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3. セリーヌ(1)
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もし一番欲しいものを問われたとしたら、セリーヌは迷わず「家族」と答えただろう。
セリーヌ・コリントは天涯孤独の身だった。16歳の時に流行病で両親と弟を失くし、頼れる親戚もいない。幸い身の回りの事は自分で出来る年齢だったこと、また両親の知り合いだった花屋の夫婦がセリーヌを店員として雇ってくれたおかげで、何とか生きていくことはできた。
しかし仕事を終えてガランとした家に帰った時や、仲の良さそうな親子連れを見かけた時――彼女の心はじくじくと痛んだ。
「すいません、店員さん。10リレくらいの予算で花束を作って欲しいのですが」
そんなセリーヌの前に現れたのがアーサーだった。最初はお金持ちの人かしら?くらいに思っただけだった。着ている服や身のこなしが、どう見てもそこらの町人とは違っている。
彼はクロードと名乗り、小さな商会の跡取りだと語った。頻繁に訪れる彼に店員として対応しているうちに仲良くなり、「付き合ってくれないか」と告白された。
「でも私は親もいないし、ただの花屋の店員で」
「初めて会った時から気になっていた。君が好きなんだ」
「嬉しい……!私も、貴方のことが」
クロードの実家は国外から商品を買い付けており、国内有数の大手であるアードラー商会ともやり取りをしているらしい。いずれ結婚して欲しいと言われ、高価そうな指輪も貰った。
両親のように仲の良い夫婦となって子供を持つことが、セリーヌの夢だ。クロードとならばその夢が叶うかもしれない。セリーヌの胸は希望に膨らんだ。だから母の教えに従い結婚までは純潔を守るつもりだったのに、身体も許してしまった。
しかしある時を境に、彼はふっつりと姿を見せなくなった。
ひと月、ふた月……当初は仕事が忙しいのだろう、国外へ買い付けにいっているのかもなどと考えていたセリーヌも徐々に不安になってくる。彼に何かあったのだろうか。もしや事故か、あるいは病気で動けなくなっているのではないかと。
やきもきしているうちに、セリーヌは身体の不調に気付いた。そういえば、月のものがもう2か月も来ていない。
いても立っても居られなくなり、セリーヌはアードラー商会の門をたたいた。
「当商会の関係者にも取引先にも、そのような人はいません」
店長だという眼鏡の男性は、心底迷惑だという表情だった。
「でも、クロードさんは月に一度はこちらに商談で訪れていると」
「貴方のような女性が訪ねてくるのは初めてじゃないんですよ。こちらは本当に迷惑してるんです」
それでもまだ恋人を信じていたセリーヌは、方々で彼の事を聞きまわった。貴族向けの店舗が立ち並ぶエリアで姿を見かけた事があるという情報を得て、使用人のふりをして貴族街に入り込んだ。
そして何日も張り込んでいたセリーヌは、ついに恋しい人を見つけたのである。
「クロードさん!」
「何だ、お前は」
「近寄るな!この方は我が国で唯一の盟樹者であるアーサー・レッツェル卿だ。平民風情が気安く話しかけて良い相手ではない!」
彼へ駆け寄ろうとしたセリーヌは、護衛らしき騎士たちに阻まれた。
「レッツェル卿……?嘘よ、貴方はクロードさんでしょう?私、貴方の……」
貴方の子がと言いかけたセリーヌだが、アーサーは彼女へ冷たい視線を投げかけ、騎士に命じて彼女を追い払おうとする。
「待って、お願い、話を聞いて!」
「貴族に話しかけるとは無礼にも程がある。お前たち、少々痛めつけて身の程を分からせてやれ」
「はっ!」
暴れるセリーヌを捕まえたものの、騎士たちは路地裏で彼女を丁重に降ろした。
「主の命ではあるが、俺たちは神殿騎士だ。女子供に暴力を振るいたくはない。二度とレッツェル卿の前に姿を現さないと約束するのなら、このまま見逃そう」
「お願いです、彼と話をさせて下さい。私のお腹には彼の子が」
「……今の言葉は聞かなかったことにする。平民が貴族に話しかけるだけでも、その場で斬られてもおかしくない罪だ。分かるだろう?諦めた方が君の身の為だ。子供については気の毒だが、早めに処置したほうがいい」
トボトボと帰路につくセリーヌの頬に涙が零れ落ちる。
騎士の言う通り、堕ろした方がいいのかもしれない。
だけど彼女にとっては待ち望んでいた家族なのだ。その命を、どうしてこの手で消すことができようか。
(この子は私一人で育ててみせる……!)
しかし現実は厳しかった。妊娠したことが知られるにつれ、優しかった近所の人たちはセリーヌを遠巻きにするようになった。男たちの一部が卑猥な言葉を投げてくることもあった。彼らにとって、未婚でありながら身籠ったセリーヌはふしだらな娘でしかないのだ。
花屋の主人にも「すまないが、辞めてくれないか」と言われた。
この店はふしだらな店員を雇っているのか、と言ってくる客がいたらしい。さらに、セリーヌの子の父親は花屋の主人ではないかと噂されているのだ。
この街にはもういられない。
セリーヌは家財を処分したわずかなお金を持って、住み慣れた街を後にした。
セリーヌ・コリントは天涯孤独の身だった。16歳の時に流行病で両親と弟を失くし、頼れる親戚もいない。幸い身の回りの事は自分で出来る年齢だったこと、また両親の知り合いだった花屋の夫婦がセリーヌを店員として雇ってくれたおかげで、何とか生きていくことはできた。
しかし仕事を終えてガランとした家に帰った時や、仲の良さそうな親子連れを見かけた時――彼女の心はじくじくと痛んだ。
「すいません、店員さん。10リレくらいの予算で花束を作って欲しいのですが」
そんなセリーヌの前に現れたのがアーサーだった。最初はお金持ちの人かしら?くらいに思っただけだった。着ている服や身のこなしが、どう見てもそこらの町人とは違っている。
彼はクロードと名乗り、小さな商会の跡取りだと語った。頻繁に訪れる彼に店員として対応しているうちに仲良くなり、「付き合ってくれないか」と告白された。
「でも私は親もいないし、ただの花屋の店員で」
「初めて会った時から気になっていた。君が好きなんだ」
「嬉しい……!私も、貴方のことが」
クロードの実家は国外から商品を買い付けており、国内有数の大手であるアードラー商会ともやり取りをしているらしい。いずれ結婚して欲しいと言われ、高価そうな指輪も貰った。
両親のように仲の良い夫婦となって子供を持つことが、セリーヌの夢だ。クロードとならばその夢が叶うかもしれない。セリーヌの胸は希望に膨らんだ。だから母の教えに従い結婚までは純潔を守るつもりだったのに、身体も許してしまった。
しかしある時を境に、彼はふっつりと姿を見せなくなった。
ひと月、ふた月……当初は仕事が忙しいのだろう、国外へ買い付けにいっているのかもなどと考えていたセリーヌも徐々に不安になってくる。彼に何かあったのだろうか。もしや事故か、あるいは病気で動けなくなっているのではないかと。
やきもきしているうちに、セリーヌは身体の不調に気付いた。そういえば、月のものがもう2か月も来ていない。
いても立っても居られなくなり、セリーヌはアードラー商会の門をたたいた。
「当商会の関係者にも取引先にも、そのような人はいません」
店長だという眼鏡の男性は、心底迷惑だという表情だった。
「でも、クロードさんは月に一度はこちらに商談で訪れていると」
「貴方のような女性が訪ねてくるのは初めてじゃないんですよ。こちらは本当に迷惑してるんです」
それでもまだ恋人を信じていたセリーヌは、方々で彼の事を聞きまわった。貴族向けの店舗が立ち並ぶエリアで姿を見かけた事があるという情報を得て、使用人のふりをして貴族街に入り込んだ。
そして何日も張り込んでいたセリーヌは、ついに恋しい人を見つけたのである。
「クロードさん!」
「何だ、お前は」
「近寄るな!この方は我が国で唯一の盟樹者であるアーサー・レッツェル卿だ。平民風情が気安く話しかけて良い相手ではない!」
彼へ駆け寄ろうとしたセリーヌは、護衛らしき騎士たちに阻まれた。
「レッツェル卿……?嘘よ、貴方はクロードさんでしょう?私、貴方の……」
貴方の子がと言いかけたセリーヌだが、アーサーは彼女へ冷たい視線を投げかけ、騎士に命じて彼女を追い払おうとする。
「待って、お願い、話を聞いて!」
「貴族に話しかけるとは無礼にも程がある。お前たち、少々痛めつけて身の程を分からせてやれ」
「はっ!」
暴れるセリーヌを捕まえたものの、騎士たちは路地裏で彼女を丁重に降ろした。
「主の命ではあるが、俺たちは神殿騎士だ。女子供に暴力を振るいたくはない。二度とレッツェル卿の前に姿を現さないと約束するのなら、このまま見逃そう」
「お願いです、彼と話をさせて下さい。私のお腹には彼の子が」
「……今の言葉は聞かなかったことにする。平民が貴族に話しかけるだけでも、その場で斬られてもおかしくない罪だ。分かるだろう?諦めた方が君の身の為だ。子供については気の毒だが、早めに処置したほうがいい」
トボトボと帰路につくセリーヌの頬に涙が零れ落ちる。
騎士の言う通り、堕ろした方がいいのかもしれない。
だけど彼女にとっては待ち望んでいた家族なのだ。その命を、どうしてこの手で消すことができようか。
(この子は私一人で育ててみせる……!)
しかし現実は厳しかった。妊娠したことが知られるにつれ、優しかった近所の人たちはセリーヌを遠巻きにするようになった。男たちの一部が卑猥な言葉を投げてくることもあった。彼らにとって、未婚でありながら身籠ったセリーヌはふしだらな娘でしかないのだ。
花屋の主人にも「すまないが、辞めてくれないか」と言われた。
この店はふしだらな店員を雇っているのか、と言ってくる客がいたらしい。さらに、セリーヌの子の父親は花屋の主人ではないかと噂されているのだ。
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