37 / 58
不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・2【短編集】
完璧《パルフェ》とはいかない
しおりを挟む
梅雨はどこに行ったのだろう。強い陽射しが眩しい日々が続いている。それでありながら、雨は一度に警報が出る勢いで降るために降水量が著しく少ないというわけではないらしい。
「今日も暑いんだな。みんな汗だくだった」
ランチの客が去って片付けをしながら、俺は店長に話を振った。
「確かに。ここ数日は気温が高い」
「冷たい飲み物がよく売れる」
「人間の身体というものは本人が思っているより脆いからね。しっかり休憩をしてもらいたいものだ」
そう返事をして、店長はカウンターにパフェを置いた。桃がたくさん載せられたパフェだ。
「それは?」
「試作品だよ」
食べてほしいとばかりに手で示される。
「今日の賄いか?」
「それはそれで用意してあるが、まずはこちらを食べてみてほしい」
「ん」
片付けを終えるなり、俺はカウンター席に座ってスプーンを取った。
まずは桃をひと口。よく冷えている。甘くて柔らかい。シロップ漬けではないかと錯覚するが、これは生の桃だ。
続いて、アイスをすくう。口に運ぶと紅茶の味がほのかに広がった。
「……これ」
「先日君を連れて行った店の紅茶アイスだ。ピーチティーのイメージなのだが、獅子野くんとしてはどうだね?」
味に自信があるのか、店長は機嫌よく俺を見ている。
「美味い。店でいただいたピーチティーの再現か……まあ、雰囲気は近い」
「再現はできていないか」
「まあ、パフェはパフェだからな」
次に桃とアイスを両方口に入れる。合わせた味は申し分ない。甘味と苦味がいいバランスだ。アイスのミルク分も重くはないからさっぱりとしていて邪魔にならない。
「ただ、茶葉は一緒なんだろ? 合ってはいるから、これでいいと思う」
「そう?」
「この下のほうに入っているのは紅茶ゼリーか?」
底の方から赤茶色のゼリーを取り出してひと口いただく。溶けたアイスと絡むとミルクティーのような印象だ。
「甘さは控えめで食べやすい。シロップは入れねえの?」
「そこは好みで追加できるようにしようかと考えている。常連客は甘いのが好きというわけでもないのでね」
「ああ……そうだな」
カフェ百鬼夜行は甘いスイーツを看板にしているような喫茶店ではない。メインはコーヒーで、メニューは店長の気まぐれで固定ではないから、甘いものが欲しくて立ち寄るものは少数だ。
「パフもサクサクしていて食感の変化を与えているから、飽きずに食べられる。……っと、そうだな、紅茶ゼリーだけで提供してもいいかもしれない。桃とシロップを添えて」
「おや、パフェは今ひとつだったのかな」
「正直、ちょっと量が多い。この店のスイーツでこの量は今まで見なかったから、どうかなって」
半年以上働いているが、定番のスイーツでもこの量は見たことがない。なお、スイーツの担当は俺なので、自分でこれをたくさん作るのは面倒だと感じたという理由もある。
「なるほど。……ふむ。思っていたより、僕は空腹だったようだ」
「だな」
そんなやり取りをしている間に食べ切ってしまった。美味しいのは美味しいのだが、おやつどきに食べるにはちょっと気合いがいるんじゃなかろうか。
「完璧とはほど遠いねえ」
「俺の好みの味ではあったぞ。新しいことに挑戦する店長はすごいと思う」
「獅子野くんを喜ばせたいだけさ」
「……ん」
あまりにも幸せそうな顔をするから、つい照れてしまった。俺は視線を外して立ち上がる。
「昼飯もあるんだろ。そっちも食わせろ」
パフェの器を下げようと持ち上げると、すぐに店長が受け取った。
「ん?」
見上げる。店長の顔が思いのほか近くにあった。
「少し、僕も食事がしたくてね」
「ちょっ」
彼の口が俺の首元に近づいて大きく息を吸うようにした。
チリっと痛みが走るが、俺は動かないように努める。今動いたら、パフェの器を落としてしまいそうで。
「――いいこだ」
耳元で満足げに囁いて、店長が離れていく。
「別に近づかなくても食事はできんだろ?」
噛まれたわけではないが、俺は首をさする。傷はなく、なんともない。
「食べられているのだと意識してもらいたくてね」
「誰が見てるかわからねえんだから、ホールでするな」
「空腹すぎて、誰かの視線があると思わなければエスカレートしてしまいそうだった」
「ああ……それは勘弁願いてえな」
前に店長本人から聞いている。接吻だけで数ヶ月単位で身動きできなくさせた実績があるのだと。それを思い出して、俺は苦笑した。
店長は相変わらず上機嫌だ。にこっと笑った。
「僕としては、君にはしっかりここで働いてもらいたいからね。いっときの食欲で君を失いたくはない」
「それは本当に食欲なのか?」
「食欲だと認識しているが、ほかにどんな言葉で表すのが適当なのか、僕には分かりかねる」
「ふぅん……」
食欲だと言い聞かせているわけではなく、彼なりに検討した結果食欲だということにした――ということか。
「俺は休憩に入る」
「仮眠は多めに取って構わないよ」
店長に生気を喰われた分だけ、いつもよりも気怠い。俺は頷く。
「時間までに起きてこなかったら起こしてくれ」
「そうだね。無防備に眠っていたら、その時は襲ってしまいそうだ」
「ご忠告どうも」
スタッフルームで襲われるのは避けたいところだが、今夜誘われたら断れない気がする。
俺は平生を装いながらひらひらと手を振って、スタッフルームに向かうのだった。
《6月28日パフェの日 終わり》
「今日も暑いんだな。みんな汗だくだった」
ランチの客が去って片付けをしながら、俺は店長に話を振った。
「確かに。ここ数日は気温が高い」
「冷たい飲み物がよく売れる」
「人間の身体というものは本人が思っているより脆いからね。しっかり休憩をしてもらいたいものだ」
そう返事をして、店長はカウンターにパフェを置いた。桃がたくさん載せられたパフェだ。
「それは?」
「試作品だよ」
食べてほしいとばかりに手で示される。
「今日の賄いか?」
「それはそれで用意してあるが、まずはこちらを食べてみてほしい」
「ん」
片付けを終えるなり、俺はカウンター席に座ってスプーンを取った。
まずは桃をひと口。よく冷えている。甘くて柔らかい。シロップ漬けではないかと錯覚するが、これは生の桃だ。
続いて、アイスをすくう。口に運ぶと紅茶の味がほのかに広がった。
「……これ」
「先日君を連れて行った店の紅茶アイスだ。ピーチティーのイメージなのだが、獅子野くんとしてはどうだね?」
味に自信があるのか、店長は機嫌よく俺を見ている。
「美味い。店でいただいたピーチティーの再現か……まあ、雰囲気は近い」
「再現はできていないか」
「まあ、パフェはパフェだからな」
次に桃とアイスを両方口に入れる。合わせた味は申し分ない。甘味と苦味がいいバランスだ。アイスのミルク分も重くはないからさっぱりとしていて邪魔にならない。
「ただ、茶葉は一緒なんだろ? 合ってはいるから、これでいいと思う」
「そう?」
「この下のほうに入っているのは紅茶ゼリーか?」
底の方から赤茶色のゼリーを取り出してひと口いただく。溶けたアイスと絡むとミルクティーのような印象だ。
「甘さは控えめで食べやすい。シロップは入れねえの?」
「そこは好みで追加できるようにしようかと考えている。常連客は甘いのが好きというわけでもないのでね」
「ああ……そうだな」
カフェ百鬼夜行は甘いスイーツを看板にしているような喫茶店ではない。メインはコーヒーで、メニューは店長の気まぐれで固定ではないから、甘いものが欲しくて立ち寄るものは少数だ。
「パフもサクサクしていて食感の変化を与えているから、飽きずに食べられる。……っと、そうだな、紅茶ゼリーだけで提供してもいいかもしれない。桃とシロップを添えて」
「おや、パフェは今ひとつだったのかな」
「正直、ちょっと量が多い。この店のスイーツでこの量は今まで見なかったから、どうかなって」
半年以上働いているが、定番のスイーツでもこの量は見たことがない。なお、スイーツの担当は俺なので、自分でこれをたくさん作るのは面倒だと感じたという理由もある。
「なるほど。……ふむ。思っていたより、僕は空腹だったようだ」
「だな」
そんなやり取りをしている間に食べ切ってしまった。美味しいのは美味しいのだが、おやつどきに食べるにはちょっと気合いがいるんじゃなかろうか。
「完璧とはほど遠いねえ」
「俺の好みの味ではあったぞ。新しいことに挑戦する店長はすごいと思う」
「獅子野くんを喜ばせたいだけさ」
「……ん」
あまりにも幸せそうな顔をするから、つい照れてしまった。俺は視線を外して立ち上がる。
「昼飯もあるんだろ。そっちも食わせろ」
パフェの器を下げようと持ち上げると、すぐに店長が受け取った。
「ん?」
見上げる。店長の顔が思いのほか近くにあった。
「少し、僕も食事がしたくてね」
「ちょっ」
彼の口が俺の首元に近づいて大きく息を吸うようにした。
チリっと痛みが走るが、俺は動かないように努める。今動いたら、パフェの器を落としてしまいそうで。
「――いいこだ」
耳元で満足げに囁いて、店長が離れていく。
「別に近づかなくても食事はできんだろ?」
噛まれたわけではないが、俺は首をさする。傷はなく、なんともない。
「食べられているのだと意識してもらいたくてね」
「誰が見てるかわからねえんだから、ホールでするな」
「空腹すぎて、誰かの視線があると思わなければエスカレートしてしまいそうだった」
「ああ……それは勘弁願いてえな」
前に店長本人から聞いている。接吻だけで数ヶ月単位で身動きできなくさせた実績があるのだと。それを思い出して、俺は苦笑した。
店長は相変わらず上機嫌だ。にこっと笑った。
「僕としては、君にはしっかりここで働いてもらいたいからね。いっときの食欲で君を失いたくはない」
「それは本当に食欲なのか?」
「食欲だと認識しているが、ほかにどんな言葉で表すのが適当なのか、僕には分かりかねる」
「ふぅん……」
食欲だと言い聞かせているわけではなく、彼なりに検討した結果食欲だということにした――ということか。
「俺は休憩に入る」
「仮眠は多めに取って構わないよ」
店長に生気を喰われた分だけ、いつもよりも気怠い。俺は頷く。
「時間までに起きてこなかったら起こしてくれ」
「そうだね。無防備に眠っていたら、その時は襲ってしまいそうだ」
「ご忠告どうも」
スタッフルームで襲われるのは避けたいところだが、今夜誘われたら断れない気がする。
俺は平生を装いながらひらひらと手を振って、スタッフルームに向かうのだった。
《6月28日パフェの日 終わり》
10
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる