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Ⅰ 待ちわびた日
6 力の発動
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「侍従様。『馬車の後席は上座だ。属国の者ではなく、皇女殿下とその侍女が座るべき』──そうおっしゃりたいのですね?」
私の侍女、シェリルだ。
儀式は皇女と婚約者だけでおこなうため、シェリルは別室にいたのだが、いいタイミングで来てくれた。
ダークグリーンのドレスを着た彼女は、切れ長の目でマデックを見つめている。
「たしかに、侍女を上位とすることもあります。しかし、今回は皇帝陛下が『皇女と王子は寄り添って良い』とお許しになりました」
シェリルは、手にした細長い箱を小さく掲げた。
父が書いてくれた許可書だろう。
「ソル殿下は、ルナティア殿下の隣に立つことを許された。つまり、私より上位でいらっしゃいます。異論は?」
「……ございません」
マデックはしおしおと答えると、馬車の最下位席に腰を下ろした。
シェリルも馬車に乗り込むと、扉が閉まる。
間もなく馬車が走り出す。
ふてぶてしかったマデックは静かになった。
しかし、これで一心地とは思えなかった。
彼の目に諦めの色が見えないのだ。
そもそも、彼はなぜ、ソルと私を引き離そうとするのだろう。
私はソルと腕を組んだまま、マデックの様子をうかがった。
彼は私の視線を捉えて、ここぞとばかりに話しかけてきた。
「改めて謝罪いたします、皇女殿下。ソル殿下は礼儀作法に疎いのです。何分、母親が平民の出ですから」
「……ああ、そうなの」
私は投げやりに返事をした。
儀式前にも言っていたわね、と思い出しながら。
それからソルの耳に唇を寄せ、そっと囁く。
「私の母も平民ですわ」
恥じるように俯いていたソルは、ハッと息を吸い込んだ。
しかし、表情は平静を保っている。
驚いては失礼だと思ったのだろう。
優しい人だ。
想いがあふれて、ついソルの肩に頭をすり寄せてしまった。
「皇女殿下……?」
「少しだけ。よろしいでしょう?」
「それからですな!」
マデックが声を張り上げ、また私たちの邪魔をする。
「ソル殿下は学もございませんし!」
「そう」
「服も数着しかないのですよ!」
「倹約するのはいいことね」
「う……こ、今回は皇帝陛下に失礼がないよう、新しく仕立てましたが……ほかはすべて、カディス殿下のお下がりなのです!」
「カディス殿下?」
思わず聞き返すと、マデックの目がギラリと光った。
「カディス殿下は、ソル殿下の弟君です。正統なる王妃殿下の御子でございます」
「ああ、第二王子殿下ね。お具合がすぐれないと聞いたけど、大丈夫?」
実際に聞いたのは、優れないどころではなく、三日に一度は寝込むという話だが。
「もちろんですとも! それに第二王子といえど、王立学院の教師の指導を受けておられます。……ソル殿下は、独学ですがね。ボロが出なければよいのですが」
「まあ、どうかしら」
私は言葉を濁して、口をつぐんだ。
やはり教師はいないのか。
なのに、ソルは完璧なお辞儀をしていた。
空気を読むのもうまい。
放置されているのに健康。
感情を抑え、人を思いやれる。
話を聞けば聞くほど、国王として望ましい。
私の考えとは裏腹に、マデックはまだソルを罵り、カディス王子を称えている。
……なるほど。
つまり、そういうことだったのか。
マデックは、私が第二王子カディスに乗り換えるよう仕向けたいのだ。
そうすれば、カディス王子は次期国王。
王妃も気を良くするに違いない。
ベリア国王は酒浸りだと聞くから、王妃の権力は相当だろう。
マデックは功績を認められて昇格、ということか。
とはいえ、ここまで馬鹿にされれば、さすがのソルも怒るのではないか。
私はソルを見上げ──息を呑んだ。
彼の顔には表情がない。
なのに、すすり泣く心が伝わってくる。
巧妙に隠しているが、私にはわかる。
ずっと母の心を推し量ってきた私には。
神ゆえの性質なのか、母はいつも静かな笑みをたたえていた。
本当の気持ちを知りたくて、私は懸命に感情を読み取ろうとした。
そして、いつしか人の小さな変化がわかるようになった。
今のソルは、唇を引き結んでいる。
顔は前を向いているが、目は膝を見ている。
これは、諦めたくないものを諦める時の顔だ。
彼は、私が離れていくことを惜しんでいる。
私はソルの腕に、ぎゅっとしがみついた。
孤独な彼に、「あなたのそばにいる」と伝えたかった。
彼の肩がぴくりと揺れる。
その振動に、胸の奥が小さく震えた。
健気な王子様。私の王子様。
あなたは私が助けてあげる。
ほくそ笑む私に対して、ソルとマデックは目を泳がせている。
どれだけ第二王子を推されても、私がなびかないからだろう。
私は、どう挽回すべきかと焦るマデックに、微笑みかけた。
「色々教えてくれてありがとう。……あなたの行いが、報われますように」
その一言で、マデックに笑顔が戻る。
同時に、シェリルの眉がピクリと動く。
彼女はわずかに口角を上げた。
彼女もオドマンと同じだ。
私や母が「報われますように」と呟く時、何かが起きる──長年の間に勘付いたらしい。
私の体の奥に、熱い点が生まれる。
力が発動したのだ。
ベリア王宮の内情を教えてくれたから、少し手加減はしておいた。
ただ、私とソルの日常からは退場してもらう。
さあ、マデックに何が起きるだろう。
私の侍女、シェリルだ。
儀式は皇女と婚約者だけでおこなうため、シェリルは別室にいたのだが、いいタイミングで来てくれた。
ダークグリーンのドレスを着た彼女は、切れ長の目でマデックを見つめている。
「たしかに、侍女を上位とすることもあります。しかし、今回は皇帝陛下が『皇女と王子は寄り添って良い』とお許しになりました」
シェリルは、手にした細長い箱を小さく掲げた。
父が書いてくれた許可書だろう。
「ソル殿下は、ルナティア殿下の隣に立つことを許された。つまり、私より上位でいらっしゃいます。異論は?」
「……ございません」
マデックはしおしおと答えると、馬車の最下位席に腰を下ろした。
シェリルも馬車に乗り込むと、扉が閉まる。
間もなく馬車が走り出す。
ふてぶてしかったマデックは静かになった。
しかし、これで一心地とは思えなかった。
彼の目に諦めの色が見えないのだ。
そもそも、彼はなぜ、ソルと私を引き離そうとするのだろう。
私はソルと腕を組んだまま、マデックの様子をうかがった。
彼は私の視線を捉えて、ここぞとばかりに話しかけてきた。
「改めて謝罪いたします、皇女殿下。ソル殿下は礼儀作法に疎いのです。何分、母親が平民の出ですから」
「……ああ、そうなの」
私は投げやりに返事をした。
儀式前にも言っていたわね、と思い出しながら。
それからソルの耳に唇を寄せ、そっと囁く。
「私の母も平民ですわ」
恥じるように俯いていたソルは、ハッと息を吸い込んだ。
しかし、表情は平静を保っている。
驚いては失礼だと思ったのだろう。
優しい人だ。
想いがあふれて、ついソルの肩に頭をすり寄せてしまった。
「皇女殿下……?」
「少しだけ。よろしいでしょう?」
「それからですな!」
マデックが声を張り上げ、また私たちの邪魔をする。
「ソル殿下は学もございませんし!」
「そう」
「服も数着しかないのですよ!」
「倹約するのはいいことね」
「う……こ、今回は皇帝陛下に失礼がないよう、新しく仕立てましたが……ほかはすべて、カディス殿下のお下がりなのです!」
「カディス殿下?」
思わず聞き返すと、マデックの目がギラリと光った。
「カディス殿下は、ソル殿下の弟君です。正統なる王妃殿下の御子でございます」
「ああ、第二王子殿下ね。お具合がすぐれないと聞いたけど、大丈夫?」
実際に聞いたのは、優れないどころではなく、三日に一度は寝込むという話だが。
「もちろんですとも! それに第二王子といえど、王立学院の教師の指導を受けておられます。……ソル殿下は、独学ですがね。ボロが出なければよいのですが」
「まあ、どうかしら」
私は言葉を濁して、口をつぐんだ。
やはり教師はいないのか。
なのに、ソルは完璧なお辞儀をしていた。
空気を読むのもうまい。
放置されているのに健康。
感情を抑え、人を思いやれる。
話を聞けば聞くほど、国王として望ましい。
私の考えとは裏腹に、マデックはまだソルを罵り、カディス王子を称えている。
……なるほど。
つまり、そういうことだったのか。
マデックは、私が第二王子カディスに乗り換えるよう仕向けたいのだ。
そうすれば、カディス王子は次期国王。
王妃も気を良くするに違いない。
ベリア国王は酒浸りだと聞くから、王妃の権力は相当だろう。
マデックは功績を認められて昇格、ということか。
とはいえ、ここまで馬鹿にされれば、さすがのソルも怒るのではないか。
私はソルを見上げ──息を呑んだ。
彼の顔には表情がない。
なのに、すすり泣く心が伝わってくる。
巧妙に隠しているが、私にはわかる。
ずっと母の心を推し量ってきた私には。
神ゆえの性質なのか、母はいつも静かな笑みをたたえていた。
本当の気持ちを知りたくて、私は懸命に感情を読み取ろうとした。
そして、いつしか人の小さな変化がわかるようになった。
今のソルは、唇を引き結んでいる。
顔は前を向いているが、目は膝を見ている。
これは、諦めたくないものを諦める時の顔だ。
彼は、私が離れていくことを惜しんでいる。
私はソルの腕に、ぎゅっとしがみついた。
孤独な彼に、「あなたのそばにいる」と伝えたかった。
彼の肩がぴくりと揺れる。
その振動に、胸の奥が小さく震えた。
健気な王子様。私の王子様。
あなたは私が助けてあげる。
ほくそ笑む私に対して、ソルとマデックは目を泳がせている。
どれだけ第二王子を推されても、私がなびかないからだろう。
私は、どう挽回すべきかと焦るマデックに、微笑みかけた。
「色々教えてくれてありがとう。……あなたの行いが、報われますように」
その一言で、マデックに笑顔が戻る。
同時に、シェリルの眉がピクリと動く。
彼女はわずかに口角を上げた。
彼女もオドマンと同じだ。
私や母が「報われますように」と呟く時、何かが起きる──長年の間に勘付いたらしい。
私の体の奥に、熱い点が生まれる。
力が発動したのだ。
ベリア王宮の内情を教えてくれたから、少し手加減はしておいた。
ただ、私とソルの日常からは退場してもらう。
さあ、マデックに何が起きるだろう。
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