9回巻き戻った公爵令嬢ですが、10回目の人生はどうやらご褒美モードのようです

志野田みかん

文字の大きさ
62 / 81
ろくしょう!

しおりを挟む
「そ、それでは殿下、皆さんから少し離れて頂いてよろしいですか……?」

 世間一般にはエリートである治癒師は、マクシミリアンら筋肉特戦隊たちのにわかには信じがたい威容を前にして怯え切っている。

<その気持ち、超理解できる。眼球に突き刺さってこれでもかと脳内に叩き込まれる情報量、多すぎるし濃すぎるもんね>

 アリーは「気の毒に」と思いながら治癒師を眺めた。しかし憧れてやまぬ光属性の発動を間近で見られるとあって、だんだんテンションが上がってくる。
 魔力量アップに関して筋肉は平等、筋肉は裏切らないとはいえ、光属性だけは違うのだ。それは神に選ばれないと使えない、いうなれば宝くじの一等前後賞を丸っと引き当てるようなもの。
 アリーは「さっさと立て」という気持ちを込めて、マクシミリアンの頭をぽんぽんと叩いた。するとなぜか覇王は「そうか、寂しいか。俺もだ」と答えた。そして名残惜し気に立ち上がる。
 アリーもどっこいせと気合いを入れた。腿に重たいものを乗せていたので、尋常じゃないくらい足がしびれていた。

「で、では、治癒魔法をかけさせて頂きます。あの、言うまでもないことですが、殿下の体内にある回復力を一時的に高め、健康を前借りするようなものなので。熱が下がっても油断せず、しっかり飲んで食べて、たっぷり寝てくださいね……?」

 マクシミリアンと対峙する治癒師は明らかにドン引きしており、逃げ出したい気持ちがびんびん伝わってくる。
 ぬううううんと自然体で立っている覇王の筋肉、主張しすぎだし威圧感ありすぎだし。

「フッ、そう恐縮しなくてもいい。王太子を前に緊張に駆られるのは当然の心情だろうが、俺も同じ人間だ」

「ヒイッ!」

 マクシミリアンは少しかがんで治癒師と目線を合わせ、顔を突き出すようにして淡く微笑んだ。

<なんという見当違いの優しさ、やめてさしあげろ。いや、うん、王太子として温かいハートを持ち、一般人と目線を合わせようとする姿勢は大変立派なんだけど>

 あんなんでも、コントロールを失って滲み出そうになる覇気を必死で抑えようとしているのだ。熱があって苦しいのに、無理して笑っているのがわかる。
 そうなのだ、今回のマクシミリアンの半分は優しさでできているのだ。筋肉は半分どころじゃないので、どう考えても計算が合わないのだが。

「だ、大天使エルミ、大天使オラファ、大天使ラアル、そしてすべての天使たちに慈悲を乞う。どうか彼の者の体に巣食う熱と痛みを連れ去り、代わりに健康と安らぎを与えたまえ……」

 治癒師が手のひらをマクシミリアンに向けて突き出し、光属性の詠唱を口にした。早く帰りたすぎて、持てる力をすべてかき集めているのだろう。額から汗が噴き出ている。
 目がくらむほど真っ白な光が天から落ちてきて、マクシミリアンの体を包み込んで勢いを増し、覇王を苦しめる病はその力をことごとく奪われる──はずなのだが。5秒待っても、10秒待っても、1分たっても何も起こらない。

「……あれ?」

「ふむ、やはり緊張しているのか。失敗を恐れるな、形振なりふりかまうな、そこから踏ん張れ! ためらうことなく、思う存分やるといい!」

「い、いえ、そういうことではなく……」

 マクシミリアンが覇気のこもった応援の言葉を口にすると、治癒師が震えた声で答えた。
 どうしたどうした、と四天王たちが治癒師を取り囲む。「そこから踏ん張れ」「声出せ、声」「筋トレするか?」「男を見せようぜ」などと不必要に暑苦しい掛け声が飛ぶ。
 治癒師は全身から汗を噴き出し、床に滴らせながら治癒魔法の詠唱を繰り返した。

「光の天使にいいい、慈悲をおおお、乞うぅおおおぉあああああぁおおおぁりゃあああああっ!」

 膝を震わせて絶叫した治癒師は、ついにその場に崩れ落ちた。

「だ、駄目です……。光の天使が降りてきません! まったく信じられない、こちらの詠唱に誰も答えてくれない……っ! 天使の耳に届いていないんじゃなくて、あからさまに拒否されてます!!」

 今、ものすごく怖いことを言われた気がする。アリーはぞわわわっと鳥肌が立つのを感じた。頭のてっぺんから一気に汗が噴き出す。

『クソが! これが光の天使のやり方か!』

 黒点アベルの声が、脳内ではなく室内に直接響く。

『ゴベルたち、40秒で支度をしなさい。一旦魔界に帰って情報収集です! たっくん、アリーのことをお願いしますね』

『どーんと任された』

 ベル君たちをまとめて呼ぶときはゴベルなのか、などと心の片隅で思いながら、アリーは心の友たちの生声をぼんやりと聞いた。
 全身が震えている。流れ落ちる汗は止まる気配もない。光の天使のストライキ──恐らく聖女ミアが関係しているのだろう──は、アリーの心を粉々に砕くほどの衝撃があった。
 10回目の人生は、筋肉祭りなこと以外はノンストレスだった。しかし絵物語の主人公のように、都合よくはいかないらしい。

<ええっと、あの、治癒魔法が使えないって……その影響はどこまで及んでるの……? 民間の治癒師のところに入院してるジャンは、一体どうなるの……?>

 ああ、いかん。頭がくらくらする。このままでは後ろにぶっ倒れてしまう──そう思った瞬間には、体が後ろに倒れかかっていた。

「アリー!」

 直立不動の姿勢のまま床に叩きつけられる直前、アリーはマクシミリアンの太い腕に受け止められ、ぎゅっと抱きしめられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...