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12. そして私は恋をする
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「エックハルト陛下、おめでとうございます!」
「新国王、万歳!!!!」
王宮前の広場に集まった民衆たちの声が、宮殿の中にいる私たちにまで届く。
「ようやくここまで来れたわね」
「ああ。俺もこれで王という肩の荷を下ろせる」
年を重ね、皺と共に貫録のついたフィリベルトが頷いた。
今日は私と夫フィリベルトの長男、エックハルトの即位式だ。
この三十年、夫と二人で手を取り合い我が国の為にと生きてきた。若い私たちを抑え込んで政を牛耳ろうとした老重臣たちや国内の反対分子を排除し、産業を活性化して国力を増強、教育機関を増やして若い世代を育て……。
おかげでレクイオス国の情勢は安定し、小国と侮ってきた各国も今では私たちの発言力を無視できなくなっている。
「あの子は若いから、まだまだ私たちの助力は必要でしょうけどね」
「ゆっくり隠居というわけにはいかないか」
三人の子供たちも立派に育った。
エックハルトはダルロザの王女を妻に迎え、既に一子を設けている。次男は公爵家へ婿入りし、娘もグラドネリアの皇子と婚約が決まった。
「ここまで来られたのは君のおかげだ。本当に感謝している」
「感謝するのは私の方よ、フィリベルト。貴方がいなければ味わうことは出来なかったと思う。国を安定させるという仕事をやり遂げて、愛する夫がそばにいて、立派に育った子供たちがいて……こんな風に幸せな時間を」
「ほう?」とフィリベルトが驚いた顔をした。
「君に愛していると言われたのは初めてだな」
「あら、そうだったかしら?伝わっていると思っていたわ」
「知ってはいたけどね」
「私も知っていたわよ?貴方が私を愛しているって」
シレっと答える夫が少々憎らしくて、わざと意地悪な言い方をしてみる。
そうよ。ずっと前から知っていたわ。
少年の頃から、貴方が私を見つめる瞳に熱がこもっていたことを。
報われない恋に身を焦がす同士として、そんな彼にシンパシーすら感じていた。
共犯者のようなものだと思っていたわ。
だけど長い時を過ごすうちに、私にとって貴方はかけがえのない人になっていたの。
「姉上の予想は当たっていたな」
「エルフリーデ様は何て仰っていたの?」
「『貴方たちはきっと、周囲も羨むくらい愛し合う夫婦になる。賭けてもいいわ!』って」
「あらまあ」
そういうエルフリーデ様こそ、夫である公爵閣下とは今でも仲睦まじい夫婦だと聞いている。
今の彼女は公務を引退し、領地で孫に囲まれながら隠居生活を楽しんでいるらしい。公爵閣下は趣味の植物研究に勤しんでるそうだ。
エルフリーデ様は最後まで弟の歪んだ執着を知らなかった。それでいいと思う。
あんな男のことで、心に傷を負って欲しくないもの。
ヘンリックは二十年も前に領地の湖へ落ちて亡くなった。
毎日浴びるように酒を飲んでいて、その日も泥酔した状態のまま姿が見えなくなったそうだ。事故死として処理されたけれど、本当に事故だったのかはわからない。彼に恨みを持つ者の犯行か、あるいは夫の差し金か……。
それを深掘りする気はない。私にとってはもう、どうでも良いことだから。
爵位は一代限りだったため領地は王家直轄となった。平民となったエルヴィラ様は、残されたお金を持って修道院に入ったそうだ。
彼女からの手紙には、ここで亡き夫を弔いながら生涯を過ごすこと、そしてかつての所業を謝罪する言葉がつづられていた。
あんな男でもエルヴィラ様は本当に愛していたのだろう。
今はただ、彼女が心穏やかに余生を過ごせることを祈っている。
「俺たちは周囲も羨むくらい、仲が良い夫婦になれたかな?」とフィリベルトがウィンクをして私へ笑いかけた。
そのいたずらっ子のような笑みに、少年の頃の彼を思い出してドキリとする。長く共にいたというのになんだか新鮮な気持ちだ。
今までずっと働きづめだったから、ようやくお互いをじっくりと見つめられるようになったのかもしれない。
「陛下、そろそろお時間です」
「ああ。行こうか」
新国王の演説が終わったら、次は私たちが顔を見せる番だ。
背筋を伸ばして夫の腕へと絡ませた私の手に彼の手が重なる。見つめ合う視線が絡んで、少女のように胸がときめいた。
そうね。これからまた、恋をすればいい。今度は貴方と。
子供どころかもう孫までいる年だけれど、恋が始まるのはいつだっていいわよね。
――そうして私たちは手を取り合い、歓声の中へと歩み出した。
「新国王、万歳!!!!」
王宮前の広場に集まった民衆たちの声が、宮殿の中にいる私たちにまで届く。
「ようやくここまで来れたわね」
「ああ。俺もこれで王という肩の荷を下ろせる」
年を重ね、皺と共に貫録のついたフィリベルトが頷いた。
今日は私と夫フィリベルトの長男、エックハルトの即位式だ。
この三十年、夫と二人で手を取り合い我が国の為にと生きてきた。若い私たちを抑え込んで政を牛耳ろうとした老重臣たちや国内の反対分子を排除し、産業を活性化して国力を増強、教育機関を増やして若い世代を育て……。
おかげでレクイオス国の情勢は安定し、小国と侮ってきた各国も今では私たちの発言力を無視できなくなっている。
「あの子は若いから、まだまだ私たちの助力は必要でしょうけどね」
「ゆっくり隠居というわけにはいかないか」
三人の子供たちも立派に育った。
エックハルトはダルロザの王女を妻に迎え、既に一子を設けている。次男は公爵家へ婿入りし、娘もグラドネリアの皇子と婚約が決まった。
「ここまで来られたのは君のおかげだ。本当に感謝している」
「感謝するのは私の方よ、フィリベルト。貴方がいなければ味わうことは出来なかったと思う。国を安定させるという仕事をやり遂げて、愛する夫がそばにいて、立派に育った子供たちがいて……こんな風に幸せな時間を」
「ほう?」とフィリベルトが驚いた顔をした。
「君に愛していると言われたのは初めてだな」
「あら、そうだったかしら?伝わっていると思っていたわ」
「知ってはいたけどね」
「私も知っていたわよ?貴方が私を愛しているって」
シレっと答える夫が少々憎らしくて、わざと意地悪な言い方をしてみる。
そうよ。ずっと前から知っていたわ。
少年の頃から、貴方が私を見つめる瞳に熱がこもっていたことを。
報われない恋に身を焦がす同士として、そんな彼にシンパシーすら感じていた。
共犯者のようなものだと思っていたわ。
だけど長い時を過ごすうちに、私にとって貴方はかけがえのない人になっていたの。
「姉上の予想は当たっていたな」
「エルフリーデ様は何て仰っていたの?」
「『貴方たちはきっと、周囲も羨むくらい愛し合う夫婦になる。賭けてもいいわ!』って」
「あらまあ」
そういうエルフリーデ様こそ、夫である公爵閣下とは今でも仲睦まじい夫婦だと聞いている。
今の彼女は公務を引退し、領地で孫に囲まれながら隠居生活を楽しんでいるらしい。公爵閣下は趣味の植物研究に勤しんでるそうだ。
エルフリーデ様は最後まで弟の歪んだ執着を知らなかった。それでいいと思う。
あんな男のことで、心に傷を負って欲しくないもの。
ヘンリックは二十年も前に領地の湖へ落ちて亡くなった。
毎日浴びるように酒を飲んでいて、その日も泥酔した状態のまま姿が見えなくなったそうだ。事故死として処理されたけれど、本当に事故だったのかはわからない。彼に恨みを持つ者の犯行か、あるいは夫の差し金か……。
それを深掘りする気はない。私にとってはもう、どうでも良いことだから。
爵位は一代限りだったため領地は王家直轄となった。平民となったエルヴィラ様は、残されたお金を持って修道院に入ったそうだ。
彼女からの手紙には、ここで亡き夫を弔いながら生涯を過ごすこと、そしてかつての所業を謝罪する言葉がつづられていた。
あんな男でもエルヴィラ様は本当に愛していたのだろう。
今はただ、彼女が心穏やかに余生を過ごせることを祈っている。
「俺たちは周囲も羨むくらい、仲が良い夫婦になれたかな?」とフィリベルトがウィンクをして私へ笑いかけた。
そのいたずらっ子のような笑みに、少年の頃の彼を思い出してドキリとする。長く共にいたというのになんだか新鮮な気持ちだ。
今までずっと働きづめだったから、ようやくお互いをじっくりと見つめられるようになったのかもしれない。
「陛下、そろそろお時間です」
「ああ。行こうか」
新国王の演説が終わったら、次は私たちが顔を見せる番だ。
背筋を伸ばして夫の腕へと絡ませた私の手に彼の手が重なる。見つめ合う視線が絡んで、少女のように胸がときめいた。
そうね。これからまた、恋をすればいい。今度は貴方と。
子供どころかもう孫までいる年だけれど、恋が始まるのはいつだっていいわよね。
――そうして私たちは手を取り合い、歓声の中へと歩み出した。
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