不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・2【短編集】

完璧《パルフェ》とはいかない

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 梅雨はどこに行ったのだろう。強い陽射しが眩しい日々が続いている。それでありながら、雨は一度に警報が出る勢いで降るために降水量が著しく少ないというわけではないらしい。

「今日も暑いんだな。みんな汗だくだった」

 ランチの客が去って片付けをしながら、俺は店長に話を振った。

「確かに。ここ数日は気温が高い」
「冷たい飲み物がよく売れる」
「人間の身体というものは本人が思っているより脆いからね。しっかり休憩をしてもらいたいものだ」

 そう返事をして、店長はカウンターにパフェを置いた。桃がたくさん載せられたパフェだ。

「それは?」
「試作品だよ」

 食べてほしいとばかりに手で示される。

「今日の賄いか?」
「それはそれで用意してあるが、まずはこちらを食べてみてほしい」
「ん」

 片付けを終えるなり、俺はカウンター席に座ってスプーンを取った。
 まずは桃をひと口。よく冷えている。甘くて柔らかい。シロップ漬けではないかと錯覚するが、これは生の桃だ。
 続いて、アイスをすくう。口に運ぶと紅茶の味がほのかに広がった。

「……これ」
「先日君を連れて行った店の紅茶アイスだ。ピーチティーのイメージなのだが、獅子野くんとしてはどうだね?」

 味に自信があるのか、店長は機嫌よく俺を見ている。

「美味い。店でいただいたピーチティーの再現か……まあ、雰囲気は近い」
「再現はできていないか」
「まあ、パフェはパフェだからな」

 次に桃とアイスを両方口に入れる。合わせた味は申し分ない。甘味と苦味がいいバランスだ。アイスのミルク分も重くはないからさっぱりとしていて邪魔にならない。

「ただ、茶葉は一緒なんだろ? 合ってはいるから、これでいいと思う」
「そう?」
「この下のほうに入っているのは紅茶ゼリーか?」

 底の方から赤茶色のゼリーを取り出してひと口いただく。溶けたアイスと絡むとミルクティーのような印象だ。

「甘さは控えめで食べやすい。シロップは入れねえの?」
「そこは好みで追加できるようにしようかと考えている。常連客は甘いのが好きというわけでもないのでね」
「ああ……そうだな」

 カフェ百鬼夜行は甘いスイーツを看板にしているような喫茶店ではない。メインはコーヒーで、メニューは店長の気まぐれで固定ではないから、甘いものが欲しくて立ち寄るものは少数だ。

「パフもサクサクしていて食感の変化を与えているから、飽きずに食べられる。……っと、そうだな、紅茶ゼリーだけで提供してもいいかもしれない。桃とシロップを添えて」
「おや、パフェは今ひとつだったのかな」
「正直、ちょっと量が多い。この店のスイーツでこの量は今まで見なかったから、どうかなって」

 半年以上働いているが、定番のスイーツでもこの量は見たことがない。なお、スイーツの担当は俺なので、自分でこれをたくさん作るのは面倒だと感じたという理由もある。

「なるほど。……ふむ。思っていたより、僕は空腹だったようだ」
「だな」

 そんなやり取りをしている間に食べ切ってしまった。美味しいのは美味しいのだが、おやつどきに食べるにはちょっと気合いがいるんじゃなかろうか。

完璧パフェとはほど遠いねえ」
「俺の好みの味ではあったぞ。新しいことに挑戦する店長はすごいと思う」
「獅子野くんを喜ばせたいだけさ」
「……ん」

 あまりにも幸せそうな顔をするから、つい照れてしまった。俺は視線を外して立ち上がる。

「昼飯もあるんだろ。そっちも食わせろ」

 パフェの器を下げようと持ち上げると、すぐに店長が受け取った。

「ん?」

 見上げる。店長の顔が思いのほか近くにあった。

「少し、僕も食事がしたくてね」
「ちょっ」

 彼の口が俺の首元に近づいて大きく息を吸うようにした。
 チリっと痛みが走るが、俺は動かないように努める。今動いたら、パフェの器を落としてしまいそうで。

「――いいこだ」

 耳元で満足げに囁いて、店長が離れていく。

「別に近づかなくても食事はできんだろ?」

 噛まれたわけではないが、俺は首をさする。傷はなく、なんともない。

「食べられているのだと意識してもらいたくてね」
「誰が見てるかわからねえんだから、ホールでするな」
「空腹すぎて、誰かの視線があると思わなければエスカレートしてしまいそうだった」
「ああ……それは勘弁願いてえな」

 前に店長本人から聞いている。接吻だけで数ヶ月単位で身動きできなくさせた実績があるのだと。それを思い出して、俺は苦笑した。
 店長は相変わらず上機嫌だ。にこっと笑った。

「僕としては、君にはしっかりここで働いてもらいたいからね。いっときの食欲で君を失いたくはない」
「それは本当に食欲なのか?」
「食欲だと認識しているが、ほかにどんな言葉で表すのが適当なのか、僕には分かりかねる」
「ふぅん……」

 食欲だと言い聞かせているわけではなく、彼なりに検討した結果食欲だということにした――ということか。

「俺は休憩に入る」
「仮眠は多めに取って構わないよ」

 店長に生気を喰われた分だけ、いつもよりも気怠い。俺は頷く。

「時間までに起きてこなかったら起こしてくれ」
「そうだね。無防備に眠っていたら、その時は襲ってしまいそうだ」
「ご忠告どうも」

 スタッフルームで襲われるのは避けたいところだが、今夜誘われたら断れない気がする。
 俺は平生を装いながらひらひらと手を振って、スタッフルームに向かうのだった。

《6月28日パフェの日 終わり》
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