たとえ激ムズのマゾゲーであろうと、自力でクリアするのが楽しいんじゃないか。
 
 それは一旦置いておこう。
 ここのボスは何だろう。
 虫系だったら嫌だな。
 何が出ても、精霊たちが最強すぎて秒殺だろうけど。

(ついでに魔王も倒しちゃおうか。でも、ゲームプレイ時は五十回ぐらい全滅したんだよね。慎重を期して、一旦帰るべきかなあ)
 
 ナギが起こした竜巻と、ぶっ飛ばされるコウモリ軍団を眺めつつ、ぼんやりと考えていた。
 すると、足元でコロコロ転がっていたコハクが、突然起き上がった。

「ぴょえっ!聖女さま、たいへん、たいへん!」

 短い手足をバタバタさせて、ジャンプしたり走り回ったり……
 いつもちょこまか動いているけど、比べ物にならない大騒ぎだ。

(もしかして魔物が来る?で、コハクがここまで騒ぐってことは……)

 きっとボスのお出ましだ。
 モグラ系の。
 それなら下から来るはず。

「リリィ、イザーク、しゃがんで!コハクは地下に──うわっ⁉︎」
 
 攻撃して、と言おうとした時、地面がメリメリと盛り上がった。
 真上にいる私たちは、ぐうっと持ち上げられていく。

「……っ!」

 足元からくぐもった咆哮ほうこうが聞こえてくる。
 地面がビリビリと震動する。

 8の形をした壁が、地面と分離する。
 急速に傾いていく。

 イザークが私に手を伸ばしてくる。
 その時、壁の向こうで、

「助けて……!」

 と、リリィの悲鳴が聞こえた。
 呆然としていた私はハッと我に返り、とっさにイザークにすがった。

「リリィを守って!」
 
 しかし、イザークは無理難題を言われたかのように硬直してしまった。
 目を泳がせながら、私と一緒に倒れていく。

「イザーク!」

「……間に合いません!失礼します!」

 イザークは私を胸元に引き寄せ、強く抱きしめた。
 そのまま体が落下して──ドンッ!という衝撃が来る。

 イザークの腕と体がクッションになって、痛みはほとんどなかった。
 ただ、自分の体が驚いているのか、すぐに手足が動かせない。

「聖女さま!」

「ご無事ですか⁉︎」

 倒れた私とイザークの周りで、精霊たちが騒いでいる。

 そうか、みんなに頼めばよかったんだ。
 気が動転して、いつも助けてくれる人に、つい……馬鹿すぎる。

 自己嫌悪で落ち込んでいると、ナギがコウモリを倒し終えたのか、慌てた様子で帰ってきた。

「コハク、何をしているのですか⁉︎ちゃんと聖女様をお守りしなさい!」

「だ、だって、びっくりしたんだもん」

「そうだよね……聖女様、イザークにお願いしちゃってたし……」

 そうだ、イザークは無事だろうか。
 私は彼の背中に手を回し、ペシペシと叩いた。

「イザーク、生きてる⁉︎」

「問題ありません」

 本当かな。
 骨折とかしてるんじゃないか。
 というかリリィを守ってと言ったのに。

 気になることも言いたいこともあるけど、イザークの生存確認はできたから、次は──

(リリィ!)

 私は手足をどうにか動かして、イザークの腕から這い出した。
 横倒しになった筒状の壁の外へ出る。

 リリィは、瓦礫の上に倒れていた。
 落下の衝撃で壁から飛び出したようだ。

 横たわる華奢な体を、急いで抱き起こす。
 しかし反応がない。
 目を閉じたままだ。

 自分の背筋が、すうっと冷たくなった。
 そこへイザークが駆け寄ってくる。

 彼は泣きそうな私を見ると、小さく頷きを返してきた。

 イザークが、リリィの手首に指を押し当てる。
 それから可憐な唇に耳を寄せて、何か考えながら呟いた。

「脈と呼吸は正常ですね。頭部の外傷もないようです」

「あ……大丈夫ってこと?」

「……アナベル?」

 リリィが薄く目を開けた。
 しかし、すぐにまた気を失う。
 口が小さく動き、むにゃむにゃと何か言っている。

 寝てしまったんだろうか。
 とにかく、リリィは生きている。
 よかった、本当によかった。

(よかった……けどぉー!)

 目の前の地面から巨大モグラの頭が飛び出した。
 大口を開けて、こっちに迫ってくる。
 イザークが剣を抜いたけど、どうにかなるとは思えない。

 食われる、と思った瞬間、ガチッ!と上下の牙が閉じた。
 巨大モグラは口をモムモムと動かしたあと、しきりに辺りを見回している。

(もしかして、目が悪いから私たちの位置を間違えた?た、助かった!)

 心臓をバクバクさせながら、私は後ろのコハクを振り返った。

「コハク、お願い……あいつを倒して……」
 
 ごく小さい声で囁くと、

「はーい!」

 と、コハクは元気よく私の頭に飛び乗った。
 巨大モグラの顔が、サッとこっちを向く。
 餌の場所を正しく認識したらしい。

(いやああぁぁぁ!)

 もう駄目だ今度こそ食われる、と白目を剥く直前、巨大モグラの上から、それ以上に巨大な岩が落ちてきた。

 目の前に、ちょっとしたエアーズロックがそそり立つ。
 この岩、どこから出てきたんだろう。

 唖然とする私の前で、エアーズロックは地面に沈んでいった。
 モグラはもう、影も形もない。

(えっと……とにかくボスモグラは倒したし。ほかの魔物ももういないみたい。まずはリリィを治療して……)

 考えながら顔を上げると、十メートルほど離れた場所に、人が立っていた。

 自分が一気に青ざめていくのがわかる。
 ペンダントが、急にずしりと重くなった気がした。

「なんで……マチルダが、そこにいるの?」
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