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Ⅱ 身の回りに平穏を
7 最初の断罪
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その後、休憩を挟みながら馬車に揺られ──三日目の昼頃。
ようやくベリアの王宮に到着した。
少しずつやわらいでいたソルの空気感が、一気に緊張する。
そんな彼に、「安心して」と言えないことがもどかしい。
せめてと思い、エスコートを願い出た。
そうすれば彼の近くにいられるから。
二人で馬車の外へ出ると、王宮の前庭に、きらびやかな人々が集まっていた。
その先頭に立つのは金髪の男女。
王妃と国王かと思いきや、男性は私と同じ年頃だ。
第二王子カディスだろうか。
彼らの後ろに並ぶのは宮廷貴族だろう。
周りには親衛隊や侍従、奥には近衛兵が整列している。
私とソルが近づいていくと、先頭の、真っ青なドレスを着た女性がカーテシーをした。
「ようこそいらしてくださいました、皇女殿下。ベリア王妃、エルディエ・ベリオスです」
「第二王子のカディス・ベリオスと申します。お目にかかれて光栄です」
紺の上着を着たカディスが、お辞儀をする。
私たちも二人の前で立ち止まり、同じように挨拶をする。
「お出迎えくださり、ありがとうございます。国王陛下はどちらに?」
「謁見の間でお待ちしています。お迎えできず申し訳ありません」
「いいえ。王妃殿下と第二王子殿下にお会いできて、とても嬉しいです」
王妃たちとにこやかに話しながら、私は気づいていた。
体内でくすぶる小さな熱が、ぶわりと全身に広がるのを。
ようやく来たのだ。
ソルの侍従マデックの、破滅する時が。
◇
マデックは、ルナティア皇女たちの後方に控えながら、ひどく焦っていた。
このままでは、ルナティア皇女がソルに好感を持っていると知られてしまう。
自分は印象操作もできない無能だと、王妃に思われる。
なんとかソルに恥をかかせたい。
──そうだ。
バラを胸元に飾ると見せて、シャツを破ってやれ。
繊細なシルク生地だから、少し引っ掛けてやればすぐ裂ける。
しかし、ソルが怪我をするだろうか。
……いや、そうなれば万々歳だ。
しばらく医務室にソルを押し込んでおける。
その隙に、カディス王子と皇女を近づけられる。
自分は王族を傷つけたとして、処罰されるだろう。
しかし、王妃殿下の采配で軽く済むはずだ。
マデックは、そばに生えているバラを手折った。
ふとその見目を眺め──寒気がした。
無数の棘の一つひとつが、針のように鋭い。
こんなに凶悪なバラは見たことがない。
マデックは一瞬、怯んだ。
しかし、カディス王子の侍従のことを思い出し、メラメラと競争心が燃え上がる。
しがない書記官だったくせに。
「ソル殿下が失言をした」と記録し、貴族の間に噂を広めた。
それを王妃に気に入られて、成り上がった卑怯者め。
ソルが、あんなに馬鹿なことを、ベラベラと話すわけがないだろうが!
何年か侍従としてついて、よくわかった。
ソルは、腹が立つほど隙を見せない。
だから隙を作ってやるのだ。
マデックは、慎重にバラを持ち直し、ソルに近づいた。
「お話中、失礼いたします。ソル殿下。謁見の前に、帝国の象徴である赤をもう一つ差しては? 私からも祝福を」
マデックは、にやつく口元を隠そうと頭を下げた。
だから気づかなかった。
その人物がそばへ来たことに。
「僕にやらせてくれ。弟らしいことなど何もしていないから、せめてこれだけでも」
「えっ?」
マデックの鼻先を、甘ったるい香りがかすめた。
まずい──そう思った時には手遅れだった。
第二王子カディスが、マデックの手からバラを取り上げたのだ。
「痛っ!」
カディス王子が顔を歪め、膝をつく。
その手から血が滴る。
かと思うと、気を失い、石畳にどさりと倒れ込んだ。
恐ろしいほど静まり返った庭園に、金切り声が響いた。
「カディス!」
王妃が愛息子に駆け寄った。
「誰か、医師を!いえ、カディスを運んで!」
ソルやルナティア、マデックが呆然とする前で、二人の護衛兵がカディス王子を運んでいく。
「医師をカディス殿下の部屋へ!」
「気つけの酒を用意しろ!」
前庭はにわかに慌ただしくなった。
「お、王妃殿下……私は、私は……」
顔面蒼白のマデックを、王妃は肩を震わせて睨みつけた。
「なんということを!」
「い、いいえ、私はソル王子に!」
「まあ! ソル王子に、棘のついたバラを?」
ルナティアが悲鳴をあげる。
王妃が目を丸くしている間に、彼女は悲痛にまくし立てた。
「では、傷を負ったのはソル王子だったかもしれませんのね? 王妃殿下、由々しきことですわ! 過失といえど、王族を傷つけるなど、あってはならぬことです」
「いえ、僕は構いません。しかしカディスは……僕のために動いてくれたのに、かわいそうに」
ソルが心配そうに、カディス王子が去った方を見つめる。
ルナティアは、ここぞとばかりに胸に手を当て、眉尻を下げた。
「そうですわね。血を見て倒れてしまわれたわ。お体が弱くていらっしゃるのかしら。王妃殿下、第二王子殿下に『お大事に』とお伝えください」
「……恐れ入ります」
王妃は微笑んだが、目が笑っていない。
怒りをぶつけるように、再びマデックを睨んだ。
「この不届き者を、棒打ちの刑の上、王宮より追放しなさい!」
マデックの両脇を、近衛兵たちが捕らえる。
マデックはただ混乱していた。
──なぜ、こんなことに?
カディス王子はいつも、大人しく王妃に従っていた。
なのに、どうして今日に限って、あんなことをしようと思ったのか。
それに、たまたま自分のそばに、危険なバラが咲いているなんて。
こんな偶然があるのだろうか。
なぜだ。
自分は、平民の血を引くソルの侍従になり、屈辱の日々に耐えた。
八つ当たり目的でもあったが、ソルの反抗心を折るため、足蹴にした。
靴が汚れるのは不快だったが、王妃の望みならと我慢した。
ルナティア皇女の関心をカディス王子に向け、出世するはずだった。
こんな仕打ちを受ける道理はないのに。
ふとルナティアを見ると、彼女は微笑んでいた。
しかし、マデックを映す目には怒りがにじんでいる。
マデックの脳裏に、馬車の中での会話がよみがえる。
『色々教えてくれてありがとう。……あなたの行いが、報われますように』
少し、妙だと思った。
ルナティアは明らかにソルを気に入っていた。
なのに、ソルを貶める自分に礼を言い、労うとは。
いや、帝国の慣用句かもしれない。
そう思って流したのだが……
──報われますように。
あれは、ソルを虐げた報いを受けろ、ということだったのか。
しかし、祈っただけで何かが起きるなどあり得ない。
神でもなければ。
マデックは呆然としながら、近衛兵に引きずられていった。
ようやくベリアの王宮に到着した。
少しずつやわらいでいたソルの空気感が、一気に緊張する。
そんな彼に、「安心して」と言えないことがもどかしい。
せめてと思い、エスコートを願い出た。
そうすれば彼の近くにいられるから。
二人で馬車の外へ出ると、王宮の前庭に、きらびやかな人々が集まっていた。
その先頭に立つのは金髪の男女。
王妃と国王かと思いきや、男性は私と同じ年頃だ。
第二王子カディスだろうか。
彼らの後ろに並ぶのは宮廷貴族だろう。
周りには親衛隊や侍従、奥には近衛兵が整列している。
私とソルが近づいていくと、先頭の、真っ青なドレスを着た女性がカーテシーをした。
「ようこそいらしてくださいました、皇女殿下。ベリア王妃、エルディエ・ベリオスです」
「第二王子のカディス・ベリオスと申します。お目にかかれて光栄です」
紺の上着を着たカディスが、お辞儀をする。
私たちも二人の前で立ち止まり、同じように挨拶をする。
「お出迎えくださり、ありがとうございます。国王陛下はどちらに?」
「謁見の間でお待ちしています。お迎えできず申し訳ありません」
「いいえ。王妃殿下と第二王子殿下にお会いできて、とても嬉しいです」
王妃たちとにこやかに話しながら、私は気づいていた。
体内でくすぶる小さな熱が、ぶわりと全身に広がるのを。
ようやく来たのだ。
ソルの侍従マデックの、破滅する時が。
◇
マデックは、ルナティア皇女たちの後方に控えながら、ひどく焦っていた。
このままでは、ルナティア皇女がソルに好感を持っていると知られてしまう。
自分は印象操作もできない無能だと、王妃に思われる。
なんとかソルに恥をかかせたい。
──そうだ。
バラを胸元に飾ると見せて、シャツを破ってやれ。
繊細なシルク生地だから、少し引っ掛けてやればすぐ裂ける。
しかし、ソルが怪我をするだろうか。
……いや、そうなれば万々歳だ。
しばらく医務室にソルを押し込んでおける。
その隙に、カディス王子と皇女を近づけられる。
自分は王族を傷つけたとして、処罰されるだろう。
しかし、王妃殿下の采配で軽く済むはずだ。
マデックは、そばに生えているバラを手折った。
ふとその見目を眺め──寒気がした。
無数の棘の一つひとつが、針のように鋭い。
こんなに凶悪なバラは見たことがない。
マデックは一瞬、怯んだ。
しかし、カディス王子の侍従のことを思い出し、メラメラと競争心が燃え上がる。
しがない書記官だったくせに。
「ソル殿下が失言をした」と記録し、貴族の間に噂を広めた。
それを王妃に気に入られて、成り上がった卑怯者め。
ソルが、あんなに馬鹿なことを、ベラベラと話すわけがないだろうが!
何年か侍従としてついて、よくわかった。
ソルは、腹が立つほど隙を見せない。
だから隙を作ってやるのだ。
マデックは、慎重にバラを持ち直し、ソルに近づいた。
「お話中、失礼いたします。ソル殿下。謁見の前に、帝国の象徴である赤をもう一つ差しては? 私からも祝福を」
マデックは、にやつく口元を隠そうと頭を下げた。
だから気づかなかった。
その人物がそばへ来たことに。
「僕にやらせてくれ。弟らしいことなど何もしていないから、せめてこれだけでも」
「えっ?」
マデックの鼻先を、甘ったるい香りがかすめた。
まずい──そう思った時には手遅れだった。
第二王子カディスが、マデックの手からバラを取り上げたのだ。
「痛っ!」
カディス王子が顔を歪め、膝をつく。
その手から血が滴る。
かと思うと、気を失い、石畳にどさりと倒れ込んだ。
恐ろしいほど静まり返った庭園に、金切り声が響いた。
「カディス!」
王妃が愛息子に駆け寄った。
「誰か、医師を!いえ、カディスを運んで!」
ソルやルナティア、マデックが呆然とする前で、二人の護衛兵がカディス王子を運んでいく。
「医師をカディス殿下の部屋へ!」
「気つけの酒を用意しろ!」
前庭はにわかに慌ただしくなった。
「お、王妃殿下……私は、私は……」
顔面蒼白のマデックを、王妃は肩を震わせて睨みつけた。
「なんということを!」
「い、いいえ、私はソル王子に!」
「まあ! ソル王子に、棘のついたバラを?」
ルナティアが悲鳴をあげる。
王妃が目を丸くしている間に、彼女は悲痛にまくし立てた。
「では、傷を負ったのはソル王子だったかもしれませんのね? 王妃殿下、由々しきことですわ! 過失といえど、王族を傷つけるなど、あってはならぬことです」
「いえ、僕は構いません。しかしカディスは……僕のために動いてくれたのに、かわいそうに」
ソルが心配そうに、カディス王子が去った方を見つめる。
ルナティアは、ここぞとばかりに胸に手を当て、眉尻を下げた。
「そうですわね。血を見て倒れてしまわれたわ。お体が弱くていらっしゃるのかしら。王妃殿下、第二王子殿下に『お大事に』とお伝えください」
「……恐れ入ります」
王妃は微笑んだが、目が笑っていない。
怒りをぶつけるように、再びマデックを睨んだ。
「この不届き者を、棒打ちの刑の上、王宮より追放しなさい!」
マデックの両脇を、近衛兵たちが捕らえる。
マデックはただ混乱していた。
──なぜ、こんなことに?
カディス王子はいつも、大人しく王妃に従っていた。
なのに、どうして今日に限って、あんなことをしようと思ったのか。
それに、たまたま自分のそばに、危険なバラが咲いているなんて。
こんな偶然があるのだろうか。
なぜだ。
自分は、平民の血を引くソルの侍従になり、屈辱の日々に耐えた。
八つ当たり目的でもあったが、ソルの反抗心を折るため、足蹴にした。
靴が汚れるのは不快だったが、王妃の望みならと我慢した。
ルナティア皇女の関心をカディス王子に向け、出世するはずだった。
こんな仕打ちを受ける道理はないのに。
ふとルナティアを見ると、彼女は微笑んでいた。
しかし、マデックを映す目には怒りがにじんでいる。
マデックの脳裏に、馬車の中での会話がよみがえる。
『色々教えてくれてありがとう。……あなたの行いが、報われますように』
少し、妙だと思った。
ルナティアは明らかにソルを気に入っていた。
なのに、ソルを貶める自分に礼を言い、労うとは。
いや、帝国の慣用句かもしれない。
そう思って流したのだが……
──報われますように。
あれは、ソルを虐げた報いを受けろ、ということだったのか。
しかし、祈っただけで何かが起きるなどあり得ない。
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