断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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2章 魔王討伐

2-3 全力をぶつけて

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 一瞬、自分の呼吸が止まった。
 斜め後ろにいるイザークも、リリィやレオナルド、兵たちも息をのんでいる。

 なぜ、魔王はそんなことを知っているのか。
 イザークと知り合いなのか。

 それよりイザークはどう思っただろう。

 心配になって、斜め後ろを振り返る。
 いつもの無表情は少し崩れ、イザークは怪訝そうに眉を寄せていた。

「イザーク、知り合いなの?」

「いいえ。しかし、あの声……まさか……」

「声?」

 聞き返しても、イザークの答えはない。
 イケボが気になるんだろうか。
 
(とにかく、ショックは受けてなさそうでよかった。でも困惑してる感じ……魔王がイザークの事情を知ってるの、やっぱりおかしいよね)

 どういうことなんだろう。
 魔王はイザークの祖国ファルガランの人だった?

 正直、色々知っていてもおかしくはないけど。
 ゲーム内で「俺は世界を見通す目を持っている!」と豪語していたから。

 とにかく……今は悩んでいる場合じゃない。
 魔王を倒さないと。

 最初は、右手へ風属性の攻撃だ。
 手順を間違えると、効果が半分以下になる。

 私は、小声でペンダントに話しかけた。
 
「ナギ、魔王の右手を攻撃して」

「かしこまりました」

 オコジョなナギが、ほわんと現れる。
 目の前で揺れる尻尾を、思わずもふってしまった。

 ナギが喉の奥でクルクルと笑う。
 ふわふわの体が光り始める。

 その光に魔王が気付いたらしい。
 大きな顔が、ゆっくりとこちらへ近づき──

 ドンッ!という爆音とともに、巨木のような右腕が破裂した。

「おおっ!」

 私の背後で兵たちの歓声が湧く。
 魔王が笑みを消し、塵と化した右腕を見下ろす。

 途端に、黒い巨体が膨らんでいく。
 全体攻撃を放つため、力を溜め始めたんだ。

 私は、すかさずペンダントに声をかけた。
 
「次はミゾレ!魔王の左手を狙って!」

「はぁい」

 ぼんやりした声とともに、ふかふかの水色うさぎが現れる。
 魔王は焦ったように、左手をこちらへ伸ばしてくるが──

 ギンッ!という、耳をつんざく音があたりに響いた。
 指先から肩まで、一瞬にして氷漬けだ。

「なんだ、これは……!」

 魔王が腕を振り上げると、氷ごと粉々に砕け散った。
 力を溜め続けながらも、魔王は両腕を失い、ひどく慌てている。

 その様子を眺めながら、私はミゾレのあご下をもふった。
 ミゾレは気持ちよさそうに「ぷぴぃ」と鼻を鳴らしている。

 次はヒナの火属性攻撃だけど……
 呼び出したあと、首周りを揉んであげようか。

 魔王がイザークに話しかけていたから、全体攻撃まであと二十秒以上ある。
 少し休憩してもよさそうだ。

 その間に、戦う気満々のリリィたちに攻撃してもらおう。
 これだけぞろぞろと兵士を連れて、あっさり倒してしまったら気まずい。

 リリィやルークが杖を構え、レオナルドが弓兵に指示を出す。
 その直後、魔王は必死の形相をイザークに近づけた。

「俺を見殺しにするのか!俺が誰なのかわかっているんだろう?」

 剣を抜くイザークを、光る目が見つめている。

「それともアルデリアの犬に成り下がったのか?斬れと言われれば従うのか!お前が気にしている、その女の首も!」

 魔王が、今度は私を見下ろす。
 思わず後ずさってしまったが、すぐに光る目を睨み返した。

(シャレにならないよ!私、まだ死刑囚なのに!)

 イザークもイラッとしているのでは、と彼を見る。
 しかし、そこにあったのは予想外の表情だった。

「黙れ……!」

 呟いたイザークは、青ざめた顔で魔王を見つめている。
 剣を持つ手は明らかに震えている。
 彼の方が、死を宣告された人みたいだ。

 魔王とイザークのやり取りに、兵たちが顔を見合わせる。
 私の中に、ふざけるなという怒りが溜まっていく。

 イザークが心の底に沈めた傷をえぐり出して、大勢の前でさらすなんて。
 許せない。
 
「イザーク、お前は人の顔をした悪魔──」

「うっさいわ、ボケー!!」

 私は、怒りとともに溜めていた力を解放した。
 全力を魔王にぶつけて、と精霊たちに念じながら。

 視界のすべてを白い光が満たす。
 地を揺るがす轟音が響き渡る。
 一気に魔力を使ったから、数秒めまいに襲われる。

 そこへ、空気の壁が真正面から突進してきた。

「わあっ!」

 圧に押されてひっくり返ってしまった。
 お尻、背中、頭の順に、ドン!ドン!ボスン!と鈍い痛みが走る。

(でも、頭があんまり痛くないような……ここ、石がゴロゴロしてたのに)

 後頭部に触れる感触は柔らかい。
 もしや、と私は視線を動かした。
 恐ろしいほどの美顔が私を覗き込んでいる。
 
「アナベル様、大丈夫ですか」

 イザークが淡々と尋ねてくる。

「それはこっちのセリフだよ!私の頭、手でかばったでしょ!?」

 叫びながら、私はすばやく起き上がった。
 それから、頭の下に敷いていたイザークの手を取る。

「ぎゃーっ!い、石が刺さってる……!ねえ、骨折してない!?」

「大丈夫です」

 そう返してきた声は、いつもより元気がなかった。
 とても大丈夫には見えない。

 というか、もしかしてイザークの「大丈夫」って「死んでません」って意味なんじゃないか。

 それは全然大丈夫じゃない。
 私は、周りでモフモフと浮いている精霊たちを見回した。

「みんな!イザークを……あ、さっきの風でリリィたちも転んでる……この辺の人たち、全員治して!」

「はーい!」
 
 まずは茶色の毛玉──地の精霊のコハクが飛び上がる。
 コハクは手足をぴこぴこと動かし、私の頭上で輝き始めた。
 続いてほかの三匹も上昇し、光を放つ。

 温かいその光が、慈雨のように降ってくる。
 イザークの手の傷が消えていく。

 転んで怪我をした人がいても、この光で治っただろう。

(じゃあ、あとは魔王だ!とどめを刺してやる!)

 全力をぶち込んだから、攻撃を行う上半身は吹っ飛んだだろう。
 とはいえ手順を無視したから、かかとぐらいは残ったかもしれない。
 魔王は地面から穢れを吸うから、足がくっついてるし。
 
「今度こそ粉々の散り散りに……あれ?」

 魔王がいた方向を見やると、荒野が眼前に広がっていた。
 さっきは高い山があったはずなのに。
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