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祠を壊したら、美形の怪異に因縁つけられた話。
遭遇
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「――へえ、きみ、どうしてなんともないのかい?」
こんなところで声が聞こえるわけがない。
俺は幻聴だと理解して、獣道にも似た草っ原を突き進む。森の中でも開けた箇所が存在するのは、かつてそこを人間が行き来していた証である。
「ありゃ、調節を間違えたかな。それとも、聞こえているのに無視を決め込んだのかな?」
同じ声だ。女性だったら低いし、男性だったら高いだろう中性的と言える声。イントネーションがちょっと独特で、人間っぽさが感じられない。
ならばこそ、関わりを持たないで無視するに限る。
俺がなおも無視して進めば、突風が吹き抜けた。
思わず俺は顔を両腕で守る。風が止んで、その腕を退けたとき、目の前にとても美しい男が立っていた。およそ人間ではないのだろうと思ったのは、冬も始まろうという時季に薄手の羽織姿だったからだ。
目が合って、はっと息を呑む。
「やっぱり見えているじゃないか」
彼の大きくて細い指の先が俺の顎に触れる。目が離せない。
「無視をするなんて酷いと思うよ」
「…………」
なんと返せばいいのだろう。俺はただ彼を見やる。
冷たい風が彼の長い銀髪を揺らした。
「それにしても顔色が悪いな。でも、息はしている」
「何が言いたい?」
「向こうにあった祠、きみ、壊してしまったでしょう? その呪いで死ぬはずなんだよね」
「即死するような呪いなのか?」
「うん」
「これまでそういったことはなかったはずだが」
「まあ、壊すような愚か者はいなかったからねえ」
彼の口元が笑みの形に変わってくつくつと声を立てて笑った。
俺は彼の指先を払って視線を外す。
「愚か者、か。まあ、管理者もずいぶんと前から居なくなっているんだし、退いてもらう時期が来たのだと思って諦めてもらいたいが」
「きみの命ひとつで、ここを立ち去れ、と?」
「いや、俺の命は消えないだろうな」
俺が自信満々にはっきりと告げたからか、彼は首を傾げた。
「どうして?」
「俺に染みついている呪いのほうが格上だからさ。そこの祠の主が使う呪い程度なら、数日寝込む程度で済む」
あまり長居しているのはよろしくない。
どうも彼とあの祠の主は別のものなのだろう。それを察した今、ここで止まる必要はない。死に追いやる呪いが本当ならば、俺はできるだけ早く宿に戻って休む必要があるからだ。
まあ、死ぬほど強いものではないだろうな……。
悪寒はする。顔色が悪いと彼は告げたがそれも本当だろう。
「へえ」
先に進もうとした俺に対して、彼は立ち塞がってきた。右に行けば右へ、左にかわせば左へ。後退したら一歩前進だ。
なんだ、こいつ……
イライラしてきて睨みつけると、彼は満足げに微笑んだ。
「きみ、面白いねぇ。確かに格上の呪いだな。不死の呪い、か。不老にしてもらえなかったのは実に惜しかった」
「!」
あちこちに点在する祠を破壊しては、なんらかの怪異に遭遇してきた俺ではあるのだが、俺自身にかけられた呪いを言い当ててきたのは彼が初めてだった。
「おや、動揺してるのかい?」
悟られてはならないと、俺は無視を決め込む。
「となると、不死の呪いを上書きするために、全国にある祠を壊してまわっているわけだ。誰がなんの目的で立てたのかわからない不気味な祠を合法的に消し去る仕事をしている最中、という感じかな」
「だったら?」
彼の言っていることは俺の目的からそう遠くはない。
合法的かどうかは微妙なラインではあるが、持ち主不明で処分に困っている地主から依頼を受けて、文化財としての価値もあるとは言えない祠を積極的に破壊してまわっている。祟りや呪いを怖がる人間には祠を撤去するのが罰当たりのように感じられて避ける傾向があるので、直接の依頼を受けるわけでもないあたりが、この仕事のなんとも説明しにくい部分である。
俺が明言を避けて返せば、彼はニタリと笑った。
「不死の呪いを解くほどの神格は、あいにく僕にはないのだけどね。いま受けているそこの祠の呪いくらいならどうにかできる。どうだい、きみ。僕に身を委ねて天にも昇る心地になってみないか?」
「不死の呪いが解けないなら意味がない。寝てりゃいい話だ」
誘いを断って宿に戻ろうとすると、彼は首を横に振る。
「いやいや。きみ。これからこの山をおりるつもりなのだろう? 数刻もしないうちに大雨になる。今は避けるべきだ」
「山から戻らなかったら心配される。山の捜索ってのはお金がかかるんだ。余計な出費は勘弁してほしい」
ただでさえそんなに収入はないのだ。次の祠に向かう予定も詰まっているのだから、こんなところで時間を潰すわけにはいかない。
俺が断ると、彼は俺の手を掴んだ。
「いくら不死だとは言え、怪我はするのだろう? 悪いことは言わない、そこに僕の寝床があるんだ。雨が去るまで休んでいくといい」
「……寝床?」
そんな場所があっただろうか。
確かにこの周辺はかつて集落があった場所ではある。朽ち果てた建物は祠に向かうまでに見かけてはいた。だが、住めるような場所があっただろうか。
雨風を凌げるような場所さえないはずだが……。
興味を示したのが伝わってしまったのだろう。彼は俺の手を引いて茂みの方へと導く。
「案ずることはない。まずは雨がやむまでの契約にしようじゃないか」
俺の了承を待つことはなく、彼は俺を茂みの中へと引き摺り込むのだった。
こんなところで声が聞こえるわけがない。
俺は幻聴だと理解して、獣道にも似た草っ原を突き進む。森の中でも開けた箇所が存在するのは、かつてそこを人間が行き来していた証である。
「ありゃ、調節を間違えたかな。それとも、聞こえているのに無視を決め込んだのかな?」
同じ声だ。女性だったら低いし、男性だったら高いだろう中性的と言える声。イントネーションがちょっと独特で、人間っぽさが感じられない。
ならばこそ、関わりを持たないで無視するに限る。
俺がなおも無視して進めば、突風が吹き抜けた。
思わず俺は顔を両腕で守る。風が止んで、その腕を退けたとき、目の前にとても美しい男が立っていた。およそ人間ではないのだろうと思ったのは、冬も始まろうという時季に薄手の羽織姿だったからだ。
目が合って、はっと息を呑む。
「やっぱり見えているじゃないか」
彼の大きくて細い指の先が俺の顎に触れる。目が離せない。
「無視をするなんて酷いと思うよ」
「…………」
なんと返せばいいのだろう。俺はただ彼を見やる。
冷たい風が彼の長い銀髪を揺らした。
「それにしても顔色が悪いな。でも、息はしている」
「何が言いたい?」
「向こうにあった祠、きみ、壊してしまったでしょう? その呪いで死ぬはずなんだよね」
「即死するような呪いなのか?」
「うん」
「これまでそういったことはなかったはずだが」
「まあ、壊すような愚か者はいなかったからねえ」
彼の口元が笑みの形に変わってくつくつと声を立てて笑った。
俺は彼の指先を払って視線を外す。
「愚か者、か。まあ、管理者もずいぶんと前から居なくなっているんだし、退いてもらう時期が来たのだと思って諦めてもらいたいが」
「きみの命ひとつで、ここを立ち去れ、と?」
「いや、俺の命は消えないだろうな」
俺が自信満々にはっきりと告げたからか、彼は首を傾げた。
「どうして?」
「俺に染みついている呪いのほうが格上だからさ。そこの祠の主が使う呪い程度なら、数日寝込む程度で済む」
あまり長居しているのはよろしくない。
どうも彼とあの祠の主は別のものなのだろう。それを察した今、ここで止まる必要はない。死に追いやる呪いが本当ならば、俺はできるだけ早く宿に戻って休む必要があるからだ。
まあ、死ぬほど強いものではないだろうな……。
悪寒はする。顔色が悪いと彼は告げたがそれも本当だろう。
「へえ」
先に進もうとした俺に対して、彼は立ち塞がってきた。右に行けば右へ、左にかわせば左へ。後退したら一歩前進だ。
なんだ、こいつ……
イライラしてきて睨みつけると、彼は満足げに微笑んだ。
「きみ、面白いねぇ。確かに格上の呪いだな。不死の呪い、か。不老にしてもらえなかったのは実に惜しかった」
「!」
あちこちに点在する祠を破壊しては、なんらかの怪異に遭遇してきた俺ではあるのだが、俺自身にかけられた呪いを言い当ててきたのは彼が初めてだった。
「おや、動揺してるのかい?」
悟られてはならないと、俺は無視を決め込む。
「となると、不死の呪いを上書きするために、全国にある祠を壊してまわっているわけだ。誰がなんの目的で立てたのかわからない不気味な祠を合法的に消し去る仕事をしている最中、という感じかな」
「だったら?」
彼の言っていることは俺の目的からそう遠くはない。
合法的かどうかは微妙なラインではあるが、持ち主不明で処分に困っている地主から依頼を受けて、文化財としての価値もあるとは言えない祠を積極的に破壊してまわっている。祟りや呪いを怖がる人間には祠を撤去するのが罰当たりのように感じられて避ける傾向があるので、直接の依頼を受けるわけでもないあたりが、この仕事のなんとも説明しにくい部分である。
俺が明言を避けて返せば、彼はニタリと笑った。
「不死の呪いを解くほどの神格は、あいにく僕にはないのだけどね。いま受けているそこの祠の呪いくらいならどうにかできる。どうだい、きみ。僕に身を委ねて天にも昇る心地になってみないか?」
「不死の呪いが解けないなら意味がない。寝てりゃいい話だ」
誘いを断って宿に戻ろうとすると、彼は首を横に振る。
「いやいや。きみ。これからこの山をおりるつもりなのだろう? 数刻もしないうちに大雨になる。今は避けるべきだ」
「山から戻らなかったら心配される。山の捜索ってのはお金がかかるんだ。余計な出費は勘弁してほしい」
ただでさえそんなに収入はないのだ。次の祠に向かう予定も詰まっているのだから、こんなところで時間を潰すわけにはいかない。
俺が断ると、彼は俺の手を掴んだ。
「いくら不死だとは言え、怪我はするのだろう? 悪いことは言わない、そこに僕の寝床があるんだ。雨が去るまで休んでいくといい」
「……寝床?」
そんな場所があっただろうか。
確かにこの周辺はかつて集落があった場所ではある。朽ち果てた建物は祠に向かうまでに見かけてはいた。だが、住めるような場所があっただろうか。
雨風を凌げるような場所さえないはずだが……。
興味を示したのが伝わってしまったのだろう。彼は俺の手を引いて茂みの方へと導く。
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