半神皇女の密やかな断罪 〜私の王子様を虐げる輩を、今日も退場させています〜

山河 枝

文字の大きさ
10 / 12
Ⅱ 身の回りに平穏を

10 最悪で最高の発言

しおりを挟む
「カディス殿下のお顔色が、少々よろしくないような……」

 医師は腰を屈め、カディス王子の顔を覗き込む。
 まるで、私との話を遮るように。

 もう少し話を聞きたかったが、仕方ない。

「殿下、お疲れでしたのね。気づかず申し訳ありません。そろそろ失礼しますわ」

 私が一歩下がると、カディス王子は済まなさそうに目を伏せた。

「こちらこそ申し訳ありません。体はむしろ軽いのですが。せっかく来てくださったのに……」

「いいえ、ご無理なさらず。お話できて嬉しかったです。ありがとうございました」

「僕の方こそ。よろしければ、また兄の話を聞かせてください」

 そう言ったカディス王子は、明らかに血色がよくなっている。

「ええ、ぜひ」

 私は一礼して、部屋を出た。
 廊下には、カディス王子の侍従たちがずらりと並んでいる。

「皇女殿下、もうよろしいのですか?」

 侍従がにこやかに話しかけてきた。
 ドアの外で聞いていたくせに、しらを切って。

 私は内心で肩をすくめ、心配そうな顔を作った。

「ええ。医師が、殿下のお顔色がよろしくないと。お疲れのようだから退室したの」

「そうでしたか。お気遣い、痛み入ります」

 侍従の肩には、わずかに力が入っている。
 なぜ医師が私を退室させたか、わかっているらしい。

「気遣うのは当然よ。私とカディス殿下は、いずれ家族になるのだから」
 
「そうおっしゃってくださるとは、殿下も喜びましょう」

「それなら嬉しいわ。兄思いの、素敵な方だもの。人望もおありだし、あの方が君主となられたら、きっと善政を敷かれるでしょうね」

「皇女殿下……ありがとうございます」

 侍従や護衛、メイドたちが深くお辞儀をする。

 侍従が顔を上げた時、その肩が少し下がっていた。
 力を抜いたのだ。
 表情には安堵の色が見える。

 うまく勘違いしてくれたようだ。
 私の言う「家族」は夫婦のことで、「君主」は国王を意味すると。

 私はソルと結婚して、カディス王子と義姉弟になるから「家族」。
 ソルが即位したあとは、カディス王子はどこかの領地を与えられ、「君主」になるかもしれない。
 そのことに言及しただけなのに。


 噴き出しそうになるのをこらえて、私は首を傾げてみせた。

「そんなに大それたことはしていないわ。それでは、また」

 私は笑顔でその場を立ち去った。
 廊下を進むと同時に、近衛兵が声をかけてくる。

「お部屋にお戻りですか? ご案内いたします」

 近衛兵のあとをついて歩きながら、鼻歌を歌いそうになる。

 カディス王子の話が聞けて、本当に良かった。
 どちらの王子も君主の資質を持っている──私がそう言った時、彼は目を輝かせた。

『本当ですか? 兄も?』

 玉座を狙う第二王子が、そんな反応をするはずがない。

 カディス王子は、王位に興味がないのだ。
 むしろ、ソルの即位を望んでいる。

 私とカディス王子を婚姻させたい輩には、最悪の発言だったろう。
 しかし、私にとっては最高の発言だ。

 ソルが国王になるための障壁が、一つ消えたも同然だ。


 爽やかな風の吹く外廊下を進むと、用意された部屋に着いた。
 
「皇女殿下、お帰りなさいませ」

 広々とした豪奢な部屋で、私を出迎えたのは、侍女のシェリルと護衛のオドマン。
 それから、今日は会う機会がなかった二人の臣下だ。

「ラグナ、リサ。改めてよろしくね」

 二人目の護衛兵ラグナ。
 侍女補佐のリサ。

 私とそう歳の変わらない彼らは、私の嫁入りが決まると同時に就任した。
 
「新婚なのに、外国行きだなんて困ったでしょう。付いてきてくれてありがとう」

「そ、そんな!滅相もございません」

 リサがぶんぶんと首を振る。
 肩上で切りそろえた茶髪が、大きく揺れた。

「ベリア行きを命じられた時、九死に一生を得た心地でした!」

「その通りです。妻のリサをお救い下さり、感謝いたします」

 短い黒髪が爽やかなラグナも、折り目正しく頭を下げる。

「私は何もしていないわ。皇帝陛下があなたたちの能力を買った──それだけよ」

 そう、彼らはあるものを持っている。
 庶子である私には、簡単に手に入らないもの。

 私への忠誠だ。


 シェリルは没落貴族の娘だった。
 オドマンは怪我を負って退役したが、帰りを待つ家族はいない。

 リサは、小間使いから貴族付きメイドに昇格したところだったが、「孤児のくせに生意気だ」といじめを受けていた。
 ラグナは騎士家の三男で、強者だらけの本国では出世が望めないと、半ば諦めていた。

 居場所のない者たちを見つけてくれたのは、母だ。
 皆、新たな居場所は失うまいと、懸命に働いてくれる。

 彼らを大切にしなくては。
 ソルとの放置生活を共に目指す、大事な臣下なのだから。


「でも……」

 当のソルはどこにいるのだろう。
 謁見後、会う約束をしておけばよかった。

 ため息をついた時、察しのいいシェリルが教えてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

【完結】貴方が見えない

なか
恋愛
––––愛し合っていると思っていたのは、私だけでした。 不慮の事故により傷を負い、ある後遺症を抱えたアイラ。 彼女は愛し合い、支え続けた夫には傷を受け入れてもらえると信じていた。 しかし彼の言葉は彼女の期待するものではなかった。 罵倒され、絶望に追い込まれたアイラ。 夫を支えてきた人生を否定された彼女だが、夜になるとある人物がメッセージを残していく。 それは非難する夫との離婚を促すメッセージだった。 昼間は彼女を罵倒する夫と、夜になると彼女を労わるメッセージを残す人物。 不可解な謎に困惑しながらも、アイラは離婚に向けて夫を断罪すると決めた。 考えが読めず、もう見えなくなった夫を捨てて…… 彼女は新たな人生を歩み出すために進み始めた。    ◇◇◇◇◇◇  設定は甘め。  読んでくださると嬉しいです!

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

美人な姉を溺愛する彼へ、最大の罰を! 倍返しで婚約破棄して差し上げます

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢マリアは、若き大神官フレッドとの結婚を控え、浮かれる日々を送っていた。しかし、神殿での多忙を理由になかなか会えないフレッドへの小さな不安と、結婚式の準備に追われる慌ただしさが、心に影を落とし始める。 海外で外交官の夫ヒューゴと暮らしていた姉カミーユが、久しぶりに実家へ帰省する。再会を喜びつつも、マリアは、どこか寂しい気持ちが心に残っていた。 カミーユとの再会の日、フレッドも伯爵家を訪れる。だが、その態度は、マリアの心に冷たい水を浴びせるような衝撃をもたらした。フレッドはカミーユに対し、まるで夢中になったかのように賛辞を惜しまず、その異常な執着ぶりにマリアは違和感を覚える。ヒューゴも同席しているにもかかわらず、フレッドの態度は度を越していた。 フレッドの言動はエスカレートし、「お姉様みたいに、もっとおしゃれしろよ」とマリアにまで、とげのある言葉を言い放つ。清廉潔白そうに見えた大神官の仮面の下に隠された、権力志向で偽善的な本性が垣間見え、マリアはフレッドへの信頼を揺るがし始める。カミーユとヒューゴもさすがにフレッドを注意するが、彼は反省の色を一切見せない。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...