2 / 4
2. アーサー(2)
しおりを挟む
エリアスが二歳の誕生日を迎え、神脈力を測る儀式へ臨むことになった。
アーサーは息子を抱いた妻と共に聖樹の前に立つ。儀式を行うデリア大神殿の神殿長ピエールの他、王家から派遣された見届け人、そして各神殿の神殿長が自分たちを注視している。
国を守護する聖樹の護り手を選ぶ儀式は、サノア教にとって一大イベントなのだ。
「さあ、盟樹者の血を継ぐものよ。その手を」
アルビーナがエリアスの手を取り、聖樹から伸びた枝へと触れさせる。
……しかし、いつまで待っても聖樹からは何の反応も無かった。
アーサーが何度やり直させても同じだった。
「これは……神脈力を持たないということか?」
「盟樹者の子なのに……」
黙って見守っていた観衆がざわめき始める。その声が自分を嘲るように聞こえて、アーサーは臍を噛んだ。
(クソっ、この子ではなかったのか。ならば、すぐに次の子をもうけないと)
あれだけ愛らしいと思っていた我が子が急に汚らわしいものに見えてくる。神脈力を持たぬ子など、彼にとっては何の意味も無いのだ。
「静粛に」
ピエール神殿長の一喝で、場はぴたりと静まり返った。
「実はもう一人、盟樹者の候補がいる」
「は……?」
一瞬呆然としてしまったアーサーは、すぐに持ち直した。
盟樹者となりうるのはレッツェル家の血筋だけだ。他の候補者などいるはずがない。どうせ盟樹者の栄誉が目的の詐欺師だろう。
そう鼻で笑っていたアーサーの前に現れたのは――ルーロ神殿のアルバン神殿長、兄クロード、そしてセリーヌだった。
(何故、クロード兄上とセリーヌが……!?)
混乱するアーサーを余所に、ピエール神殿長が告げる。
「アルバン神殿長より、神官クロードの息子リュカに神脈力の兆しがあるという申し出があった」
「お待ちください!そこのクロードは神脈力が無いと判定され、他家へ養子に出された者。その子供に神脈力が受け継がれるはずが」
「アーサー神官長、黙りなさい。クロードとて、レッツェル家の血を引く者。隔世で能力が継がれた可能性もあるだろう。何にせよ、聖樹に触れてみれば分かることだ」
クロードと共に聖樹の前に立ったセリーヌが、リュカの手を持ち聖樹に触れされる。
その途端、聖樹がきらきらと光り輝いた。さらにはその細い幹が生きているかのようにシュルシュルと伸び、まるで彼との繋がりを望むかのようにリュカの手へ纏わりつく。
「おお……!これは、間違いなく聖樹の護り手が選ばれた証!」
観衆が歓喜に沸く中、アーサーだけが「こんなはずでは……」と焦っていた。
このままでは次代の盟樹者、そして大神殿の神官長の座は我が子エリアスではなく、あのリュカとかいう子供になる。盟樹者を出す家柄ゆえに尊重されてきたレッツェル家の権威も、堕ちてしまうだろう。
神脈力を持たぬ者として見下していた兄の子が、全ての栄光を奪い取っていく。その事実が受け止められない。
――しかしアーサーは、あることに気付いた。
そもそもセリーヌの子は本当に兄の子なのか?あの子はエリアスと変わらぬ年齢に見える。セリーヌがあの子を宿したのは、自分と付き合っていた時期ではないか?
そう考えれば、あの高い神脈力にも納得がいく。何せ、盟樹者である自分の血を引いているのだから。
「セリーヌ、その赤子は俺の子なんだろう?神脈力の強さが何よりの証だ」
アーサーはセリーヌへ駆け寄ったが、彼女は怯えたようにクロードの背に隠れる。内心苛つきつつも、アーサーは愛想笑いを浮かべながらセリーヌへ手を差し伸べた。
「平民の君に盟樹者の養育は荷が重いだろう。さあ、俺にその子を渡して――」
「ほう?これは異なことを」とクロードがアーサーを見据えた。
「リュカが産まれたのは、昨年の春。この子の父親がレッツェル卿だとするならば……貴方は妻がいる身でありながら、セリーヌと不貞を行ったことになりますが」
「……っ、そ、それは……」
アーサーは自らの失言に気付いた。
この場の全ての人間の視線が自分に向けられている。妻もまた、疑惑の目で自分を見つめていた。
冷や汗がだらだらと流れてシャツが背に張り付くが、アーサーは口を開くことが出来ない。
リュカを我が子だと認めれば、自らの不貞を認めたことになる。
しかし認めなければ――次代の盟樹者という栄誉は「クロードの息子」に奪われるのだ。
アーサーは息子を抱いた妻と共に聖樹の前に立つ。儀式を行うデリア大神殿の神殿長ピエールの他、王家から派遣された見届け人、そして各神殿の神殿長が自分たちを注視している。
国を守護する聖樹の護り手を選ぶ儀式は、サノア教にとって一大イベントなのだ。
「さあ、盟樹者の血を継ぐものよ。その手を」
アルビーナがエリアスの手を取り、聖樹から伸びた枝へと触れさせる。
……しかし、いつまで待っても聖樹からは何の反応も無かった。
アーサーが何度やり直させても同じだった。
「これは……神脈力を持たないということか?」
「盟樹者の子なのに……」
黙って見守っていた観衆がざわめき始める。その声が自分を嘲るように聞こえて、アーサーは臍を噛んだ。
(クソっ、この子ではなかったのか。ならば、すぐに次の子をもうけないと)
あれだけ愛らしいと思っていた我が子が急に汚らわしいものに見えてくる。神脈力を持たぬ子など、彼にとっては何の意味も無いのだ。
「静粛に」
ピエール神殿長の一喝で、場はぴたりと静まり返った。
「実はもう一人、盟樹者の候補がいる」
「は……?」
一瞬呆然としてしまったアーサーは、すぐに持ち直した。
盟樹者となりうるのはレッツェル家の血筋だけだ。他の候補者などいるはずがない。どうせ盟樹者の栄誉が目的の詐欺師だろう。
そう鼻で笑っていたアーサーの前に現れたのは――ルーロ神殿のアルバン神殿長、兄クロード、そしてセリーヌだった。
(何故、クロード兄上とセリーヌが……!?)
混乱するアーサーを余所に、ピエール神殿長が告げる。
「アルバン神殿長より、神官クロードの息子リュカに神脈力の兆しがあるという申し出があった」
「お待ちください!そこのクロードは神脈力が無いと判定され、他家へ養子に出された者。その子供に神脈力が受け継がれるはずが」
「アーサー神官長、黙りなさい。クロードとて、レッツェル家の血を引く者。隔世で能力が継がれた可能性もあるだろう。何にせよ、聖樹に触れてみれば分かることだ」
クロードと共に聖樹の前に立ったセリーヌが、リュカの手を持ち聖樹に触れされる。
その途端、聖樹がきらきらと光り輝いた。さらにはその細い幹が生きているかのようにシュルシュルと伸び、まるで彼との繋がりを望むかのようにリュカの手へ纏わりつく。
「おお……!これは、間違いなく聖樹の護り手が選ばれた証!」
観衆が歓喜に沸く中、アーサーだけが「こんなはずでは……」と焦っていた。
このままでは次代の盟樹者、そして大神殿の神官長の座は我が子エリアスではなく、あのリュカとかいう子供になる。盟樹者を出す家柄ゆえに尊重されてきたレッツェル家の権威も、堕ちてしまうだろう。
神脈力を持たぬ者として見下していた兄の子が、全ての栄光を奪い取っていく。その事実が受け止められない。
――しかしアーサーは、あることに気付いた。
そもそもセリーヌの子は本当に兄の子なのか?あの子はエリアスと変わらぬ年齢に見える。セリーヌがあの子を宿したのは、自分と付き合っていた時期ではないか?
そう考えれば、あの高い神脈力にも納得がいく。何せ、盟樹者である自分の血を引いているのだから。
「セリーヌ、その赤子は俺の子なんだろう?神脈力の強さが何よりの証だ」
アーサーはセリーヌへ駆け寄ったが、彼女は怯えたようにクロードの背に隠れる。内心苛つきつつも、アーサーは愛想笑いを浮かべながらセリーヌへ手を差し伸べた。
「平民の君に盟樹者の養育は荷が重いだろう。さあ、俺にその子を渡して――」
「ほう?これは異なことを」とクロードがアーサーを見据えた。
「リュカが産まれたのは、昨年の春。この子の父親がレッツェル卿だとするならば……貴方は妻がいる身でありながら、セリーヌと不貞を行ったことになりますが」
「……っ、そ、それは……」
アーサーは自らの失言に気付いた。
この場の全ての人間の視線が自分に向けられている。妻もまた、疑惑の目で自分を見つめていた。
冷や汗がだらだらと流れてシャツが背に張り付くが、アーサーは口を開くことが出来ない。
リュカを我が子だと認めれば、自らの不貞を認めたことになる。
しかし認めなければ――次代の盟樹者という栄誉は「クロードの息子」に奪われるのだ。
470
あなたにおすすめの小説
侯爵家の婚約者に手を出す意味、わかってます?
碧井 汐桜香
恋愛
侯爵令嬢ジョセリアは地味な外見をしている少女だ。いつも婚約者のアランとその取り巻きの少女たちに罵倒されている。
しかし、今日はアランの取り巻きは一人しかおらず、いつも無視を決め込んでいたジョセリアが口を開いた。
選ばれなくてよかったと、今は思います
たくわん
恋愛
五年間の婚約を、一夜で破棄された。
理由は「家格の不一致」。
傷ついた翌朝、私は泣くのをやめて仕事着を着た。
王立文書院の渉外部職員として、今日も書類と向き合う。それだけでいいと思っていた。
出勤すると、一枚の張り紙があった。
新長官着任。エドワード・ヴァルツ・シュタイン侯爵。
昨夜の晩餐会で、遠くに座っていた「氷の侯爵」がそのまま上司になった。
彼は口数が少なく、笑わず、感情を見せない。
でも仕事の評価だけは正確だった。
「君の報告書は読みやすい」「渉外部はあの職員が要になっている」——誰かに選ばれたくて生きてきたわけではないのに、仕事を通じて初めて、自分の輪郭がはっきりしてくる気がした。
さよなら王子、古い聖女は去るものなのです
唯崎りいち
恋愛
元聖女の私は、自分が無能だと思い、有能な新しい聖女に任せるために王都を去ることを選んだ。しかし幼なじみの王子は、私を追いかけてくる。王子の真剣な想いと、自分の無自覚な力が国や人々に影響を与えていることに気づき、私は王都へ戻る決意をする。こうして二人は互いの気持ちを確かめ合い、結ばれる――自己評価の低い少女が本当の価値と愛に気づく、ハッピーラブファンタジー。
婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~
鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。
私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。
公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。
だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読?
そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため!
王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。
アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる!
すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため――
「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは?
痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド!
破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!
【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い
buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され……
視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
あなたは何も知らなくていい
Megumi
恋愛
「あ、じゃあ私がもらいます」
婚約破棄された夜、死のうとしていた俺を、公爵令嬢が拾った。
「あなたの才能は、素晴らしい」
生まれて初めて、俺のすべてを肯定してくれた人。
だから——
元婚約者の陰謀も、妬む貴族たちの悪意も、俺が処理する。
証拠は燃やし、敵は消し、彼女の耳に届く前に終わらせる。
「あなたは何も知らなくていい」
彼女は知らない。
俺がすべてを終わらせていることを。
こちらは『女尊男卑の世界で婚約破棄された地味男、実は顔面SSRでした。私が本気で育てたら元婚約者が返せと言ってきます』のヒーロー視点のスピンオフです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/82721233/538031475
本編を読んでいなくても、単体でお楽しみいただけます。
愛に代えて鮮やかな花を
ono
恋愛
公爵令嬢エリシア・グローヴナーは、舞踏会の場で王太子アリステアより婚約破棄を言い渡される。
彼の隣には無垢な平民の娘、エヴァンジェリンがいた。
王太子の真実の愛を前にしてエリシアの苦い復讐が叶うまで。
※ハッピーエンドですが、スカッとはしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる