半神皇女の密やかな断罪 〜私の王子様を虐げる輩を、今日も退場させています〜

山河 枝

文字の大きさ
6 / 12
Ⅰ 待ちわびた日

6 力の発動

しおりを挟む
「侍従様。『馬車の後席は上座だ。属国の者ではなく、皇女殿下とその侍女が座るべき』──そうおっしゃりたいのですね?」

 私の侍女、シェリルだ。
 儀式は皇女と婚約者だけでおこなうため、シェリルは別室にいたのだが、いいタイミングで来てくれた。

 ダークグリーンのドレスを着た彼女は、切れ長の目でマデックを見つめている。

「たしかに、侍女を上位とすることもあります。しかし、今回は皇帝陛下が『皇女と王子は寄り添って良い』とお許しになりました」

 シェリルは、手にした細長い箱を小さく掲げた。
 父が書いてくれた許可書だろう。

「ソル殿下は、ルナティア殿下の隣に立つことを許された。つまり、私より上位でいらっしゃいます。異論は?」

「……ございません」

 マデックはしおしおと答えると、馬車の最下位席に腰を下ろした。

 シェリルも馬車に乗り込むと、扉が閉まる。
 間もなく馬車が走り出す。

 ふてぶてしかったマデックは静かになった。
 しかし、これで一心地とは思えなかった。
 彼の目に諦めの色が見えないのだ。


 そもそも、彼はなぜ、ソルと私を引き離そうとするのだろう。


 私はソルと腕を組んだまま、マデックの様子をうかがった。
 彼は私の視線を捉えて、ここぞとばかりに話しかけてきた。

「改めて謝罪いたします、皇女殿下。ソル殿下は礼儀作法に疎いのです。何分、母親が平民の出ですから」

「……ああ、そうなの」

 私は投げやりに返事をした。
 儀式前にも言っていたわね、と思い出しながら。

 それからソルの耳に唇を寄せ、そっと囁く。

「私の母も平民ですわ」

 恥じるように俯いていたソルは、ハッと息を吸い込んだ。
 しかし、表情は平静を保っている。
 
 驚いては失礼だと思ったのだろう。
 優しい人だ。

 想いがあふれて、ついソルの肩に頭をすり寄せてしまった。

「皇女殿下……?」

「少しだけ。よろしいでしょう?」

「それからですな!」

 マデックが声を張り上げ、また私たちの邪魔をする。

「ソル殿下は学もございませんし!」

「そう」

「服も数着しかないのですよ!」

「倹約するのはいいことね」

「う……こ、今回は皇帝陛下に失礼がないよう、新しく仕立てましたが……ほかはすべて、カディス殿下のお下がりなのです!」

「カディス殿下?」

 思わず聞き返すと、マデックの目がギラリと光った。

「カディス殿下は、ソル殿下の弟君です。正統なる王妃殿下の御子でございます」

「ああ、第二王子殿下ね。お具合がすぐれないと聞いたけど、大丈夫?」

 実際に聞いたのは、優れないどころではなく、三日に一度は寝込むという話だが。

「もちろんですとも! それに第二王子といえど、王立学院の教師の指導を受けておられます。……ソル殿下は、独学ですがね。ボロが出なければよいのですが」

「まあ、どうかしら」

 私は言葉を濁して、口をつぐんだ。
 
 やはり教師はいないのか。
 なのに、ソルは完璧なお辞儀をしていた。
 空気を読むのもうまい。
 
 放置されているのに健康。
 感情を抑え、人を思いやれる。

 話を聞けば聞くほど、国王として望ましい。
 私の考えとは裏腹に、マデックはまだソルを罵り、カディス王子を称えている。

 
 ……なるほど。
 つまり、そういうことだったのか。


 マデックは、私が第二王子カディスに乗り換えるよう仕向けたいのだ。

 そうすれば、カディス王子は次期国王。
 王妃も気を良くするに違いない。

 ベリア国王は酒浸りだと聞くから、王妃の権力は相当だろう。
 マデックは功績を認められて昇格、ということか。


 とはいえ、ここまで馬鹿にされれば、さすがのソルも怒るのではないか。
 私はソルを見上げ──息を呑んだ。

 彼の顔には表情がない。
 なのに、すすり泣く心が伝わってくる。

 巧妙に隠しているが、私にはわかる。
 ずっと母の心を推し量ってきた私には。


 神ゆえの性質なのか、母はいつも静かな笑みをたたえていた。
 本当の気持ちを知りたくて、私は懸命に感情を読み取ろうとした。
 
 そして、いつしか人の小さな変化がわかるようになった。


 今のソルは、唇を引き結んでいる。
 顔は前を向いているが、目は膝を見ている。

 これは、諦めたくないものを諦める時の顔だ。
 
 彼は、私が離れていくことを惜しんでいる。
 私はソルの腕に、ぎゅっとしがみついた。
 孤独な彼に、「あなたのそばにいる」と伝えたかった。

 彼の肩がぴくりと揺れる。
 その振動に、胸の奥が小さく震えた。
 
 健気な王子様。私の王子様。
 あなたは私が助けてあげる。
  
 
 ほくそ笑む私に対して、ソルとマデックは目を泳がせている。
 どれだけ第二王子を推されても、私がなびかないからだろう。

 私は、どう挽回すべきかと焦るマデックに、微笑みかけた。

「色々教えてくれてありがとう。……あなたの行いが、報われますように」

 その一言で、マデックに笑顔が戻る。

 同時に、シェリルの眉がピクリと動く。
 彼女はわずかに口角を上げた。
 
 彼女もオドマンと同じだ。
 私や母が「報われますように」と呟く時、何かが起きる──長年の間に勘付いたらしい。
 
 私の体の奥に、熱い点が生まれる。
 力が発動したのだ。


 ベリア王宮の内情を教えてくれたから、少し手加減はしておいた。
 ただ、私とソルの日常からは退場してもらう。

 さあ、マデックに何が起きるだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

【完結】貴方が見えない

なか
恋愛
––––愛し合っていると思っていたのは、私だけでした。 不慮の事故により傷を負い、ある後遺症を抱えたアイラ。 彼女は愛し合い、支え続けた夫には傷を受け入れてもらえると信じていた。 しかし彼の言葉は彼女の期待するものではなかった。 罵倒され、絶望に追い込まれたアイラ。 夫を支えてきた人生を否定された彼女だが、夜になるとある人物がメッセージを残していく。 それは非難する夫との離婚を促すメッセージだった。 昼間は彼女を罵倒する夫と、夜になると彼女を労わるメッセージを残す人物。 不可解な謎に困惑しながらも、アイラは離婚に向けて夫を断罪すると決めた。 考えが読めず、もう見えなくなった夫を捨てて…… 彼女は新たな人生を歩み出すために進み始めた。    ◇◇◇◇◇◇  設定は甘め。  読んでくださると嬉しいです!

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました

3333(トリささみ)
恋愛
「あなたのことが、あの時からずっと好きでした。よろしければわたくしと、お付き合いしていただけませんか?」 男爵令嬢だが何不自由なく平和に暮らしていたアリサの日常は、その告白により崩れ去った。 初恋の相手であるレオナルドは、彼女の告白を陰湿になじるだけでなく、通っていた貴族学園に言いふらした。 その結果、全校生徒の笑い者にされたアリサは悲嘆し、絶望の底に突き落とされた。 しかしそれからすぐ『本物のつまはじき』を知ることになる。 社会的な孤立をメインに書いているので読む人によっては抵抗があるかもしれません。 一人称視点と三人称視点が交じっていて読みにくいところがあります。

処理中です...