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4. セリーヌ(2)
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王都を出たセリーヌが向かった先は、辺境の地ルーロにある修道院だった。ルーロ修道院は医療所を併設しており、望まぬ妊娠をしてしまった女性を受け入れている。ここの領主は代々信仰に篤く、不遇な女性のためにと私財を投じて医療施設を作らせたらしい。
そしてセリーヌは、ルーロ神殿の神官を努めるクロード・ディーツ男爵令息――本物のクロードと出会ったのだ。
事情を知ったクロードはセリーヌを自分の屋敷へ引き取り、落ち着いて出産できるよう使用人も付けてくれた。
「クロード様はどうしてここまでして下さるのですか?」
「弟の不始末の責任を取るため、もありますが……。セリーヌさん。もしあなたにアーサーを許せないと思う気持ちがあるのなら、私の復讐に協力して欲しいのです」
クロードは神脈力をほとんど持たない。だから両親である元レッツェル子爵夫妻にとって、彼は「要らない子」だった。
両親のそんな態度を見て育ったアーサーもまた、兄を見下すようになった。ある日暴力を振るってきた弟にやり返したクロードは、父親に酷く怒られた。
「アーサーは次代の盟樹者だぞ!お前如き無能が、傷をつけて良い相手ではない!」
それ以来アーサーの暴言暴力は益々酷くなったが、両親は勿論、使用人たちも見て見ぬふりだ。そしてルーロに領地を持つディーツ男爵家へと養子に出され、レッツェル子爵家から籍を抹消された。
幸いディーツ男爵夫妻は良い人たちだったため、クロードはひと時の幸せを得た。信心深い養父母の影響で神官になり、真摯な仕事ぶりは周囲にも認められている。
両親や弟にはもはや会う事もないだろう。彼は辛い過去を忘れようと努めた。
「ぶしつけな事をお伺いしますが……クロード様は最近王都に行かれましたか?」
男爵家へ出入りしている商人が遠慮がちに聞いてきた。
クロード・ディーツと名乗る男が、平民の女性たちを喰い物にしているらしい。男の風体を聞いて、クロードはアーサーだと確信した。
心から追い出そうとしていた深い怒りと恨みが、ふつふつと沸き起こる。何故神脈力を持たないだけで、ここまで虚仮にされなければならないのか……。
クロードは復讐を誓い、商人の助力を得てアーサーの所業を調査した。出るわ出るわの悪行の数々。
しかしどれだけ弟がクズであろうが、盟樹者である以上、神殿が彼を守るだろう。考えあぐねていた所へ現れたのがセリーヌだったのだ。
「彼を恨む気持ちは勿論あります。それに、クロード様は恩人ですもの。私に協力できることなら」
「そう言って頂けるのはありがたい。貴方の気持ちを無視してまで利用しようとは思っていませんでしたから」
「私は何をすれば……」
「恐らくですが、貴方のお腹の子は神脈力を持っている」
盟樹者になれる強い神脈力を持つ子供は、何故か一代に一人しか生まれない。クロード自身の神脈力はアーサーに比べると微弱なものだが、力を持っている人間を感知することくらいは可能だ。胎児の時点でこれほどなら、セリーヌの子は盟樹者に選ばれるだろうとクロードは語った。
そして二人は夫婦となり、お腹の子はクロードの種ということになった。全てはアーサーへの復讐のためだ。
盟樹者がリュカに決まった後も、アーサーは往生際悪く「次代の盟樹者ならば、レッツェル家で養育すべきだ!」と言い張った。しかしピエール神殿長からアーサーの素行に関する調査結果や神官たちからの陳述書を突き付けられ、「このような素行の者が、盟樹者の養父に相応しいとは思えない」と一蹴された。
「クロード神官の敬虔な仕事ぶりはアルバン神殿長から聞き及んでいる。サノア神は、彼こそ盟樹者の父に相応しいと判断したに違いない」
ピエール神殿長の声に参列者からは大きな拍手が上がった。
実際のところ、仕事を他の神官に押し付け女遊びにふけるアーサーに、ピエール神殿長はほとほと手を焼いていたのだ。そこへクロードが次代の盟樹者を連れて現れたのは、彼らにとっても好都合だったのである。
アーサーは神官長の地位をはく奪、クロードが新たに神官長へ就くことがその場で決定。アーサーは平の神官として、リュカが成人するまでは聖樹に神脈力を注ぐ仕事だけを与えられることとなった。
夫へ愛想を尽かしたアルビーナは離縁を選び、息子エリアスを置いて実家へ戻っていった。クロードは王家や神殿長と話し合い、エリアスを養子として引き取ることになった。
セリーヌはクロードの妻として二人の息子を育てている。
復讐のための契約結婚のつもりだったが、「夫となったからには、妻を大切にするのは当然だ」とクロードは誠実にセリーヌへ接してくれている。セリーヌもまた、そんな彼を信頼し、愛するようになった。
一方でアーサーは平神官として白い目で見られながら神殿に居続けている。
爵位はそのままだったが、レッツェル子爵家には領地が無い。神官長や盟樹者としての給与が無くては貴族としての体裁を保つことは出来ず、数年のうちに爵位を返上した。両親の前レッツェル子爵夫妻は、失意のうちに亡くなったらしい。
アーサーのしたことを今でも許すつもりは無い。だがセリーヌが愛する夫や息子たちと出会えたのはアーサーのおかげでもある。だからその点だけは彼に感謝している……と、言えなくもない。
「「お母さま!」」
「二人とも、もうお勉強は終わったの?」
「うん!今日の講義はぜんぶ終わったよ」
「宿題も終わらせたよー」
「まあ、偉いわね。じゃあお茶にしましょう。今日はクッキーを焼きましたからね」
平民の彼女に教養は教えられないので教育は家庭教師に任せるしかないが、それ以外の部分では沢山の愛情を注いでいるためか、二人ともセリーヌによく懐いている。リュカとエリアス、どちらも可愛い我が子だ。
血が繋がってなかろうが、神脈力がなかろうが、セリーヌにとっては些細なことだ。彼女はようやく愛する家族を手に入れられたのだから。
そしてセリーヌは、ルーロ神殿の神官を努めるクロード・ディーツ男爵令息――本物のクロードと出会ったのだ。
事情を知ったクロードはセリーヌを自分の屋敷へ引き取り、落ち着いて出産できるよう使用人も付けてくれた。
「クロード様はどうしてここまでして下さるのですか?」
「弟の不始末の責任を取るため、もありますが……。セリーヌさん。もしあなたにアーサーを許せないと思う気持ちがあるのなら、私の復讐に協力して欲しいのです」
クロードは神脈力をほとんど持たない。だから両親である元レッツェル子爵夫妻にとって、彼は「要らない子」だった。
両親のそんな態度を見て育ったアーサーもまた、兄を見下すようになった。ある日暴力を振るってきた弟にやり返したクロードは、父親に酷く怒られた。
「アーサーは次代の盟樹者だぞ!お前如き無能が、傷をつけて良い相手ではない!」
それ以来アーサーの暴言暴力は益々酷くなったが、両親は勿論、使用人たちも見て見ぬふりだ。そしてルーロに領地を持つディーツ男爵家へと養子に出され、レッツェル子爵家から籍を抹消された。
幸いディーツ男爵夫妻は良い人たちだったため、クロードはひと時の幸せを得た。信心深い養父母の影響で神官になり、真摯な仕事ぶりは周囲にも認められている。
両親や弟にはもはや会う事もないだろう。彼は辛い過去を忘れようと努めた。
「ぶしつけな事をお伺いしますが……クロード様は最近王都に行かれましたか?」
男爵家へ出入りしている商人が遠慮がちに聞いてきた。
クロード・ディーツと名乗る男が、平民の女性たちを喰い物にしているらしい。男の風体を聞いて、クロードはアーサーだと確信した。
心から追い出そうとしていた深い怒りと恨みが、ふつふつと沸き起こる。何故神脈力を持たないだけで、ここまで虚仮にされなければならないのか……。
クロードは復讐を誓い、商人の助力を得てアーサーの所業を調査した。出るわ出るわの悪行の数々。
しかしどれだけ弟がクズであろうが、盟樹者である以上、神殿が彼を守るだろう。考えあぐねていた所へ現れたのがセリーヌだったのだ。
「彼を恨む気持ちは勿論あります。それに、クロード様は恩人ですもの。私に協力できることなら」
「そう言って頂けるのはありがたい。貴方の気持ちを無視してまで利用しようとは思っていませんでしたから」
「私は何をすれば……」
「恐らくですが、貴方のお腹の子は神脈力を持っている」
盟樹者になれる強い神脈力を持つ子供は、何故か一代に一人しか生まれない。クロード自身の神脈力はアーサーに比べると微弱なものだが、力を持っている人間を感知することくらいは可能だ。胎児の時点でこれほどなら、セリーヌの子は盟樹者に選ばれるだろうとクロードは語った。
そして二人は夫婦となり、お腹の子はクロードの種ということになった。全てはアーサーへの復讐のためだ。
盟樹者がリュカに決まった後も、アーサーは往生際悪く「次代の盟樹者ならば、レッツェル家で養育すべきだ!」と言い張った。しかしピエール神殿長からアーサーの素行に関する調査結果や神官たちからの陳述書を突き付けられ、「このような素行の者が、盟樹者の養父に相応しいとは思えない」と一蹴された。
「クロード神官の敬虔な仕事ぶりはアルバン神殿長から聞き及んでいる。サノア神は、彼こそ盟樹者の父に相応しいと判断したに違いない」
ピエール神殿長の声に参列者からは大きな拍手が上がった。
実際のところ、仕事を他の神官に押し付け女遊びにふけるアーサーに、ピエール神殿長はほとほと手を焼いていたのだ。そこへクロードが次代の盟樹者を連れて現れたのは、彼らにとっても好都合だったのである。
アーサーは神官長の地位をはく奪、クロードが新たに神官長へ就くことがその場で決定。アーサーは平の神官として、リュカが成人するまでは聖樹に神脈力を注ぐ仕事だけを与えられることとなった。
夫へ愛想を尽かしたアルビーナは離縁を選び、息子エリアスを置いて実家へ戻っていった。クロードは王家や神殿長と話し合い、エリアスを養子として引き取ることになった。
セリーヌはクロードの妻として二人の息子を育てている。
復讐のための契約結婚のつもりだったが、「夫となったからには、妻を大切にするのは当然だ」とクロードは誠実にセリーヌへ接してくれている。セリーヌもまた、そんな彼を信頼し、愛するようになった。
一方でアーサーは平神官として白い目で見られながら神殿に居続けている。
爵位はそのままだったが、レッツェル子爵家には領地が無い。神官長や盟樹者としての給与が無くては貴族としての体裁を保つことは出来ず、数年のうちに爵位を返上した。両親の前レッツェル子爵夫妻は、失意のうちに亡くなったらしい。
アーサーのしたことを今でも許すつもりは無い。だがセリーヌが愛する夫や息子たちと出会えたのはアーサーのおかげでもある。だからその点だけは彼に感謝している……と、言えなくもない。
「「お母さま!」」
「二人とも、もうお勉強は終わったの?」
「うん!今日の講義はぜんぶ終わったよ」
「宿題も終わらせたよー」
「まあ、偉いわね。じゃあお茶にしましょう。今日はクッキーを焼きましたからね」
平民の彼女に教養は教えられないので教育は家庭教師に任せるしかないが、それ以外の部分では沢山の愛情を注いでいるためか、二人ともセリーヌによく懐いている。リュカとエリアス、どちらも可愛い我が子だ。
血が繋がってなかろうが、神脈力がなかろうが、セリーヌにとっては些細なことだ。彼女はようやく愛する家族を手に入れられたのだから。
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