断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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2章 魔王討伐

2-4 無双はほどほどに

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 おかしいなあ。
 瞬間移動しちゃったのかな。
 それとも異世界転移したんだろうか?

「アナベル」

 現実逃避していたら、後ろからレオナルドに声をかけられた。

「君って……ごめん、どう言えばいいのか」

 振り返ると、困ったような笑顔でレオナルドが私を見ていた。
 そして私の隣に立つイザークが、一言。
 
「山ごと消し飛ばされるとは、さすがはアナベル様です」

 やっぱり、やらかしてた……
 私と精霊の全力は、想像以上に全力だったらしい。

 背中から冷や汗がにじみ出す。
 その汗が、後方から放たれる暗いオーラでサーッと冷える。

 オーラの出どころを怖々見ると、ルークとリリィがうなだれていた。
 二人とも、地獄落ちが決定した亡者みたいな顔をしている。

「リリィ、ルーク……あの、これはね……」

「ごめんなさい、アナベル……私、役に立てなかった……」

「僕も……何もできなかった……」

 落ち込むリリィたちに、私は慌てて声をかける。

「ふ、二人とも睡眠魔法スリープが使えるんでしょ?私が興奮しすぎて眠れなくなったら眠らせてよ!」

 なんてしょうもない励ましだろう。
 これで立ち直る人がどこにいるのか。

 と思いきや、リリィは急に目を輝かせて、両手で私の手をぎゅっと握りしめた。

「アナベル。それ、お泊まり会しようってこと?」

「え?ああ、うん……私が行ってもいいなら」

「本当!?じゃあ家に来て!ルーシーも喜ぶわ」

「えっ!ちょ、ちょっとリリィ!」

 もう決まったかのように、リリィが私の手を引く。
 すると、空いている方の手をルークが掴んできた。

「リリィ、ずるい!僕の家にも来てよ、アナベルさん!」

「……ルーク、本気なの?」

 リリィが怪訝そうにルークを見る。

「な、なんで?僕、何か変なこと言った?」

「ルークは男の子でしょ。アナベルと一緒のベッドで寝るなんて、はしたないわ」

「ちちち違うって!アナベルさんがうちの茶会とか晩餐会に来てくれたらいいなってこと!」

 ワイワイと言い合う二人にツッコむ隙もない。
 とりあえず元気になってくれてよかった。

 騒ぐリリィとルークを眺めていると、後ろでギデオンたちがヒソヒソ話を始めた。

「エリオット……リリィ様はもう、すっかりアナベル様を頼っておられるな」

「そうですね、ギデオン。可愛い妹を取られたような気持ちですよ」

「そうだね、ちょっと寂しいというか……僕はリリィの気持ちもわかるけど」

「陛下に同意です。僕も、アナベル様に対してこんな気持ちを抱くとは、想像もしませんでした」

「俺もだ……って、まさかエリオット、お前もか⁉︎」

「お前もって、まさかギデオンも!?二人とも、やめてくれよ!アナベルは僕の元婚約者だぞ!」

 何の話をしているんだろう。
 ちょっと気になったけど、今はもっと気になることがある。

「イザークは……あれ?どこ?」

 さっき彼が立っていたところに、その姿はない。
 まさか、また帰ってしまったのだろうか。
 ここから王都まで、徒歩で三日はかかるのに。

 首や視線をあちこち動かしていると、少し離れた場所から探し人の声が聞こえた。

「陛下、ご相談があります」

 暗い顔をしたイザークが、レオナルドのそばに立っていた。

「一段落しましたので、家族の遺品を整理したいのです。何か残っていないでしょうか」

 その言葉で、胸が小さく痛んだ。

 イザークの家族は隣国の王族で、十年前にこの国へ亡命してきた。
 しかし、イザークの兄が謀反を起こし、母親とともに処刑された。
 イザークの手によって。

 イザークは、罪悪感から逃げることに精一杯で、遺品を探す余裕もなかっただろう。
 少しは残っていて、と祈りながら、私は耳をそばだてた。

「……あるよ」

 レオナルドが、哀れむようにイザークを見る。

「父上が隣国の技術を盗めないかと考えて、資料や日記を保管してたんだ。城へ帰ったら倉庫から出すよ」

「申し訳ございません。お手数をおかけします」

「いや、このぐらいしかできなくてごめん」

 レオナルドが済まなさそうに目を伏せると、イザークが深々と頭を下げた。

 顔を上げた彼と、ふと視線が合う。
 しかし、イザークはすぐに目をそらしてしまった。

(気まずいんだろうな……魔王にあんなこと言われたら)

 しかもつい昨日、盗賊団の頭領が処刑されたらしい。
 いくつかの村で必要以上に殺戮を行うという、悪らつさのためだそうだ。

 だからイザークにとって、余計にあの言葉は冗談では済まないのだろう。


『斬れと言われれば従うのか!お前が気にしている、その女の首も!』


 思い出すと、また苛立ちが募ってくる。

 しかし魔王は死んだ。
 これで私の処刑は取り消される。
 イザークも、魔王のことなんてすぐ忘れるはず。

 魔王の影響で地面は腐っているし、空気は淀んでいるけど。
 魔物もまだあちこちに蔓延っているけど。

 それでも、雲間に光が差したような心地だった。
 
(イザークも少しホッとできるよね。でも、遺品の整理をしてたらまた落ち込むかな。王都に着いたら様子を見に行こう)

 私に焦りはなかった。
 これから少しずつ平和が戻ってくる。
 私だけではなく、誰もがそう信じていた。

 その希望は、呆気なく裏切られることになる。

  ◇

「アナベル様、まだですか?早くしないと自由時間が終わりますよ!」

 自室の外から、ジョルジュさんが焦ったように声を張り上げた。
 
 魔王を討伐してから、五日目の昼時。
 後片付けに追われて、私の死刑はまだ正式には取り消されていない。

 だから外出もまだ週一回、三時間だけなのだ。

「ジョルジュさん、ごめん!あと百ぐらい数えといて!」

「もう八回は数えました!」

 そうだっけ。
 この部屋の有様なら、それもあり得るか。

 私は、床に散乱したロングドレスやレース生地のワンピースを眺めた。
 スズラン模様の絨毯が、ほとんど隠れてしまっている。

(……初デート前夜の、中学生の部屋みたい)

 あまりの惨状に、他人事のように茫然としてしまう。

 ちなみに、前世では初デートの経験自体がない。
 それは別にいい。

 問題は、こうなったのがイザークに会いに行く前、ということだ。
 服を選ぶだけだというのに、なぜ十分以上もかけているのだろう。

(だって、元王子だし。一応は気を遣うべきでしょ。それに、今は派手なものを見たい気分じゃないだろうし。かといって黒とか紺を着ていったら、イザークが落ち込んじゃうかも)

 自分で自分に言い訳していると、激しくドアが叩かれた。

「わっ、わっ!ジョルジュさん、ごめん!もう百秒待って──」

「アナベルっ!大変だ!」

「え?」

 私は一瞬、ドアの前で硬直した。
 焦燥に駆られたその声が、誰のものかわからなかったからだ。

「えっと、レオナルド……だよね?」

「そうだよ!とにかく大変なんだ、早く来てくれ!」
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