不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌【短編集】

ゾウの墓場

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「――ああーっ! 法事って面倒くさい!」

 新社会人と称するにはちょっとくたびれてしまった感じのスーツ姿の女性が小声でこぼした。

「親戚が集まって、喪服っていうドレスコードを守って、面倒くさい化粧もして、あら、〇〇ちゃんはいい人いないのー? だなんて言われてニコニコ相手しなくちゃいけないなんてホンッと無理中のムリ! 墓も私が継ぐことになってるからそれこそ誰かお婿にもらって子ども産んでどうにかしてほしいってことなんでしょうけど、私に押し付けんなよババアども!」

 早口で愚痴を捲し立てて、彼女は鬼の形相で店長を見やった。

「墓とか法事とか、もううんざり! 群れの中で生きていくことは社会が成り立つのに重要だと思うけど、死んだ人間を弔わなきゃいけないって何? この時間は生きている人間のものでしょ! そう思いますよね!」

 唐突に話を振られた店長は困ったように笑っている。
 黙ってやり過ごすのか?
 俺は成り行きをスタッフルームから見守る。今出て行ったら俺まで巻き込まれること請け合い。お手洗いに行っていて助かった。

「私としてはですね、ゾウみたいに死期が迫ったらゾウの墓場に向かってそっと群れを抜けて、人知れず消えたいんですよ。生きている連中に迷惑はかけない」
 
 ゾウの墓場、か。実際のところそれがあると確定されていない都市伝説扱いのネタだったと思ったが。
 俺は様子をうかがう。

「そもそも弔う必要なんてないんですよ。化けて出るほどの思い入れもないし、化けて出てこられたこともないし。いつまでも死者のことで煩わせられるなんてナンセンスなんですよ」

 そう管を巻く。
 店長のやつ、酒でも飲ませたのか? ここはカフェだから飲酒はできないはずだが。
 俺はスタッフルームのドアの隙間から彼女の座るカウンターを見やる。よく見るとカウンターにはコーヒーカップとケーキが載っている。ケーキは食べかけだが、それがブランデーケーキであることに気がついた。アルコールがキツイやつだ。
 店長はいつものニコニコ顔を少し困り顔にした印象だが、いったい何を考えているのだろうか。閉店準備が始まる時間でオーダーストップをしているので他にお客はいないが、だからといってこの状況が続いたら店を閉められない。
 俺も出ていくか……。
 ドアを少し押したところで店長は視線をこちらに向けた。
 来なくていい、だと?
 一瞬だけだったが目の動きから察して、俺はとどまる。店長が口を開いた。

「化けて出るのは恨まれているからというわけではないよ」
「はい?」
「君は化けて出るほどの思い入れはないと表現したね。そこはそのとおりだと思う。結局は、死者の弔いは生者のためだろう」
「その弔いが面倒なんですよ」
「君には思い入れがないから当然だ」

 店長は穏やかに笑う。手は閉店作業のためにカップやソーサーを磨いているのだが。
 彼女は不服そうな目を店長に向けて、コーヒーカップに口をつけた。

「死者の弔いは死者に思い入れがあった人物だけ参加するのが適している。死者の弔いを仕切る者は死者と絆がある人間に託すべきで、それを血縁があるからという理由だけで押し付けるものではなかろう」
「ですです」
「死者になる前に、君にそれをするだけの思い入れが生まれるように接する必要があったのに、それを怠ったツケがこうなっているわけだ」

 彼女のカップがカタカタと揺れて、飲みにくくなったからかソーサーの上にカップを戻した。

「だが、弔いは君だけのものじゃない。死者が関わって生まれた絆や縁のためにある。どこに行っても死者の姿はないが、どこに行けば死者の片鱗を感じられるか、その場所が必要な者たちがいる。とはいえ。君が率先して場を設けて仕切る必要はないだろう。君が望むのであれば、誰も訪ねる必要がなくなったときに畳んでもらえるように手配する必要はあるのだろうねえ」
「…………」

 彼女はコーヒーの水面を見つめている。自分自身と向き合っているのだろうか。

「――さて、そろそろ閉店時間だ。残りのケーキは箱に入れて持ち帰るかい?」
「あ、いえ。すぐに食べます」

 急に時間が動き出したみたいに彼女は驚いて、残りのブランデーケーキを二口で食べてコーヒーで流し込んだ。

「マスター、ご馳走様でした。お待たせしてすみません」

 さっきまで管を巻いていた人物とは思えない態度に、俺は首を傾げる。

「いえいえ。気に入ってくれたのなら、また来てね」
「はい。美味しいケーキとコーヒーをありがとうございました」

 会計は済んでいるので、彼女は荷物をまとめてコートを羽織るなり店を出て行った。

「……なんだあ?」

 お客がいなくなったので俺はようやくスタッフルームから出てこられた。店内には香ばしいコーヒーの匂いが残っている。

「何か引っ掛かるのかい?」
「店長、なんかしたのか?」

 テーブルを拭きながら、話を振る。客の様子が急変したように感じられたのは気のせいではない。

「溜め込んでいたようだから、ちょっと自白剤のようなものを使ったんだ」
「……おい」
「ここで告白したことは覚えちゃいないよ。ただ、少しスッキリしたんじゃないかな」
「こわ……」
「そもそも、この店で飲み食いしたものは記憶に残っていても、ここで起きたことや話したことは覚えていられない。そういう術を掛けてある」
「初耳だぞ」

 この店が普通じゃないことは、店員として雇われの身になってから察していることではあるが、なんだよそれ。
 俺が手を止めて店長を見ると、彼は取り付く島もない様子で閉店作業を進めている。

「おい、説明しないのか?」
「する必要がないからね」
「どういう意味だ?」
「説明したところで、君の今の立場も状況も変わらないからさ」
「要は面倒くさくなったってところか」

 俺はため息をついて作業に戻る。店長が説明を放棄したときは何をどう求めたところで、期待するような言葉は返ってこないということを俺は知っている。無駄だ。

「――しかしまあ、僕たちのような連中は墓も法事もないからね。彼女の煩わしさに寄り添うことは難しい」
「逸話が残ってるところくらいはあんだろ、俺にもあんたにも」
「ああ、そうだね。でも、逸話が残るように誰かに役目を押しつけられているなら、その者は呪われているということだろう」
「呪い、か。俺たちみたいな者はそうやって維持するのか」

 らしいといえばそうだが。
 妙に納得できてしまったのがなんか悔しい。

「――なあ、店長」
「うん?」
「俺が消えたら、あんたは弔ってくれるのか?」
「消えないように縛りつけているから、その心配は無用だよ」
「……聞かなかったことにする」

 なんだよそれって笑えなかったのは、店長がそのくらいは平気でやって退けそうだったからだ。
 いや、そこまで俺に執着してはいないか。気まぐれで拾って雇ってくれているだけなんだし、飽きたらその縛りとやらも勝手に解けるだろ。
 俺が手を動かしながらぐるぐると考えていると、店長の笑い声が響いた。こんなに大きな声で笑うのは珍しい。いつもは「ふっ」とか「はっ」とか、飲み込む感じなのに。

「はっはっは。獅子野(ししの)くんもそんなことを考えるんだねえ」
「店長は俺をなんだと思ってんだよ」
「それは内緒にしておくよ」
「はあ……」

 自分から振った話題だけあって、どう片付けたものか。俺は曖昧に頷いて仕事を済ませることに意識を向けた。

《終わり》
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