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ろくしょう!
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聖女ミアの道筋が荒らされたことで回復魔法を出し渋っているなら愚の骨頂──と思っていたが、戻ってきた面々の報告によると、ミアの心と体が急激に弱ってしまったことが原因らしい。
「まあ要するに、自分に対する『何となく歓迎されていない感じ』が我慢ならんというわけ。国王派は彼女の可憐で清純な外見に騙されているし、踏みにじられた白薔薇のような憔悴っぷりに慌てふためいてる」
ラドフェン公爵の報告を聞きながら、アリーは「そうきたか」と思った。ミアの心の不調はどうやら重症で、神のいとし子である彼女をないがしろにしたことへの警告が、この国の王族たちに降りかかったのだという。
ベッドから起き上がり、アリーの作ったドリンクをごくごく飲んでいたマクシミリアンの顔が一気に曇った。
「つまり影響があったのは俺と、そして父上と母上だけということですね。彼らがどれほど狼狽しているかは容易に想像がつきます」
息子が聖女を怒らせたと思っているのだから、国王夫妻がマクシミリアンを呼びつけるのは当たり前。地上の太陽もかくやという勢いで禿げていた国王はせっかく生えた髪が少しずつ抜けているそうだし、小皺の消えた王妃も目尻から復活し、鏡を抱きしめて震えているらしい。
清らかで美しい聖女が「わざと」そんなことをするわけがなく、息子が彼女をよく慰め、癒し、受け入れればそれで済むと思っている。いや、実際それで済むのかもしれない。
「ひとりの聖女の好不調で一国が左右されるというのはえげつない話だし、崇めるよりは排除すべき厄災に他ならないと思うけどね」
ラドフェン公爵がやれやれと言った顔つきでため息を吐いた。そして言葉を続ける。
「彼女の機嫌を取るために、ありえない財政出動が続いているよ。そこら辺の証拠はきっちり集めておくから」
「ありがとうございます。父上と母上は、基本的に自分にしか興味がないので……。あんな親であることは息子として心の折り合いをつければ済む話ですが、一国のトップとしては……」
マクシミリアンはしばらく唸るような声を出していたが、大きく深呼吸をするとアリーに空のグラスを手渡し、ベッドから抜け出した。
短い休息ではあったが、熱はかなり下がったようだ。それでも明らかに本調子ではない。彼のために何かしてあげたいと思っても、しかしながらアリーはただの男爵令嬢なので、何もできないことがたまらなく歯がゆい。
おばあちゃんのひとりが、マクシミリアンの手のひらにぽとっと飴を落とした。彼がそれを噛み砕くと、ありえないくらい毛並みのいい俺様系美男子が出現した。超優良物件、という言葉が思い浮かぶ。
しかし真実の姿の方がカッコいい、などと思えてしまうので、己の視力が心配になる。しかし一度そう思っちゃったらその考えはもう消せない。
行かせたくないという気持ちが激烈に湧き上がってきて、自分の知っていることをすべて伝えなければと強烈に思った。アリーが後先も考えずに口を開こうとした瞬間、胸を締め付けるような激痛が襲ってきた。
どこの誰が発しているかわからない警告に、アリーは思いっきり唇を噛み締める。
「どうしたアリー、大丈夫か」
すぐに気づかわし気な声が飛んできて、アリーは「大丈夫です」と微笑んで見せた。ここでぶっ倒れて引き留めるという戦法もあるな、とちらっと思ったが、そういうやり方は好きじゃない。聖女ミアと同レベルにはなりたくないという気持ちもあるが、王太子としては行かねばならない時もある。
「殿下、クラバットが曲がっています。直させて頂いてよろしいですか」
アリーがにっこり微笑むと、マクシミリアンは「ああ」と照れたように笑った。
これから行われるであろう聖女のお見舞いという行為は、かなり危険な香りがする。しかし行かなければ、治癒魔法が使えないという被害が国民にまで及んでしまう可能性がある。
せめて己がクラバットに施した刺繍に祈りを込めよう、とアリーは指先を伸ばした。
《アリー、私があげた魔法石を王太子のクラバットにかざしなさい》
<アベル? え、魔界から話しかけてきてるの?>
《そうです、もうちょっとしたら帰ります。どっちみち『弱ってる』らしいミアの前に、私やイベルが付いていくわけにはいかない。光のクソどもにまんまと攻撃材料を与えてしまいますからね》
アリーは脳内会話をしながら、アベルに言われた通り魔法石をマクシミリアンのクラバットにかざした。魔法石がふわっと浮かび上がり、刺繍部分に吸い込まれていく。
「これは……」
「え、えーと。何というかその、お守り代わりです。きっと殿下を守ってくれます」
アベルがこうさせたということは、きっとそういうことなのだろう。マクシミリアンの目に力強さが戻ってくる。
「ありがとう、アリー」
つられておばあちゃんたちも元気になっちゃったらしい。燃え盛るパッションを感じさせる飛びっぷり。闇属性には回復効果はないはずなのに、どういうからくりだろう。
「叔父上が保護してくれた弟の顔を見てやるといい。そうしたらあっという間だ。すぐに戻るから、待っていてくれ」
「はい、お待ちしております」
心はおおむね落ち着かないし、行かせたく無さはもう半端ないのだが、アリーはにっこり微笑んだ。
「まあ要するに、自分に対する『何となく歓迎されていない感じ』が我慢ならんというわけ。国王派は彼女の可憐で清純な外見に騙されているし、踏みにじられた白薔薇のような憔悴っぷりに慌てふためいてる」
ラドフェン公爵の報告を聞きながら、アリーは「そうきたか」と思った。ミアの心の不調はどうやら重症で、神のいとし子である彼女をないがしろにしたことへの警告が、この国の王族たちに降りかかったのだという。
ベッドから起き上がり、アリーの作ったドリンクをごくごく飲んでいたマクシミリアンの顔が一気に曇った。
「つまり影響があったのは俺と、そして父上と母上だけということですね。彼らがどれほど狼狽しているかは容易に想像がつきます」
息子が聖女を怒らせたと思っているのだから、国王夫妻がマクシミリアンを呼びつけるのは当たり前。地上の太陽もかくやという勢いで禿げていた国王はせっかく生えた髪が少しずつ抜けているそうだし、小皺の消えた王妃も目尻から復活し、鏡を抱きしめて震えているらしい。
清らかで美しい聖女が「わざと」そんなことをするわけがなく、息子が彼女をよく慰め、癒し、受け入れればそれで済むと思っている。いや、実際それで済むのかもしれない。
「ひとりの聖女の好不調で一国が左右されるというのはえげつない話だし、崇めるよりは排除すべき厄災に他ならないと思うけどね」
ラドフェン公爵がやれやれと言った顔つきでため息を吐いた。そして言葉を続ける。
「彼女の機嫌を取るために、ありえない財政出動が続いているよ。そこら辺の証拠はきっちり集めておくから」
「ありがとうございます。父上と母上は、基本的に自分にしか興味がないので……。あんな親であることは息子として心の折り合いをつければ済む話ですが、一国のトップとしては……」
マクシミリアンはしばらく唸るような声を出していたが、大きく深呼吸をするとアリーに空のグラスを手渡し、ベッドから抜け出した。
短い休息ではあったが、熱はかなり下がったようだ。それでも明らかに本調子ではない。彼のために何かしてあげたいと思っても、しかしながらアリーはただの男爵令嬢なので、何もできないことがたまらなく歯がゆい。
おばあちゃんのひとりが、マクシミリアンの手のひらにぽとっと飴を落とした。彼がそれを噛み砕くと、ありえないくらい毛並みのいい俺様系美男子が出現した。超優良物件、という言葉が思い浮かぶ。
しかし真実の姿の方がカッコいい、などと思えてしまうので、己の視力が心配になる。しかし一度そう思っちゃったらその考えはもう消せない。
行かせたくないという気持ちが激烈に湧き上がってきて、自分の知っていることをすべて伝えなければと強烈に思った。アリーが後先も考えずに口を開こうとした瞬間、胸を締め付けるような激痛が襲ってきた。
どこの誰が発しているかわからない警告に、アリーは思いっきり唇を噛み締める。
「どうしたアリー、大丈夫か」
すぐに気づかわし気な声が飛んできて、アリーは「大丈夫です」と微笑んで見せた。ここでぶっ倒れて引き留めるという戦法もあるな、とちらっと思ったが、そういうやり方は好きじゃない。聖女ミアと同レベルにはなりたくないという気持ちもあるが、王太子としては行かねばならない時もある。
「殿下、クラバットが曲がっています。直させて頂いてよろしいですか」
アリーがにっこり微笑むと、マクシミリアンは「ああ」と照れたように笑った。
これから行われるであろう聖女のお見舞いという行為は、かなり危険な香りがする。しかし行かなければ、治癒魔法が使えないという被害が国民にまで及んでしまう可能性がある。
せめて己がクラバットに施した刺繍に祈りを込めよう、とアリーは指先を伸ばした。
《アリー、私があげた魔法石を王太子のクラバットにかざしなさい》
<アベル? え、魔界から話しかけてきてるの?>
《そうです、もうちょっとしたら帰ります。どっちみち『弱ってる』らしいミアの前に、私やイベルが付いていくわけにはいかない。光のクソどもにまんまと攻撃材料を与えてしまいますからね》
アリーは脳内会話をしながら、アベルに言われた通り魔法石をマクシミリアンのクラバットにかざした。魔法石がふわっと浮かび上がり、刺繍部分に吸い込まれていく。
「これは……」
「え、えーと。何というかその、お守り代わりです。きっと殿下を守ってくれます」
アベルがこうさせたということは、きっとそういうことなのだろう。マクシミリアンの目に力強さが戻ってくる。
「ありがとう、アリー」
つられておばあちゃんたちも元気になっちゃったらしい。燃え盛るパッションを感じさせる飛びっぷり。闇属性には回復効果はないはずなのに、どういうからくりだろう。
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