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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・2【短編集】
ならば今日はドレッシング記念日
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七月六日がサラダ記念日と呼ばれているから、今日の賄いにはサラダがついた。
「……店長、これ、面白がっているだろ」
今日はあまりにも暑いので、冷房の効きがいいホールのカウンター席にて俺は昼食をとっている。本日の賄いは鯖とトマトの冷製パスタにレタスときゅうりととうもろこしのサラダ。夏メニューである。
「なんのことかな?」
皿を片付けながら、どこ吹く風といった様子で店長が尋ねてくる。
俺はパスタをフォークでくるくると巻いて口に入れる。胡椒がきいていて美味しい。トマトの酸味もいいあんばいだ。
「普段はサラダ、つけたりしねえじゃねえか」
「栄養バランスを考えてのことだよ」
店長はしらばくれてきた。俺はわかりやすくフォークでサラダを示す。
「隙さえあれば記念日メニュー組んできやがる」
「ああ、今日はサラダ記念日だったね」
「白々しい……」
どうせなら店長の気まぐれランチを記念日にそろえて組めばいいのに、どういうわけか賄いだけ記念日メニューなのだった。ちなみに食べ物にまつわる記念日がない場合は前日の残りで作られた特別メニューとなるので、店で出されるメニューとはやはり違うのだ。
サラダにかけられたドレッシングは酸味が強めで、今日みたいに暑い日にはちょうどいい味付けだ。
「サラダ記念日、とは面白いものだね」
「もともとは唐揚げだったんだろ? 都合で唐揚げからサラダに変更になったんじゃなかったか」
短歌がもとで、サラダ記念日が登録されたのだと記憶している。その短歌も、唐揚げを作ったときに美味しいと言ってもらえたから生まれたものが、唐揚げからサラダになったのだと俺はきいていた。
眼鏡の向こうにある目が大きく開いて、その後に笑みに変わる。
「獅子野くんは物知りだね」
「たまたま覚えていただけだし、店長だって聞き覚えのある話じゃないのか?」
「さあ、どうだったかな」
はぐらかされた。
同意をしてもらえなかったってことは、俺の勘違いだったのか? あとで調べてみるか。
「それはそうとこのサラダ美味い。これにかかってるドレッシングも店長の手作りなんだろ?」
このカフェ百鬼夜行で出されるサラダにかけられるドレッシングは基本的に店長の手作りで、市販のものは使わない。あまりサラダが出されないからというのもあるし、店長なりのこだわりポイントらしい。
俺が聞くと、店長はニコニコした。
「では今日はドレッシング記念日ということにしようか」
「なんでだよ」
「君がドレッシングを褒めてくれたからさ」
「……ああ、もういい」
どうも店長も暑さにへばっているようだ。
俺は話を切り上げて、食事に集中することにする。
「――獅子野くん」
「うん?」
食べる手は止めずに耳を傾ける。
「明日は七夕だ。珍しくこの辺でもよく晴れそうだ」
「だな」
「明日の夜、予定は埋まっているかね?」
「……いんや」
「では、夕涼みに付き合ってくれないだろうか」
「泊まり込みか?」
「このタイミングで尋ねるということは、概ねそういうことだよ」
「……ふぅん」
俺はフォークで最後のきゅうりを刺して口に運ぶ。
「嫌なら断ればいい」
「嫌じゃねえけどさ、もう少し情報がほしい。騙し討ちされたくねえし」
「ふふ。詳しい話は、閉店後にしようか」
店長が戸口の方を見やると影があった。準備中の看板を出しておいたはずだが、事情があるのだろう。
「了解。ご馳走様。客は入れて大丈夫か?」
皿を持って立ち上がると、店長がカウンターの向こうから俺の持っていた皿を回収した。
「ああ。よろしく頼む」
少し早いが、午後の部を始めるとしよう。
《終わり》
「……店長、これ、面白がっているだろ」
今日はあまりにも暑いので、冷房の効きがいいホールのカウンター席にて俺は昼食をとっている。本日の賄いは鯖とトマトの冷製パスタにレタスときゅうりととうもろこしのサラダ。夏メニューである。
「なんのことかな?」
皿を片付けながら、どこ吹く風といった様子で店長が尋ねてくる。
俺はパスタをフォークでくるくると巻いて口に入れる。胡椒がきいていて美味しい。トマトの酸味もいいあんばいだ。
「普段はサラダ、つけたりしねえじゃねえか」
「栄養バランスを考えてのことだよ」
店長はしらばくれてきた。俺はわかりやすくフォークでサラダを示す。
「隙さえあれば記念日メニュー組んできやがる」
「ああ、今日はサラダ記念日だったね」
「白々しい……」
どうせなら店長の気まぐれランチを記念日にそろえて組めばいいのに、どういうわけか賄いだけ記念日メニューなのだった。ちなみに食べ物にまつわる記念日がない場合は前日の残りで作られた特別メニューとなるので、店で出されるメニューとはやはり違うのだ。
サラダにかけられたドレッシングは酸味が強めで、今日みたいに暑い日にはちょうどいい味付けだ。
「サラダ記念日、とは面白いものだね」
「もともとは唐揚げだったんだろ? 都合で唐揚げからサラダに変更になったんじゃなかったか」
短歌がもとで、サラダ記念日が登録されたのだと記憶している。その短歌も、唐揚げを作ったときに美味しいと言ってもらえたから生まれたものが、唐揚げからサラダになったのだと俺はきいていた。
眼鏡の向こうにある目が大きく開いて、その後に笑みに変わる。
「獅子野くんは物知りだね」
「たまたま覚えていただけだし、店長だって聞き覚えのある話じゃないのか?」
「さあ、どうだったかな」
はぐらかされた。
同意をしてもらえなかったってことは、俺の勘違いだったのか? あとで調べてみるか。
「それはそうとこのサラダ美味い。これにかかってるドレッシングも店長の手作りなんだろ?」
このカフェ百鬼夜行で出されるサラダにかけられるドレッシングは基本的に店長の手作りで、市販のものは使わない。あまりサラダが出されないからというのもあるし、店長なりのこだわりポイントらしい。
俺が聞くと、店長はニコニコした。
「では今日はドレッシング記念日ということにしようか」
「なんでだよ」
「君がドレッシングを褒めてくれたからさ」
「……ああ、もういい」
どうも店長も暑さにへばっているようだ。
俺は話を切り上げて、食事に集中することにする。
「――獅子野くん」
「うん?」
食べる手は止めずに耳を傾ける。
「明日は七夕だ。珍しくこの辺でもよく晴れそうだ」
「だな」
「明日の夜、予定は埋まっているかね?」
「……いんや」
「では、夕涼みに付き合ってくれないだろうか」
「泊まり込みか?」
「このタイミングで尋ねるということは、概ねそういうことだよ」
「……ふぅん」
俺はフォークで最後のきゅうりを刺して口に運ぶ。
「嫌なら断ればいい」
「嫌じゃねえけどさ、もう少し情報がほしい。騙し討ちされたくねえし」
「ふふ。詳しい話は、閉店後にしようか」
店長が戸口の方を見やると影があった。準備中の看板を出しておいたはずだが、事情があるのだろう。
「了解。ご馳走様。客は入れて大丈夫か?」
皿を持って立ち上がると、店長がカウンターの向こうから俺の持っていた皿を回収した。
「ああ。よろしく頼む」
少し早いが、午後の部を始めるとしよう。
《終わり》
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