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3. 可愛げのない妻 side.エグモント
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「いい?最初にガツンと言ってやるのよ。夫婦は最初が肝心なの!」
シルヴィア・キースリングとの婚約話が持ち上がった時、母はそう言って俺を焚きつけた。
「最初にこちらが上だと思わせるのよ。そして伯爵位を貴方に譲るよう命じなさい」
「分かりました、母上」
キースリング伯爵家からは是非俺を婿にと言ってきたらしい。自分で言うのもなんだが俺は容姿がいいので、女に不自由したことはない。シルヴィアに会った覚えはないが俺をどこかで見初めたのかもしれないな。うまく行けば俺は伯爵だ。父や兄より上の爵位を持てると思うと、心がはやる。
会ってみるとシルヴィアは地味な女だった。しかも女の癖に眼鏡を掛けている。美人だと聞いて期待していたのに、がっかりだ。
初めての顔合わせで、俺は母の言いつけ通りに「生意気な女は嫌いだ」と言ってやった。きょとんとした顔をしていたけど、内心はさぞショックを受けていただろう。帰ってから泣いていたかもしれない。
これでシルヴィアは俺の言いいなりになるだろう。なんたって、彼女は俺を好いているのだから。
勇んで初夜に挑もうとした俺は、シルヴィアの格好に愕然とした。眼鏡こそ外していたものの、地味な夜着を着込んでいたのだ。なんて無粋な女だと怒りつけてやった。
優位に立っているうちに従わせるべく爵位を譲るように勧めたが、妻は拒否した。しかも俺を愛してない、なんて可愛げのないことを言う。
俺が怒りつけたから意地を張ってるんだろう。素直になれば抱いてやるつもりだったのに……。腹が立って「お前が謝るまで閨は共にしない」と言ってやった。
すぐに妻は折れるだろうと思っていた。しかし一向に謝ってこない。なんて意地っ張りなんだ。
いい加減、下半身の我慢も限界になって妻の寝室へ行ったら、鍵が掛かっていた。
「おい、開けろ!」と怒鳴ったが出てこない。翌日怒りつけたところ、寝ていたので気付かなかったと言う。
鍵なんて壊してやろうと道具を手に忍び込んだら、護衛に止められた。何で妻の寝室に護衛がいるんだ。俺の部屋にはついていないのに。
「奥様はお休み中です。お引き取りを」
「いいから通せ!お前たちの主人は誰だと思ってるんだ!」
奴らは「奥様です」と澄まし顔で答えた。お前たちの給料はシルヴィアが払っているんだろう?その金は夫である俺のものでもあるというのに。それを理解できないとは、なんて頭の悪い護衛だ。
俺が当主になったら全員解雇してやる。
全然言うことを聞かない妻に苛立った俺は、イザベラを屋敷へ呼びつけた。以前付き合っていた女で、妻とはうまく行ってないと話すとすぐに飛びついてきた。愛人を連れ帰れば妻は焦るだろう。ちょっと意地悪だとは思うが、いつまでも素直にならないシルヴィアが悪いんだ。
「エグモントぉ~。いずれは私を妻にしてくれるんでしょ?」
「まあ、そのうちにな」
イザベラは俺が当主となった暁には、自分が正妻になれると思い込んでいる。バカな女だ。平民女が伯爵の正妻になれるわけないだろう。妻と閨を共にするという目的を果たしたらすぐに手を切るつもりだ。
だけど妻は嫉妬するどころか、俺を離れへ追いやった。こっちへ顔を出す気配すらない。わざと執務室の窓のそばをイザベラとイチャつきながら歩いて見せたけれど、庭の手入れ中だと追い出されてしまった。
シルヴィアは俺を愛しているはずだ。伯爵家なら他にも縁談はあっただろうに、俺を選んだのだから。意地を張るのもいい加減にしてほしい。跡継ぎだって必要なのだから。
「旦那様、来月アードラー侯爵家の夜会に招待されておりますの。共に出席なさってくださいね」
「俺はドレスなど贈らんからな」
可愛げのない妻に贈り物をする必要は無いと思ってそう答えたが、シルヴィアは俺の礼服を仕立てて贈ってきた。なかなか上等な服で、妻のドレスとは揃いの色だ。
なかなか愛らしいことをするじゃないか。それに正装のシルヴィアは見違えるように美しい。
夜会の場では男たちが盛んに妻へ話しかけてきた。シルヴィアは呑気に彼らと会話をしているが……チラチラと彼女を盗み見る男どもの目線に気付かないのか?これだからお嬢様育ちは。
「シルヴィア。もう帰ろう」
「え、でもまだ挨拶してない方が」
「俺は疲れたんだ」
妻を急かして家路へと急いだ。
イザベラほどじゃないが、空いた胸元から見える谷間はなかなかのものだった。今夜こそ、妻と一つになるんだ……。
だが翌朝、俺は酷い頭痛と共に目を覚ました。夕べは妻が寝てしまう前にと寝室へ入り込んだはずだ。そこでワインを勧められた後は記憶にない。
服は着たままだから、何もなかったことは一目瞭然だ。疲れて寝てしまったのだろうか。なんてことだ。千載一遇のチャンスだったのに……!
「お前、妻とはうまくいってるんだろうね?なかなか子供が出来ないじゃないか」
「早く爵位を寄越すよう説得しなさいな。ここのところ物入りなのよ。こっちはキースリング家の財力を当てにしてるんだから」
「う、うん」
不味い。両親には未だにシルヴィアと寝ていないとは言えない。
もうすぐ二年だ。護衛に金を渡してみたり、昼間でもいいから襲おうと画策したが、全て空振りだった。シルヴィアだけでなく、執事や使用人まで何かと邪魔をしてくるのだ。
「旅行?」
「ええ。最近暑いから体調が良くなくて。ソナシアは今の季節でも涼しいらしいから、避暑に行きたいの。一緒にどうかしら」
妻から旅行に誘われ、俺は快諾した。ようやく素直になる気になったのかと内心ほくそ笑む。
しかし直前になってシルヴィアは「貴方、ごめんなさい。領地でトラブルがあったようなの」と言ってきた。
「誰かにやらせればいいだろう」
「領主じゃなきゃ対応できないのよ。先に行っててくれる?領地から直接向かうわ」
幸先は悪いが、俺は怒らなかった。今は気分がいい。焦らずとも、旅先でゆっくり妻を抱けばいいんだ。
ソナシアのホテルでゆるゆると酒を飲みながら待っていた俺の前へ現れたのは……イザベラだった。何故妻ではなく、こいつがいるんだ?
「私をサプライズ旅行へ連れて行ってくれるつもりだったんでしょ?ふふっ。奥様は置いてけぼり!愛されない女って気の毒ねぇ」
「あ、ああ……」
妻からの言伝には「トラブルで手が離せないので、イザベラさんに変わってもらったわ。気分を悪くするかもしれないから、代理という事は彼女に内緒よ。楽しんできてね!」と書いてあった。仕方ないのでイザベラと逗留を楽しんだ。
……後になって、それをひどく後悔することになるのだが。
「長旅で疲れてるんだ。さっさと開けないか!」
旅先から戻った俺たちを、門番は頑として中へ入れようとしない。しかもなぜか、見覚えのある家具や服が門前に山積みとなっている。
「エグモント……。あれ、私たちの荷物じゃない?」
「どういうことだ!?俺は伯爵家の当主だぞ。シルヴィアを呼べ!」
「伯爵家の当主はシルヴィア様です。また先日離縁は済んでおります。貴方は当家と何の関係もございません」
「俺は離婚などしていない!」
「離縁申請書は昨日受理されました。どうぞ、お引き取りを」
なんだそれは……!?
しばらく騒いでいると護衛がやってきて、俺たちは無理矢理馬車に乗せられた。行き先は実家のハグマイヤー子爵家だ。
俺の顔を見た途端、母が「ちょっと!離縁ってどういうことなの!」と詰め寄ってきた。シルヴィアから「離縁したので息子さんを引き取って下さい」との連絡が届いたらしい。
「本当なのか、エグモント!お前、何をやらかしたんだ」
「ちょっとぉ~。アタシはどうなるの?」
「エグモント、何なのよこの女は!」
両親から散々に責められた俺は、全てを白状した。二人とも怒髪天の勢いで俺を怒鳴りつける。
「まさか白い結婚だったなんて……。しかも愛人を連れ込むなんてバカな真似を」
「だって、母上が最初にガツンと言えというから」
「2年も閨を共にしてないなんて思ってなかったわよ!もう友人には息子が伯爵位を継ぐと話しちゃったのに。どうしてくれるのよ!」
「新しい事業だって始めたんだ。キースリング家の援助が無ければ破産するかもしれない」
俺は何度もキースリング家を訪れてシルヴィアに会わせてくれと頼んだが、門前払いされた。
母は離縁の無効を訴えたが、シルヴィアの純潔証明書を提示されて撃沈したらしい。いつの間にそんなものを取ったのだろうか。俺の実家の現状を知れば、シルヴィアは情に絆されて離縁を撤回するだろうと思っていたのに。
結局、父の新規事業は取りやめとなったようだ。破産は何とか逃れたものの財政は厳しく、貴族とは思えないくらい質素な生活を強いられるようになった。母はずっとぶつぶつ文句を言っている。
「本当に無能だな、お前は。今まで何をしてたんだ?」
役立たずを養う余裕は無いと実家から追い出された俺は、知り合いの家で使用人として働くことになった。そこでも役立たずと罵られる毎日。なぜ俺がこんな屈辱的な生活をしなければならないんだ……。
「シルヴィア、手を」
下働きがやるようなお使いを押し付けられ、トボトボと歩く俺の耳に届いた声。思わずそちらを見ると……見慣れたキースリング伯爵家の紋章の入った馬車が止まっている。
馬車から降り立った女性は確かにシルヴィアだった。水色のワンピースに包まれた体はふっくらとしており、纏められた髪から垂れる後れ毛が色っぽい。彼女はあんなに美しい女だったろうか……?
俺は馬車へと駆け寄った。
俺の顔を見れば、きっとシルヴィアは手を差し伸べてくれる。なんたって、彼女は俺を愛しているのだから。俺たちは今度こそ真の夫婦になるんだ。
だけど俺のそんな考えはすぐに打ち砕かれた。
シルヴィアは見知らぬ男にエスコートされていた。彼女は輝くような笑顔で男を見つめ、男の腕へ手を絡める。その瞳に宿る熱と二人の距離から、彼らがどういう関係なのかはひと目で分かった。
あの男は誰だ。それに……あんな彼女は知らない。俺は妻からあんな蕩けるような顔を向けられたことは、一度だって無い。
ようやく俺は気づいた。愛なんてなかった。俺は最初から、妻に愛されていなかったんだ。
こちらに全く気付くことなく去っていく彼らを見送りながら、俺はその場に崩れ落ちた。
シルヴィア・キースリングとの婚約話が持ち上がった時、母はそう言って俺を焚きつけた。
「最初にこちらが上だと思わせるのよ。そして伯爵位を貴方に譲るよう命じなさい」
「分かりました、母上」
キースリング伯爵家からは是非俺を婿にと言ってきたらしい。自分で言うのもなんだが俺は容姿がいいので、女に不自由したことはない。シルヴィアに会った覚えはないが俺をどこかで見初めたのかもしれないな。うまく行けば俺は伯爵だ。父や兄より上の爵位を持てると思うと、心がはやる。
会ってみるとシルヴィアは地味な女だった。しかも女の癖に眼鏡を掛けている。美人だと聞いて期待していたのに、がっかりだ。
初めての顔合わせで、俺は母の言いつけ通りに「生意気な女は嫌いだ」と言ってやった。きょとんとした顔をしていたけど、内心はさぞショックを受けていただろう。帰ってから泣いていたかもしれない。
これでシルヴィアは俺の言いいなりになるだろう。なんたって、彼女は俺を好いているのだから。
勇んで初夜に挑もうとした俺は、シルヴィアの格好に愕然とした。眼鏡こそ外していたものの、地味な夜着を着込んでいたのだ。なんて無粋な女だと怒りつけてやった。
優位に立っているうちに従わせるべく爵位を譲るように勧めたが、妻は拒否した。しかも俺を愛してない、なんて可愛げのないことを言う。
俺が怒りつけたから意地を張ってるんだろう。素直になれば抱いてやるつもりだったのに……。腹が立って「お前が謝るまで閨は共にしない」と言ってやった。
すぐに妻は折れるだろうと思っていた。しかし一向に謝ってこない。なんて意地っ張りなんだ。
いい加減、下半身の我慢も限界になって妻の寝室へ行ったら、鍵が掛かっていた。
「おい、開けろ!」と怒鳴ったが出てこない。翌日怒りつけたところ、寝ていたので気付かなかったと言う。
鍵なんて壊してやろうと道具を手に忍び込んだら、護衛に止められた。何で妻の寝室に護衛がいるんだ。俺の部屋にはついていないのに。
「奥様はお休み中です。お引き取りを」
「いいから通せ!お前たちの主人は誰だと思ってるんだ!」
奴らは「奥様です」と澄まし顔で答えた。お前たちの給料はシルヴィアが払っているんだろう?その金は夫である俺のものでもあるというのに。それを理解できないとは、なんて頭の悪い護衛だ。
俺が当主になったら全員解雇してやる。
全然言うことを聞かない妻に苛立った俺は、イザベラを屋敷へ呼びつけた。以前付き合っていた女で、妻とはうまく行ってないと話すとすぐに飛びついてきた。愛人を連れ帰れば妻は焦るだろう。ちょっと意地悪だとは思うが、いつまでも素直にならないシルヴィアが悪いんだ。
「エグモントぉ~。いずれは私を妻にしてくれるんでしょ?」
「まあ、そのうちにな」
イザベラは俺が当主となった暁には、自分が正妻になれると思い込んでいる。バカな女だ。平民女が伯爵の正妻になれるわけないだろう。妻と閨を共にするという目的を果たしたらすぐに手を切るつもりだ。
だけど妻は嫉妬するどころか、俺を離れへ追いやった。こっちへ顔を出す気配すらない。わざと執務室の窓のそばをイザベラとイチャつきながら歩いて見せたけれど、庭の手入れ中だと追い出されてしまった。
シルヴィアは俺を愛しているはずだ。伯爵家なら他にも縁談はあっただろうに、俺を選んだのだから。意地を張るのもいい加減にしてほしい。跡継ぎだって必要なのだから。
「旦那様、来月アードラー侯爵家の夜会に招待されておりますの。共に出席なさってくださいね」
「俺はドレスなど贈らんからな」
可愛げのない妻に贈り物をする必要は無いと思ってそう答えたが、シルヴィアは俺の礼服を仕立てて贈ってきた。なかなか上等な服で、妻のドレスとは揃いの色だ。
なかなか愛らしいことをするじゃないか。それに正装のシルヴィアは見違えるように美しい。
夜会の場では男たちが盛んに妻へ話しかけてきた。シルヴィアは呑気に彼らと会話をしているが……チラチラと彼女を盗み見る男どもの目線に気付かないのか?これだからお嬢様育ちは。
「シルヴィア。もう帰ろう」
「え、でもまだ挨拶してない方が」
「俺は疲れたんだ」
妻を急かして家路へと急いだ。
イザベラほどじゃないが、空いた胸元から見える谷間はなかなかのものだった。今夜こそ、妻と一つになるんだ……。
だが翌朝、俺は酷い頭痛と共に目を覚ました。夕べは妻が寝てしまう前にと寝室へ入り込んだはずだ。そこでワインを勧められた後は記憶にない。
服は着たままだから、何もなかったことは一目瞭然だ。疲れて寝てしまったのだろうか。なんてことだ。千載一遇のチャンスだったのに……!
「お前、妻とはうまくいってるんだろうね?なかなか子供が出来ないじゃないか」
「早く爵位を寄越すよう説得しなさいな。ここのところ物入りなのよ。こっちはキースリング家の財力を当てにしてるんだから」
「う、うん」
不味い。両親には未だにシルヴィアと寝ていないとは言えない。
もうすぐ二年だ。護衛に金を渡してみたり、昼間でもいいから襲おうと画策したが、全て空振りだった。シルヴィアだけでなく、執事や使用人まで何かと邪魔をしてくるのだ。
「旅行?」
「ええ。最近暑いから体調が良くなくて。ソナシアは今の季節でも涼しいらしいから、避暑に行きたいの。一緒にどうかしら」
妻から旅行に誘われ、俺は快諾した。ようやく素直になる気になったのかと内心ほくそ笑む。
しかし直前になってシルヴィアは「貴方、ごめんなさい。領地でトラブルがあったようなの」と言ってきた。
「誰かにやらせればいいだろう」
「領主じゃなきゃ対応できないのよ。先に行っててくれる?領地から直接向かうわ」
幸先は悪いが、俺は怒らなかった。今は気分がいい。焦らずとも、旅先でゆっくり妻を抱けばいいんだ。
ソナシアのホテルでゆるゆると酒を飲みながら待っていた俺の前へ現れたのは……イザベラだった。何故妻ではなく、こいつがいるんだ?
「私をサプライズ旅行へ連れて行ってくれるつもりだったんでしょ?ふふっ。奥様は置いてけぼり!愛されない女って気の毒ねぇ」
「あ、ああ……」
妻からの言伝には「トラブルで手が離せないので、イザベラさんに変わってもらったわ。気分を悪くするかもしれないから、代理という事は彼女に内緒よ。楽しんできてね!」と書いてあった。仕方ないのでイザベラと逗留を楽しんだ。
……後になって、それをひどく後悔することになるのだが。
「長旅で疲れてるんだ。さっさと開けないか!」
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「エグモント……。あれ、私たちの荷物じゃない?」
「どういうことだ!?俺は伯爵家の当主だぞ。シルヴィアを呼べ!」
「伯爵家の当主はシルヴィア様です。また先日離縁は済んでおります。貴方は当家と何の関係もございません」
「俺は離婚などしていない!」
「離縁申請書は昨日受理されました。どうぞ、お引き取りを」
なんだそれは……!?
しばらく騒いでいると護衛がやってきて、俺たちは無理矢理馬車に乗せられた。行き先は実家のハグマイヤー子爵家だ。
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「本当なのか、エグモント!お前、何をやらかしたんだ」
「ちょっとぉ~。アタシはどうなるの?」
「エグモント、何なのよこの女は!」
両親から散々に責められた俺は、全てを白状した。二人とも怒髪天の勢いで俺を怒鳴りつける。
「まさか白い結婚だったなんて……。しかも愛人を連れ込むなんてバカな真似を」
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「2年も閨を共にしてないなんて思ってなかったわよ!もう友人には息子が伯爵位を継ぐと話しちゃったのに。どうしてくれるのよ!」
「新しい事業だって始めたんだ。キースリング家の援助が無ければ破産するかもしれない」
俺は何度もキースリング家を訪れてシルヴィアに会わせてくれと頼んだが、門前払いされた。
母は離縁の無効を訴えたが、シルヴィアの純潔証明書を提示されて撃沈したらしい。いつの間にそんなものを取ったのだろうか。俺の実家の現状を知れば、シルヴィアは情に絆されて離縁を撤回するだろうと思っていたのに。
結局、父の新規事業は取りやめとなったようだ。破産は何とか逃れたものの財政は厳しく、貴族とは思えないくらい質素な生活を強いられるようになった。母はずっとぶつぶつ文句を言っている。
「本当に無能だな、お前は。今まで何をしてたんだ?」
役立たずを養う余裕は無いと実家から追い出された俺は、知り合いの家で使用人として働くことになった。そこでも役立たずと罵られる毎日。なぜ俺がこんな屈辱的な生活をしなければならないんだ……。
「シルヴィア、手を」
下働きがやるようなお使いを押し付けられ、トボトボと歩く俺の耳に届いた声。思わずそちらを見ると……見慣れたキースリング伯爵家の紋章の入った馬車が止まっている。
馬車から降り立った女性は確かにシルヴィアだった。水色のワンピースに包まれた体はふっくらとしており、纏められた髪から垂れる後れ毛が色っぽい。彼女はあんなに美しい女だったろうか……?
俺は馬車へと駆け寄った。
俺の顔を見れば、きっとシルヴィアは手を差し伸べてくれる。なんたって、彼女は俺を愛しているのだから。俺たちは今度こそ真の夫婦になるんだ。
だけど俺のそんな考えはすぐに打ち砕かれた。
シルヴィアは見知らぬ男にエスコートされていた。彼女は輝くような笑顔で男を見つめ、男の腕へ手を絡める。その瞳に宿る熱と二人の距離から、彼らがどういう関係なのかはひと目で分かった。
あの男は誰だ。それに……あんな彼女は知らない。俺は妻からあんな蕩けるような顔を向けられたことは、一度だって無い。
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