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学園のおいても、クライヴが他の女性と親しげにしている姿を度々目にした。
同級生たちから「相手はあの人形姫ですもの。婚約者の方はさぞ気詰まりでしょうねえ」と噂されていたことなど、彼女は知る由もない。アリシアには、友人と呼べる者はいなかったからだ。
そんな彼女にとって、学園で唯一安らげる場所が図書館だった。
ここなら彼女へ好奇の目を向ける者も、ひそひそと指さして笑う者もいない。だから休み時間はいつもここに来ていた。
「この本はありませんか?」
「記録によると本日返却になっておりますが。そちらの棚をご自分で探して下さいな」
目当ての本が見当たらず尋ねたアリシアに、眼鏡をかけた司書が不機嫌に答えた。話しかけるなと言わんばかりの態度である。
彼女は大人しいアリシアを舐めていたのだ。
「司書とは利用者に便宜を図るのが仕事のはずだが。この学園はそのような態度を推奨しているのか?」
諦めてもう一度自分で探そうとしたアリシアの背後から、声がした。
そこにいたのは、アッシュグレイの髪をふわりとなびかせた背の高い男性。彼の怒りを込めた瞳は司書の女性へと向けられている。
「こ、これはウェルトン公爵令息……。いえ、私も忙しい身でして」
「それならせめてどこの棚にあるかくらい、伝えるべきではないか?」
先ほどとは打って変わった態度で、司書はアリシアを棚へ案内した。
「お探しの本はこれかな」
「ありがとうございます。えーと……ウェルトン公爵令息」
「エルヴィスだ。エルヴィス・ウェルトン。君、よく図書館に来てるよね。名は?」
「アリシア・ハーネットと申します」
エルヴィスとは、その後も図書館でよく鉢合わせした。
何となく、会えば話をするようになった。勿論、貴族として節度を保った状態で、ではあるが。
「すごいね。君はとてもたくさんの本を読んでいる」
その素直な称賛にアリシアは戸惑った。
家庭教師に「貴族令嬢は幅広い知識を身に付けるべきです」と言われ、手当たり次第に読んでいただけだったから。
エルヴィスとアリシアは、本の内容について語り合った。当初は感想を問われても答えられなかったアリシアだが、彼と話しているうちに少しずつだが自分の考えを述べるようになった。
エルヴィスが相手だとなんだかとても話しやすい。アリシアが言い淀んでいると「こういうことかな?」と助け船を出してくれるのだ。
こんなに会話を楽しめる相手は初めてだ。アリシアはそう思った。
「君の婚約者……クライヴ君といったか。彼の行動は目に余る。どうして君は何も言わないんだ?」
ある日のこと、エルヴィスが険しい顔でアリシアへ問いかけた。
最近のクライヴのお気に入りはダルトン男爵家の令嬢らしい。人目もはばからずイチャイチャしている姿を見かけることもあった。
アリシアと目が合っても怯むどころか、まるで見せつけるように身体を寄せ合う彼らに、黙って通り過ぎるしかなかった。
「殿方のなさることです。私には言うことも思うこともありません」
「君は聡明で理知的な女性だと俺は思う。彼の行動がどれだけ理不尽なのか、本当は理解しているのではないか?何故そんな風に口をつぐむんだ」
アリシアは少し悩んだが、思い切って話した。幼少期に母が出て行ったこと、父親が話した「従順であるべき」という言葉を。
「そんなことが……。妻が夫に従う必要はあるかもしれないが、アリシアは明らかに行き過ぎだ。父君は妻と上手くいかなかった原因を、君に押しつけていると思う。そもそも、離縁の原因は君の父君と母君が抱えていた問題に過ぎないのに」
その言葉が、アリシアには一筋の光に感じた。その光が、頭の中に広がっていくようだ。
「アリシア。一度、父君と話してごらん。うちの父からハーネット伯爵の事を聞いたことがある。真面目すぎるきらいはあるが、物の道理の分らぬ人物ではないと言っていたよ。きっと悪いようにはならないはずだ」
その晩、アリシアは思いきって父親と話した。クライヴの不埒な行動を聞いたハーネット伯爵は驚き、娘を抱きしめた。
「アリシア、済まない。あのときは離縁されて自暴自棄になっていたんだ。お前にそんな生き方を押しつけるつもりは無かったんだ」
「お父様……」
「クライヴ君との仲があまり良くないことは察していたが、まだ二人とも若いからと自分に言い聞かせていたのだ。お前に辛い思いをさせてまで婚約を続ける必要はない」
「良いのですか?それでは事業が」
「なあに、他にもツテはある」
事業を起こす際、アシュレー侯爵家より良い条件を提示してくれた提携先もあった。だがアシュレー侯爵は、嫡男とアリシアの婚約を追加条件として提示してきたという。ハーネット伯爵にとってはかなり不利な条件だったが、なかなか縁談の決まらない娘の為にと受け入れたのだ。
――そんなこと、全然知らなかった。
お互いに、話さなければならないことを伝えてなかった。アリシアの不器用なところは父親にそっくりだった。
「明日にでもアシュレー侯爵へ婚約解消を伝えよう」
「いいえ、お父様。少し待って下さる?私に考えがありますの」
同級生たちから「相手はあの人形姫ですもの。婚約者の方はさぞ気詰まりでしょうねえ」と噂されていたことなど、彼女は知る由もない。アリシアには、友人と呼べる者はいなかったからだ。
そんな彼女にとって、学園で唯一安らげる場所が図書館だった。
ここなら彼女へ好奇の目を向ける者も、ひそひそと指さして笑う者もいない。だから休み時間はいつもここに来ていた。
「この本はありませんか?」
「記録によると本日返却になっておりますが。そちらの棚をご自分で探して下さいな」
目当ての本が見当たらず尋ねたアリシアに、眼鏡をかけた司書が不機嫌に答えた。話しかけるなと言わんばかりの態度である。
彼女は大人しいアリシアを舐めていたのだ。
「司書とは利用者に便宜を図るのが仕事のはずだが。この学園はそのような態度を推奨しているのか?」
諦めてもう一度自分で探そうとしたアリシアの背後から、声がした。
そこにいたのは、アッシュグレイの髪をふわりとなびかせた背の高い男性。彼の怒りを込めた瞳は司書の女性へと向けられている。
「こ、これはウェルトン公爵令息……。いえ、私も忙しい身でして」
「それならせめてどこの棚にあるかくらい、伝えるべきではないか?」
先ほどとは打って変わった態度で、司書はアリシアを棚へ案内した。
「お探しの本はこれかな」
「ありがとうございます。えーと……ウェルトン公爵令息」
「エルヴィスだ。エルヴィス・ウェルトン。君、よく図書館に来てるよね。名は?」
「アリシア・ハーネットと申します」
エルヴィスとは、その後も図書館でよく鉢合わせした。
何となく、会えば話をするようになった。勿論、貴族として節度を保った状態で、ではあるが。
「すごいね。君はとてもたくさんの本を読んでいる」
その素直な称賛にアリシアは戸惑った。
家庭教師に「貴族令嬢は幅広い知識を身に付けるべきです」と言われ、手当たり次第に読んでいただけだったから。
エルヴィスとアリシアは、本の内容について語り合った。当初は感想を問われても答えられなかったアリシアだが、彼と話しているうちに少しずつだが自分の考えを述べるようになった。
エルヴィスが相手だとなんだかとても話しやすい。アリシアが言い淀んでいると「こういうことかな?」と助け船を出してくれるのだ。
こんなに会話を楽しめる相手は初めてだ。アリシアはそう思った。
「君の婚約者……クライヴ君といったか。彼の行動は目に余る。どうして君は何も言わないんだ?」
ある日のこと、エルヴィスが険しい顔でアリシアへ問いかけた。
最近のクライヴのお気に入りはダルトン男爵家の令嬢らしい。人目もはばからずイチャイチャしている姿を見かけることもあった。
アリシアと目が合っても怯むどころか、まるで見せつけるように身体を寄せ合う彼らに、黙って通り過ぎるしかなかった。
「殿方のなさることです。私には言うことも思うこともありません」
「君は聡明で理知的な女性だと俺は思う。彼の行動がどれだけ理不尽なのか、本当は理解しているのではないか?何故そんな風に口をつぐむんだ」
アリシアは少し悩んだが、思い切って話した。幼少期に母が出て行ったこと、父親が話した「従順であるべき」という言葉を。
「そんなことが……。妻が夫に従う必要はあるかもしれないが、アリシアは明らかに行き過ぎだ。父君は妻と上手くいかなかった原因を、君に押しつけていると思う。そもそも、離縁の原因は君の父君と母君が抱えていた問題に過ぎないのに」
その言葉が、アリシアには一筋の光に感じた。その光が、頭の中に広がっていくようだ。
「アリシア。一度、父君と話してごらん。うちの父からハーネット伯爵の事を聞いたことがある。真面目すぎるきらいはあるが、物の道理の分らぬ人物ではないと言っていたよ。きっと悪いようにはならないはずだ」
その晩、アリシアは思いきって父親と話した。クライヴの不埒な行動を聞いたハーネット伯爵は驚き、娘を抱きしめた。
「アリシア、済まない。あのときは離縁されて自暴自棄になっていたんだ。お前にそんな生き方を押しつけるつもりは無かったんだ」
「お父様……」
「クライヴ君との仲があまり良くないことは察していたが、まだ二人とも若いからと自分に言い聞かせていたのだ。お前に辛い思いをさせてまで婚約を続ける必要はない」
「良いのですか?それでは事業が」
「なあに、他にもツテはある」
事業を起こす際、アシュレー侯爵家より良い条件を提示してくれた提携先もあった。だがアシュレー侯爵は、嫡男とアリシアの婚約を追加条件として提示してきたという。ハーネット伯爵にとってはかなり不利な条件だったが、なかなか縁談の決まらない娘の為にと受け入れたのだ。
――そんなこと、全然知らなかった。
お互いに、話さなければならないことを伝えてなかった。アリシアの不器用なところは父親にそっくりだった。
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