欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ

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アフターストーリー【不定期更新】

クリスマスイヴとうさぎの着ぐるみ

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 暑い師走にうんざりしていたのは事実だが、だからといって急激に寒くしないでほしい。着るものがないではないか。
 クリーニングから回収したままになっていたダウンジャケットを着てクリスマスイブに休日出勤していた私は、打ち上げ兼クリスマスパーティの飲み会を辞退して帰宅を選んだ。さすがに連勤が続きすぎている。こんな状態でお酒の付き合いは勘弁してほしい。
 部屋の明かりが外廊下に漏れている。ひとり暮らしのはずの私の家が明るいのにもすっかり慣れてしまった。
 誰かのいる暮らしはちょっとだけ楽しい。寝るだけのために帰る場所だった数年間と比べて、帰る目的があるのはいいことのように思えた。

「おかえり、弓弦ちゃん」

 玄関の鍵をかけると、声をかけられる。ニコニコしている彼はサンタクロースを意識したのか赤いシャツに白いベストを着ている。頭には赤い円錐状の帽子。
 似合うというか……これはあれだな、推しの衣装に寄せてきたな。
 彼を見てデジャヴを感じたのは、私が推しているゲームキャラクターの甘崎くんのクリスマスイベント衣装に似ているからだ。クリスマスイヴに握手会をするという甘崎くんが着ていた服がこういう感じだった。
 私がじっと彼――神様さんを見つめていたからだろう、彼は肩をすくめた。

「ありゃ、お気に召さなかったかい?」
「私より衣装持ちですよね、神様さんって」
「弓弦ちゃんがファッションに無頓着なんだと思うよ」
「別に服装でテンションが変わるタイプではないので」

 爪ぐらい塗ったらどうかと言われたことはあるけれど、手間とお金の無駄だと思えてしまった私である。
 私がダウンジャケットを脱ぐと、神様さんはいつもの調子で受け取って掛けてくれた。手慣れてしまったけどそれでいいんだろうか。

「――兄貴はきたんですか?」
「うん。一時間前くらいに届けにきたよ」
「じゃあ、ご飯食べたいなあ」

 バッグを寝室に置きに行って私はリビングダイニングに戻る。神様さんはコンロの鍋に火を入れ始めた。

「温めに時間がかかるから、先にシャワー浴びていてもいいよ」
「でも、パジャマは寒いんですよねえ……」
「そういうと思って、暖かいやつを出しておいたよ」
「ん?」
「シャワー浴びてる間に出しといてあげるから、行っておいでよ」

 出しておいたということは、プレゼントだとかそういうことではなく、家の中にあったのを出したということだろうか。
 私が首を傾げていると、神様さんは私の背中を押して脱衣所に案内した。

「え、ちょっと」
「梓くんから調理方法は聞いているからこっちは任せておいてよ」

 そう言われると、扉が閉められた。
 というか、少しは仲良くなれたのかな?
 事情が事情のため、私の兄貴である梓と神様さんは犬猿の仲である。仲が良くなりすぎるのは私にとっては少々都合が悪いものの、喧嘩はしてほしくないという微妙な立ち位置だ。私情は挟まず事務連絡がスムーズならそれに越したことはないが。
 私は神様さんに食事の準備を託し、シャワーを浴びることにしたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふふ。似合うねえ」

 着替え用に置いてあったのはふわふわもこもこの着ぐるみみたいなうさぎのパジャマだった。なお、これを着ると料理はできない。大学時代のクリスマスパーティで当てたビンゴの景品だ。

「ってか、これ、どこにあったんです?」
「クローゼットの奥の箱の中」
「なんでそんなところを探しているんですか……」
「弓弦ちゃんが寒そうだったからだよ。僕が温めるのにも限界があるでしょう?」
「温め合っているときは何も着ていないじゃないですか……」

 私が指摘すると神様さんは目を瞬かせた。意外そうな顔。

「毎晩は無理だって君がいうから」
「まあ……それはそうですけど」

 疲れているんだろうな、と思って私は頭を掻いた。

「スープを出そうか。バケットサンドは好きなのを選んで。ローストチキンはあともうちょっとだよ」
「了解。……二人分はさすがに華やかねえ」

 去年までは元カレがいたわけだが、仕事の都合で会うことが叶わなかった。そんな私を兄貴は不憫に思ったらしく、クリスマス用のセットを運んできたわけだが、それはもちろん一人前だったわけで。
 テーブルの上に所狭しと皿が並ぶのはなかなかいいものだ。よく見たらグラスも置いてある。兄貴からお酒の許可がおりていることを思い出した。

「飲み会の方がもっと賑やかだったんじゃない?」
「もう静かに過ごしたいですよ……」

 野菜たっぷりのバゲットサンドを選んで自分の席に置かれたお皿に移す。全体的に野菜が多めなのは兄貴のお店の趣味であろう。おかげで私は風邪や流行病とは縁がない。

「明日はお休みかい?」
「呼び出しの可能性はゼロじゃないのが悲しいですけど、一応お休みです」
「なら、ゆっくりできるねえ」

 彼の表情に色気を感じて、心音が跳ねる。疲れがピークのような気がする。

「お酒を飲んで、イチャイチャしよう」
「このうさぎパジャマはイチャイチャ回避用だったんでは?」
「毛皮を剥ぐのもいいかなあって」

 脱がされるところを想像してそういう気になってしまうんだから、今夜はアリの日のようだ。不本意だけど。

「ふふ。まずはご飯にしようね。弓弦ちゃん」

 チキンを突っ込んでいたオーブンレンジが出来上がりを教えてくれる。神様さんは手際良くチキンを取り出してお皿に盛り付けた。

「さあ、召し上がれ」
「いただきます」

 ローストチキンも熱々で美味しそうだ。
 自分の席に着く前に神様さんがグラスにお酒を注いでくれる。冷蔵庫から出てきたシャンパンらしい薄い黄色の液体はシュワシュワしている。
 席に着いた神様さんとグラスを合わせて早速ひと口いただく。フルーティであるけれど、甘さはあまりない。アルコールは想像していたより強かった。
 神様さんはじっと私を見つめている。

「酔わせていいって梓くんが言ってたよ」
「それは嘘じゃないですか?」
「僕は意図的に嘘はつけないよ」
「……マジか」

 何を思ってそんな許可を出したのだろう。酔って寝たら何事もなく一晩明かせられるからだろうか。

「ふふ。ちゃんと起きていて。弓弦ちゃんを気持ちよくさせたいから」
「どうでしょうかね、疲れているんで」

 期待していることを悟られたくない。私はバケットサンドを口に突っ込んだ。ほんと、ここのバケットサンドは美味だな。

「弓弦ちゃんにうさぎのパジャマを贈った人はなかなかのセンスだよねえ」
「贈られたんじゃなくて当てたんですが」
「ありゃ、そうなのかい?」
「まあ、私のところに来る運命だったんでしょうけど」

 このサイズのパジャマを着られるのはあのパーティに参加した人たちの中では私だけだった。正確には開始時にはそれなりにいたのだけど、バイトだなんだで先に帰ってしまった。そんな彼らが軒並み小柄で、残っていた私しか着られない状況だったのだ。

「そうだろうねえ」

 神様さんがうんうんと頷く。私は首を傾げた。

「どういう意味です?」
「うさぎって性欲が強いらしいよ。君にぴったりだなって」

 むせずにいられた自分を褒めてやりたい。私はグラスに口をつけて流し込む。炭酸はちょっときついけど、やり過ごせた。

「そういう言い方、ないと思います」
「そう?」

 彼は楽しそうに笑っている。彼なりの冗談だったのかもしれない。
 深く突っ込むと墓穴を掘ることになりそうなので、私はスープを飲むことにした。クリームスープではなく、野菜たっぷりのトマトスープだ。にんにくも入っているようで、思ったよりも味が濃い。体が温まる。

「――来年はもっといろいろな場所に一緒に行きたいなあ」
「そういう願望、神様さんにもあったんですね」
「もう少し力が安定しないと厳しいんだけどね、でも、僕は君との思い出がもっとほしいんだ」

 そう返す神様さんの顔は少し寂しげに見えた。

「また、遠回しに消えるみたいな言い方を……」
「人間の寿命は僕らよりも短いからねえ」
「あ、消えるのは私の方でしたか」

 確かに、自称神様である怪異たる彼と比べたら、人間の寿命はあっという間のような気がする。

「この平穏な日々も捨てがたいけれどね、別の刺激も欲しいじゃない?」
「まあ、そのうちに実家には来てもらいますよ。挨拶がどうという話じゃなくて、あなたの正体を見定めてもらわないと」
「ふぅん? 正体がわかったら、いよいよ離れられなくなるんじゃないかい?」
「封印しやすくもなりますし」
「そういう方向かあ」

 神様さんは微苦笑を浮かべた。

「手元のカードは増やしておかないと。年明けたら、神様さんが居着くようになって一年を迎えるのもすぐですからね」
「僕を飼い慣らす方向に舵を切るつもりだったとは……」
「共存を続けるためですよ」
「ふふ、それはそれで楽しそうだからいいや」

 そう応えて、彼はグラスのお酒を飲む。敵わないだろうとでも考えているのか余裕のある様子だ。

「今後もよろしく頼むよ」
「こちらこそ……?」

 何を企んでいるのだろう。
 他愛のない会話を楽しんで、夜は更けていく。
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