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2. アーサー(2)
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エリアスが二歳の誕生日を迎え、神脈力を測る儀式へ臨むことになった。
アーサーは息子を抱いた妻と共に聖樹の前に立つ。儀式を行うデリア大神殿の神殿長ピエールの他、王家から派遣された見届け人、そして各神殿の神殿長が自分たちを注視している。
国を守護する聖樹の護り手を選ぶ儀式は、サノア教にとって一大イベントなのだ。
「さあ、盟樹者の血を継ぐものよ。その手を」
アルビーナがエリアスの手を取り、聖樹から伸びた枝へと触れさせる。
……しかし、いつまで待っても聖樹からは何の反応も無かった。
アーサーが何度やり直させても同じだった。
「これは……神脈力を持たないということか?」
「盟樹者の子なのに……」
黙って見守っていた観衆がざわめき始める。その声が自分を嘲るように聞こえて、アーサーは臍を噛んだ。
(クソっ、この子ではなかったのか。ならば、すぐに次の子をもうけないと)
あれだけ愛らしいと思っていた我が子が急に汚らわしいものに見えてくる。神脈力を持たぬ子など、彼にとっては何の意味も無いのだ。
「静粛に」
ピエール神殿長の一喝で、場はぴたりと静まり返った。
「実はもう一人、盟樹者の候補がいる」
「は……?」
一瞬呆然としてしまったアーサーは、すぐに持ち直した。
盟樹者となりうるのはレッツェル家の血筋だけだ。他の候補者などいるはずがない。どうせ盟樹者の栄誉が目的の詐欺師だろう。
そう鼻で笑っていたアーサーの前に現れたのは――ルーロ神殿のアルバン神殿長、兄クロード、そしてセリーヌだった。
(何故、クロード兄上とセリーヌが……!?)
混乱するアーサーを余所に、ピエール神殿長が告げる。
「アルバン神殿長より、神官クロードの息子リュカに神脈力の兆しがあるという申し出があった」
「お待ちください!そこのクロードは神脈力が無いと判定され、他家へ養子に出された者。その子供に神脈力が受け継がれるはずが」
「アーサー神官長、黙りなさい。クロードとて、レッツェル家の血を引く者。隔世で能力が継がれた可能性もあるだろう。何にせよ、聖樹に触れてみれば分かることだ」
クロードと共に聖樹の前に立ったセリーヌが、リュカの手を持ち聖樹に触れされる。
その途端、聖樹がきらきらと光り輝いた。さらにはその細い幹が生きているかのようにシュルシュルと伸び、まるで彼との繋がりを望むかのようにリュカの手へ纏わりつく。
「おお……!これは、間違いなく聖樹の護り手が選ばれた証!」
観衆が歓喜に沸く中、アーサーだけが「こんなはずでは……」と焦っていた。
このままでは次代の盟樹者、そして大神殿の神官長の座は我が子エリアスではなく、あのリュカとかいう子供になる。盟樹者を出す家柄ゆえに尊重されてきたレッツェル家の権威も、堕ちてしまうだろう。
神脈力を持たぬ者として見下していた兄の子が、全ての栄光を奪い取っていく。その事実が受け止められない。
――しかしアーサーは、あることに気付いた。
そもそもセリーヌの子は本当に兄の子なのか?あの子はエリアスと変わらぬ年齢に見える。セリーヌがあの子を宿したのは、自分と付き合っていた時期ではないか?
そう考えれば、あの高い神脈力にも納得がいく。何せ、盟樹者である自分の血を引いているのだから。
「セリーヌ、その赤子は俺の子なんだろう?神脈力の強さが何よりの証だ」
アーサーはセリーヌへ駆け寄ったが、彼女は怯えたようにクロードの背に隠れる。内心苛つきつつも、アーサーは愛想笑いを浮かべながらセリーヌへ手を差し伸べた。
「平民の君に盟樹者の養育は荷が重いだろう。さあ、俺にその子を渡して――」
「ほう?これは異なことを」とクロードがアーサーを見据えた。
「リュカが産まれたのは、昨年の春。この子の父親がレッツェル卿だとするならば……貴方は妻がいる身でありながら、セリーヌと不貞を行ったことになりますが」
「……っ、そ、それは……」
アーサーは自らの失言に気付いた。
この場の全ての人間の視線が自分に向けられている。妻もまた、疑惑の目で自分を見つめていた。
冷や汗がだらだらと流れてシャツが背に張り付くが、アーサーは口を開くことが出来ない。
リュカを我が子だと認めれば、自らの不貞を認めたことになる。
しかし認めなければ――次代の盟樹者という栄誉は「クロードの息子」に奪われるのだ。
アーサーは息子を抱いた妻と共に聖樹の前に立つ。儀式を行うデリア大神殿の神殿長ピエールの他、王家から派遣された見届け人、そして各神殿の神殿長が自分たちを注視している。
国を守護する聖樹の護り手を選ぶ儀式は、サノア教にとって一大イベントなのだ。
「さあ、盟樹者の血を継ぐものよ。その手を」
アルビーナがエリアスの手を取り、聖樹から伸びた枝へと触れさせる。
……しかし、いつまで待っても聖樹からは何の反応も無かった。
アーサーが何度やり直させても同じだった。
「これは……神脈力を持たないということか?」
「盟樹者の子なのに……」
黙って見守っていた観衆がざわめき始める。その声が自分を嘲るように聞こえて、アーサーは臍を噛んだ。
(クソっ、この子ではなかったのか。ならば、すぐに次の子をもうけないと)
あれだけ愛らしいと思っていた我が子が急に汚らわしいものに見えてくる。神脈力を持たぬ子など、彼にとっては何の意味も無いのだ。
「静粛に」
ピエール神殿長の一喝で、場はぴたりと静まり返った。
「実はもう一人、盟樹者の候補がいる」
「は……?」
一瞬呆然としてしまったアーサーは、すぐに持ち直した。
盟樹者となりうるのはレッツェル家の血筋だけだ。他の候補者などいるはずがない。どうせ盟樹者の栄誉が目的の詐欺師だろう。
そう鼻で笑っていたアーサーの前に現れたのは――ルーロ神殿のアルバン神殿長、兄クロード、そしてセリーヌだった。
(何故、クロード兄上とセリーヌが……!?)
混乱するアーサーを余所に、ピエール神殿長が告げる。
「アルバン神殿長より、神官クロードの息子リュカに神脈力の兆しがあるという申し出があった」
「お待ちください!そこのクロードは神脈力が無いと判定され、他家へ養子に出された者。その子供に神脈力が受け継がれるはずが」
「アーサー神官長、黙りなさい。クロードとて、レッツェル家の血を引く者。隔世で能力が継がれた可能性もあるだろう。何にせよ、聖樹に触れてみれば分かることだ」
クロードと共に聖樹の前に立ったセリーヌが、リュカの手を持ち聖樹に触れされる。
その途端、聖樹がきらきらと光り輝いた。さらにはその細い幹が生きているかのようにシュルシュルと伸び、まるで彼との繋がりを望むかのようにリュカの手へ纏わりつく。
「おお……!これは、間違いなく聖樹の護り手が選ばれた証!」
観衆が歓喜に沸く中、アーサーだけが「こんなはずでは……」と焦っていた。
このままでは次代の盟樹者、そして大神殿の神官長の座は我が子エリアスではなく、あのリュカとかいう子供になる。盟樹者を出す家柄ゆえに尊重されてきたレッツェル家の権威も、堕ちてしまうだろう。
神脈力を持たぬ者として見下していた兄の子が、全ての栄光を奪い取っていく。その事実が受け止められない。
――しかしアーサーは、あることに気付いた。
そもそもセリーヌの子は本当に兄の子なのか?あの子はエリアスと変わらぬ年齢に見える。セリーヌがあの子を宿したのは、自分と付き合っていた時期ではないか?
そう考えれば、あの高い神脈力にも納得がいく。何せ、盟樹者である自分の血を引いているのだから。
「セリーヌ、その赤子は俺の子なんだろう?神脈力の強さが何よりの証だ」
アーサーはセリーヌへ駆け寄ったが、彼女は怯えたようにクロードの背に隠れる。内心苛つきつつも、アーサーは愛想笑いを浮かべながらセリーヌへ手を差し伸べた。
「平民の君に盟樹者の養育は荷が重いだろう。さあ、俺にその子を渡して――」
「ほう?これは異なことを」とクロードがアーサーを見据えた。
「リュカが産まれたのは、昨年の春。この子の父親がレッツェル卿だとするならば……貴方は妻がいる身でありながら、セリーヌと不貞を行ったことになりますが」
「……っ、そ、それは……」
アーサーは自らの失言に気付いた。
この場の全ての人間の視線が自分に向けられている。妻もまた、疑惑の目で自分を見つめていた。
冷や汗がだらだらと流れてシャツが背に張り付くが、アーサーは口を開くことが出来ない。
リュカを我が子だと認めれば、自らの不貞を認めたことになる。
しかし認めなければ――次代の盟樹者という栄誉は「クロードの息子」に奪われるのだ。
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