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Ⅱ 身の回りに平穏を
9 カディスの思惑は?
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「私の侍従を、ソル殿下の侍従にしてはいかがでしょう? ノークティカ本国の伯爵ですわ。次期国王の侍従として申し分ないと存じますが」
「次期国王の……そうですわね。会議で提案してみます」
王妃は満足そうに笑った。
笑顔の奥に、思惑が透けて見える。
本国の伯爵が侍従なら、王子に箔がつく。
ソルの評価が上がっても構わない、いずれカディスのものになるのだから──と。
王妃が油断していてよかった。
彼女が新たな侍従を用意すれば、またソルが傷つけられる。
対して、私が父帝にねだったトリオンは、社交界の噂になるほどの善人。
ソルも安心して過ごせるだろう。
「皇女殿下、ご提案ありがとう。それで、話を戻しますけれど……」
「話?」
「カディスのことですわ。よろしければ、見舞ってやってくれませんか?」
まだ息子の話をするのか。
うんざりしながら、私は王妃に笑い返した。
「では、後ほどソル殿下と伺います」
「いえ、お一人で結構ですわ。それに、婚儀の前に二人で行動し続けるというのも、皇帝陛下がどう思われるか」
「ご心配なく。皇帝陛下に『寄り添って過ごして良い』と許可を賜りましたので」
「え?」
王妃の笑顔が引きつった。
それを小気味よく思いながら、私はシェリルを振り返った。
シェリルはお辞儀をすると、私のそばまで進み出てきて、細長い箱を開けた。
筒状に丸められた許可書を、私は胸を張って王妃に差し出す。
「よろしければ、ご確認なさって?」
「……たしかに」
許可書を読み終えた王妃は、かろうじて口角を上げている。
唇の端は、ひくひくと痙攣しているが。
「皇帝陛下は許可なさっておられるのですね。ですが……皇女殿下」
「何でしょうか?」
「ずっと寄り添う必要はないのでしょう? カディスは大人数が苦手ですから、よろしければお一人でお会いになってくださる?」
どうすべきだろう。
ソルを一人にしていいものか。
何気なくソルを見ると、
「王妃殿下の誘いです。お疲れでなければ、足を運んでください」
と、ひどく心配そうな小声が返ってきた。
私の立場が悪くなることを危惧しているらしい。
自分も痛い目に遭わされているのに。
なんて健気な人。
早く二人きりになって、思い切り彼を抱きしめたい。
ただ、カディス王子の意志を確かめることも必要だ。
本気で王位を狙っているのか、そこまで興味がないのか。
それによって取るべき策が変わる。
調べる好機は、王妃が油断している今かもしれない。
「それでは仰せの通り、カディス王子のお見舞いに伺います」
◇
カディス王子の寝室には、すぐに入れた。
ただ、王子の姿はすぐに見えなかった。
天蓋付きのベッドの周りに、人だかりができていたからだ。
医師、医師補佐、護衛、侍従、侍従補佐、メイドが三人。
皆、一旦は私に頭を下げたが、そのあとはじっと注視してくる。
私の言動を、王妃に報告するためだろう。
……気に入らない。
私は放置されるためにここへ来た。
監視されるのは不本意だ。
少しやり返してやる。
「まあ、困ったわ」
私は頬に手を当て、眉尻を下げてみせた。
「カディス殿下は、大人数がお嫌いだと聞いたのに。こんなに大勢がいるなら、私は入らない方がよさそうね」
「それにはおよびません」
カディス王子の侍従が、足早に近づいてきた。
体型はマデックと同じだが、雰囲気が明らかに違う。
表情が変わらず、感情がひどく読みにくい。
話し方からは焦りがにじみ出ているが。
「我々はすぐに退室いたします」
「でも、殿下はお疲れなのでは?」
「必要な物を手配するため、人手を集めたのでございます。ご容態が落ち着きましたので、医師を残し、我々は退室するところでした」
ベッドをしっかりと取り囲んでいたのに?
とは口に出さず、私は「わかりました」と答えた。
「それでは、少しだけご挨拶をさせてもらいますね」
「いえ、遠慮なさらず。どうぞごゆっくり」
医師一人を残し、侍従たちは退室した。
彼らの行動から、少なくとも侍従と医師は王妃の企みを知っているのだろう。
カディス王子と結婚したら、放っておいてもらえる──とは思えない。
息子に害を為さぬかと、王妃がいっそう私を監視するだろう。
そんな息詰まる生活、絶対に御免だ。
……という考えは顔に出さず、母譲りの静かな微笑みを浮かべておく。
医師は私に注意を向けつつも、一礼して、部屋の隅に移った。
私は、がらんとした室内を進み、ベッドの脇に立った。
「……皇女殿下。お越しくださり、ありがとうございます」
カディス王子は、横たわったまま弱々しく微笑んだ。
手には厳重に包帯が巻かれている。
息を吸うたび、薬の匂いが鼻をつく。
高級な軟膏を塗られているらしい。
この王子は、想像以上に体が弱いようだ。
ベリア王家の紫眼まで、色が頼りなく見える。
彼の思惑を確かめようにも、負担をかけると気を失ってしまいそうだ。
私はゆっくりとお辞儀をして、穏やかに話しかけた。
「まだ、痛みますか?」
「動かさなければ大丈夫です。それより、兄を一人にしてよろしいのですか?」
「ええ。ソル殿下が、『弟を見舞ってやってほしい』と言いましたから」
「兄が?」
カディス王子は、意外そうに目を見開いた。
しかしすぐに、下がり気味の眉がひそめられる。
「兄上も、母上と同じなのか……? 僕を王位に……」
「ソル殿下が、どうかしましたか?」
「いえ、何というか……皇女殿下からご覧になって、兄はどうでしょうか?」
「どう、とは?」
「人柄や素質や……その、第一王子として」
私はすぐにぴんと来て、胸を張った。
「ソル殿下も、カディス殿下も、君主の資質をお持ちだと思いますわ」
「ほ、本当ですか? 兄も?」
カディス王子は、キラキラと目を輝かせている。
「はい。どちらも素晴らしい方だと思います」
「そうですか、兄も……」
「お話中、失礼いたします」
突然、背後から話しかけられた。
部屋の隅で置物と化していた医師だ。
「次期国王の……そうですわね。会議で提案してみます」
王妃は満足そうに笑った。
笑顔の奥に、思惑が透けて見える。
本国の伯爵が侍従なら、王子に箔がつく。
ソルの評価が上がっても構わない、いずれカディスのものになるのだから──と。
王妃が油断していてよかった。
彼女が新たな侍従を用意すれば、またソルが傷つけられる。
対して、私が父帝にねだったトリオンは、社交界の噂になるほどの善人。
ソルも安心して過ごせるだろう。
「皇女殿下、ご提案ありがとう。それで、話を戻しますけれど……」
「話?」
「カディスのことですわ。よろしければ、見舞ってやってくれませんか?」
まだ息子の話をするのか。
うんざりしながら、私は王妃に笑い返した。
「では、後ほどソル殿下と伺います」
「いえ、お一人で結構ですわ。それに、婚儀の前に二人で行動し続けるというのも、皇帝陛下がどう思われるか」
「ご心配なく。皇帝陛下に『寄り添って過ごして良い』と許可を賜りましたので」
「え?」
王妃の笑顔が引きつった。
それを小気味よく思いながら、私はシェリルを振り返った。
シェリルはお辞儀をすると、私のそばまで進み出てきて、細長い箱を開けた。
筒状に丸められた許可書を、私は胸を張って王妃に差し出す。
「よろしければ、ご確認なさって?」
「……たしかに」
許可書を読み終えた王妃は、かろうじて口角を上げている。
唇の端は、ひくひくと痙攣しているが。
「皇帝陛下は許可なさっておられるのですね。ですが……皇女殿下」
「何でしょうか?」
「ずっと寄り添う必要はないのでしょう? カディスは大人数が苦手ですから、よろしければお一人でお会いになってくださる?」
どうすべきだろう。
ソルを一人にしていいものか。
何気なくソルを見ると、
「王妃殿下の誘いです。お疲れでなければ、足を運んでください」
と、ひどく心配そうな小声が返ってきた。
私の立場が悪くなることを危惧しているらしい。
自分も痛い目に遭わされているのに。
なんて健気な人。
早く二人きりになって、思い切り彼を抱きしめたい。
ただ、カディス王子の意志を確かめることも必要だ。
本気で王位を狙っているのか、そこまで興味がないのか。
それによって取るべき策が変わる。
調べる好機は、王妃が油断している今かもしれない。
「それでは仰せの通り、カディス王子のお見舞いに伺います」
◇
カディス王子の寝室には、すぐに入れた。
ただ、王子の姿はすぐに見えなかった。
天蓋付きのベッドの周りに、人だかりができていたからだ。
医師、医師補佐、護衛、侍従、侍従補佐、メイドが三人。
皆、一旦は私に頭を下げたが、そのあとはじっと注視してくる。
私の言動を、王妃に報告するためだろう。
……気に入らない。
私は放置されるためにここへ来た。
監視されるのは不本意だ。
少しやり返してやる。
「まあ、困ったわ」
私は頬に手を当て、眉尻を下げてみせた。
「カディス殿下は、大人数がお嫌いだと聞いたのに。こんなに大勢がいるなら、私は入らない方がよさそうね」
「それにはおよびません」
カディス王子の侍従が、足早に近づいてきた。
体型はマデックと同じだが、雰囲気が明らかに違う。
表情が変わらず、感情がひどく読みにくい。
話し方からは焦りがにじみ出ているが。
「我々はすぐに退室いたします」
「でも、殿下はお疲れなのでは?」
「必要な物を手配するため、人手を集めたのでございます。ご容態が落ち着きましたので、医師を残し、我々は退室するところでした」
ベッドをしっかりと取り囲んでいたのに?
とは口に出さず、私は「わかりました」と答えた。
「それでは、少しだけご挨拶をさせてもらいますね」
「いえ、遠慮なさらず。どうぞごゆっくり」
医師一人を残し、侍従たちは退室した。
彼らの行動から、少なくとも侍従と医師は王妃の企みを知っているのだろう。
カディス王子と結婚したら、放っておいてもらえる──とは思えない。
息子に害を為さぬかと、王妃がいっそう私を監視するだろう。
そんな息詰まる生活、絶対に御免だ。
……という考えは顔に出さず、母譲りの静かな微笑みを浮かべておく。
医師は私に注意を向けつつも、一礼して、部屋の隅に移った。
私は、がらんとした室内を進み、ベッドの脇に立った。
「……皇女殿下。お越しくださり、ありがとうございます」
カディス王子は、横たわったまま弱々しく微笑んだ。
手には厳重に包帯が巻かれている。
息を吸うたび、薬の匂いが鼻をつく。
高級な軟膏を塗られているらしい。
この王子は、想像以上に体が弱いようだ。
ベリア王家の紫眼まで、色が頼りなく見える。
彼の思惑を確かめようにも、負担をかけると気を失ってしまいそうだ。
私はゆっくりとお辞儀をして、穏やかに話しかけた。
「まだ、痛みますか?」
「動かさなければ大丈夫です。それより、兄を一人にしてよろしいのですか?」
「ええ。ソル殿下が、『弟を見舞ってやってほしい』と言いましたから」
「兄が?」
カディス王子は、意外そうに目を見開いた。
しかしすぐに、下がり気味の眉がひそめられる。
「兄上も、母上と同じなのか……? 僕を王位に……」
「ソル殿下が、どうかしましたか?」
「いえ、何というか……皇女殿下からご覧になって、兄はどうでしょうか?」
「どう、とは?」
「人柄や素質や……その、第一王子として」
私はすぐにぴんと来て、胸を張った。
「ソル殿下も、カディス殿下も、君主の資質をお持ちだと思いますわ」
「ほ、本当ですか? 兄も?」
カディス王子は、キラキラと目を輝かせている。
「はい。どちらも素晴らしい方だと思います」
「そうですか、兄も……」
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