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Ⅱ 身の回りに平穏を
8 黒幕を見定める
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◇
マデックの姿が消えるのを見届けたあと、私はソルと共に謁見の間へ案内された。
これから国王と王妃に、正式に挨拶をする。
だが、気を抜いてはならない。
侍従が王子を虐げていたのだ。
国王たちが知らないわけがない。
なのに事態を放置した。
ベリアの宮廷は、帝国の宰相が考えていたより腐っていたようだ。
宰相の考え──帝国が皇女の下賜を決めた、本当の理由。
それは、ここ数年ベリアの献上品の質が落ち続けていることだ。
大使によれば、ベリア国内の生産物に変化はないという。
ならば、王家がわざと質を落としたか、あるいは別の何かに気を取られているのか……
ひとまず帝国の宰相は、婚姻による牽制を目論んだ。
しかし、牽制では足りないだろう。
王妃を中心として、宮廷全体でソルを潰そうとしているのだから。
病弱なカディス王子の評価を上げるために。
不届き者は残らず退場させ、宮廷の腐敗を雪がなくては。
そうすれば目的を果たせる。
私の王子様と、甘く密やかな時間を過ごすのだ。
◇
私とソルは、謁見の間に入った。
皇宮と似た作りだが、やや小ぢんまりとしている。
とはいえ、装飾のほどこされた柱をシャンデリアが照らす様は、荘厳と呼ぶにふさわしい。
玉座には国王。
そのそばでは王妃が胸を張り、凛と立っている。
国王はどんな顔でソルを見ているのだろう。
視線を向けた瞬間、私はドキリとした。
どこを見ているのかわからないほど、国王の目が虚ろなのだ。
「……国王陛下、王妃殿下。お会いできて光栄です」
私は異常を感じながらも、カーテシーをした。
ソルは、私の隣に並んでお辞儀をする。
「先程は見苦しいところをお見せしましたわ」
王妃が私たちに声をかけてくる。
それから、国王に耳打ちをした。
国王は宙を見つめながら、
「皇女殿下……よくぞ、お越しくださった。ベリアは、貴女を歓迎する……」
と、言った。
さっき王妃が囁いた言葉そのままを。
人形めいたその顔は、ほのかに赤らんでいる。
そういえば酒浸りの噂があった。
しかし、こんな日にまで飲んだくれるとは。
王妃もなぜ止めないのだろう。
疑問が湧いたが、誰に問うこともできない。
私は冷静を装い、カーテシーをしたまま口を開いた。
「見苦しいなど、とんでもございません。これからは、私もこの国の人間です。喜びも苦難も、皆様と共にしたいと存じます」
「まあ、ありがとうございます。ですが、結婚式は二ヶ月後ですのよ」
「二ヶ月後?」
私は思わず顔を上げた。
「たしか、一ヶ月後に立太子の儀があり、それからすぐに結婚式だと……」
「予定が狂いましたの」
王妃は済まなさそうに目を伏せた。
「立太子の儀の衣装が、間に合わないのです。良質な染料が見つからなくて。先日、ようやく儀式の目処が立ったところですわ。本当に、申し訳ありません」
「……そうなのですね」
裏を感じつつも、私は頷いた。
「ええ。ですが、よかったかもしれませんわね」
「よかった?」
無意識に声が低くなる。
王妃への猜疑心があふれて、隠したいのにそうできない。
それに気付いているのか、いないのか、王妃は急に笑顔になった。
「王太子妃は忙しいですから。まずは公務のないうちに、ベリアに慣れていただければと思います」
この笑顔──やはり延期は目論見通りか。
二ヶ月の間に、私とカディス王子の距離を縮めようと考えているのだろう。
「お気遣い、痛み入ります。国王陛下、王妃殿下」
「当然のことですよ。ねえ、国王陛下?」
国王は王妃に肩を叩かれ、機械的に首を縦に振った。
完全に腑抜けと化している。
「そういえば、陛下がおっしゃっていましたわ。皇女殿下はカディスと気が合うのではないかって」
「まあ、そうなのですね」
それはあなたの意見でしょう、と私は内心で舌を出した。
「ですが、妃になる前に学ぶべきことも多いでしょうし。カディス殿下とお会いする機会はありませんわね。残念です」
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。優しい子ですから、仲良くしてやって?」
王妃の笑みに、私は確信を深めた。
この人は確実に、ソルからカディス王子への“お下がり”計画を立てている。
ノークティカ本国の宰相と大使は、献上品の質低下をほのめかしながら、かなり強く言ったらしい。
『ベリアの次期王妃として皇女を下賜する』
つまり、皇女と結婚する者が次期ベリア国王。
そして、父帝は私を溺愛している。
皇帝は娘の意志を尊重するはず、皇女次第で自国の行く末は決まる──と、ベリアの者たちは考えたのだろう。
そこで王妃は、ひとまず慣例に沿って、第一王子であるソルに皇女を当てがった。
実子を甘やかしていると非難されないために。
そのあと、ソルとカディスの差を私に見せつけて、「やはりカディス王子と結婚したい」と言わせる──
そう企んでいるに違いない。
王妃の思い通りにはさせない。
とはいえ、あからさまに対立すれば、監視の目が厳しくなる。
この場は濁しておこう。
「王妃殿下。カディス王子にお会いできる機会がありましたら、嬉しく存じますわ」
「ええ。いつでもお通しするよう、カディスの侍従に伝えておきます」
「ありがとうございます。そうですわ、侍従といえば……」
まだ秘めておこうと思ったが、カードを出すなら今だ。
王妃がお下がり計画を立てているなら、必ず食いつくはず。
「ソル王子殿下の新たな侍従について、提案がございます」
「提案?」
王妃が怪訝そうに眉を寄せた。
マデックの姿が消えるのを見届けたあと、私はソルと共に謁見の間へ案内された。
これから国王と王妃に、正式に挨拶をする。
だが、気を抜いてはならない。
侍従が王子を虐げていたのだ。
国王たちが知らないわけがない。
なのに事態を放置した。
ベリアの宮廷は、帝国の宰相が考えていたより腐っていたようだ。
宰相の考え──帝国が皇女の下賜を決めた、本当の理由。
それは、ここ数年ベリアの献上品の質が落ち続けていることだ。
大使によれば、ベリア国内の生産物に変化はないという。
ならば、王家がわざと質を落としたか、あるいは別の何かに気を取られているのか……
ひとまず帝国の宰相は、婚姻による牽制を目論んだ。
しかし、牽制では足りないだろう。
王妃を中心として、宮廷全体でソルを潰そうとしているのだから。
病弱なカディス王子の評価を上げるために。
不届き者は残らず退場させ、宮廷の腐敗を雪がなくては。
そうすれば目的を果たせる。
私の王子様と、甘く密やかな時間を過ごすのだ。
◇
私とソルは、謁見の間に入った。
皇宮と似た作りだが、やや小ぢんまりとしている。
とはいえ、装飾のほどこされた柱をシャンデリアが照らす様は、荘厳と呼ぶにふさわしい。
玉座には国王。
そのそばでは王妃が胸を張り、凛と立っている。
国王はどんな顔でソルを見ているのだろう。
視線を向けた瞬間、私はドキリとした。
どこを見ているのかわからないほど、国王の目が虚ろなのだ。
「……国王陛下、王妃殿下。お会いできて光栄です」
私は異常を感じながらも、カーテシーをした。
ソルは、私の隣に並んでお辞儀をする。
「先程は見苦しいところをお見せしましたわ」
王妃が私たちに声をかけてくる。
それから、国王に耳打ちをした。
国王は宙を見つめながら、
「皇女殿下……よくぞ、お越しくださった。ベリアは、貴女を歓迎する……」
と、言った。
さっき王妃が囁いた言葉そのままを。
人形めいたその顔は、ほのかに赤らんでいる。
そういえば酒浸りの噂があった。
しかし、こんな日にまで飲んだくれるとは。
王妃もなぜ止めないのだろう。
疑問が湧いたが、誰に問うこともできない。
私は冷静を装い、カーテシーをしたまま口を開いた。
「見苦しいなど、とんでもございません。これからは、私もこの国の人間です。喜びも苦難も、皆様と共にしたいと存じます」
「まあ、ありがとうございます。ですが、結婚式は二ヶ月後ですのよ」
「二ヶ月後?」
私は思わず顔を上げた。
「たしか、一ヶ月後に立太子の儀があり、それからすぐに結婚式だと……」
「予定が狂いましたの」
王妃は済まなさそうに目を伏せた。
「立太子の儀の衣装が、間に合わないのです。良質な染料が見つからなくて。先日、ようやく儀式の目処が立ったところですわ。本当に、申し訳ありません」
「……そうなのですね」
裏を感じつつも、私は頷いた。
「ええ。ですが、よかったかもしれませんわね」
「よかった?」
無意識に声が低くなる。
王妃への猜疑心があふれて、隠したいのにそうできない。
それに気付いているのか、いないのか、王妃は急に笑顔になった。
「王太子妃は忙しいですから。まずは公務のないうちに、ベリアに慣れていただければと思います」
この笑顔──やはり延期は目論見通りか。
二ヶ月の間に、私とカディス王子の距離を縮めようと考えているのだろう。
「お気遣い、痛み入ります。国王陛下、王妃殿下」
「当然のことですよ。ねえ、国王陛下?」
国王は王妃に肩を叩かれ、機械的に首を縦に振った。
完全に腑抜けと化している。
「そういえば、陛下がおっしゃっていましたわ。皇女殿下はカディスと気が合うのではないかって」
「まあ、そうなのですね」
それはあなたの意見でしょう、と私は内心で舌を出した。
「ですが、妃になる前に学ぶべきことも多いでしょうし。カディス殿下とお会いする機会はありませんわね。残念です」
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。優しい子ですから、仲良くしてやって?」
王妃の笑みに、私は確信を深めた。
この人は確実に、ソルからカディス王子への“お下がり”計画を立てている。
ノークティカ本国の宰相と大使は、献上品の質低下をほのめかしながら、かなり強く言ったらしい。
『ベリアの次期王妃として皇女を下賜する』
つまり、皇女と結婚する者が次期ベリア国王。
そして、父帝は私を溺愛している。
皇帝は娘の意志を尊重するはず、皇女次第で自国の行く末は決まる──と、ベリアの者たちは考えたのだろう。
そこで王妃は、ひとまず慣例に沿って、第一王子であるソルに皇女を当てがった。
実子を甘やかしていると非難されないために。
そのあと、ソルとカディスの差を私に見せつけて、「やはりカディス王子と結婚したい」と言わせる──
そう企んでいるに違いない。
王妃の思い通りにはさせない。
とはいえ、あからさまに対立すれば、監視の目が厳しくなる。
この場は濁しておこう。
「王妃殿下。カディス王子にお会いできる機会がありましたら、嬉しく存じますわ」
「ええ。いつでもお通しするよう、カディスの侍従に伝えておきます」
「ありがとうございます。そうですわ、侍従といえば……」
まだ秘めておこうと思ったが、カードを出すなら今だ。
王妃がお下がり計画を立てているなら、必ず食いつくはず。
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「提案?」
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