欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ

文字の大きさ
7 / 96
アフターストーリー【不定期更新】

師走なのに暑すぎる

しおりを挟む
 異常気象もいいところだと思う。暑すぎはしないか、師走だっていうのに。
 今年何度目になるのかわからない夏日の記録をスマホで確認しながら私は大きく息を吐く。

「ため息はよくないよ、弓弦ちゃん。幸せが逃げてしまう」
「クリスマスも迫ってるってのに暑すぎるんですよ……」
「暖房を入れなくていいだけ節約できていると考えればいいんじゃない?」
「冷房費が馬鹿にならないんですよ」

 そう返せば、正面に座る彼は肩をすくめた。

「まあ、そうだね。もう少し涼しくなってくれないと同衾を許してもらえないから、人肌が恋しくなる程度にはなってほしいよね」
「そっちに話を振るのはどうかと思いますよ」
「僕が顕現したのは、君の欲求不満を解消するためだからねえ」

 彼、こと、神様さんは冗談めかして告げる。
 神様さんは人間ではない。私の潜在的な力によって呼び出されてしまった怪異である。

「きっかけはそうだと認識していますけど、別にそこは主目的じゃないでしょうに」
「でも、好きでしょ?」
「……む」

 自身の顔を指差して妖しく微笑まれると何にも言えなくなってしまった。行為はとにかく、私は彼の顔も容姿も好いている。そこは否定できない。

「顔、赤くなってるけど、部屋が暑いのかな? 窓は開いているはずだよね」
「そうですね。外気温、二十度超えてるって話ですし」

 そう返事をして、私は顔をそむけた。
 すっかり彼はこの家の住人になってしまっている。彼がいることで助かることはあるものの、このままでいいのかどうかは悩ましいところだ。他の怪異を退けていることはこれまでの経験から自明ではあるが、一方で彼は私の寿命を消費している。私に怪異を退けるだけの能力や技術があればお帰りいただけるのだけども。

「――くりすますが近いねえ?」
「神様さんもクリスマスは楽しむんですか?」
「宗教的な部分はさておき、行事としては興味深いよね。君の望む物を与えることはやぶさかではないさ」
「欲しいものは特にないですね……強いていうなら、年末年始の確実な休暇がほしいです」
「あー……それは切実な願いだねえ」

 神様さんの同情する声が私に刺さる。仕事が忙しく、休日出勤も続いていた。今日はようやく手に入れた代休である。

「納品は二十四日だっけ?」
「うん……瑕疵期間があるから年末年始も待機なんだよね……在宅ではあるんだけど」
「お疲れ様です……」

 さすがに私の仕事への理解が進んでいるようだ。わがままや文句を言わないあたり、状況が伝わっているのだろう。

「納品のあとの打ち上げは参加しないで帰るつもりですよ。新しい彼氏とクリスマスは一緒に過ごしたいってことにしたら許可出ました」
「新しい彼氏? ん?」

 神様さんの動揺する声。私が彼を見やれば、神様さんは困惑顔をしていた。
 私は彼に人差し指を向ける。

「新しい彼氏、です」
「!」

 表情がぱあっと明るくなった。自覚なかったのか。てっきり自惚れた反応をしてくると思っていたのに意外だ。

「神様さんと同居していることは明かしていないんですけど、春先に別れた話はまことしやかに広まってまして。ならば仕事はし放題だよねとか、新しい恋人は必要ないかと詮索されたりとか鬱陶しかったので、新しい彼氏ができたことにしたんですよ、この前の飲み会の時に」 

 特に伝える必要はないと思っていたし、隠していてもバレるだろうと説明を怠ってきたがせっかくである。ざっと話せば、神様さんは私の手を取った。

「ただの居候じゃなくて彼氏でいいのかい?」
「彼氏になってほしいわけじゃないですよ。知人に会った時に説明が面倒だから、そういうことにしただけで」
「嬉しいなあ」
「話、聞いてます?」

 むしろ、ただの居候という自覚があったことに驚きであるのだが、さておき。
 すごく嬉しそうにされるとちょっと気まずい。怪異に不用意に名前を与えてはならないのは鉄則だが、役割を与えるのもよろしくはない。神様さんを彼氏にしてしまったら、いよいよ離れられなくなる。

「打ち上げを蹴って僕のところに帰ってきてくれるなんて、愛されてるよねえ」
「帰る口実に使っただけで、神様さんのためじゃないですよ」
「僕としては一分一秒でも君のそばから離れていたくはないからね。帰ってくるって約束してくれるだけでもすごく嬉しいんだよ」

 そんなにテンションが上がるとは。私は冷や汗を流す。

「……絡め取られている気がします」
「君が自分で選んだんだよ?」

 ニコニコする顔が近い。

「失策だったと後悔しています」
「またお兄さんに怒られてしまうかい?」
「お小言は喰らうでしょうけど、そこは、まあ、それこそ自分で選んだので」
「ふふ。えらいえらい。僕との付き合い方、上手になったねえ」

 そう返して、神様さんは私の頭を撫でる。その手は温かくてとても優しかった。

「……神様さんはそれでいいんですか?」
「うん?」
「私よりも都合のいい人間が現れたら、私を捨てるんでしょう?」
「それはないよ」
「即答なんですね」
「僕と君の縁はあの春に始まったわけではないからね。君が生まれたその瞬間から、僕は君と結ばれる運命だったから」

 眼差しはいつも以上に穏やかで、その目で見つめられると胸がときめいてしまう。
 絆されているよなあ、私。

「それ、前にもおっしゃってましたけど、運命だと言って縛られることもないんじゃないですか?」
「僕は君に縛られるなら本望だよ」
「……ふふ」

 なんか胸の奥が温かくなった。いつもなら突っぱねるところを素直に受け取ってしまったあたり、疲れが溜まっているのかもしれない。

「僕は弓弦ちゃんのこと、好きだよ」
「ここぞとばかりに告白しないでほしいんですけど」

 しかも、両手をギュッと握ってきており、私は拘束されている。
 神様さんは私の顔を覗き込むようにわずかに傾げた。

「彼氏として認めてもらいたいなあって。そのためには必要でしょう、愛の告白」
「神様さんのことは私も好いていますけど、彼氏ではないです」
「ふぅん……体の関係だけかあ」
「いいじゃないですか、それで」

 外聞はよくないけれど、そもそも説明する必要があるのは兄貴くらいであり、この関係はすでに知られている。問題はないはずだ。

「弓弦ちゃんは僕に願っていいんだからね、なんでも言うんだよ」

 少し残念そうに告げて、神様さんは離れた。

「言いたいことはちゃんと言うようにしていますし、欲しいものはちゃんと自分で買えていますよ」
「年末年始の休暇、しっかり休めるように僕もお祈りしておくね」
「奇跡は起こさなくていいですから」
「それは……状況次第?」

 これは何かあったらやらかすやつ……
 彼が出ないといけなくなるような事態が起きませんようにと私も密かに願った。切実である。
 すると、神様さんがポンッと両手を合わせた。

「――ああ、そうそう。梓くんから二十四日の食事はどうするのか相談するように言われてたんだった」
「兄貴が? 私に連絡くれればいいのに」
「忙しそうだったから遠慮したんじゃない? あと、僕がどうするのかの探りを入れたかったんだと思う」
「あー、なるほど……」

 神様さんの動向については兄貴も気にするところではあるだろう。私が彼と一緒に暮らすことについては目を瞑っていてくれているわけだが、別に賛成しているわけではない。怪しい動きを感知したり私に害をなすとみなしたりすれば、対策を検討するはずだ。

「たまには一緒にお酒飲もうよ。だめかな?」
「兄貴から許可出てるんですか、それ」

 私があきれて返すと、神様さんは人差し指だけ立てて見せた。

「一本は空けていいって」
「……私からも確認しておきます」
「僕は意図的には嘘をつけないよ?」
「知ってますけど、念のために、ね」

 テーブルに置いていたスマホを持ち直して、アプリで兄貴にメッセージを送る。履歴を見ていたらずっと既読スルーになっていたことに気がついた。なるほど、これなら神様さんに会いに来るのは妥当な気がする。

「ふふ。楽しみなことがあるっていいねえ。この体を得てよかったって思うよ」
「消える予定があるみたいなこと、言わないでくださいよ」
「何事も永遠に続くわけじゃないからね。感謝は言えるときに伝えておかないと」

 それもそうだな、とは思うが、私は素直じゃないから感謝も想いもきっと伝えきれないまま一生を終えるのだろう。私は私でいい。
 バイブレーション。兄貴からの返信。たまたま休憩時間だったらしい。食事とお酒は手配してやるから時間を指定するようにとあった。お酒の話を向こうからしてきたあたり、神様さんの言っていたことは本当なのだろう。兄貴が私にお酒を勧めるのは珍しいことだ。

「連絡、きましたよ。クリスマスセットを持ってきてくれるみたいです。私の帰宅が何時になるかわからないので、神様さん、受け取っておいてもらえますか?」
「梓くんが嫌がると思うけど、僕は構わないよ」
「じゃあ、時間決めて送っておきますね」
「了解」

 すっかりこの生活が馴染んでしまっている。いつかは終わるものだと、終えねばとさえ願っていたはずなのに。

「弓弦ちゃん?」
「はい?」
「たくさん、楽しい時間を過ごそうね」
「なんですか、急に」
「今夜も暑そうだけど、一緒に寝たいなあっていうお誘いだよ」

 何かをはぐらかされた気がした。いつもよりもちょっと神様さんが儚げに見える。

「……夜を待たなくてもいいですよ?」

 消えてなくなってしまいそうな気がして、私は誘いを受ける。仕事が忙しくて彼に構う時間が取れなかったのは事実だ。彼の状態を確認しておいてもいい気がする。
 私がおもむろに立ち上がれば、彼は目を瞬かせた。

「窓、閉めたほうがいいかい?」
「そうですね。声が響くとよくないですし」

 長い髪をシュシュでさっとまとめて彼のそばに行く。神様さんは優しく微笑んで私を抱きしめてくれた。

「ふふ。誘ってみるものだねえ」
「案じてるだけですよ」
「うん、わかってる」

 見上げた私の唇に彼は自身の唇を重ねる。

「君の優しさにつけ込んでいるんだよ」
「欲求不満の解消に利用しているだけなので、お気になさらず」

 返して、私は自分から彼にキスをしたのだった。

《終わり》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...