貴方の子ではありません

藍田ひびき

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1. アーサー(1)

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 アーサー・レッツェル子爵にとって、女とは使い捨てるモノである。

 彼は特に平民の女を好む。
 貴族令嬢のように気位も高くなければ、頭も良くないから騙しやすい。娼婦と違って高い金を支払う必要もなく、安いアクセサリーを渡せば大喜びする。欲を吐き出す相手としては申し分ない。
 
 こんなクズ思考の持ち主であるにも関わらず、アーサーは神官である。

 豊穣の神サノアを信仰するサノア教はこのルドベキア王国の国教であり、各地域に神殿が在る。そのトップに君臨するデリア大神殿、その神官長がアーサーの役職だ。
 まだ30代になったばかりのアーサーがなぜそのような要職を得られたかと言えば、それは彼が持つ特別な力にあった。
 
 デリア大神殿の中央にそびえる聖樹。それはサノア神からの賜りものとされ、ルドベキア全体を護っている――と、聖書に記載されている。
 数百年前にこの地が未曾有の大飢饉に見舞われた際、とある信心深い男がサノア神に全身全霊の祈りを一週間捧げた。サノアは彼の望みを聞き入れ、一本の聖樹を彼へ与えた。「聖樹がある限り、この国は豊穣が約束されるだろう」という言葉を残して。その後ルドベキアの飢饉は嘘のように収まったという。
 祈りにより精魂尽き果てた男は身罷ったが、国王は彼が残した息子に爵位を与え、子々孫々まで聖樹を護るよう申し付けた。

 そう、レッツェル子爵家こそがその末裔。
 レッツェル家の人間は、生まれつき聖樹と繋がるリンクする能力――神脈力アーテルを持っている。その中でも特に力の強い者が聖樹の護り手「盟樹者」となり、定期的に神脈力アーテルを注ぐ役目を受け継ぐのだ。そして当代の「盟樹者」が、アーサーなのである。
 週に一度、聖樹の前で祈りと神脈力アーテルを捧げる。それだけで終身の地位が約束されるのだから、楽なものだ。
 
 ちなみに先代の盟樹者はアーサーの父だった。
 アーサーの上には兄がいたが、父は強い神脈力アーテルを持つアーサーを嫡子に定め、長男は辺境に領地を持つ男爵家へ養子に出した。
 次代の盟樹者であり、大神殿神官長の地位が約束された令息。周囲が彼を尊重するのは当然であった。そしてそんな扱いを受けた子供が増長するのもまた、当然の成り行きであったろう。
 
 成人となり神官として大神殿に勤め始めたアーサーは、さっそく信者の若い娘に手を出した。
 サノア教の神官は妻帯が認められており、それだけならば責められるほどの事ではない。しかし、アーサーには既に婚約者がいた。つまり不貞である。
 しかも相手の娘は下位とはいえ貴族のご令嬢だった。当然ながら令嬢の父親は激怒したが、神殿長の説得という名の圧力と、アーサーの父が少なくない金額を支払ったことにより、なんとか揉み消すことができた。
 
 アーサーの内面がどれだけ下衆であろうとも、この国にとって、また神殿にとって「盟樹者」は必要不可欠な存在。聖樹の護り手に瑕疵など一個たりとも付けてはならない、と神殿長は判断したのだ。

「お前は次代の盟樹者なのだぞ。振る舞いには気をつけろ。女遊びなら問題が起きないようにやれ」

 そう息子を叱る父も、まあまあクズ思考である。
 どうやら神脈力アーテルを授ける選択に人格は関係ないらしい。
 
 貴族の令嬢は面倒だと学習したアーサーは、平民の娘を標的にし始めた。アーサーの容姿は悪くないし、貴族だけあって立ち居振る舞いは洗練されている。そんな彼にのぼせ上がる平民娘を手玉に取るのは簡単だった。相手が結婚を仄めかしてきたり、飽きてくると捨てて新しい女を探す。そんなことを繰り返した。
 
 年老いた父が引退しアーサーが正式な盟樹者となり、婚約者であるアルビーナ・ロロット伯爵令嬢と結婚してからも、女遊び癖は治らなかった。
 但し以前よりも人目を気を付けるようにはなった。格上の家から迎えた妻を疎かにするほど、アーサーも馬鹿ではない。だから女遊びの際は兄クロードの名を使うようになった。
 クロードは辺境の地ルーロの神殿で神官職についているらしい。王都に姿を見せることもないのだから、名を騙ってもバレやしないだろう。

 いつものように前の女を捨て、新しいカモを探してふらふらと街を歩いていたアーサーは、花屋の売り子をしている若い娘に目を付けた。目が大きく愛らしい顔立ちと、出るところは出ている所が大変好みだ。
 客のフリをして店に通い、セリーヌという名の彼女と仲良くなった。プレゼントを渡して口説けば、セリーヌはすぐにアーサーに惚れ込んだ。
 しかし彼の思惑に反してセリーヌは貞淑な娘で、恋人となってもなかなか身体を許そうとしない。

(たかが平民の癖に、勿体ぶりやがって)
 
 結婚の約束をしてようやく彼女と寝ることが出来た。
 それからしばらくの間、アーサーはセリーヌと付き合った。彼にしては長続きした方だろう。妻が妊娠したせいもある。欲求不満を解消する相手が必要だったのだ。

 
「男の子か。良くやった、アルビーナ!」
 
 月が満ち、妻アルビーナが男の子を産んだ。元気に良く泣く赤子だ。
 自分の子供なのだ、強い神脈力アーテルを持っているに決まっている。この子が次代の盟樹者となればレッツェル家も、そして当主であるアーサーの行く末も安泰だ。
 そう思えば息子が愛らしいと思えてくる。アーサーは息子をエリアスと名付け、大層可愛がった。
 仕事以外の外出はひかえて家にいることが多くなり、アルビーナも喜んだ。傍目には幸せそうな家族に映ったかもしれない。

 
「クロードさん!」
「何だ、お前は」
 
 ある日、王都の中心街へ妻と共に訪れたアーサーに、みすぼらしい服を着た女が駆け寄ってきた。それは顔すら忘れかけていた元恋人、セリーヌだった。
 
「近寄るな!この方は我が国で唯一の盟樹者であるアーサー・レッツェル卿だ。平民風情が気安く話しかけて良い相手ではない!」
「お前たち、この無礼な女をどこかへやってくれ」
「待って、お願い、話を聞いて――」
 
 護衛騎士が暴れるセリーヌを捕まえているうちに、妻を急かして馬車へ乗った。
 
(よりにもよって、妻と共にいるときに……)
 
 アーサーは舌打ちした。
 彼にとってセリーヌは過去の女であり、二度と会うつもりもなかったのだ。偽名を使っていたし身分も平民の商人だと伝えていたのだが、まさか貴族街まで入り込むとは……。
 
「お知り合いかしら?」
「いいや。どうせまた、兄がひっかけた女だろう。全く迷惑な話だ」
「ああ……クロード様も、相変わらずだこと」
 
 妻には、兄クロードは素行が悪いため除籍されたと説明してある。夫へ疑いの目を向けていた彼女も、クロードの名を出すと納得したようだ。
 護衛騎士にはセリーヌを多少痛めつけるよう命じておいた。これに懲りて、あの女は自分に付き纏わなくなるだろう。
 そう考えて安心したアーサーは、セリーヌのことなどすっかり忘れ去った。
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