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ろくしょう!
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「アリーちゃん、心配しすぎないでいいよ。側近たちも全員揃って聖女の前に出るような馬鹿はしないし、精霊たちの加護にアリーちゃんが与えたお守りもある。具合が悪いからお見舞いを所望しますって輩が下手な魔法使うなら、こっちにだって考えがあるし」
ね、と笑いながらラドフェン公爵はアリーの顔を覗き込んだ。
「さ、ジャン君のところに行こうか。国民全員の健康が人質に取られたような状況じゃ、近くで見守るのが一番安心だよ。私はうなるほどお金を持っているからね、彼のために必要な準備はもう整ってる」
ありがとうございますと微笑んで、アリーは淑女らしく頭を下げた。民間の治癒師の元で複数回に分けて治療を行っていたジャンは、1週間以上前に2回目の施療が終わったところだ。
現在の体調はすこぶる落ち着いているという報告を、田舎の男爵領から付き添いのために出てきた「ばあや」から受けていた。不幸中の幸いとはこのことだ。
《ご主人、つい先日も顔を見に行ったがジャンは大層元気だった。こっちの方が生活水準はアップするし、同じ年頃のスティラもいる。アリーがいればばあやさんがひとりで動き回る必要もなくなるしな、ポジティブに捉えよう》
たしかに、ばあやもそろそろ疲れが溜まっているはずだ。彼女は貧乏なクルネア男爵家にとって唯一の侍女。あとは力仕事をしてくれる下男がひとりいるだけ。
研究馬鹿すぎて寝食すら忘れがちな父の世話、そしてアリーが抜けた後の領地の切り盛りのため、母は涙を呑んで領地に残ることを選んでいた。
<うん、そうだね。ありがとうたっくん>
ラドフェン公爵がジャンのために用意してくれた部屋に入る。ジャンはアリーを見てぱっと顔を綻ばせ──るかと思いきや、彼は顔を茹蛸のように真っ赤にして、スティラのほうを一心に見つめていた。
「あ、アリー。今ね、ジャン君にお菓子とジュースを運んできたの。ジャン君、アーモンドのクッキーとチョコクッキーあげる。これ、わたしが焼いたんだよ」
「ああああああああ」
たっくん便で文通していたものの、顔を見るのはお久しぶりの弟は「ありがとうございます」すら言えずに、ベッドに起き上がった状態であうあうと口を開けたり閉じたりしている。
<まあな、生物としての格が違うもんな。美しいし可愛いし何より「王女様」だし>
《我は今、人が恋に落ちる瞬間を見た》
ラドフェン公爵夫人であるシェリーゼに可愛がられて、いっそう肉付きがよくなったスティラはお姫様ここに極まれりな愛らしさだ。
両親とアリーの愛情をお日様のように浴びてすくすく育ったものの、小さいころから病弱だったせいで内弁慶で引っ込み思案なジャンには刺激が強すぎる。
「ジャン君、一緒に絵物語見る? すごろくする? スティラはねえ、お絵描きも好きだよ」
スティラがこてんと首をかしげる。ろくに言葉を返せないジャンは目をハート型にしていた。我が弟ながら、激流のようなときめきにまったく抗えてない。
転移陣で唐突にお引越ししたせいだろう、目ヤニとか涎とか食べこぼしとか、諸々付きっぱなしの顔でぽーっとスティラを見ている。姉のことなどアウトオブ眼中、完全に蚊帳の外だ。
シェリーゼやばあや、ラドフェン公爵そしてアリーが微笑ましく見つめる中で、スティラはジャンに「これから毎日一緒だし、お友達になろうね!」と爆弾宣言をした。これにはジャンも「はははい」と言葉らしきものを返した。
<いたずらっ子の顔をして鼻くそをほじりながら「へいへい」とわたしのお小言聞き流していたジャンが、ズボンをヒーローのマント代わりにして下半身丸出しでごっこ遊びしていたジャンが、初恋かあ。このアグレッシブな変化が、健康を増進させてくれるといいな>
ジャンの顔は今のアリーに似ていて、スティラの他のお友達に比べれば確実に冴えない。
身長は低めだし、姉のひいき目を抜きにすれば頭の出来も多分普通なのだが、愛する弟が輝ける青春の入り口に立ったのは素直に喜ばしい。しかし王家と男爵家、何という残酷な格差だろうか。
現状のジャンにはスティラの横に立てる要素が欠片もない。でも頑張れ、と思う。
貴族のための学校か騎士団のいずれかに入っても、男爵家の嫡男ごときがと地味に苛め抜かれるに違いない。しかし体さえよくなれば、立身出世のチャンスはなくはない。正直憧れだけではかなり厳しいだろうが、人生には夢と希望が必要だ。
「じゃあ、最初はすごろくね。こまはジャン君が青、わたしが赤だよ。シェリーゼ叔母様もアリーも一緒にやろ?」
ジャンが胸をキューンと言わせる音が聞こえたが、スティラの可愛さにアリーの胸もきゅんきゅんした。天使すぎる。そしてシェリーゼに自然にも甘えられるようになったことも嬉しすぎる。
アリーはジャンの前に回り込み、目線で「よかったね」と伝えた。ジャンはあーとかうーとか言いながらも、元気いっぱいにうなずいた。
壁際に控えているばあやが、感動の面持ちで目に浮かんだ涙をぬぐう。
「本来ならお話しできない身分のお方が、こんなに……。お姿を拝見できる機会など、一生無いと思っておりました」
あっという間に打ち解け合った二人の朗らかな笑い声に、アリーの心の中に巣食う暗雲が雲散霧消する。しかし切羽詰まった心境、抗いようのない焦燥感は残る。
ジャンもスティラも、どっちも愛おしい。この子たちの平和な、そして彩のある日々を守らなければならない。
同じ気持ちで、マクシミリアンも中央に行ったのだ。何らかの方法を模索するために。とにかく無事に、一刻も早く帰ってきてほしいという気持ちが、胸のど真ん中に居座っている。ちょっと前のアリーなら、マクシミリアンの不在を清々しく感じていただろうに。
《アリー、もう少ししたらあなたの部屋に帰ります。タイミングを見計らって出てきてください。それなりに収穫はありましたよ》
すごろく遊びが終盤に差し掛かったころ、少し疲れのにじんだアベルの声が脳内に響いた。
ね、と笑いながらラドフェン公爵はアリーの顔を覗き込んだ。
「さ、ジャン君のところに行こうか。国民全員の健康が人質に取られたような状況じゃ、近くで見守るのが一番安心だよ。私はうなるほどお金を持っているからね、彼のために必要な準備はもう整ってる」
ありがとうございますと微笑んで、アリーは淑女らしく頭を下げた。民間の治癒師の元で複数回に分けて治療を行っていたジャンは、1週間以上前に2回目の施療が終わったところだ。
現在の体調はすこぶる落ち着いているという報告を、田舎の男爵領から付き添いのために出てきた「ばあや」から受けていた。不幸中の幸いとはこのことだ。
《ご主人、つい先日も顔を見に行ったがジャンは大層元気だった。こっちの方が生活水準はアップするし、同じ年頃のスティラもいる。アリーがいればばあやさんがひとりで動き回る必要もなくなるしな、ポジティブに捉えよう》
たしかに、ばあやもそろそろ疲れが溜まっているはずだ。彼女は貧乏なクルネア男爵家にとって唯一の侍女。あとは力仕事をしてくれる下男がひとりいるだけ。
研究馬鹿すぎて寝食すら忘れがちな父の世話、そしてアリーが抜けた後の領地の切り盛りのため、母は涙を呑んで領地に残ることを選んでいた。
<うん、そうだね。ありがとうたっくん>
ラドフェン公爵がジャンのために用意してくれた部屋に入る。ジャンはアリーを見てぱっと顔を綻ばせ──るかと思いきや、彼は顔を茹蛸のように真っ赤にして、スティラのほうを一心に見つめていた。
「あ、アリー。今ね、ジャン君にお菓子とジュースを運んできたの。ジャン君、アーモンドのクッキーとチョコクッキーあげる。これ、わたしが焼いたんだよ」
「ああああああああ」
たっくん便で文通していたものの、顔を見るのはお久しぶりの弟は「ありがとうございます」すら言えずに、ベッドに起き上がった状態であうあうと口を開けたり閉じたりしている。
<まあな、生物としての格が違うもんな。美しいし可愛いし何より「王女様」だし>
《我は今、人が恋に落ちる瞬間を見た》
ラドフェン公爵夫人であるシェリーゼに可愛がられて、いっそう肉付きがよくなったスティラはお姫様ここに極まれりな愛らしさだ。
両親とアリーの愛情をお日様のように浴びてすくすく育ったものの、小さいころから病弱だったせいで内弁慶で引っ込み思案なジャンには刺激が強すぎる。
「ジャン君、一緒に絵物語見る? すごろくする? スティラはねえ、お絵描きも好きだよ」
スティラがこてんと首をかしげる。ろくに言葉を返せないジャンは目をハート型にしていた。我が弟ながら、激流のようなときめきにまったく抗えてない。
転移陣で唐突にお引越ししたせいだろう、目ヤニとか涎とか食べこぼしとか、諸々付きっぱなしの顔でぽーっとスティラを見ている。姉のことなどアウトオブ眼中、完全に蚊帳の外だ。
シェリーゼやばあや、ラドフェン公爵そしてアリーが微笑ましく見つめる中で、スティラはジャンに「これから毎日一緒だし、お友達になろうね!」と爆弾宣言をした。これにはジャンも「はははい」と言葉らしきものを返した。
<いたずらっ子の顔をして鼻くそをほじりながら「へいへい」とわたしのお小言聞き流していたジャンが、ズボンをヒーローのマント代わりにして下半身丸出しでごっこ遊びしていたジャンが、初恋かあ。このアグレッシブな変化が、健康を増進させてくれるといいな>
ジャンの顔は今のアリーに似ていて、スティラの他のお友達に比べれば確実に冴えない。
身長は低めだし、姉のひいき目を抜きにすれば頭の出来も多分普通なのだが、愛する弟が輝ける青春の入り口に立ったのは素直に喜ばしい。しかし王家と男爵家、何という残酷な格差だろうか。
現状のジャンにはスティラの横に立てる要素が欠片もない。でも頑張れ、と思う。
貴族のための学校か騎士団のいずれかに入っても、男爵家の嫡男ごときがと地味に苛め抜かれるに違いない。しかし体さえよくなれば、立身出世のチャンスはなくはない。正直憧れだけではかなり厳しいだろうが、人生には夢と希望が必要だ。
「じゃあ、最初はすごろくね。こまはジャン君が青、わたしが赤だよ。シェリーゼ叔母様もアリーも一緒にやろ?」
ジャンが胸をキューンと言わせる音が聞こえたが、スティラの可愛さにアリーの胸もきゅんきゅんした。天使すぎる。そしてシェリーゼに自然にも甘えられるようになったことも嬉しすぎる。
アリーはジャンの前に回り込み、目線で「よかったね」と伝えた。ジャンはあーとかうーとか言いながらも、元気いっぱいにうなずいた。
壁際に控えているばあやが、感動の面持ちで目に浮かんだ涙をぬぐう。
「本来ならお話しできない身分のお方が、こんなに……。お姿を拝見できる機会など、一生無いと思っておりました」
あっという間に打ち解け合った二人の朗らかな笑い声に、アリーの心の中に巣食う暗雲が雲散霧消する。しかし切羽詰まった心境、抗いようのない焦燥感は残る。
ジャンもスティラも、どっちも愛おしい。この子たちの平和な、そして彩のある日々を守らなければならない。
同じ気持ちで、マクシミリアンも中央に行ったのだ。何らかの方法を模索するために。とにかく無事に、一刻も早く帰ってきてほしいという気持ちが、胸のど真ん中に居座っている。ちょっと前のアリーなら、マクシミリアンの不在を清々しく感じていただろうに。
《アリー、もう少ししたらあなたの部屋に帰ります。タイミングを見計らって出てきてください。それなりに収穫はありましたよ》
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