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3章:竜の国 ユミルトゥス
ご挨拶 1話
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執事が用意した馬車に乗って、屋敷に向かう。
屋敷の中に入り、軽く視線を動かした。とても広くて掃除の行き届いた、立派な家。
階段を下りてもう少し進んだところに、大きな扉があって、思わずごくりと唾を飲んだ。
おそらく、この部屋にフィリベルトさまのご両親がいらっしゃるのよね。
「父上、母上。ただいま戻りました」
「入りなさい、フィリベルト」
ノックのあと、すぐに返事が聞こえた。許しを得て扉を開く彼の顔は、どこか緊張しているように見える。
靴音が響かないように歩き、ソファに座っている人たちに向けて、挨拶をした。
「お初にお目にかかります。私――」
「リディアちゃんね!」
「え? あ、は、はい! リディア・フローレンスと申します」
ソファに座っていた女性が立ち上がり、勢いよく近づいてくる。
びっくりして、挨拶が中途半端な感じになってしまった。
「ああ、嬉しいわ。フィリベルトが『会ってほしい人がいる』って言っていたから、どんな方なのかと思ったら、アレクシス殿下の元婚約者って耳にしてね。お会いするのがとても楽しみで仕方なかったのよ! そうだは、紅茶はお好き? 甘いものは? クッキーやマフィンもあるのよ。長旅で疲れたでしょう? ほら、フィリベルトもリディアちゃんも座って座って!」
――マシンガントーク!
マダムでマシンガントークに慣れていたと思っていた。でも、口を挟む隙がなかったわ。
ともあれ、フィリベルトさまのご両親は、温かく私を出迎えてくれた。
アレクシス殿下の元婚約者ということで、白い目を向けられるんじゃないかと、内心不安だったのだけど、そんなことはなかったわ。
ソファに私たちが座ると、すかさずお茶が用意された。
にこにこと紅茶を勧めてくれたので、ありがたくいただいた。温かい紅茶が喉を通る感覚。
ちょっとスパイシーな感じがする。これは……ショウガ?
「美味しいです」
「お口に合って良かったわぁ。ジンジャーティーなの。身体の芯からぽかぽかするわよ」
私の隣にはフィリベルトさま、正面には彼のお母さま、その隣に公爵が座っていた。
「あのね、こんなことを聞くのはいけないのかもしれないけれど、うちのフィリベルトは学園でどんな感じに過ごしていたかしら?」
顎の下で両手を合わせ、目をキラキラと輝かせフィリベルトさまのお母さま。
話して良いのかな、とフィリベルトさまに視線を向けると、小さくうなずくのが視界に入ったので、私から見た彼の学園の様子を話す。
お二人とも、楽しそうに聞いてくれた。そして、話題は私のことに移った。
思えば、お母さまが病死してから、アレクシス殿下の婚約者になった。幼い頃、殿下の婚約者になったのは、王妃教育を受けて心身ともに疲れ果て、ベッドで泥のように眠らせるため?
本当のことはお父さましか知らない。でも、きっと尋ねることはないと思う。
そんなことを回想しながら、学園での出来事や、婚約を白紙にした話、フローラの魅了魔法のことも淡々と話した。
公爵夫人の目に涙が浮かび上がってきた。公爵がハンカチを取り出し、彼女の目尻を拭うのを見て、唇を結ぶ。
「大変だったのね……」
「それは……否定しません。ですが、そのおかげでフィリベルトさまに出会えましたから」
彼がどんなふうに、私のことを手紙に書いていたかは知らない。
それでも、公爵夫人は私のことを思って涙を流してくれるのだと思うと、なんだか胸がきゅっと締めつけられた。
「……フィリベルトの手紙で大体は把握していたけれど、魅了の魔法に引っかかるなんて……大丈夫なのかしら、あの国。あ、ごめんなさいね、故郷のことをそんなふうに言っちゃって」
「いえ、私も少し……そう思いましたから」
あのままアレクシス殿下とフローラが結婚して、政治を執り行うとなると……ねぇ?
まぁ、そこは二人が互いのことをどのくらいフォローできるかでも、違ってくるだろうけど、さ。
もちろん、私は手を貸す気は一切ない!
彼らのプライドがそれを許さないでしょうし、そこまでは考えなくてもいいこと、よね。
屋敷の中に入り、軽く視線を動かした。とても広くて掃除の行き届いた、立派な家。
階段を下りてもう少し進んだところに、大きな扉があって、思わずごくりと唾を飲んだ。
おそらく、この部屋にフィリベルトさまのご両親がいらっしゃるのよね。
「父上、母上。ただいま戻りました」
「入りなさい、フィリベルト」
ノックのあと、すぐに返事が聞こえた。許しを得て扉を開く彼の顔は、どこか緊張しているように見える。
靴音が響かないように歩き、ソファに座っている人たちに向けて、挨拶をした。
「お初にお目にかかります。私――」
「リディアちゃんね!」
「え? あ、は、はい! リディア・フローレンスと申します」
ソファに座っていた女性が立ち上がり、勢いよく近づいてくる。
びっくりして、挨拶が中途半端な感じになってしまった。
「ああ、嬉しいわ。フィリベルトが『会ってほしい人がいる』って言っていたから、どんな方なのかと思ったら、アレクシス殿下の元婚約者って耳にしてね。お会いするのがとても楽しみで仕方なかったのよ! そうだは、紅茶はお好き? 甘いものは? クッキーやマフィンもあるのよ。長旅で疲れたでしょう? ほら、フィリベルトもリディアちゃんも座って座って!」
――マシンガントーク!
マダムでマシンガントークに慣れていたと思っていた。でも、口を挟む隙がなかったわ。
ともあれ、フィリベルトさまのご両親は、温かく私を出迎えてくれた。
アレクシス殿下の元婚約者ということで、白い目を向けられるんじゃないかと、内心不安だったのだけど、そんなことはなかったわ。
ソファに私たちが座ると、すかさずお茶が用意された。
にこにこと紅茶を勧めてくれたので、ありがたくいただいた。温かい紅茶が喉を通る感覚。
ちょっとスパイシーな感じがする。これは……ショウガ?
「美味しいです」
「お口に合って良かったわぁ。ジンジャーティーなの。身体の芯からぽかぽかするわよ」
私の隣にはフィリベルトさま、正面には彼のお母さま、その隣に公爵が座っていた。
「あのね、こんなことを聞くのはいけないのかもしれないけれど、うちのフィリベルトは学園でどんな感じに過ごしていたかしら?」
顎の下で両手を合わせ、目をキラキラと輝かせフィリベルトさまのお母さま。
話して良いのかな、とフィリベルトさまに視線を向けると、小さくうなずくのが視界に入ったので、私から見た彼の学園の様子を話す。
お二人とも、楽しそうに聞いてくれた。そして、話題は私のことに移った。
思えば、お母さまが病死してから、アレクシス殿下の婚約者になった。幼い頃、殿下の婚約者になったのは、王妃教育を受けて心身ともに疲れ果て、ベッドで泥のように眠らせるため?
本当のことはお父さましか知らない。でも、きっと尋ねることはないと思う。
そんなことを回想しながら、学園での出来事や、婚約を白紙にした話、フローラの魅了魔法のことも淡々と話した。
公爵夫人の目に涙が浮かび上がってきた。公爵がハンカチを取り出し、彼女の目尻を拭うのを見て、唇を結ぶ。
「大変だったのね……」
「それは……否定しません。ですが、そのおかげでフィリベルトさまに出会えましたから」
彼がどんなふうに、私のことを手紙に書いていたかは知らない。
それでも、公爵夫人は私のことを思って涙を流してくれるのだと思うと、なんだか胸がきゅっと締めつけられた。
「……フィリベルトの手紙で大体は把握していたけれど、魅了の魔法に引っかかるなんて……大丈夫なのかしら、あの国。あ、ごめんなさいね、故郷のことをそんなふうに言っちゃって」
「いえ、私も少し……そう思いましたから」
あのままアレクシス殿下とフローラが結婚して、政治を執り行うとなると……ねぇ?
まぁ、そこは二人が互いのことをどのくらいフォローできるかでも、違ってくるだろうけど、さ。
もちろん、私は手を貸す気は一切ない!
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