9回巻き戻った公爵令嬢ですが、10回目の人生はどうやらご褒美モードのようです

志野田みかん

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ろくしょう!

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 ダイナミックかつエレガントに、そして目視が難しいほど瞬時に移動してきたマクシミリアンの腕の中は、むわーんと汗臭かった。
 今回の人生でも振り返れば聖女ヤツがいる、と一旦は絶望しかけたアリーだが、いかにもオトコらしい酸っぱいにおいのおかげで、靄がかかっていた意識が急激にはっきりした。
 過去9回のマクシミリアンのようにフルーティー&フローラルなフレグランスじゃなくてよかった。あんな上品で清潔感のあるにおいだと、よけいに意識が混濁するところだった。

「大丈夫です、殿下。ご迷惑をおかけしました。そして……助けて下さって、ありがとうございます。わたくしにとって、殿下の腕の中ほど安心できる場所はございません」

 感謝の気持ちが心の底から溢れんばかりに湧いてきて、アリーの口からお礼の言葉となって発せられる。 
 この思わず身悶えしたくなるほどの、むあっとした酸味があるっつーかスパイシーってか悪臭一歩手前の男臭さは、アリーにとって至上最高の気付け薬だ。
 アリーを決してセンチメンタルにさせず「今からミアを殴りに行ってやるぜ!」と荒っぽい方へと引き戻してくれる。大変ありがたいし、これを活用しない手はないだろう。

「あああああ、ああ、アリーはその、意外と大胆なんだな……っ!」

 あまりにも太い、太すぎる腕でアリーを抱きしめ、上から覗き込んでいるマクシミリアンの鼻息が三倍くらい荒くなった。

「でも、まだ暗い顔をしている。城下の治療院に入院しているという弟のことが気にかかっているんだな。大丈夫だ、すぐ調べさせる。そして必要な措置はすべて迅速に行う」

 王太子らしいきりっとした声に引っ張られるように、四天王たちが力強くうなずく。

「治癒師の君、こういった事例は過去にあったか? そしてこれは、君個人だけのことだと思うか?」

「い、いいえ。治癒魔法師界においては初めての事例だと思います。僕は治癒師としては格が高いので、僕で駄目なら他も駄目なんじゃないかと……」

「そうか、わかった。君は国立治療院に戻り、そちらの様子を調べてきてほしい。入院している人々に不安を与えてはならないし、これが他国から付け入られる隙になるのも困る。まずは信頼できる仲間と合流し、落ち着いて行動してくれ」

「は、はい!」

 治癒師は頬を紅潮させて返事をすると、くるりと踵を返した。マクシミリアンの視線が、四天王たちを射抜く。

「全員、直ちに精霊の飴を舐めろ。ここからは素早く、しかし慌てず騒がず、目立たず、治癒魔法不発がどの程度進行しているか調査する。いいな?」

「はっ!」

「ジェフリーとスティーブンは王宮中央の現状確認と、聖女ミア周りを調べろ。マーティンとクリスは民間の治療院の様子を見てきてくれ。新たなことがわかり次第、風魔法で即時連絡するように。これが我が国だけで起こっている事態なら、よそから治癒師を引っ張ってくることも考えるべきだが……」

 マクシミリアンが眉を顰める。アリーは未だに抱きしめられたままで、しかしその場の空気的に抜け出すこともできず、てきぱきと指示を飛ばすマクシミリアンの顔を下から眺めるしかなかった。

「叔父上、場合によっては王宮の薬品保管庫を一般に開放する必要があるかも知れません。薬剤師、薬品周りをお願いしたく」

「致し方ないね。いつでも動けるように準備しておこう」

 一般の人々、そして貴族にとっても、医療の第一選択は「普通の医者にかかる」だ。回復魔法を自在に操る治癒師はそもそも数が少なく、病が重くなればなるほど、支払うべき報酬もゼロを下から5つも6つも数えなきゃいけないほどお高くなる。
 しかし治癒師と言ってもピンキリで、民間療法や呪術的なレベルの治癒師もおり、そういった人々が呼び出せる光の天使は末端もいいところだ。勢い報酬もお安くなるが、最新医療の恩恵を受けられない田舎ではシャーマンとして崇め奉られていたりもする。
 ちょっと前に聖女ミアが魔法封じ込め効果のある部屋で光魔法をぶっ放したことがあったが、あそこがオランドリア最大の医療施設である国立治療院だ。所属している治癒師たちは皆エリートなので、治癒魔法が使えるのみならず一般の医者としての資格も持っている。

<そう、筋肉祭りで忘れがちになるけど、普通の魔法使いは体力が無いから、魔法を連発できない。だから難しい病になればなるほど、治癒魔法は複数回に分けて施される……>

 普通のお医者さんがやってくれる一般的な診療、それと治癒魔法の混合診療、治癒魔法だけをぶっ放す自由診療、みたいなイメージだ。
 どれを選ぶかは患者のお財布次第だし、治癒師たちは貴族からも容赦なく高額の治療費をふんだくるし、健康の前借りだけあって治癒魔法であっても治せない病はいっぱいある。
 熱に浮かされたマクシミリアンが「聖女の治癒魔法は凄まじすぎて、いずれ酷い格差を生む」と言ったが、本当にその通りだ。
 アリーはジャンを治すために王宮の侍女になることを決意し、三年分のお給金を前借した。働く先があったという幸運はあれども、ちゃんと汗はかいている。
 ミアのように「お金なんかいらないの」みたいな顔で超高威力の治癒魔法をポンポン繰り出されると、上に立つものとしては本当に困るのだ。困るはずなのだ。ハゲが治って喜んでるだけの国王は困ってないっぽいけど。
 と、ここまでのことをアリーは激烈な速度で考えた。

「アリーについている闇の使徒、ひとつ頼みがある。魔界に帰る前に、アリーを転移陣で弟のところへ運んでやってくれ」

 ゴベルたちの姿はすでに無く、空中には黒点アベルの姿が半分だけ残っていた。半円形になっているあたり、アベルはすでに魔界に顔を突っ込んでアレコレ調べているのだろう。

『これを差し上げます。転移陣の効果を固めてある魔法石です。人間の手に渡るのは前代未聞ですが……あなた方なら、まあいいでしょう。好きに使ってください』

 半円からにょっきっとアベルの腕が伸びてきて、アリーの手のひらに黒く輝く石をぽとっと落とした。
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