半神皇女の密やかな断罪 〜私の王子様を虐げる輩を、今日も退場させています〜

山河 枝

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Ⅱ 身の回りに平穏を

12 甘い密談

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「王妃殿下の影響力を、懸念しているのですね?」

 私が声を落とすと、ソルは黙って頷いた。

「そう……ご心配、ありがとうございます。ですが、私はまだ帝国の人間。万一があればベリアの責任になります。簡単に手出しできませんわ」

「……そうですね。今は手を下さないと思います、直接は」

 ソルはそっと息をつき、また口を開いた。

「王妃殿下たちは、僕をけなすことで、あなたに恥をかかせようとするでしょう」

「なぜ、私が恥をかくのです?」

「婚約者が無能なのは哀れだと、社交場で笑われるのですよ?」

「それは腹が立ちますわね。ソル殿下が即位なさるまで、社交場に行くのは控えましょう」

 私の言葉に、ソルが目を丸くする。
 それもつかの間、彼は痛ましげにまぶたを伏せた。

「僕が即位するなど、あり得ません。貴族はカディスを支持しています。皇女殿下も、カディスとお会いになってわかったでしょう?」

 だから自分から離れて、カディス側につくべきだ──苦しげに語るソルの頬を、私はそっとなでた。

「な、何を……」

 真っ赤になったソルに、私はさらに詰め寄った。

 あと少しでキスできそうな距離だ。
 ソルは息を呑み、ぎゅっと目を閉じた。
 

 私の可愛い王子様。
 大丈夫、きっとあなたを助けてあげる。

「おっしゃる通りです。カディス殿下にお会いして、よくわかりました。彼は即位を望んでいません。次期国王にふさわしいのは、やはりあなたです。第一王子ソル・ベリオス殿下」

 ソルが、閉じていた目を見開いた。
 細く長い指が、私の両肩をつかむ。

 互いの吐息が絡み合う。
 切なげに揺れる紫の瞳が私を映す。

 しかし、ソルはふいに手を離し、身を引いた。

「それでも……あなたは、弟と結婚なさるべきです。結婚後、皇女でなくなったあなたを守る義務は、ベリアにはないのですから」

「ですが、私の婚約者はソル殿下ですわ」

「それは……」

 ソルは、苦痛をこらえるように声を絞り出した。

「こ……婚約を、破棄してくださ──」

 そこで声が止まった。
 私が、彼の唇に指を当てたからだ。

「お断りします」

 絶句するソルに、私は静かに告げた。

「私は構われるのが好きではありません。カディス殿下と結婚すれば、胃に穴が空きますわ」

「そんな、大げさ……とは言えませんね」

 ソルは困ったように眉を寄せた。
 従者につきまとわれる私の姿を想像したらしい。

「それに、ノークティカの皇族として申し上げます。ベリアは誠実に税を納め、良質な品を献上してきた、守りがいのある国。その次期国王が病弱というのは、望ましくありません」

「でも」

 ソルは、自分の手で私の手を包むと、かすかに震えながら言った。

「僕では、あなたを守れません……!」

「ご心配は無用ですわ。だって私が──」

 あなたを守るのですから。
 そう続けようとした時、ドアが乱暴に叩かれた。

 ソルの顔に浮かぶ切なさが、瞬時に恐怖へと変わる。

「私が開けます」

 私は身を翻し、ドアを開けた。
 廊下には二人の人物が立っていた。

 一人は、上質な焦茶のコートを着た中年男性。
 もう一人は十三、四歳の少年で、同じ色のベストを身につけている。
 どちらも革の鞄を肩にかけている。

 王都の職人だろうか。
 少年は布の包みを持っている。

 なぜ職人がここへ……いや、そもそもである。
 見張りの近衛兵は何をしているのだろう。
 王子の部屋へ、しかも皇女が訪問中に人を入れるとは。

 怪訝に思ったが、近衛兵は満足顔。
 私とソルを二人きりにさせたくなかったらしい。

「お話中、失礼いたします」

  中年の男性が頭を下げた。

「私共は、王都の仕立て工房の者です。王妃殿下のご用命で、ソル殿下に服を仕立ててまいりました。入ってもよろしいですか?」

「そうね……」

 王妃の命令で──そう話す彼の目には、野心がギラギラと燃えている。
 この男も、ソルをおとしめようとする不届き者なのか。

 追い返したいが、王妃の名を出されては無下に扱えない。
 ソルもわかっているらしく、「構わない」というように頷いている。

「……どうぞ、入って」

「ありがとうございます」

 仕立て師の男性は室内に入ると、私だけにお辞儀をした。
 あとに続いた少年は、やや怯えた様子だったが、私にもソルにも頭を下げた。

「それでは品をお確かめください。──エリオ、さっさとしろ!」

 仕立て師が、別人のような声色で少年を怒鳴りつける。
 エリオと呼ばれた少年は、焦った様子でテーブルに包みを置き、それを広げた。

 上着やベストなど、貴族男性が身につける一式が現れる。
 仕立て師は、ソルに向かって鼻を鳴らした。

「皇女殿下をお迎えしたのですから、わがままを言わず、きちんとした格好をなさってくださいね」

「……そうだね、気をつけるよ」

 ソルは、感情のない笑顔を見せた。
 怯えてはいないが、グッと息を詰めている。

 好きで惨めな生活をしているのではない、と言いたいのだろう。

 言ってしまえばいいのに、なぜ黙っているのか。
 相手はただの仕立て師なのに……


 ふと思い立ち、私は仕立て師に声をかけた。

「あの服、ここからでも質の良さがわかるわね。有名な店なのかしら?」

「ありがとうございます。私共はサンテール縫製工房からまいりました」

「まあ! ノークティカ本国でも名前を聞いたことがあるわ。ベリア王室御用達の一つなんでしょう?」

 それだけの工房なら、有力貴族が贔屓ひいきにしているだろう。
 職人を怒らせれば、社交界を敵に回す。
 ソルが逆らえないのも無理はない。

 なぜソルが、王室御用達の工房を知っているのかだが……

 仕立て師が来てから、彼はずっと息を詰めている。
 一度、痛い目に遭ったのかもしれない。

 私は仕立て師を蹴りたいのを我慢して、代わりに笑いかけた。

「実力派の店に服を仕立ててもらうなんて、さすがはソル殿下ですわね」

「えっ。あ、いえ、それは……はい」

 ソルを貶める思惑が外れたためか、仕立て師の目が泳ぐ。
 かと思うと、彼は急にエリオを睨んだ。

「エリオ、上着の微調整をするんだろ。早くソル殿下にお着せしろ!」

「はい!」

 エリオは飛び上がり、ソルの後ろに回った。

「あ、あの……失礼いたします」

「大丈夫、自分で脱げるよ」

 ソルは優しく言うと、上着を脱いでベッドに置いた。
 シャツとベストだけになると、線の細さがより際立つ。

「着る時は手伝ってくれるかな。僕が下手に扱って、しわが寄るといけないから」

「はい」

 エリオはホッとした様子で、ソルに上着を羽織らせた。
 ソルが上着の袖を通し──私たちは、硬直した。
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