花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき

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番外編~その後の二人

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 王都の雑踏の中を、レナードは行くあてもなく歩いていた。
 ティリス駐屯地へ異動してから、かれこれ30年近く経つ。ジョアンナは既に亡くなった。
 
 レナード自身も落馬による怪我をして、騎士は辞めざるを得なかった。元々加齢による衰えで仕事がキツくなってきていたので、良いタイミングではあったろう。
 退職金は貰えたので、王都に居を移して細々と暮らしている。使用人を雇うお金も無いので独居暮らしだ。

 ジョアンナの息子シリルはすっかり元気になり、平民向けの学校を卒業して今は商家に勤めている。王都にいるのだから会おうと思えば会えるのだが、そんな気にはなれなかった。

 シリルは年に一度、儀礼的な手紙を寄越してくる。向こうも会いたくないのだろう。義理の親子として愛情を育むこともなく、ただ同居人というだけの存在だったのだから。ジョアンナが亡くなった今ではもはや他人よりも遠い存在だ。

 父のフォーブズ伯爵は長男に跡目を譲り、領地で隠居していると聞いた。一度実家へと寄ってみたが、若い門番はレナードを見て平民だと思ったらしく、しっしっという手振りで追い払われた。

 昔の同僚や友人ともすっかり縁遠くなっている。だからこうして日がな一日、街を散歩するくらいしかやることが無い。


「買い過ぎだよ、アンジェリカ」
 
 商店の立ち並ぶエリアを通り過ぎようとしていたレナードの耳に、そんな声が届く。懐かしい名前に振り向くと、そこには一組の初老の夫婦がいた。

 品の良い服を着た二人は、購入したらしきたくさんの荷物が馬車へ運び込まれる様を眺めている。
 白髪交じりにはなっていたが、結い上げた金髪と優し気な碧の瞳はまごう事無き元妻のアンジェリカだ。

「だって、初めての孫なんだもの、沢山買ってあげたいわ。ね、この後子供服も身に行きましょうよ」
「あんまり買うとキャシーに怒られるよ?初めての子供なんだ、キャシーや婿殿だって自分で選びたいだろう」
「はぁい」

 隣に立つ男が、彼女の夫なのだろう。少し膨れて見せた後、アンジェリカは微笑んで夫の腕に手を回す。
 その仲睦まじい夫婦に、胸がちくちくと痛んだ。

 これは恋情じゃない、と思う。
 失った恋を抱え続けるには年月が経ち過ぎた。この胸の痛みは、多分羨望と後悔なのだ。

 もしあの時、アンジェリカの言葉に耳を傾けていたら。
 彼女の横に立っていたのは、そして孫と子に囲まれて笑っていたのは、自分だったのに。

 
 ◇ ◇ ◇
 
 
「アンジェリカ、どうした?」
 
 雑踏を見つめるアンジェリカに、夫のウォルトが声を掛けた。

「あの中に、知っていた人がいたような気がして」
「そうなのか。探してみようか?」
「別にいいわ。誰だったのか思い出せないし。それより、早く服屋に行きましょう!」
 
「はいはい。分かりましたよ、お姫様」とウォルトは笑って、アンジェリカを馬車へとエスコートした。

 見たことのある顔だったけれど……思い出せないということは、それほど親しくなかった相手なのだろう。リンスコット侯爵家の元使用人辺りかもしれない。

 アンジェリカはそれっきり、出会った誰かについて考えることは無かった。
 初孫へどんな服を選ぶかという事の方が、彼女にとってよっぽど大切だからだ。
 
 
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感想 5

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みんなの感想(5件)

dolce
2025.11.12 dolce

 こういうお話が読みたかったです。不実な男が後悔し続け、忘れられている…他のお話も読みたいと思います、ありがとうございました。

2025.11.13 藍田ひびき

ありがとうございます!
不実な男が後悔する系だと、拙作の「白い結婚をめぐる二年の攻防」「それは、恋ではなく」辺りが該当するかなと思います。
お暇なときにでも目を通して頂ければ幸いです!

解除
ねこのたま
2025.11.06 ねこのたま

面白かったです。他も読んでみますね。

2025.11.06 藍田ひびき

ありがとうございます!
是非、他の作品にも目を通して頂けたら幸いです~😊

解除
こここ
2025.11.02 こここ

面白かったです!
サクッと読めて良かったです!♡♡

2025.11.03 藍田ひびき

ありがとうございます!
楽しんで頂けたのなら幸いです~😊

解除

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