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11. 自由と責任(3) side.エルフリーデ
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王都に戻った私は、ユストゥス殿下との婚姻を進めるべく動いた。
フィリベルトは既に王太子となるべく、着々と足場を固めている。私も影ながら彼に助力しつつお父様の説得を続けた。
「貴方、辺境にいたのは偶然ではないのでしょう?」
「バレていましたか」
「あんな分かり易い罠、バレない方がおかしいわ」
いたずらが見つかった子供のような顔で、フィリベルトが笑う。
「怒っていますか?」
「いいえ。むしろ感心しているのよ」
第三子のフィリベルトが王位を望むなら、私とヘンリックを追い落とすしかないもの。
いつの間にかこんなに逞しい子になっていたのね。
策謀とはいえ、彼のやり方は真っ当だ。……ヘンリックよりも、ずっと。フィリベルトにならばこの国を任せられる。
「本当は私、女王なんてなりたくなかったの。だから感謝しているくらい。それにユストゥス王子は良い方だわ」
「ええ。姉上をお任せできる方だと思っていますよ」
「まあ、生意気なことを言って」
そうしてついに父上は決断を下した。
王太子はフィリベルト。私はユストゥス殿下へ嫁ぎ、ヘンリックは臣下に降る。
貴族たちは既にほとんどがフィリベルト支持へ回っており、この決断は歓迎を以て受け入れられた。
反対していたのはほんの一部の貴族とヘンリック、そしてお母様とお祖母様だけ。
特にお母様は発狂レベルで怒り狂い、フィリベルトや私に物を投げつけて暴れたため、病気扱いで離宮へ押し込まれた。
お祖母様は表面上は大人しくしていたけれど、裏でご自分の実家を巻き込んでフィリベルト派閥を崩そうとしたので同じく離宮へ。互いに嫌い合っている嫁姑と毎日顔を突き合せなきゃならないのだからさぞ苦痛だろう。
跡継ぎ争いに私情を絡ませた罰としては軽いくらいだわ。
「姉上!考え直してください。ダルロザへ嫁いだら、もう二度とレクイオスへ戻って来れないのかもしれないのですよ!」
ヘンリックが泣きながら私に縋ってきた。
もう国中に公表されているのだから、今さら覆らないというのに。
「覚悟の上よ。フィリベルトにこの国を任せられるんなら、私は外へ嫁いだ方がいいわ」
「ならば俺が王になります!俺が国王になるから、姉上には傍で支えて欲しい」
今さら何を言ってるのだろうと呆れる。
貴方が選んだことでしょう?
あの子爵令嬢を選んだ時から、この結末は決まっていたはずよ。
「ならば貴方は、王になって何がしたいの?」と私はヘンリックの目を見据えた。
「それは……勿論、この国を導いていこうと」
「どんな風に導こうと考えているの?そのための具体的な政策プランは?」
「え、ええと……」
弟は目を泳がせた。
やっぱりね。この子は何も考えていない。
興味を持たなかったおもちゃを弟に取られたからって、癇癪を起こしている幼子と一緒だわ。
「少なくともフィリベルトは国の行く末をきちんと考えているわよ。志を持たない者が王になるべきではないわ。貴方は臣下となってこの国へ尽くしなさいな。貴方の能力があれば、十二分に自領を治め繁栄させることができるでしょう」
「そんな、待って、姉上っ」
◇◇◇
「奥様、お手紙が届いております」
届いた手紙の差出人を見て、私は盛大な溜息を吐いた。
ヘンリックからだ。
これで何通目だろうか。中身は読まなくても分かる。
辺境は何もない、こんなはずじゃなかった。寂しい。姉上に会いたい。戻ってきて欲しい……
呪文かと思うほどに、いつも同じような文面が綴られているのだ。
「また弟君からかい?よっぽど慕われているんだな」
「ええ。いつまで経っても子供なのよ。甘える相手を間違ってるわ。もう妻帯してるんだから、甘える相手は奥様でしょうに」
「うーん。甘えているというよりは……」
「またその話?それは有り得ないわよ。姉弟なんだから」
夫は、ヘンリックが私へ恋をしているんじゃないかと推測している。
そんなこと考えるのも嫌だわ。気色悪い。
きっと弟は子供の頃のまま、手を伸ばせば私が撫でてくれると思っているだけ。
今の私は、公爵となった夫とともにダルロザの外交を任されている。
色々な国を旅してみたいという夢が叶ったのだ。子供の頃に思っていたような自由の利く身ではないけれど、これはこれで楽しい。
夫は夫で、様々な場所で手に入れた植物の種をホクホクしながら育てているようだ。
趣味は違えど、夫婦で同じ方向を向いて生きている。彼と結婚して本当に良かったと思う。
私とヘンリックが同じ道を歩むことは、もう二度と無い。それぞれ別の家族を持ち、住んでいる国すら違うのだもの。もしかしたら、敵対することだってあるかもしれないわ。
ヘンリック。私の可愛い弟。
姉として、貴方を大切に思う気持ちは今でも変わらない。
幸せであれと願っている。
だけど私たちはもう子供じゃない。
独りの大人として、貴族として立って歩かなければならないのよ。
今後弟からの手紙はすべて送り返すようにと執事へ伝え、私は手紙を暖炉へと放り込んだ。
フィリベルトは既に王太子となるべく、着々と足場を固めている。私も影ながら彼に助力しつつお父様の説得を続けた。
「貴方、辺境にいたのは偶然ではないのでしょう?」
「バレていましたか」
「あんな分かり易い罠、バレない方がおかしいわ」
いたずらが見つかった子供のような顔で、フィリベルトが笑う。
「怒っていますか?」
「いいえ。むしろ感心しているのよ」
第三子のフィリベルトが王位を望むなら、私とヘンリックを追い落とすしかないもの。
いつの間にかこんなに逞しい子になっていたのね。
策謀とはいえ、彼のやり方は真っ当だ。……ヘンリックよりも、ずっと。フィリベルトにならばこの国を任せられる。
「本当は私、女王なんてなりたくなかったの。だから感謝しているくらい。それにユストゥス王子は良い方だわ」
「ええ。姉上をお任せできる方だと思っていますよ」
「まあ、生意気なことを言って」
そうしてついに父上は決断を下した。
王太子はフィリベルト。私はユストゥス殿下へ嫁ぎ、ヘンリックは臣下に降る。
貴族たちは既にほとんどがフィリベルト支持へ回っており、この決断は歓迎を以て受け入れられた。
反対していたのはほんの一部の貴族とヘンリック、そしてお母様とお祖母様だけ。
特にお母様は発狂レベルで怒り狂い、フィリベルトや私に物を投げつけて暴れたため、病気扱いで離宮へ押し込まれた。
お祖母様は表面上は大人しくしていたけれど、裏でご自分の実家を巻き込んでフィリベルト派閥を崩そうとしたので同じく離宮へ。互いに嫌い合っている嫁姑と毎日顔を突き合せなきゃならないのだからさぞ苦痛だろう。
跡継ぎ争いに私情を絡ませた罰としては軽いくらいだわ。
「姉上!考え直してください。ダルロザへ嫁いだら、もう二度とレクイオスへ戻って来れないのかもしれないのですよ!」
ヘンリックが泣きながら私に縋ってきた。
もう国中に公表されているのだから、今さら覆らないというのに。
「覚悟の上よ。フィリベルトにこの国を任せられるんなら、私は外へ嫁いだ方がいいわ」
「ならば俺が王になります!俺が国王になるから、姉上には傍で支えて欲しい」
今さら何を言ってるのだろうと呆れる。
貴方が選んだことでしょう?
あの子爵令嬢を選んだ時から、この結末は決まっていたはずよ。
「ならば貴方は、王になって何がしたいの?」と私はヘンリックの目を見据えた。
「それは……勿論、この国を導いていこうと」
「どんな風に導こうと考えているの?そのための具体的な政策プランは?」
「え、ええと……」
弟は目を泳がせた。
やっぱりね。この子は何も考えていない。
興味を持たなかったおもちゃを弟に取られたからって、癇癪を起こしている幼子と一緒だわ。
「少なくともフィリベルトは国の行く末をきちんと考えているわよ。志を持たない者が王になるべきではないわ。貴方は臣下となってこの国へ尽くしなさいな。貴方の能力があれば、十二分に自領を治め繁栄させることができるでしょう」
「そんな、待って、姉上っ」
◇◇◇
「奥様、お手紙が届いております」
届いた手紙の差出人を見て、私は盛大な溜息を吐いた。
ヘンリックからだ。
これで何通目だろうか。中身は読まなくても分かる。
辺境は何もない、こんなはずじゃなかった。寂しい。姉上に会いたい。戻ってきて欲しい……
呪文かと思うほどに、いつも同じような文面が綴られているのだ。
「また弟君からかい?よっぽど慕われているんだな」
「ええ。いつまで経っても子供なのよ。甘える相手を間違ってるわ。もう妻帯してるんだから、甘える相手は奥様でしょうに」
「うーん。甘えているというよりは……」
「またその話?それは有り得ないわよ。姉弟なんだから」
夫は、ヘンリックが私へ恋をしているんじゃないかと推測している。
そんなこと考えるのも嫌だわ。気色悪い。
きっと弟は子供の頃のまま、手を伸ばせば私が撫でてくれると思っているだけ。
今の私は、公爵となった夫とともにダルロザの外交を任されている。
色々な国を旅してみたいという夢が叶ったのだ。子供の頃に思っていたような自由の利く身ではないけれど、これはこれで楽しい。
夫は夫で、様々な場所で手に入れた植物の種をホクホクしながら育てているようだ。
趣味は違えど、夫婦で同じ方向を向いて生きている。彼と結婚して本当に良かったと思う。
私とヘンリックが同じ道を歩むことは、もう二度と無い。それぞれ別の家族を持ち、住んでいる国すら違うのだもの。もしかしたら、敵対することだってあるかもしれないわ。
ヘンリック。私の可愛い弟。
姉として、貴方を大切に思う気持ちは今でも変わらない。
幸せであれと願っている。
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