不思議屋マドゥカと常冬の女王

らん

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第4章

レティア・モリガンのスクラップ・ブック

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「これが、お約束のレティア・モリガンのスクラップ・ブックです」
 
 カウンターに差し出された、灰色の表紙の本。
 あいかわらず高貴にして高慢な顔をした男は、手荒く本を取り上げ、乱暴にぱらぱらとページをめくる。
 鋭い眼差しが、ハーディに向けられた。

「――これが、レティア・モリガンのスクラップ・ブックか?」

「はい」
「本当に?」
 嘘をつく必要はない。ハーディは、素直に答える。
「はい。そうです」
 難しい顔でスクラップ・ブックをながめていた男は、唐突に尋ねた。
「これはどこで手に入れたものだ?」
「気になりますか?」
 男のまなじりが吊り上る。ハーディは臆することなく、言った。
「入手経路を詳しくお話しすることはできません。ただ、ある女の子から、とだけお伝えしておきます」

「……女の子」
 
 考え込んだ様子の男は、ややあって言った。
「手間をとらせたな。ありがとう」
「いえ」
「追加の代金は……」
「最初に買い取ったあれが、思ったより高値で売れましたのでけっこうです」
「そうか」
 答えて男は背を向ける。出て行こうとした男の足が、ふと、止まった。

「そう言えば、常冬の女王というのが、どこにいるか知ってるか?」

「常冬の女王?」
 ハーディは驚いたふりをして、こう答えた。
「ここから東に五ダリュコーほど先、氷宮殿にいるとされている女王ですね。もっとも、ぼくは会ったことがありませんけど」
「――そうか。邪魔したな」
 今度こそ、男は出て行った。

「……ふー」
 
 ハーディは大きなため息をつく。
 待っていたように、エリーがひょいと顔をのぞかせた。
「お客さん、帰った?」
「――うん」
 答えながら、ハーディは思った。

(珍しいな。エリーがお客さんに興味を持つなんて)

「あの本、持って行ったんだね」
「うん」
 またまた珍しいことが起こった。エリーが商品に興味を持つとは。
「急にどうしたの?」
 無邪気にエリーは答える。
「うん。あれ、存在分割法でできてたから。あれは親じゃなくて、分かれた方、つまり子どもだけど、ハーディがいつまでも持ってるのはどうかなーと思ってたからさ」

「存在分割法?」
 
 聴き慣れない言葉を、ハーディはそのまま繰り返す。

「存在分割法――またの名を、集積極大魔法。もともとは魔力の少ない人間でも、魔術のストックを作れるように開発された魔法なんだけどね」
 エリーは尋ねた。

「もっとも有名なのは、ブルウォングのバララカ・バルルカっていう大砲。知ってる?」

「うん」
約五百年前、ここから東にあるヴォルク・ジェーヤ大陸で使用された兵器の名前だ。七大国家の一つ、キン・エレフォンを滅ぼした『業火の夜』を起こしたとして悪名高い。

「バララカ・バルルカを例にとると、仕組みはこう。ある一つのアイテム――この場合は大砲だね。それに、あらかじめ存分割法をかけておく。それに、火の魔術、もしくは魔法を次々にかけていく。ある一定の魔力容量を超えると自然にアイテムそのものがコピーされ、それにさらに魔術、魔法をかけるということを繰り返していく」
 ハーディの頭の中で、大砲がずらりと並んでいく。
「もちろん、コピーはコピーで単独での使用も可能なんだけど、この魔法が最大の威力を発揮するのは、それがもう一度、一つに戻ったとき」
「……」
「存在分割法の真の恐ろしさは、そこにある。一つに戻ったとき、その威力は単なる足し算ではなく、相乗効果。それゆえ、集積極大魔法と呼ばれる。――ただし」
 エリーが困ったような顔で言った。

「あれは正直、よくわからない」

「わからない?」
 エリーはうなずいて続ける。
「普通、存在分割法はある意図をもって、特定の属性、もしくは、特定の魔術を集めるんだ。さっき言ったバララカ・バルルカは火の魔術。これは明らかに相手を攻撃するためのものだけど、例えば、ロック・ウォールの魔術を込めれば、いざというときの防壁として使える。でも、あのスクラップ・ブックは違う。あれはね、『死ねてよかった』っていう思いを集めている本なんだ。だから、結果として集められている属性も魔術も、みんなバラバラ。一旦開法されると、どんな強力な魔術になるのか、威力も影響もまるで想像がつかない。だから、ハーディがあまり長く持っているのは、正直心配で」
 ハーディは、ふと尋ねた。
「ねえ、エリー。もし、それの親を持っている子がいるとしたら、エリーならどうする?」
 考える間もなく、エリーは言った。
「ぼくなら、うまいこと言って取り上げちゃうかな」
「その子に、スクラップ・ブックを開法するような力はないとしても?」
「……うーん」
 困ったように首を傾げて、エリーは言った。
「あれが、不幸な人たちの一生をただながめるだけのために創った、そんな悪趣味な本だって言うなら、それでかまわないんだ。ただ、もしもっと違った意図が込められていたとしたら――とても、その子には止められないと思う」
 エリーは、衝撃的な言葉を口にする。

「あれを創ったのは、多分人間じゃないと思うし。さっきのお客さんもそうだよね」

「――え?」
「気づかなかった? さっきのお客さん、精霊だよ」
「精霊? あれが?」
「うん」
 スクラップ・ブックを調べた時の、男の、どこか不満げな様子を思い出す。
 
 ハーディはおもむろに立ち上がった。

「ハーディ?」
「ぼく、ちょっと行ってくる」
 やっぱり、まずい気がする。ミンディが心配だ。
「マドゥカ、エリー、留守番よろしくね」
 入口にかけてあったコートを手にとる。急いでそれを羽織るハーディに、「あ、待って」とエリーが声をかけた。
「これ、念のために持って行って」
 エリーが差し出した黄金色の本。そのタイトルは。

『召喚大全(モーメント)』

「ぼくが必要なときには、この本に向かってこう言って。『0 黒を纏(まと)う者』」
「――わかった」
 本を懐にしまう。
 降りしきる吹雪の中、ハーディは一歩を踏み出した。
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