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4. 真に愛するのは
「ようやく片が付いたようだね」
「そうね。これで貴方を正式に夫としてお披露目できるわ」
私室で午後のお茶を楽しむシルヴィアの前に座るのは、彼女の新しい夫クリストフだ。彼の手にある新聞には「フックス子爵家破産」の文字が躍っている。
シルヴィアとクリストフは学院時代からの恋人であり、将来を誓い合った仲だ。だが父は彼らの結婚に反対していた。クリストフの優秀さや人柄は認めていたものの、アレント男爵家との結婚は伯爵家として利がないからだ。
「卒業後は事業を起こして実績を上げる。きっと、キースリング伯爵家にとって有用な人間に成って見せる。その時にもう一度、求婚させて欲しい」と誓うクリストフを信じ、シルヴィアは婚約者を作らなかった。
頑として婚約者を定めないシルヴィアと徐々に実業家として名を上げていくクリストフに、父は態度を軟化させつつあったのだが――その途上で亡くなってしまったのである。
叔父による縁談の強硬な薦めを断る力は、残念ながらその頃のシルヴィアには無かった。今まで守ってくれていた父という盾も無い。
だからシルヴィアは釣り書きの中から選んだ。なるべく頭の足りない、下半身の緩い男を。頭の良い男ではこちらの思い通りにならないかもしれない。またエグモントが女好きであり見目の良い恋人がいることも把握していた。彼と会う際、眼鏡をかけて地味な格好をしていたのはそのためだ。これならば自分には目を向けず、愛人を作ってくれるだろうと思っていた。
そして不貞を理由に離縁を申し立てる想定だったが、自ら白い結婚を言い出してくれたのは幸いだった。当人は脅しのつもりだったのかもしれないが、シルヴィアにとっては願ってもない展開だったのである。
二年の間、主人の意図を汲んだ使用人たちはエグモントを彼女へ近づけないよう尽力した。
そしてその間にシルヴィアは当主として着実に力を付けたのだ。今まで叔父側についていた親類たちは、手の平を返して彼女へすり寄ってきた。元々、彼らは問題ばかり起こすバルドゥルに見切りをつけつつあったのである。
機は熟したと考えたシルヴィアは「珍しい織物を見つけた。それを輸入して新製品を大々的に打ち出す」との偽情報を流した。
案の定、叔父はすぐにその織物を大量に購入した。だが、それは南方でのみ人気のある薄い素材。北方にあるこの国では、暖を取れない素材には意味が無い。良く調べずに飛びついた叔父は、行く当てのない在庫を抱えることになったのである。
叔父はシルヴィアへ泣きついてきたが「申し訳ありませんが、当家も在庫を抱えてるので……」と突き放した。
結局叔父は破産し、フックス家の爵位は返上となった。子爵家の人たちは巻き込まれた形となったが、叔父同様にシルヴィアに嫌味を言ったり金を貸せと脅しをかけてくる連中だったので同情する気にはならない。
叔父が在庫の対応で大わらわになっている隙に、シルヴィアは保管していた離縁申請書を提出した。離縁理由は勿論、白い結婚であったこと。神殿で純潔証明書を取っておいたのもそのためだ。記入済み申請書のおかげで調停とならず、手続きはスムーズに進んだ。
そして離縁申請が受理されたことを確認し、シルヴィアは即座にクリストフと婚姻届けを提出したのである。
本来ならば離縁時に幾ばくの財産分与がされるはずだが、エグモントには何も与えられなかった。婚姻時に彼が愛人と楽しんだ金額は、彼に与えられた予算をはるかに超えていたのだ。それを差し引いたら残るどころかマイナスだ。
「あの人を屋敷から追い出すまで、本っ当に落ち着いた心地がしなかったわ」
「こうして君と結婚できたのだから、俺は彼に感謝しているけれどね」
「本音は?」
「彼が君に触れたらと考えると気が狂いそうだった」
クリストフは端正な眉を顰め、シルヴィアの身体を愛おしそうに抱き寄せる。
「あ。例え君が清い身体じゃなくとも、俺は受け入れるつもりだったからね?そこは勘違いしないでくれ」
「ふふ。分かっているわ」
可愛い人ね、と言いながらシルヴィアは夫の頬へ口づけを落とす。
「心配しなくても良かったのに。私はあの人に身体を許すつもりも、まして愛するつもりも無かったわ。最初からね」
「そうね。これで貴方を正式に夫としてお披露目できるわ」
私室で午後のお茶を楽しむシルヴィアの前に座るのは、彼女の新しい夫クリストフだ。彼の手にある新聞には「フックス子爵家破産」の文字が躍っている。
シルヴィアとクリストフは学院時代からの恋人であり、将来を誓い合った仲だ。だが父は彼らの結婚に反対していた。クリストフの優秀さや人柄は認めていたものの、アレント男爵家との結婚は伯爵家として利がないからだ。
「卒業後は事業を起こして実績を上げる。きっと、キースリング伯爵家にとって有用な人間に成って見せる。その時にもう一度、求婚させて欲しい」と誓うクリストフを信じ、シルヴィアは婚約者を作らなかった。
頑として婚約者を定めないシルヴィアと徐々に実業家として名を上げていくクリストフに、父は態度を軟化させつつあったのだが――その途上で亡くなってしまったのである。
叔父による縁談の強硬な薦めを断る力は、残念ながらその頃のシルヴィアには無かった。今まで守ってくれていた父という盾も無い。
だからシルヴィアは釣り書きの中から選んだ。なるべく頭の足りない、下半身の緩い男を。頭の良い男ではこちらの思い通りにならないかもしれない。またエグモントが女好きであり見目の良い恋人がいることも把握していた。彼と会う際、眼鏡をかけて地味な格好をしていたのはそのためだ。これならば自分には目を向けず、愛人を作ってくれるだろうと思っていた。
そして不貞を理由に離縁を申し立てる想定だったが、自ら白い結婚を言い出してくれたのは幸いだった。当人は脅しのつもりだったのかもしれないが、シルヴィアにとっては願ってもない展開だったのである。
二年の間、主人の意図を汲んだ使用人たちはエグモントを彼女へ近づけないよう尽力した。
そしてその間にシルヴィアは当主として着実に力を付けたのだ。今まで叔父側についていた親類たちは、手の平を返して彼女へすり寄ってきた。元々、彼らは問題ばかり起こすバルドゥルに見切りをつけつつあったのである。
機は熟したと考えたシルヴィアは「珍しい織物を見つけた。それを輸入して新製品を大々的に打ち出す」との偽情報を流した。
案の定、叔父はすぐにその織物を大量に購入した。だが、それは南方でのみ人気のある薄い素材。北方にあるこの国では、暖を取れない素材には意味が無い。良く調べずに飛びついた叔父は、行く当てのない在庫を抱えることになったのである。
叔父はシルヴィアへ泣きついてきたが「申し訳ありませんが、当家も在庫を抱えてるので……」と突き放した。
結局叔父は破産し、フックス家の爵位は返上となった。子爵家の人たちは巻き込まれた形となったが、叔父同様にシルヴィアに嫌味を言ったり金を貸せと脅しをかけてくる連中だったので同情する気にはならない。
叔父が在庫の対応で大わらわになっている隙に、シルヴィアは保管していた離縁申請書を提出した。離縁理由は勿論、白い結婚であったこと。神殿で純潔証明書を取っておいたのもそのためだ。記入済み申請書のおかげで調停とならず、手続きはスムーズに進んだ。
そして離縁申請が受理されたことを確認し、シルヴィアは即座にクリストフと婚姻届けを提出したのである。
本来ならば離縁時に幾ばくの財産分与がされるはずだが、エグモントには何も与えられなかった。婚姻時に彼が愛人と楽しんだ金額は、彼に与えられた予算をはるかに超えていたのだ。それを差し引いたら残るどころかマイナスだ。
「あの人を屋敷から追い出すまで、本っ当に落ち着いた心地がしなかったわ」
「こうして君と結婚できたのだから、俺は彼に感謝しているけれどね」
「本音は?」
「彼が君に触れたらと考えると気が狂いそうだった」
クリストフは端正な眉を顰め、シルヴィアの身体を愛おしそうに抱き寄せる。
「あ。例え君が清い身体じゃなくとも、俺は受け入れるつもりだったからね?そこは勘違いしないでくれ」
「ふふ。分かっているわ」
可愛い人ね、と言いながらシルヴィアは夫の頬へ口づけを落とす。
「心配しなくても良かったのに。私はあの人に身体を許すつもりも、まして愛するつもりも無かったわ。最初からね」
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