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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌【短編集】
先代と妖精
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最後のお客が出て行って片付けを終える。翌日の準備を手伝う前に、俺は郵便受けを見に出た。
すっかり日は落ちている。学校帰りや仕事帰りの人々が商店街を行き交うのを横目に、封筒やらチラシやらを手に取って店内に戻った。
「ん?」
フェアリーリングってなんだ?
住所は合っているが店の名前が違う。ここはカフェ百鬼夜行。フェアリーリングという名前ではない。
首を傾げた俺は、キッチンの奥から戻ってきた店長に封筒を見せた。
「店長。間違って届いたみたいなんだが、この店に心当たりあるか?」
店長は濡れた手をエプロンで拭いて封筒を手に取る。まるい眼鏡のつるに触れながら宛先に書かれた住所を見て、口元を緩めた。
「ああ、なるほど」
「その顔、心当たりがあるんだな」
「僕がこの場所を借りる前に、ちょっとね」
そう短く答えて、へえとかふうんとか言いながら封筒をまじまじと見ている。
「店長が借りる前はフェアリーリングっていう店だったのか」
「妖精がバーを開いていたんだよ。夜のお店だ」
ここは元はバーだったと聞いて、思わずこの店の内装を見やる。全席埋まっても十人入れるかどうかという狭いホールなのは、バーとして使用することを念頭において作られたものだからと考えれば合点がいく。
店長は話を続ける。
「ここで僕が昼間だけカフェを開いて、夜が訪れたらバーにかわる、そういう店だったんだ。コーヒーの淹れ方は彼から習った。紅茶やハーブティーの淹れ方も。僕はお酒が苦手だから、カクテルはアルコール抜きのものを教えてもらったよ」
「……饒舌だな」
店長は自分のことはあまり語らない。聞けば概ね返してくれるが、自分からこんなふうに過去の話をするのは稀だ。
「ふふ。閉店後でこの時間だ。多少は口も軽くなる」
「先代は今、何をしているんだ?」
「実家に戻ることになって、今は向こうの世界にいるんじゃないかな」
「妖精の?」
「そう」
この店の隅には怪異の通り道があるのだが、もともとは妖精の通り道だったのかもしれない。なるほどと勝手に納得していると、店長は封筒を店の隅に放った。
「おいっ」
封筒は紙飛行機みたいにすっと飛んで行ったかと思えば、壁にぶつかる前にふっと消えた。怪異の通り道に吸い込まれたのだろう。
「フェアリーリング宛だからね。これで彼に届くと思うよ」
意図的だったらしい。もう少し説明をして欲しいものだ。
「あ? 中継地なのか、ここ」
「異界に通じている場所なんてそうたくさんあるものではないからね。普通の人間がここで店を開くには厄介だから、こうして僕のようなものが管理するのがちょうどいい」
そう返して、店長は俺が持っていた他の手紙やチラシをさっと奪う。必要なものとそうでないものとにわけて、瞬く間に片付けてしまった。
「俺らみたいなもの、か」
「僕らは怪異という位置づけで自認しているけれど、他のものから見たら怪異だろうと妖怪だろうと、どうでもいい話だ。獅子野(ししの)くんが妖精だと思われていてもおかしな話ではないよ」
妖精……俺が?
猫の妖精もいると聞いたことがあるが、俺にはそういう可愛らしさはないだろう。そもそも俺は猫じゃねえし。
「んじゃ、先代は妖精という自認だったのか?」
「愛らしい見た目だったからね。その上で妖艶さも持ち合わせていた。夜の仕事が似合っていたと思うよ」
「へえ……」
男性に対する形容ではないような気がするが、店長の感覚は常人からずれていると感じることが多いので、そういうものなのだろう。
店長は懐かしそうに目を細めて、ぼそりと呟いた。
「僕には向かない仕事だ」
「そうか? いや、酒が飲めないんじゃどうにもならねえだろうけど」
「フォローしなくていい」
そう返して、店長は俺の頭を雑に撫でた。
「さ、そろそろ僕らも帰宅しようか」
これ以上は話したくないのだろう。俺はもやもやしたが、うまく聞き出す言葉が浮かばなくてただ頷いたのだった。
《終わり》
すっかり日は落ちている。学校帰りや仕事帰りの人々が商店街を行き交うのを横目に、封筒やらチラシやらを手に取って店内に戻った。
「ん?」
フェアリーリングってなんだ?
住所は合っているが店の名前が違う。ここはカフェ百鬼夜行。フェアリーリングという名前ではない。
首を傾げた俺は、キッチンの奥から戻ってきた店長に封筒を見せた。
「店長。間違って届いたみたいなんだが、この店に心当たりあるか?」
店長は濡れた手をエプロンで拭いて封筒を手に取る。まるい眼鏡のつるに触れながら宛先に書かれた住所を見て、口元を緩めた。
「ああ、なるほど」
「その顔、心当たりがあるんだな」
「僕がこの場所を借りる前に、ちょっとね」
そう短く答えて、へえとかふうんとか言いながら封筒をまじまじと見ている。
「店長が借りる前はフェアリーリングっていう店だったのか」
「妖精がバーを開いていたんだよ。夜のお店だ」
ここは元はバーだったと聞いて、思わずこの店の内装を見やる。全席埋まっても十人入れるかどうかという狭いホールなのは、バーとして使用することを念頭において作られたものだからと考えれば合点がいく。
店長は話を続ける。
「ここで僕が昼間だけカフェを開いて、夜が訪れたらバーにかわる、そういう店だったんだ。コーヒーの淹れ方は彼から習った。紅茶やハーブティーの淹れ方も。僕はお酒が苦手だから、カクテルはアルコール抜きのものを教えてもらったよ」
「……饒舌だな」
店長は自分のことはあまり語らない。聞けば概ね返してくれるが、自分からこんなふうに過去の話をするのは稀だ。
「ふふ。閉店後でこの時間だ。多少は口も軽くなる」
「先代は今、何をしているんだ?」
「実家に戻ることになって、今は向こうの世界にいるんじゃないかな」
「妖精の?」
「そう」
この店の隅には怪異の通り道があるのだが、もともとは妖精の通り道だったのかもしれない。なるほどと勝手に納得していると、店長は封筒を店の隅に放った。
「おいっ」
封筒は紙飛行機みたいにすっと飛んで行ったかと思えば、壁にぶつかる前にふっと消えた。怪異の通り道に吸い込まれたのだろう。
「フェアリーリング宛だからね。これで彼に届くと思うよ」
意図的だったらしい。もう少し説明をして欲しいものだ。
「あ? 中継地なのか、ここ」
「異界に通じている場所なんてそうたくさんあるものではないからね。普通の人間がここで店を開くには厄介だから、こうして僕のようなものが管理するのがちょうどいい」
そう返して、店長は俺が持っていた他の手紙やチラシをさっと奪う。必要なものとそうでないものとにわけて、瞬く間に片付けてしまった。
「俺らみたいなもの、か」
「僕らは怪異という位置づけで自認しているけれど、他のものから見たら怪異だろうと妖怪だろうと、どうでもいい話だ。獅子野(ししの)くんが妖精だと思われていてもおかしな話ではないよ」
妖精……俺が?
猫の妖精もいると聞いたことがあるが、俺にはそういう可愛らしさはないだろう。そもそも俺は猫じゃねえし。
「んじゃ、先代は妖精という自認だったのか?」
「愛らしい見た目だったからね。その上で妖艶さも持ち合わせていた。夜の仕事が似合っていたと思うよ」
「へえ……」
男性に対する形容ではないような気がするが、店長の感覚は常人からずれていると感じることが多いので、そういうものなのだろう。
店長は懐かしそうに目を細めて、ぼそりと呟いた。
「僕には向かない仕事だ」
「そうか? いや、酒が飲めないんじゃどうにもならねえだろうけど」
「フォローしなくていい」
そう返して、店長は俺の頭を雑に撫でた。
「さ、そろそろ僕らも帰宅しようか」
これ以上は話したくないのだろう。俺はもやもやしたが、うまく聞き出す言葉が浮かばなくてただ頷いたのだった。
《終わり》
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