半神皇女の密やかな断罪 〜私の王子様を虐げる輩を、今日も退場させています〜

山河 枝

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Ⅱ 身の回りに平穏を

11 こんなに寂しい部屋で

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「姫様。ソル王子は、自室にお戻りになりましたよ」

「そうなの? じゃあ、もう一度出てくるわ。オドマンとラグナも来てちょうだい」

「私共も? よろしいのですか?」

 ラグナが不安そうに聞き返してくる。
 さっきまで待機していたから、立ち歩いていいのか心配なのだろう。
 
「大丈夫。さっきは王妃殿下が兵士を何人も手配してくれたから、ラグナたちには待っていてもらっただけ。普段はついて来てもらうわ」

「そうだ、案ずるな。我らはただ、皇女殿下のご命令に従えばよい」

 オドマンが厳かに呟く。
 忠犬のような言葉に、私は口を尖らせた。

「オドマン……盲目的に従うのはやめてちょうだい。私が間違っていると思ったら、意見を言って?」

「御意にございます」

「ラグナもよろしくね」

「ギョ、ギョイにございます」

 お辞儀は綺麗だが、言い慣れないのか口が回っていない。
 私とリサは、笑いを噛み殺した。

「じゃあ、ソルのところに行ってくるわね」

「いってらっしゃいませ」

 シェリルとリサの礼に送られて、私は部屋を出た。
 さっそく、廊下を見回る近衛兵に声をかける。

「少しいいかしら。お願いがあるのだけど」

「ハッ、伺います」

「ソル王子の自室に行きたいの。案内してくれる?」

 そう言った途端、近衛兵の顔に作り笑いが張りついた。

「本日はお疲れでしょう。お部屋でお休みください」

 ……なるほど。
 この兵も、王妃の息がかかっているのか。

「疲れていないわ。ソル殿下の部屋へ案内して?」

「しかし、その……持ち場が決まっておりまして」

「必要があれば離れても許されるのでしょう? さっきの兵士は、私を部屋まで案内してくれたもの」

「ですが……」

「どうしたの? 婚約者に会うことが、そんなにいけないかしら。皇帝陛下の許可を賜っているのに」

 この先も妨害されては面倒だ。
 かわいそうだが、少し脅かしておこう。

「それとも、皇后陛下の許可書も必要なの? 大使に会ったら伝えておくわね」

 そんなことをしたら、「ベリアは皇帝を軽んじている」と思われる。
 兵士は急いで敬礼をして、ようやく歩き出したのだった。


 廊下を進むごとに、かがり火が減っていく。
 壁際には埃が積もっている。

 突き当りの薄暗がりに、ようやくドアが見えた。

「皇女殿下、こちらでございます」

 兵士は気まずそうに言うと、ソルの部屋のドアをノックした。

「……はい」

 答えたソルの声は強張り、まるで怪物を迎えるようだ。
 兵士は癖がついているのか、皇女の前だというのに投げやりに言った。

「あー、皇女殿下が訪ねてくださいましたけど」

 室内で、ドサッと何かが落ちる音がした。
 バタバタと慌ただしい足音が続き、ドアが開かれる。

 現れたソルは、妖精でも見つけたかのように、私を凝視した。

「皇女……殿下?」

「突然の訪問、失礼いたします。どうしてもソル殿下のお顔が見たくて」

「えっ!?」

 ソルは、こぼれそうなほど目を見開いた。

「ご、ご訪問ありがとうございます。ですが、皇女殿下をお迎えできる部屋ではありませんので……」

 耳を真っ赤にして、しどろもどろになっている。
 腕を広げて駆け寄りたいところだが、今は我慢しなくては。

「結構ですわ。お話もありますから、入れていただけませんか?」

「しかし、皇女殿下。みっともない部屋だそうですよ?」

 近衛兵は、ヘラヘラしながら私とソルの間に入った。
 私は即座に真顔を作った。

「なぜ、あなたが意見をするの?」

 声を低めてやると、兵士の口が怯えにひきつる。

「私はソル殿下に聞いているのです。なぜ、あなたが答えるのですか?」

「さ……差し出がましい真似をいたしました。申し訳ございません!」

 近衛兵は飛びすさるように、廊下の隅に移った。
 その後、私の後ろをチラチラと見ている。

 背後に控えるオドマンとラグナが、睨みを利かせているのだろう。

「では、改めて。ソル殿下、お部屋に入れていただけませんか? お話があるのです」

「……わかりました。実は、僕からもお話したいことがあります。見苦しい部屋ですが、お入り下さい」

「ありがとうございます。オドマンとラグナは外で待っていて。あなたもね」

 私は近衛兵に微笑んだ。

「ですが……」

「皇女殿下がおっしゃったことを、もう忘れたようだな」 

 私の後ろでオドマンがうなった。

「それとも、貴殿は皇女殿下の上官か?」

 近衛兵の額に冷や汗が浮かぶ。
 彼の口が、にかわを塗られたようにつぐまれた。
 
 その口がまた開く前に、私は一歩踏み出した。
 
「殿下、失礼いたします」

「はい……お入りください」

 ソルがドアを大きく開く。
 室内が見えた瞬間、私の胸を冷たい衝撃がよぎった。


 石畳の床に、絨毯はない。
 家具には黒カビが生えている。

 ベッドのそばには、ソルが落としたらしい本が一冊。
 暖かみを感じるのは、その表紙の赤だけ。

 こんなに寂しい場所で、彼は何年も過ごしてきたのか。


 私は、彼の寂しさを踏みにじらないよう、そっと部屋に入った。

 後から入ってきたソルは、ドアを閉め、床の本を拾い上げた。
 それをベッドに置くと、私に背を向けたまま、硬い声で言った。

「皇女殿下。お話とは何でしょう?」

「何もありません。ただ、話したかったのです」

「僕と?」

 ソルが不思議そうに振り返る。

「はい、あなたと過ごしたかったのです。いけませんでしたか?」

 私は彼に笑いかけた。
 ソルは眉尻を下げ、きゅっと唇を噛んだ。

「では、次は僕の話をお聞きください」

 彼は私の問いには答えず、そう言った。
 なぜか、声をやや張り上げている。

「あなたは、弟のカディスと結婚すべきです」

「……はい?」

 思わず聞き返してしまったが、すぐに私は自分の口を押さえた。

 ソルは、不自然に大きな声で話した。
 ドアの向こうの近衛兵に聞かせるためだろう。

「突然、そのようなことを言われましても。考える時間を頂けませんか」

 私はドアに向かってそう言った。
 それからソルに近づき、「耳を貸して」と囁いた。

 彼はわずかに後ずさったあと、躊躇ためらいがちに上体を屈めてきた。
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